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第3話 未認知事象と遭難の最中に偶然出会う=未知との遭遇

 アブラゼミが鳴き始める北の森。今日は街の暑さにやられ、近所の穴場スポットへ森林浴に来ていた。……のならよかったのに。

「いやはや、聞きしに勝る密林ですな」

 油ギッシュな顔をした中年男性が、しきりに額の汗を拭いている。

 一体何が悲しくてこんなおっさんの相手をしているのか。



 ことは数日前にさかのぼる。

 私が護衛を引き連れて北の森を散策している実態が、ナーヴの冒険者ギルドに漏えいしてしまったのだ。誰がやらかしたかは言うまでもない。

 北の森の魔物に手をやいて実態調査がとどこおっていたギルドは、あろうことか民間企業であるスリーピングシープに、情報提供と北の森探索の護衛を依頼してきた。

 普通、冒険者ギルドのような大規模集団が、たった2人で切り盛りしている町の薬屋に、全面的な協力を求めたりはしない。

 というか、荒事というのはまず騎士団に依頼されるべき事案であって、決して踏破成功者に寄生して現場に踏み込むなんて厚顔無恥にも程があるし無能が過ぎる。ふざけんなよ国家権力が。

 そう、冒険者ギルドの背後に存在する国家権力の前に、私達は無力だったのだ。


 大人数の調査隊を組織しようとするギルドをなだめすかし、何とかおっさん1人の同行で勘弁してもらった。

 もっと屈強な冒険者でもよかっただろうに、なんだってこんな閑職のおっさんをよこしたのか訳がわからないしやはり彼らの頭はどうかしている。滅びろギルド。

「それにしても皆さんお静かですな。いつもこんな感じで?」

「ええまあ……体力の無駄ですから」

「ほうほう、さすがは本職の方ですな」

 そういうおっさんは冒険者ではないらしい。だから、なんで文官職を寄こすんだギルド。滅べ。


 ふと背後を見る。

 ジェイさんが無言なのはいつもの事だが、いつも騒がしいユーリは具合の悪そうな顔で大人しくしている。本件の責任を感じて、私のお咎めを待っているといった所か。

 いつもこう殊勝ならもう少し体力の節約になるのに、

「もう一度確認しておきますけど、少しでも危険なことがあったら即帰りますから」

「それはもちろん!! むしろ私からお願いしたいところだ」

 ああ。早く危険カモン。私は帰りたい。



 そんな(よこし)まなことを考えていた私がいけなかったのだろうか。目の前にあからさまな危険が寝そべっていた。

「……なに、あれ」

「さ、さあ。巨大な爬虫類、ですよね」

 いつも目印に使っている巨大な木の根元に、大きな蛇とも蜥蜴(とかげ)ともつかない魔物が横臥(おうが)している。しかもその腕には、大きな翼膜が……ああ、ウソでしょう?

