第2話 女冒険者帰還とその手土産の話
百合・GL描写があります。
ただ、主人公はノンケです。
心地よい初夏の風が、レースのカーテンを揺らす。
これでカーテンのあちこちに真っ黒な何かが飛び散っていなければ、とてものどかで美しい情景なのだが、残念ながらここは怪しい薬屋の工房だったりする。
大きな真鍮鍋を火にかけながら、隣で鍋に投下する材料を量る。天才的な薬師と言うのは、こういうちまちました面倒くさい作業を、嬉々として行える人種を指す言葉である。うん、楽しい楽しい。
まろやかな赤銅色の鍋の中では、ぐっつぐっつと薄緑色の水が次なる生贄を求めるように煮立っている。とでも言えば、この鍋見てるだけの作業も、少しは怪しげだろうか。
「あっつー」
今日はうんざりするような快晴で、窓から景気よく入ってくる風は生ぬるい。
やはり店内だけではなく工房にも冷媒魔石を置いておくべきだろうか。でもな……高いんだよな……買っても作っても。
一応断わっておくが、世界的に魔術の普及した現代においても、魔石の生成と言うのはかなり難易度の高い精製魔術である。私が自作できるのは、製薬で培った経験値のたまものだ。
しばらくは火の前で我慢大会していたのだが、作業がひと段落したのを見て工房を逃げ出す。店に行けば涼しい冷却魔法を、つい最近雇った新人従業員がかけているはず。
薬工房は店の奥の倉庫のさらに奥にあり、まあつまりは倉庫という名の廊下を挟んだ反対側なのだ。
店舗に続くドアに手をかけた瞬間、はっとしてすぐ隣の姿見を確認する。いけない、顔に粉末がこびり付いている。糖衣のピンク砂糖だ。恥かしい。
「ジェイさん、今日すっごい暑いですねぇ」
なんて呑気にドアを開けると、うちの若い男性従業員にすごい形相で掴みかかる客の姿が目に入った。またクレーマーか……あ、違う、これは……!!
「メーディア!!」
「寄るな変態!!」
私に抱きつこうとするそいつに、迷わず右ストレートを叩き込む。
「はう」
敵がひるんだすきに、ジェイさんの背後に回り盾にする。
「ユーリ、化けて出たわね? あなたは2カ月前に旅立った後死んだはずよ」
「ちょ、人を殺すな!! ちゃんと生きて帰ってきたよ!!」
どさくさに紛れて1歩接近するユーリを、低くうなってけん制する。さっきまでじめじめと暑かったのに、そんなもの吹っ飛んでしまった。
「メーディア、そんなことよりどういうこと?」
「なによ、こっち来ないで変態」
「ちょっと見ない間に、2人の愛の巣に男を連れ込むなんて!!」
「愛の巣? 人の店に勝手なレッテル張らないでよ」
「こいつなんなの? メーディアにべたべたして、許せない」
「ユーリが抱きついて来るせいでしょ? それにこいつじゃなくって、ジェイさんってうちの従業員」
「あの、店長、この人は……?」
2人の間に壁として設置されたジェイさんが、困惑の表情でこちらを見下ろしてくる。
「えっと、私の協力者の1人で、ユーリ=シュネーザフィーアって言うレズ女。一応冒険者」
「……女?」
露骨な疑いの目を向けるジェイさんに、きっと目元が険しくなる。今更何を怒ることがあるだろう。
「女だから勝ったなんて思わないでよ!?」
何を言っているのかわからない変態に、深く深く溜息が零れる。面倒くさい。
改めてユーリの見てくれについて考えてみる。ツンツンした黒のショートヘアに、日に焼けた浅黒い肌。彫りの深く整った顔立ち、色気も飾り気もない実用重視な革ジャケットと、まあ、男に間違えられても文句の言えない姿をしている。唯一女性的なのは、化粧も何もしていないのにゴージャスな睫毛と、はっきりした二重瞼だろうか。こう、アマゾネスとかインディアンっぽい顔。
「そうだ、何か戦利品は? お土産ないの?」
「メーディアさぁ……あたしのこと散々怒鳴りつけておいてそれなの?」
「あるんでしょ?」
「うん」
「出して」
「はい」
姉と弟のようなと言うか、母と息子のようなやり取りに、ジェイさんがきょとんと首を傾げる。女の友情について考えてでも居るのだろう。
「えーっと……ものすごくお金になる戦利品と、今日から生活が楽になる便利アイテム。どっちから見る?」
「お金になるほう」
間髪をいれずに答えれば、さもありなんと大きくうなずかれる。欲望にウソをつくのは罪だ。
倉庫の隅にある休憩セットに座り、人数分お茶を入れる。
「実は今回、リベラントの国境の向こうまで行って来たんだよね。そこで見つけた、こんな感じのキノコなんだけど」
そういってユーリが懐から出したのは、赤茶けたキノコだった。成人男性の手のひらほどのカサを持っていて、ふちが波打つようにうねっている。
