#87「大人の遊びと子供の遊び」
(2026/03/24)
友人の仕事終わりに落ち合うことになり、待ち時間にゲームセンターへ行った。
特にやりたいことがあるわけでもない。
プラプラと目的もなく歩いて、たまにゲームをして、時間を潰す。それだけの時間。
卒業式や修了式の時期なのか、思っていた以上に若者で溢れかえっていた。数分いるだけで、団体の学生たちが次々と出入りしていく。
若いってすごいね。キラキラして見える。
都会の学生はこういう遊び方ができていいな、とふと思う。
私の地元にもゲームセンターはあったけど、規模は小さいし、隣の商業施設からはミスドすら消えた。
地方都市に未来はあるのか。
経験値の積みやすさで、都会と地方の差は確実に広がっている。
……なんて、帰らずにいる私が言うのもおかしな話だが。
そんなことを考えていた時、ふと目に入った。
サザエさんのまちがいさがし。
まさか本当に実装されているとは思わなかった。
やりたい。
めちゃくちゃやりたい。
でも、この人混みの中で一人でプレイする勇気はなかった。
人の少ないゲーセンならまだしも、ラウンドワンのこの密度。しかも三十路。
明らかにフィールドが違う。
結局、写真だけ撮ってその場を離れた。
あの強気なゲーム設計、ちゃんと体験したかった。
でも、子供たちの視線が気になってしまった。
三十路は静かにゲーセンを後にした。
その後、友人と合流してご飯へ。
こういう時間が「大人の遊び」なんだろうなと思う。
ただ食べて、話して、近況を共有する。
先日1歳になったというお子の写真を見せてもらった。
帽子が似合う、やたら完成度の高い可愛さだった。
「可愛い」を抑えつつ、しっかり褒める。
癒された。
大人になると、ゲームセンターで遊ぶこと自体が減っていく。
実際、そういうことに付き合ってくれる友人はかなり減った。
これからはみんな、子供の付き添いで遊ぶようになっていくのだろう。
でも、私はまだ違う。
根っこが小学生のままなのだ。
おもちゃにもときめくし、ゲームセンターにもずっといられる。
子供おばさん爆誕である。
ただ、第三者目線で見るときつい可能性もあるので、
衝動は抑えつつ、たまの息抜きとして遊ぶようにしている。
クレーンゲーム、メダルゲーム。
本当はカードダスも音ゲーもやりたい。
でも、そこまで没頭できる集中力はもうない気がする。
この「我慢」が大人になるということなのだと、勝手に納得している。
……いや、
やっぱりサザエさんのまちがいさがし、やりたかったな。




