最終話 星時研究部の次の観測
発表会の翌日。終業式とホームルームを終えた四人が部室に集まると、秋月先生から正式な知らせがあった。
「星時研究部、正式に、二学期以降も存続することが決まりました」
四人に向かって、秋月先生はいつになく晴れやかな表情で告げた。
「本当ですか!」
あかりが、真っ先に声を上げる。
「ええ。今回の発表、学校側からも、とても高く評価されたわ。天文、地学、地歴、それに喫茶店の話まで、幅広いテーマを、『時間』というひとつの軸でまとめ上げたこと。それが審査の先生方にも、しっかり伝わったみたい」
「よかった……」
こよみが胸に手を当てて、ほっと一息ついた。
「みんなのおかげよ」
秋月先生が、四人の顔を順番に見渡しながら言った。
「特に、大久保さんが最後にまとめた言葉。あれは、原稿にはなかったけれど、この部活の一学期の頑張りを、全部背負った言葉だったと思う」
「ありがとうございます……」
つむぎは、少し照れくさそうに、けれど確かな喜びを感じながら頭を下げた。
「ちなみに」
秋月先生が、少し悪戯っぽく続けた。
「審査の先生の一人が、『あの、時計が止まる演出、どうやったの? 演劇部にでも頼んだの?』って、真顔で聞いてきたわ」
「え、あれ、演出やと思われてたんですか?」
あかりが目を丸くする。
「そうみたい。あまりにも自然な間だったから、てっきり狙ってやったのかと」
「先生、なんて答えたんですか?」
つむぎが尋ねる。
「『さあ、生徒たちの企画力ですね』って、曖昧に濁しておいたわ」
「それ、嘘ではないですけど、答えになってないですよね」
こよみが苦笑する。
「詳しい説明のしようがないんだもの。仕方ないでしょう」
秋月先生の、意外と器用な誤魔化し方に四人は思わず笑ってしまった。
その日の放課後、四人はいつものように、カフェ・メリディアンに集まった。
「お疲れさま、みんな」
灯子さんが、いつもより少し豪華な、特別メニューを用意してくれていた。標準時プリンに加えて、十二種類の色とりどりのフルーツを時計の文字盤のように飾ったパフェが、テーブルに並ぶ。
「これ、お祝いね。その名も、『十二の刻のフルーツパフェ』」
「わあ、めっちゃ豪華!」
あかりが、目を輝かせる。
店の一角には、発表会で使った資料やパネルをもとにした、小さな展示コーナーが作られていた。星の写真、古地図のコピー、影の観測グラフ、そして床の真鍮のラインの説明パネル。
「これ、お母さんが作ってくれたん?」
「観光協会の方からも、面白いって言ってもらえたのよ。うちの店も、これから、もう少し、『時間について考える喫茶店』として、盛り上げていけたらいいなって思って」
あかりは、その展示コーナーをじっと見つめた。
「うち、この店のこと、これまで以上に、好きになった気がする」
「それなら、嬉しいわ」
灯子さんは、優しく微笑んだ。
パフェを食べながら、かなめは少し改まった様子でスマートフォンを取り出した。
「姉さんに、報告しようと思って」
メッセージを打ち込みながら、かなめは、ぽつりと呟いた。
「今日まで、ずっと、姉さんみたいに上手に説明できないことが、コンプレックスだった。でも、発表会で、自分の言葉で話せたって思えた」
「かなめさん、本当に、発表のとき、すごくわかりやすかったです」
こよみが頷きながら言った。
「うん」
かなめは、少し照れくさそうに笑った。
「これからは、姉さんの真似じゃなくて、自分なりの星の見方を、ちゃんと見つけていきたい」
メッセージを送ると、すぐに返信が来たようで、かなめの表情がふっと緩んだ。
「なんて書いてあったん?」
あかりが、興味津々に尋ねる。
「……『よく頑張ったね』って」
かなめはその短い言葉を大事そうに、もう一度読み返していた。
「それだけ?」
あかりが、拍子抜けしたように言う。
「それだけで、じゅうぶん」
「かなめ、姉さんのメッセージやと、途端に語彙が減るな」
「うるさい」
照れ隠しに顔を背けたかなめを見て、こよみが小さく笑った。
こよみは、その隣で古い活動ノート――柏木先輩たちが残した、あのノートを丁寧に手に取っていた。
「これ、部室の棚に、ちゃんと戻そうと思います」
「うん。でも、いつでも読み返せるように、大事な場所に置いておきたいですね」
つむぎが頷くと、こよみは小さなカードを取り出した。