「これ……」
見覚えがあるのだろう、ジェイさんがキノコを指さして私を見る。
「ええ。アカイワシウミダケです。よく覚えてましたね」
「レアアイテムってことで間違いない?」
ユーリの顔がぱっと輝く。私が見せた覚えはないので、きっと現地の人に知恵を借りてとって来たんだろう。健気な娘だ。レズビアンにしておくのが惜しい。
「はい、1級品です。とはいえ、この個体は少し若いですね。北の森に自生しているものはこの倍のカサがありますから」
うっと苦虫を噛み潰したような顔をする。まさか近郊でも入手できるとは思わなかったのだろう。気のきく娘だ。変態にしておくのがもったいない。
「いや待った。北の森って言った? 入ったの?」
北の森は資源豊富な原生林なのだが、何しろ凶暴な魔物が三つ巴の戦いをいつも繰り広げているので、ひ弱な人間ごときが入っていい領域ではないのだ。
「腕のいい護衛を雇ったので。先週も2回は入りましたね」
「……護衛」
ギギギッと音を立てて、ユーリの首がジェイさんをあおぐ。まるでにらみ合う蛇とカエルのように、しばらく空気がかたまる。
長くなりそうなのでさっと見切りをつけ、ハーブティーをひと口すすり、シウミダケを手にとってまじまじ眺める。持ち帰る間に水気が抜けたようで、じゃっかん干からび気味だ。まあどのみち乾燥するからいいんだけど。
「いや、見るからに腕は立ちそうだけど……2人だけってことはないでしょ?」
「いいえ? 2人パーティーですけど」
ガンッと大きな音がして、ユーリの頭がテーブルに突き刺さる。どうかしたのかと手を伸ばそうとすると、ガバッと立ち上がる。なんだなんだ。
「信じらんない!! 何考えてんの!? あそこナーヴ近郊エリアで最高の踏破難易度があるんだよ?」
「踏破と採取は根本的に違いますからね。魔物だって、群れが大きいだけで個体能力は上の下ですし」
「それだって十分やばいから!!」
とてもそうは見えなかったのだけど……。
そっとジェイさんを見上げると、はっきり首肯が返ってくる。ユーリの言い分のほうが正しいと、そう言うのか。
「そうだ、便利アイテムってどんなの? 早く見せてよ」
不満げな顔のまま、それでも素直にイスに戻るユーリ。
「道すがら、ちょっと面倒くさいおっさんにからまれてさ。ぶっ飛ばして荷物漁ったら、面白いもの持ってたんだよね」
いくらあちらからからまれたとは言え、そこまでしては過剰防衛だろう。
「じゃん。こちらに取り出したのはおっさんの小汚いリュックサック。ご覧の通り中には何も入っておりません」
手品師のような口調で、私とジェイさんにリュックの中身を見せる。確かにカラだし、内ポケットも何もない。
「はい、あたしも手には何も持っておりません。この手を中に入れると……あーら不思議」
ぱっと取り出したのは、手のひらにおさまるサイズの香炉。旅人が虫除けに使うあれだ。
「さらには……ほら」
次に取り出したのは、私がいつも調合している気力回復ドリンク。その後も出るわ出るわ。質量保存の法則を軽く無視した量の荷物を取り出して見せた。
「これは……古代魔術?」
「ピンポーン。そのおっさん、古代技術の保持者だったわけ」
遺跡から発掘した魔法技術を独占している人のことを、保持者とか、独占者とか言うことがある。かく言う私とユーリもそのクチの人種で、経験上、けっこうな保持者がそこここにいる様子。
「つまり、このカバンは無限に収納できて、さらには重みも感じない魔法道具ってわけ。今ならこのきったないカバンと作り方をセットにしてなんと……?」
「買った」
「あたしと結婚してもらいまーす」
「やっぱやめる」
「冗談だってば」
「目が本気なんだもん」
その無限カバンの作り方と言うのが、私がいつもしている魔法薬の精製と大差ないことがわかったときは、古代魔術とは言えこんなものかとちょっと落胆してしまった。がっかり。
要約すると、まず布で作った暗くて狭い空間を用意する。そこに無属性精霊の力と結合した内部魔力を、ちょっとコツのいる感じで組み立て(詳しく話すと専門用語しか出てこないので割愛)暗くて狭い空間にコーティングしてやると、その布で区切られた空間を無属性魔術が拡張し、本来存在しないスペースを生み出すのだ。
やってみたらあんがい簡単で、いつもの糖衣巻きつけの要領でズバッと済ませる。ただこの無限カバン、入れたものが何らかの法則でリスト形式に並んでしまうので、欲しい物を欲しい時サッと取り出せないのが難点か。
