真実を求めて
市場の喧騒を後にしたルーカスは、職人街の入り口近くのごみ捨て場へ、食べ終えたリンゴの芯をぽんと放った。
そして、入り組んだ石畳の道を、ただ一心に進んでいく。
彼の頭の中は、これから語るべき言葉でいっぱいだった。
(伝えなければならない。僕がこの目で見て、耳で聞き、そして肌で感じた、この国の静かな悲鳴を)
あの温かいカフェで一体何が起きているのか。その深奥は、まだ見えない。
だが、この国が、何かに、静かに蝕まれている。そのことだけは、もはや疑いようのない事実なのだ。
彼の心に、もはや迷いはなかった。
だが、その一方で。
小さな、しかし鋭い棘のような不安が、胸のすみをちくりと刺す。
(……僕なんかが行っても、迷惑じゃないだろうか)
リネットたちは、何か大きな秘密を抱えている。それは確かだ。部外者である自分が、その領域にこれ以上深入りして、もし、拒絶されたら?
あの温かい居場所を、自らの愚かな行動で、永遠に失ってしまったとしたら……?
その恐怖が、鉛のように彼の足取りを鈍らせた。
路地裏で丸まっていた野良猫が、彼の足音に気づいて、不意に顔を上げた。猫は琥珀色の瞳で彼をじっと見つめ、「にゃあ」とひと声鳴くと、また丸くなった。
その仕草は、まるで、「何を迷っているのだ」と彼を叱るようでもあった。
そうだ。迷っている暇など、ない。
僕はもう、ただ息をするだけの弱い自分では、いたくないのだから。
彼は意を決し、見覚えのある蔦の絡まる建物の前に立つと、一度だけ大きく深呼吸をし、その重厚な木の扉をコツコツと叩いた。
カラン、とドアベルが澄んだ音を立て、中から「はい、どうぞー!」と、リネットの明るい声が聞こえる。
扉を開けた瞬間、優しいハーブの香りと暖炉の温もりが、冷え切った体をふわりと包み込む。
ロッキングチェアでは、金色の猫レオンが王様のようにふんぞり返り、片目だけを開けてルーカスを一瞥すると、興味などないと言わんばかりに、またその瞼を閉じてしまった。
「あ、ルーカスさん! 来てくれたんだね!」
カウンターの中から、リネットがぱたぱたと駆け寄ってくる。その太陽のような笑顔が、ルーカスの胸に巣くっていた不安を、あっという間に溶かしていった。
だが。
「……何の用だ」
カウンターの奥、薄暗がりの中で食器を磨いていたカイが、隠そうともしない警戒心をその声に滲ませた。ジェラールの視線もまた、穏やかではあったが、まるで彼の心の奥底までを見透かすかのように、静かで鋭い光を宿していた。
(……話して、いたんだな)
自分がここを出てからずっと、彼が一体何者なのかを、三人で。
温かい歓迎と、冷たい拒絶。
二つの相反する空気が、この小さなカフェの中に渦巻いていた。
リネットに促され、ルーカスは前回と同じ席へと腰を下ろした。
目の前にまた湯気の立つカモミールティーが、ことり、と置かれる。その優しさに背中を押されるようにして、彼は勇気を振り絞って口を開いた。
「今日は……皆さんに、どうしてもお聞きしたいことがあって、来ました」
彼は、つたない言葉で、しかし懸命に語り始めた。
兵士として城で耳にした『嘆きの風』という不吉な災害の名を。
妖精憑きを巡り、貴族たちが『伝統派』と『繁栄派』に分かれて、対立を深めているという事実を。
そして、市場で出会ったおばさんのように、その歪みの下で、名もなき多くの人々が静かに苦しんでいるという現実を。
ジェラールとカイは、ただ黙って彼の話に耳を傾けていた。その表情は硬く、何を考えているのか、全く読み取ることができない。
ただ、リネットだけが、「そうなんだ……」「大変だね……」と相槌を打ちながら、その紫色の瞳で、彼の言葉を一つ一つ、丁寧に拾い上げてくれていた。
「僕は……自分のことも、この国のことも、そして、あなたたちが関わっている、妖精憑きのことも何も知りません。だから……」
ルーカスは、そこで一度言葉を切ると、意を決して椅子から降り、三人の前で、深く、深く、頭を下げた。
「――どうか、教えてください! この国で、本当は何が起きているのか! 僕はもう、何も知らないまま、無力なままでいるのは、嫌なんです!」
それは、彼の魂からの叫びであった。
もう、ただ虐げられ、ただ存在するだけの存在ではいたくない。
自分の足で立ち、自分の目で真実を見て、そして、自分の意志で、何かを守れる人間になりたいのだと。
彼の切実な願いに、店の穏やかだった空気が、ぴん、と張り詰めた。
長い、長い沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、ジェラールの静かだが有無を言わせぬ重みを持った声だった。
「……君の覚悟は、理解した」
彼は、ゆっくりとカウンターから出ると、ルーカスの目の前に立つ。
「ならば、話は公平でなくてはならんな」
ジェラールは、頭を下げたままのルーカスの顔を覗き込むようにして、静かに、しかし厳しく問いかけた。
「我々が知る全てを話す前に。
まずは、君自身のことを聞かせてもらおうか。君が何者で、そして、何をその背に負っているのかを」
それは、彼が真実を知るに値するかどうかを試す、厳しくも公平な、信頼への試練だった。




