第4話 そして彼らはわかりあう……かもしれない
うららかな日曜日。
定休日は火曜なので、私は今日も店に立つ。ちなみにこの店、定休日でなくとも不意に開店しないことが頻繁にある。
「次の火曜日なんだけど、予定空いてる?」
「ユーリ、その話はまた後にしましょう」
「いーじゃんいーじゃん、誰も来ないって」
「人の店が流行ってないみたいに言わないでください」
「今度デートしようよ、久しぶりに2人っきりで」
よく見れば美人なのに、でれでれと締まりなくそんなことを言うので、あまりの残念っぷりにちょっと悲しくなった。
カランカラン。ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。ほら、裏にいてよ」
「やだね。デートするって言ってくれるまで離れないね」
「はいはい、行き先は北の森でいいですか? 山デート」
たぶん3人と1匹になるだろうけど、まあ狩りと言うよりはデートになるだろう。なにしろ北の森は狩りつくした。
「よしゃ、絶対だかんね」
「はいはい、早くどっか行って」
しっしと犬のように追い払うと、振り返ったユーリの背中が固まる。
何事かとその向こうをのぞけば、今しがた入ってきた来客も同じように固まっていた。
「すみませんマティアスさん。お待たせしました」
「……マティアス?」
ユーリの怪訝そうな声が、かろうじて耳に届く。
「知り合い……ですか?」
困り果ててマティアスさんを見上げる。目元が剣呑に眇められて物騒だ。
「いいえ、面識はありませんね」
「マティアス=イェーガー。この街の冒険者なら誰でも知ってる、有名人だよ」
以前ジェイさんから聞いた話を思い出す。確か、冒険者と依頼者を取り持つパブを経営しているとか。
「男爵家でも働いてるって聞いたけど……薬屋に何か用事?」
ユーリの上から目線な言葉に、なぜかギョッとする。どうしてそんなにケンカ腰なの?
「薬を買う以外に、何か用事が必要ですか? あなた、少し態度が尊大ですよ」
少しじゃないけど、まあおおむね同意する。
「あのぉ、店内でケンカはやめてくださいね……?」
おそるおそる進言すると、2人は顔を見合わせ、どちらからともなく店を出て行った。なんだったんだ一体。
「店長、在庫確認終わりました」
「ありがとう。あの、もう1つ良いですか?」
「は?」
通常業務を淡々とこなし、在庫チェックで数量が不足している商品を調べ、メモに書き出していく。明日の午前中はこれを調合していよう。
そう、庭のハーブがまた大きくなりすぎていたんだった。そろそろ大きく剪定してしまったほうがいいんだろうか。愛着があるのと面倒くさいのでなかなか手が出ないのだが。
「店長」
私が現実逃避に没頭していると、背後のドアが開いた。
「マティアスさんが怪我をしたので、介抱してやってください。店番変わります」
「はーい」
やっぱりこうなったか。
2階にあるジェイさんの部屋に横になっていた彼は、眼の下に大きな痣をこしらえ、あろうことかその美貌を大きく損ねていた。もったいない。
「大丈夫ですか?」
怪我に冷やしたタオルを当てると、彼は気まずそうに視線を逸らした。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いえ。お得意様ですから」
傷を消毒液をしみこませた布で洗い、傷薬を塗りこみ、ガーゼで覆う。
「他にどこか怪我はありませんか?」
そう聞くと起き上がって左のそでをまくる。
何度も攻撃を受け止めたのだろう、顔の比ではなかった。
「ずいぶん激しくやらかしたんですね」
「後先考えずに冒険者に突っかかるなんて、馬鹿な真似をしました」
ユーリはもともと、冒険者として腕が立つ。それに加えて最近では、ジェイさんの狩りを見ては色々と試行錯誤しているのだ。マティアスさんが体格的に恵まれていても、それだけで勝てる相手ではない。
「彼女も、もう少しおしとやかならよかったんですけどね。乱暴者で気が短いものだから」
マティアスさんの表情が固まる。
「彼女……?」
どうやら、気がついていなかったらしい。
「ユーリは女性ですよ?」
「……」
顔が赤くなったと思ったら青くなり、眉間に皺が寄ったと思ったら頬が緩む。
なるほど、これが百面相か。
「ひょっとして俺は1人で盛り上がってただけなんじゃ……」
最終的には、頭を抱えてうずくまってしまった。
腕の怪我はもう手当てし終わったのだが、他に怪我していないか心配だ。
「店長」
ノックもなくドアが開き、部屋の主が入ってくる。
頭を抱えてブツブツ言っているマティアスさんに一瞬気味悪そうにした後、本題に入る。
「さっき連絡があって、ユーリが酒場で飲んだくれて潰れているそうです」
「うわ」
酒臭いユーリを想像して背筋が凍る。