「竜、だな」

「ですよね」

「だろうね」

 まじまじと竜を観察する。色づいたもみじのような朱色の、見るからに硬そうな鱗が全身を覆っていて、なまくらな剣では切りかかってもはじかれてしまうだろう。

 ぎりぎり目視できる距離だが、気づいていると考えるのが妥当だろう。

 しかし竜は、寝そべったまま身じろぎもしない。油断を誘って、近づいてくるのを待っていたりするのだろうか。

「ユーリ、ギルドの方をつれて逃げなさい」

「はぁ? ちょっと」

 ぐっと顔を近づけるユーリ。気持ち悪い。

「今逃げ出したほうがリスク高くない?」

「大丈夫、おじさんが倒されている隙に、ユーリは逃げられます」

「無理だって。あのおっさんがそんな時間もつわけないじゃん」

 人権を無視したヒソヒソ話に、さらにジェイさんが加わる。

「全員で逃げるべきだ。リスクが分散される」

「あの竜に関して、少し確かめたいことがあるんです。ジェイさんには護衛を、ユーリにはギルドの方の排除をお願いします」

「確かめたいこと? 何?」

「あそこ……こちら側の後ろ足なんですけど」

 と、とぐろを巻くように体の横に回った尻尾の影を指す。

「地面が赤くなっているんです」

「……うん?」

 2人とも見えないようで、激しく顔をしかめている。

「鱗を見間違えてない?」

「それならそれでいいんですけど、もしあれが怪我で、あの竜と渡り合う強大な敵が近くにいたとしたら?」

 場の空気が凍りつく。最悪中の最悪のシナリオではあるが、確率はゼロではない。

「わかった、おっさんのことは任せて。くれぐれも無理しないでよ」

「もちろん」



 ユーリたちがもと来た道を戻って行っても、竜は特に何もしなかった。

「どうする」

「もう少し近づきましょう。近くに他の魔物はいますか?」

「竜を警戒して息を潜めている。離れて様子をうかがっているな」

「背中、あずけましたよ」

 身を潜めていた茂みから立ち上がり、ゆっくり歩いて距離を詰める。

 やはり何の反応もない。ひょっとして事切れたりしているのか。


 少しずつ、距離が縮まっていく。やっと姿が見えるところから、半分、もう半分とつめたところで足を止める。

 ここまで来れば、その体がひどく傷ついていることは明らかだ。

「生きてる……よ、ね。ですよね」

 思わず背後のジェイさんにこぼす。

 全身の怪我はひどく深刻で、並みの生き物なら死んでいてもおかしくない規模だ。

「落ち着け。他の魔物がよってこないのは息がある証拠だ」

 一旦深呼吸する。真っ直ぐ竜を見て、また歩き出す。


「……あの」

 十分間合いを保って声をかけると、ずっと伏せられていた目が開く。青く鋭い眼差しが、真っ直ぐにこちらを射抜いただけで、なぜか身がすくんだ。

「わ、私達は近くの街の薬屋で……今日は、ちょっと人に頼まれて、この森を調査していたんです」

 静かな眼差しは揺らぐこともなく、ただじっとこちらを見ている。

「どうして、あなたは怪我をしているんですか? この近くに、あなたよりも強い何かがいるんですか?」

 竜は黙して語らない。

 と、思わず(ふところ)からいつもの薬を取り出す。

「あなたの怪我を治させてください。そのキズをつけた相手の事、少しでもいいから知りたいんです」

 長い沈黙が落ちる。

 ひたすら見詰め合うことしばし、竜は再び目を閉じ、怪我を庇っていた尻尾をどかした。

「ジェイさん、水をくんできてください」

「了解した」



 代謝活性薬を口の中に押し込み、あちこちのキズを止血しては薬を塗ってを繰り返す。

 森の外からユーリが戻ってくる頃には、一通りの処置は終わっていた。

「道中変わったことは無かったよ。1回狼にちょっかい出されかけたけど」

「大丈夫でした?」

「ドーピングして逃げた」

 なるほど、それが一番正しいかもしれない。


 背伸びしながら、傾いた日を眺める。今から帰るより、ここに居たほうが安全だろうか。

「キャンプの準備をしてください。ここで野宿しますよ」

「えー」

「なんですか? うっかり機密情報を漏らしたユーリさん」

「う……」

 しぶしぶ野営の準備に取り掛かるユーリを横目に、ずっと眠ったように動かない竜を見上げる。

「私達はここで夜を明かそうと思います。火をたいても大丈夫ですか?」

 青い瞳がうっすら開き、うなずいて同意を示す。

 彼らは人の言葉がわかるらしかった。


 空が白んで瑠璃色になる頃には、竜の怪我はすっかり跡形もなく消えてしまった。さすがというかなんというか。人をはるかに超える竜の生命力を垣間見た。

 さらに数時間後、完全に日が昇るころには、元気に飛び回る竜の姿があった。

 立ち上がると民家の屋根ほどの高さに頭があり、翼を広げれば、それこそ私の家のはしからはしまで届きそうだ。伝説では森の木々よりも背が高いそうなので、これでもまだ子供なのだろう。


 荷造りを終えた私達を、彼は森の中の一角に案内した。

 尻尾をゆらゆらと左右に振って歩くその姿は、しかし貫禄に溢れた堂々としたものだ。歩調も私達に合わせているのかずいぶんゆっくりで、置いていかれる心配はなかった。


 そうしてたどり着いた先には、何羽もの夜怪鳥(やかいちょう)の死骸が転がっていた。これが、彼にキズをつけた張本人らしい。

 夜怪鳥というのは、山猫のような顔にコウモリの体をしており、群れを成して巨大な獲物を狩る空の捕食者の代表格だ。

 体格こそ小さいが、その一撃は鋭く、さらに群れで襲いかかることで、熟練の冒険者さえも死にいたらしめる。

 死骸の規模から言って、残党がいても暴れまわるほどの力は残されていないだろう。

「たいした敵じゃなくてよかったじゃん」

「ですね。一応パブに残党狩りの依頼でも出しておきましょうか」



 一件落着と森を出ようとする私達を、彼は激しく引き止めた。

「あの、私達も別れがたいのですが、予定外に一泊してしまった以上、さらにここに留まるわけにも行きませんし……」

「キー、キキー」

「はい好きです、でもそれとこれとは別問題でして……」

「キ、キキー」

「ついて来るのはダメですってば。町が大騒ぎになります」

「キー……」

「……あの、もうこの森に住んだらどうですか? 遊びに来ますから」

「キ!?」

「ああ、やっぱりダメですよね……ご両親も心配するでしょうし」

「キッキ、キッキキ」

「え、いいんですか?」

「あのさメーディア。何でそれで意思疎通できるの?」


 こうして、私達に新しい仲間ができた。彼は竜、名前はまだない。

地の文がトゲトゲしてて、なんか申し訳ないです。ちょっとオカンムリなだけなんです……。

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