第8話 廃坑と財宝と蝉しぐれ
ある定休日、私は、ジェイさんとユーリを連れて、廃坑に来ていた。
斜面の途中に黒々とした穴が開き、入り口をふさいでいた木材は、ほぼほぼ腐り落ちている。
「ノイモーント鉱山。昔はここから増幅石がとれていたが、70年以上前に閉山。今に至るまで、そのままの状態で残っている……と」
マティアスさんに聞いた話を繰り返しながら、坑道の入り口を見る。
腐り堕ちた門扉には足跡。入って出た痕跡が、複数人分ある。
「ユーリ、この足跡」
「ああ。ギルドの調査員で間違いないね」
実はこの鉱山、以前はいなかった魔物が徘徊している、という不確実情報が流れているのだ。
ユーリ経由で、冒険者ギルドが噂の調査にやってきた話を聞いていた。
「結果はどうだったんですか?」
「んー、魔物は発見できなくて、一応安全、だってさ」
「この坑道、今にも崩れそうですけど、本当に調べたんですかね」
「ん? それを確かめに来たんじゃなかったの?」
「まさか。ただの探検ですよ」
坑道の中は、当たり前だが真っ暗だった。
魔法の明かりを道々に設置しながら、ひと固まりになって進む。
「これ、明かりは手元にあるだけでいいんじゃい?」
「こういう古い坑道は、今主流の多分岐構造ではなくって、横穴構造ですから。下手すると、分岐と別分岐が貫通したりしてて、迷いやすいんです。こうしておけば、一度通ったかどうかわかるでしょう?」
「ふーん」
わかっているのかいないのか、気のない返事をするユーリの隣を、黙々と進む。
その後ろをジェイさんが続き、明るくなって逆に死角の増えた坑道を見張っている。
……本当はジェイさんが先頭にいた方がいいのだが、魔法灯の設置を待っている間見張りが必要なので、最初から視界の中にいるようにしているのだ。
ちらとユーリの装備を見る。
新しい狩場になるかもと気合を入れてきた私とは対照的に、ショートソードにクロスボウと、いつも通りのラインナップ。
やっぱり使い慣れた武器のほうがいいのだろうか。
後ろのジェイさんも、ツインダガーにスローイングナイフで、特に変わったものを持ち込んでいるそぶりはない。
なんだか、自分だけ張り切っていたようで、ちょっと落ち込んでしまう。
特に会話もなくずんずん進んでいくと、一瞬、目の前を猫ほどの影が横切る。
とっさに、腰にさしたナタを掴む。
ガバッと踊り出てきた敵を、ユーリの剣が容赦なく叩き切った。
「これは……ネズミ?」
打ち落とされて痙攣しているのは、猫か小型犬かという大きさの、白鼠だった。
ただし、その背中や後ろ足はいびつにふくれ上がり、白い体毛の下から青い何かがのぞいている。
「これ、中に何か入ってますね」
「そんなに簡単にわかるの?」
「なにしろお金のにおいがしますから」
「はいはい」
ジェイさんに頼んで、皮をはがしてもらう。
あらわれたのは、色つきの石……宝石だ。
足の筋肉がごっそり石になっていて、その石から透明な宝石っぽいものがのぞいている。いわゆる原石だ。
「これ、増幅石かどうか鑑定できませんかね」
「いや無理でしょ。街までもって帰らないと」
「なるほど、殲滅しましょう」
「しないよ。適度に引き上げるから」
「限界まで狩りましょう」
「しないってば。何で進んでリスクを被るの」
どんどん宝石ネズミ(仮称)を狩り、奥へ奥へと進んでいく。
どうやら下半身についた原石は魔術機構の一種らしく、後ろ足で地面を何度も叩くと、触れたものを石化する床に変化する。
幸い威力は低く、靴底がボロボロになるぐらいで実害はない。
石化エリアは放置していてもすぐに消える。
だいたい30秒ぐらいだろうか。威力も合わせてやはりたいした脅威ではない。
「これが毒や炎じゃなくてよかったですね」
「メーディア、そういうフラグ立てるのやめようよ。本当になったらどうすんの」
「まさか、そんなことあるわけないです」
「わかんないんだって……」
そうこうしている内に、明かりのついていない通路が一本もなくなってしまった。
「どうしましょうか。もう一巡ぐらいします?」
「えー。もう帰ろうよー」
「静かに」
ずっと黙ってついてきていたジェイさんが、鋭く声を上げる。
何かあったのかと耳を澄ますと、遠くから人の声らしき音が聞こえてくる。
「アンデッドでも出ますか?」
「何でそうなるの。普通に冒険者じゃない?」
「入り口のほうだな」
坑道最初の分岐点に、その人はいた。
「チャラルさん!?」
「げ、メーディアちゃん……なんでここに?」
つい先日国境の向こうで出会った青年が、黒髪の女性と共に目を白黒させている。
「ちょっと狩りに……チャラルさんこそ」
「へ? えーっと……レレントの地質調査研究所から派遣されて、みたいな?」
「言いたくないなら聞きませんけど」
「サンキュ」
今度はわりと本当っぽかったが、反応からしてウソなのだろう。
「ちょっとメーディア。誰その男。知り合い?」
「ああ、はい。先日レレントの大地の要という場所で、なんと言うか、地雷を踏みそうになったところを助けてもらったんです」