「ジェイさんが拾いに行ってください、店はもう閉めます」
「わかりました、出掛けに看板を下げればいいですか」
「ええ。後片付けは私が引き受けますから、超特急で回収して、必ず自宅まで送ってください」
「了解です」
ドアが閉まったのを見届け、再び怪我人に向かい合う。
「店長……か」
「マティアスさん?」
「最近、ジェイはよく笑うようになりました。あなたのおかげです」
にっこりと微笑むご尊顔に、思わず顔が赤くなる。前言撤回、美貌を損ねてなんかない。
「……羨ましい」
「はい?」
「いえ、少し今の職場に疲れてしまって。私も、思い切って転職してみようかと」
唐突なその言葉に、どう返していいかわからなくて、ひとまず口角を持ち上げてみる。
「ずいぶん大それたことを言うんですね」
マティアスさんの顔から、微笑みが消える。あ、悪い話をしようとしている。
「……男爵家は、もうあとがないんです」
たったそれだけ呟いて、押し黙ってしまう。
彼をして後がないとは、もう、ずいぶんと切羽詰っているのだろう。
どう声をかけていいかわからず、思わず包帯を巻いた左手に触れる。途端、手を引かれて抱きすくめられてた。
「っ!?」
反射的に突き飛ばしそうになるのを、理性で押し留める。中腰が辛くて膝をつくと、視線の先にある首筋がふるえていた。
「俺が、路頭に迷うことになったら……また、拾い上げてくれますか」
それは、お願いなんて軽いものじゃなかった。懇願とか、そういう言葉が似合う。
思わず鎖骨に埋められた頭に、手をあてる。
「ええ。大丈夫。大丈夫だから」
優しく髪をなでてやれば、背中に回った手にいっそう力が入る。
彼は、自分の無力さを嘆いているのだ。
私には分からないところで、きっと身を切るような思いをしているのだ。
何も言ってくれないけど、たぶん、そう。
「ほら、疲れたでしょう? 少し休んで」
やわらかく言っても、不安なのか頭を振るばかり。
「大丈夫、そばにいるから」
渋々と顔を上げるマティアスさんに、やっぱりどんな顔をしていいかわからなくて、口角を上げてみる。
ぐったりと力が入らない体を横たえ、布団をかけて手を握る。
「明後日、皆でピクニックに行くんです。マティアスさんも、一緒に行きませんか?」
小さくうなずいて、強く手を握り返してくる。
「眠れ」
睡眠導入魔法をかけ、深い眠りの淵へ突き落とす。ちょっと、いやかなり良心が痛んだが、これ以上は私が持たない。
ベッドの枕元に背を預け、思わず膝を抱える。私は何をしているんだろう。
しばらく茫然自失のまま膝を抱えていると、ドアからノックの音が聞こえた。
「店長……?」
耳から入ってきた音がまた耳からぬけていく。誰か何か言っただろうか。
がちゃりと錆っぽい音がして、ジェイさんが入ってくる。薄暗い中で膝を抱えている私に驚いたようで、少したたらを踏んだ。
ぼんやりした視界にずいぶん見慣れた足がうつって、何とか顔を上げる。
「大丈夫ですか? 送ります」
何を返す間もなく、腕を取って担がれる。さっきのユーリも、こうやって送っていったのだろうか。
「すみません……足、力入んないので、おぶってください」
「……はい」
すっかり日も落ちてひと気の無い道を、ブーツの足音が1人分、広がっては消えていく。
「すみません」
「大丈夫ですか?」
思わずしがみ付く腕に力が入る。彼があれこれ詮索してくる人じゃなくてよかった。この胸のもやもやは、とても言葉では言い表せない。
ぼんやり空をあおぐ。ちかちかと瞬く星が目にしみた。
「生きていくことって、悲しいんですね」
「……そうですね」
「あ。マティアスさん、朝まで起きないと思うので、今日は調合室のソファ使ってください」
「はい」
火曜日、ジェイさんと一緒に集合地点である私の家にやってきたマティアスさんは、まだ顔に痣をつけたままだった。
「ちょ、まだ治ってないんですか!? もったいない」
「いえ、これは別件で……」
言いづらそうに視線を逸らす彼に、一昨日あった強い影が薄れていることに気付く。何かあったらしい。
一旦家に入って手当てし、4人そろって北の森に入る。出迎えてくれた赤い飛竜に、軽く抱きついて挨拶する。
「紹介しますね、私の店の常連の、マティアスさんです」
「キキキ?」
「そして、私達の友人の、アルゴです。人間で例えると、10歳くらいの男の子なんですよ」
「は、はぁ……どうもはじめまして」
「キキ」
「仲良くしてくださいね」
北の森の入り口から、アルゴが寝床にしている木の根元を目指す。
「もうここの暮らしには慣れましたか? お友達とかできました?」
「キキー」
「ええ、そうですね」
「キキキ、キー」
「え? ご両親が? 何か言ってました?」
「キキ、キキキ」
「当たり前ですよ。たまには顔を見せてあげてくださいね」
「キー……」
「そんなことありませんよ、大丈夫です」