「それから、これを挟んでおこうと思います」
カードには、こよみの丁寧な字で、こう書かれていた。
この記録の続きは、星時研究部・新観測ノートへ。
「今までの私なら、古いノートには何も加えず、そのまま戻すことだけを考えていたと思います」
こよみは、最後の白紙のページにカードをそっと挟んだ。
「でも、このノートは、終わった記録じゃありません。私たちの記録へ続いているんです」
「柏木先輩たちの続き、ですね」
「はい。答えを代わりに決めるのではなく、私たちが見つけたものを、その先に残していきます。柏木先輩、遠藤先輩、高瀬先輩……」
こよみはノートの表紙をそっと撫でた。
「あなたたちの続き、私たちなりに、完成させられたと思います」
こよみの言葉には、確かな誇りが感じられた。
つむぎは新しいノートを鞄から取り出した。真新しい、まだ何も書かれていないページ。
「これ、今日から、新しい観測ノートにしようと思います」
「新しいノート?」
あかりが尋ねる。
「はい。これまでのノートは、この一学期の記録として、大事に取っておきます。でも、これからも、新しい発見があると思うので」
つむぎは、そのノートの最初のページに、丁寧に日付を書き込んだ。そして、少し考えてから、こう書き添えた。
「星時研究部、二学期に向けて」
「二学期も、いろいろ、調べたいことが増えそうやな」
あかりが、パフェのフルーツを頬張りながら言った。
「夏休みには、流星群の観測とか、海辺の夜間観測とか、やってみたいです」
こよみが、目を輝かせながら言う。
「夏の星座の話も、詳しく調べたい。あと、恒星時の話も、もっと深く掘り下げてみたい」
かなめがそう言った後、あかりが少し考えてから言った。
「うちは……夏限定の新メニュー、考えたいな。逃げ水ゼリーとか、入道雲わたがしとか」
「それ、いいですね」
こよみが微笑む。
窓際の日だまりで、いつの間にか眠っていたチックが、そのとき、ゆっくりと目を覚ました。
「チック、起きた?」
あかりが声をかけると、チックは、大きなあくびをしながら、体を伸ばした。
「よく寝た……夏、近い」
「うん、明日から夏休みやで」
チックは、少し満足げに耳をぴこぴこと動かした。
「発表、終わった……大きいの、消えた。今は、静か」
「これから、しばらくは、平和ってことかな」
かなめが尋ねる。
「たぶん……でも、また、生まれるかもしれない。時のほつれ」
「そのときは、また、みんなで対応しような」
あかりがそう言って、チックの頭を優しく撫でた。チックは気持ちよさそうに目を細めた。
「みんな、ありがとう」
その一言に、四人はそれぞれ、温かい気持ちで顔を見合わせた。
「あ、そうや」
あかりが何かを思い出したように、チックに顔を近づけた。
「なあ、発表のとき、体、光らせたやつ、あれ、種明かし、そろそろしてくれてもええんちゃう?」
「企業秘密」
「まだ、それ言うんかい!」
「一度、決めた設定……曲げない」
「頑固やなあ、こんなときだけ」
あかりが呆れたように肩をすくめると、こよみとかなめも揃って笑ってしまった。
☆
パフェを食べ終えた後、四人は店の外に出て、夕暮れの空を見上げた。まだ明るさを残す空に、一番星が静かに輝いている。
「いよいよ夏休みですね」
こよみが、空を見上げながら言った。
「今度は、ちゃんと晴れた夜に、星、見たいな」
あかりが呟く。
「星は逃げないよ、って、すばるさんが言ってましたね」
つむぎが、微笑みながら言った。
「うん、今度こそ、ちゃんとした写真、撮りたい」
かなめが頷く。
四人はしばらく、夕暮れの空を眺めていた。星の光が、少しずつ強くなっていく。
「なあ」
あかりがふと、明るい声で言った。
「じゃあ次は、星が降る夜を観測しよう」
その言葉に、みんなが自然と笑顔になった。
「流星群、ですね」
こよみが頷く。
「楽しみにしてる」
かなめが穏やかな声で言った。
「わたしも」
つむぎが、新しいノートを大事そうに抱えながら答えた。
東経百三十五度の線が通るこの町で、廃部寸前だった星時研究部は、正式に存続を認められた。
カフェ・メリディアンの床の真鍮のラインが、夕暮れの光を受けて輝いている。
明日からは夏休み。星時研究部の時間は、これからもゆるやかに続いていく。
(おしまい)