「はぁ?」
「チャラルさん、私の友達のユーリとジェイさんです」
「うんうん。こっちは……ナデシコ」
「ブッ」
きれいな黒髪をポニーテールにまとめた、凛とした女性が、チャラルさんの紹介に盛大に吹いた。
かなりの美人なのに、第一声がこれなんて。もったいない。
「貴様、どういう紹介をしている!!」
「えー、だって。ねえ?」
「ねえじゃない!! 私はナデシコなんてガラじゃないと、何度言えばわかる!?」
女性の反論に、ナデシコってなんだっけと頭をひねる。どことなく東方諸国な響き。
「ナデシコいいじゃん。可愛いし」
「私が可愛くないと言っているんだ、察しろ」
「いや、可愛いでしょ。ね?」
急にふられて、反射的にうなずく。
いや、まあ。黒髪ストレートのポニーテールに、意志の強そうな青い瞳、すらっとしたスレンダーな体つきは、可愛いよりむしろ美しいと表現したほうが似合うが。
ほめられ慣れていないのだろう、カアッと赤くなった顔は、意外なほど可愛らしい。
「……お、おだてても何も無いぞ」
「素直な感想でしょ? 誤魔化しちゃダメ子さん」
「やかましい」
ニコニコと機嫌のよさそうなチャラルさんに、これはひょっとしてあれかな、と思う。
「なんか、デートのお邪魔しちゃったみたいですね」
「ちょ、メーディアちゃんメッ!! 本人気付いてないんだから!!」
おっと。余計なことを言ってしまったらしい。
「はは。残念なことに仕事なんだ。最近この坑道に……」
「ストップストップ!! 天然さんお断り!!」
がっと腕を引っ張って、離れたところまで連れて行ってしまう。
何事かヒソヒソ話し合った後、焦った様子で戻ってきた。
「まー、その。仕事でもデートでもない、プライベートってことでよろ」
よろってなんだろう。またチャラルさんの方言か。
「それでメーディアちゃん、なんだってわざわざこんなところで狩り? もっと街に近いとこあるじゃん」
「んー、まあ色々理由はあるんですけど、お金のにおいがしたので」
キリッとして言うと、やんわり苦笑いが返ってくる。
「うん、外出て話そっか」
「え? もういいんですか?」
「んー、一般人に中にいられると困る」
すとんと出てきた標準語の台詞に、ちょっとしびれる。
真面目な顔をするとカッコいいですよ、この人。
外に出ると、夏を盛りと泣き喚く蝉しぐれが、山々にこだまして響き渡っていた。風流。
「どうする、私の出番はなさそうじゃないか」
「ま、予想不足ってゆーか、調査不足ってゆーか。しばらく落ちないよーにしとこっか」
ナデシコさんを残して、チャラルさんが坑道に戻っていく。
いったい、これから何をするのだろうか。
「……すまないな、何ひとつ説明できなくて」
「いえ。深い事情があるんですよね」
薄い肩をすくめて、苦笑いが零れる。
「あいつは相当、人を見る目があるらしい」
そういったきり、彼女から話を振ることはなく、自然と沈黙が降りた。
くいくいと袖を引かれて、ユーリの方を向く。
「あのチャラル? って男、何者?」
「さあ……」
とりあえず、チャラルさんと遭遇したときのことをかいつまんで話す。
巨大な増幅石のことを話したときには、軽く取り乱された。あれは設置罠だ。
「あんた、よく自分の欲望に勝ったね」
「人を節操無しみたいに言わないでください。できることしかしません」
「できること、ねぇ……」
しばらくすると、坑道からチャラルさんが出てくる。
「これでまー、しばらくオッケでない?」
パンパンと手をはたくと、年寄りくさく腰をのばす。
「ノイモーント廃坑は、向こう10年一切落盤しないよん」
「は?」
「ちょちょーっと壁いじくったら、何とかなった感じ?」
「はあ」
突拍子も無い言葉に、思わず首を傾げる。
「いやあの、それは言ってもいいんですか?」
「んー。まあいいじゃん。安心して狩ってちょーよ」
この人は本当にどこの地方の人なんだろう。
「本当は、完全に塞いでしまおうと思って来たんだ。危ないだろう?」
「そうですね」
「しかし、いまだに使われているとなると、話が変わってくる。どうせ、その気になればいつでも塞げるのだから、有効活用してもらえるのならその方がいい」
ナデシコさんの丁寧な説明に、それでも首を傾げてしまう。
この人達、本当に何者なんだろう。
「んじゃ、オレら帰んね」
「女神の加護のあらんことを」
それだけ言うと、彼らはまた、瞬く間に消えてしまった。
取り残された私達は、一様にポカンと間抜けな顔をしてしばらくつっ立っていた。
「女神の加護……?」
「どこまでも古風な人だね、ナデシコって」
先ほどの言葉は、時代劇でよく耳にする、旅人同士の定番の挨拶だ。
参考にされている300年前の時世では、魔法が衰退の一途を辿る最中、まだ光銀が発見される前で、女神信仰という土着の宗教があったらしい。
「ほら日が暮れるよ。あたしたちも帰ろう」
頭が痛くなってきた、とジェスチャーするユーリに同意し、私達は家路についた。