と言う話を2人にすると、ジェイさんが自分の服のポケットにも拡張術をかけて欲しいと提案してきた。荷物とは別に、よく使うものだけを厳選して入れておくのだとか。無限ポケットか……その発想は無かった。
回復薬を入れておくと言うジェイさんに習って、採取に使うビン類やピンセットを入れておく。これは便利。カバンも無限の収納能力があるから、北の森全域を1回で蹂躙して回ることもできる。うはうは。
ジェイさんと2人で即刻狩りに出ようとすると、意外なことにユーリもついていきたいと言い出した。
「だって、そんなに強いって言うなら、色々教えて欲しくなるじゃん。だめ?」
判断に困ってジェイさんを見上げる。
「……教えるほどの度量は無いが、それでもいいか」
「全然OK!! 勝手に技盗まれて、後で吠え面かくなよ?」
この向上心とかすごく褒め称えたいのに……本当に、ユーリって残念。
北の森は、今日も宝の山だった。
「ジェイさん、あの上にあるツタって取れますか?」
「ああ」
「ユーリ、この薄紫の葉っぱなんですけど、見つけたら上のほうの5枚くらいむしりとってください」
「あいよー」
「気を付けろ、魔物だ」
「ジェイさん動かないで、閃光の脚」
移動速度上昇魔法で支援し、さらに自分にステルス魔法をかける。
「ユーリ、術をかけます。こっちに」
指を組んで印を切り、閃光の脚をかける。
「はいこれ飲んで。物理攻撃力が上がるドーピング剤」
「これ合法?」
「もちろん。こっちは代謝を活性化する薬。どっちも即効性で効果時間が短いので、切れると思ったらおとなしく撤退してください」
「大丈夫、その辺は心得てるから」
「ちょっと心配ですね」
「やだ何ツンデレ?」
「前言撤回。くたばれ」
最近ジェイさんと2人きりで、2時間ぐらいで切り上げなければならなかったので、今日の狩りがとても楽しく感じる。別に今まで楽しくなかったと言うことではない。決して。
「大猟!! 豊作!! 無限カバン万歳!!」
思わずテンションが上がってしまう。とは言え、最初の頃に比べ目新しい素材もないので、さすがに徹夜して薬作りに励むようなことはしない。
今回は店ではなく自宅に直帰し、作業場の大机にそれぞれの戦利品のごく一部を広げる。
私の戦利品は、言うまでもなく植物素材。アカイワシウミダケを初めとした貴重品も何種類かある。
ジェイさんの戦利品は、魔物の骨、牙、その他もろもろ。最近毛皮なんかの自前で加工できないものは、ジェイさんに換金してもらっている。だと言うのに律儀に店の儲けだと言ってくれるのだから、ジェイさん天使。
ユーリのカバンからは、私が頼んだもの以外に、以前道が通っていたあたりでよく見る、陶器などのかけらが出てきた。こんなものを拾ってどうするのだろう。
「んー、まあ、なんか綺麗かなって。ほら、これとか絵付けまで残ってる」
「あら本当」
確かに鮮やかな絵の具で花や文様を描かれたそれらは、童心をくすぐる可愛らしさを持っていた。
「いやぁクタクタだよもう。泊まっていっていい?」
「帰りなさいよ。まだ旅から帰ってきたばかりなんでしょう?」
「そうなんだけど……そのせいで余計に近づきたくないって言うか、気が重い」
どうやら不在中に積もったほこりは健在らしい。しばらくは迂闊に顔を出すまい。
「うー」
ソファでもんどりうっているユーリを無視して、素材を余分に作った無限カバンに詰め込む。何度でも言うが便利だ。
「……まあ、泊めてあげなくもないんですけど」
「マジで!?」
「調合の助手がいてくれると助かるんですよ」
「……スンマセンっした」
結局、ユーリは大量の素材を残して帰っていった。今度お礼に斑大鴉の干し肉を持って行こう。
2人きりで黙々と仕分けをしていると、急にジェイさんが手を止めた。
「彼女は……人間ができているな」
「そうですかぁ? ジェイさんは被害をこうむってないからそう思うんです」
恨みがましくそう言うと、そうかもしれないとあっさりした同意が返ってくる。あ、今笑った。めずらしい。
「きっと、長いこと苦労をしてきたのだろう」
「……それは、性的少数派だから、そう思う、と?」
「いや。あれだけ熱烈に恋をしていれば、それは幸せなことだろう」
熱烈ようが問題なのだが。
「言葉だと難しいが、勘や直感に近い。におい、かも知れない」
「におい、ですか」
私がいくらユーリの言動を思い出したところで、苦労をにおわせる記憶はない。私もユーリも、不幸自慢が好きなほうではないし。
「まあ、それなりの年数生きてますから。何かしらあるでしょう」
「そうだな」
「そうです」
そうして今日も、1日が終わっていく。




