#86「ユニコーンの角でぶっ刺す」
(2026/03/23)
結局、午後も寝てばかりで無為に過ごしてしまった。
20:30。少し早いが、昼寝もしていたし眠い。もう寝るかと部屋を暗くしてベッドに横になる。うとうとしかけた、その時だった。
祖母から電話がかかってきた。
なんでも、店の買い出しをしていた母のレシートの束から、妙なメモが出てきたらしい。
「ユニコーンの角でぶっ刺す」
この“ゆにこん”とは何ぞや。あんた知らんかね?とのこと。
母も物騒なメモを書いたものである。しかもぶっ刺したい相手として、祖母と父の名前を並べているあたり、確信犯なのか、それとも単純に詰めが甘いのか。バレたくないであろう相手に見られる場所に隠すな。
スピリチュアル的な意味では、ユニコーンの角で刺されると「浄化」されるらしい。おそらく母は何かでそれを知り、嫌いな父と、振り回してくる祖母をどうにかしたくて名前を書いたのだろう。
いや、それでも名前まで書かなくていいだろう。頭の中でやれ。
母の意図を察した私と、「ぶっ刺す」というワードと、自分の名前が並んでいたことに不服な祖母。眠い頭でなんとか間に入り、フォローをする。
寝る機会を逃した私は、ちょっと偉いと思う。
結局、世間話も交えて、祖母との電話は1時間以上に及んだ。
母は本当に忙しい人だ。
朝から昼までは祖母というか伯父の店を手伝い、少し昼寝をして、夕方からは別の仕事で23時頃まで働く。週に半日の休みもあるかどうか、という生活だ。
それを知っているはずなのに、祖母は自分の店のことをあまりしない。正確には「やっているつもり」なのだろうが、母いわく全体の仕事量としてはほとんど役に立っていないらしい。
それどころか、母の貴重な休みを、自分の客の接待に使わせる。祖母にはその自覚がない。ただ、子どもを手足のように使っているだけだ。
母はやりたくてやっているのかと思うほど献身的で、祖母はそれに甘えきっている。
これは老いの問題ではない。私が幼い頃からずっとこうだった。つまり祖母の性分なのだろう。融通が効かないとむくれる人だから、母や伯父も従うしかない。
ユニコーンでぶっ刺したくなる気持ちも分かる。
父に関してはノーコメントだ。
10人中9人は母に同情するタイプの人間で、残りの1人は多分父と同じ気質だろう。
なぜ大阪に出てきたのか分からないと言い出すが、私たちは知っている。愛媛の仕事の体制が嫌で出てきたことを。あれだけ家族が反対したのに押し切って出てきたことを。
そして今、なぜかまた愛媛で働こうとしている。
不思議な人だ。
母は常々「離婚して本当に良かった」と言っている。あれだけ長く一緒にいたのだから、相当我慢していたのだろう。
何はともあれ、夜の仕事を終えて帰宅する母に一報を入れねばという使命感に駆られた私は、完全に寝るタイミングを失った。
眠い体に鞭を打って電気をつけ、この一連の出来事を伝える。
母の第一声は──
「ワハハハハ、疲れ吹っ飛んだわ」
だった。