何しろドラゴンのエスコートがあるのだ。今日は赤食狼に囲まれたりして、仕方なく血なまぐさい思いをしなくて済む。
ちらと後ろを見れば、ユーリとマティアスさんがあからさまに距離をとって歩いているのが見える。それでもぽつぽつと何か言っているようなので、誤解が解けるのも時間の問題だろう。
アルゴの寝床に到着する。
周囲の低木が踏み倒され、枯れ草を敷き詰められた空間は、最初に見たときよりずっと快適そうだ。
「ジェイ、ちょっと付き合ってよ」
「どうするつもりだ?」
「ちょっと新しい魔法考えたんだよね。検証すんの」
ユーリとジェイさんが連れ立って森の中へ消えていったので、私は荷物からレジャーシートを広げて、木陰に腰を下ろす。
「マティアスさんもどうぞ」
「どうも」
くつろぎはじめた私達の隣で、アルゴがその大きな体を横たえて丸くなる。これでまだ子供だといのだから、竜というのは恐ろしい。
「あの、怪我は痛みますか?」
「いえ、おかげさまでまったく」
にっこりと微笑まれて、言葉を失う。
沈黙が流れて、木々を揺らす風の音ばかりが鮮明に耳に届く。
「……仕事をやめたいと言ったら、逆上されてしまいました」
「えっ」
予想外の言葉に、思わず変な声が出る。それが怪我の原因か。
「自分がやるべきことを放棄して逃げるのかと。それも正論ですけど、明らかに私1人で何とかできる仕事量ではないんですよ。そういうところ常識のない上司でして」
「は、はあ」
一体どれだけこき使われていたというのだろう。馬車馬だってこんな理不尽な労働してない。
「大勢の罪もない使用人たちのことを考えて今まで我慢してきましたが……ユーリさんとケンカして色々吹っ切れました」
たぶんケンカだけじゃなくて、色々背中を押す出来事があったのだろう。そうでなければ、こんなに晴ればれと結論を出せたとは思えない。
「そういう事情で今宿無しなのですが、スリーピングシープに転がり込んでいいですか?」
「えっと……それは、文字通り店を宿にしたいって意味ですか? それともあの、うちで働くつもりで……?」
「もちろん、再就職のご相談ですよ。当たり前でしょう」
「いやだって、うちより条件のいい職場なんてごまんとあるでしょう?」
「私の考える条件と、あなたの考える条件は、ずいぶん隔たりがあるようだ」
確かに価値観の違いのようなものを常々感じるけど。マティアスさんの条件って何?
「接客、経営、帳簿、一通りできますよ。残念ながら、薬の知識はありませんが」
「う」
思わずうちのカウンターで営業スマイルを振りまく彼の姿を夢想する。
連日押しかける女性客、飛ぶように売れていく香水に石鹸、その他こまごました薬類。
念願の流行の店に名を連ねる日も近いのでは……?
そうだ、以前からちまちまと開発していた化粧品の類を、今こそ世に放つべきでは? 試作品も、そろそろ自分ひとりでは消費しきれない数になってきたし。
以前までの試作品程度の完成度でも、皮膚異常はおこらないわけだし……わずかでも実感があれば女性は喜ぶだろうし。
「あの、週6日出てもらっても? けっこうな頻度で私もジェイさんも消えますけど」
「いいですよ」
「うち今タイムカードとかないんですよ。その辺に関する知識ってあります?」
「ええ。パブでの実施経験もあります」
「そういえば、うちで働くとして、パブのほうは大丈夫なんですか?」
「あんなもの、ただの趣味ですから」
にっこりと天使の微笑みで言い切られ、思わずたじろぐ。街の重要施設が趣味って……。
「部屋は店の2階を好きに使ってください。台所とトイレは共有で、バスはついてません。まだ土地は余ってますから、一緒に稼いでいつか増築しましょう」
「いいですね」
その他の条件について綿密に打ち合わせしていると、背後から伸びてきた手が、私とマティアスさんを引き離した。
「くっつきすぎ」
いつの間にか後ろに立っていたのは、森の中に消えたユーリだった。
「メーディアの意思って言うのもあるから譲ってやろうと思ったけど、やっぱりやだ。ムカつく」
唐突な台詞にわけがわからなくて混乱する。私の意思?
「ユーリ、何の話?」
「恋愛対象は最低限男じゃなきゃダメだって言ったの、メーディアでしょ?」
確かに私は、女性でも愛せるほど懐は深くないが。今この状況と何の関係があるのだろう。
「だからもうちょっと、男が入り込めるぐらいの関係でいようと思ったわけ。で、試しにイェーガー入れてみたわけ。でもやっぱダメだわ、イェーガーにメーディアは渡さない」
苦々しい告白に、それでも首を傾げる。やっぱり意図がわからない。
「もー、メーディアの鈍感!!」
「だから、何を怒ってるのかわからないってば」
こうして、私達に新しい仲間ができた。波乱の予感を抱きながら、また新しい毎日が始まる。




