妖精たち: 人間立ち入り禁止! 秘密のガールズトーク
古びた香炉の蓋が開き、ふわりと若草色の光が溢れ出した。
深夜の木漏れ日亭。人間たちが深い眠りにつき、静寂が訪れた頃、地下の保管庫ではもう一つの「朝」が始まるのだ。
パチン、パチン!
暗闇の中で、小さな光が次々と弾ける。
若草色に続いて、アンティーク時計からベージュ色の光が、そしてビロードのケースから水色の光が飛び出した。
最後に、棚の特等席にある銀の馬車から、ひときわ明るい橙色の光に包まれた妖精が勢いよく飛び出す。
「おっはよー! みんな起きてるー!?」
橙色の光――『羽根の車駕』の妖精が、せわしなく宙を旋回しながら叫んだ。
その声を合図に、地下室は一瞬にして沸騰したような騒ぎになった。
「お姉様、お声が大きいですわ!」
「おはよー! もう起きてるわよ!」
「ちょっとお姉様、眩しいってば!」
水色、ベージュ、若草色の光たちが、口々に叫びながら飛び交う。まるで、いくつもの銀の鈴を一度に鳴らしたような、賑やかで愛らしい挨拶の応酬が始まった。
「平気よ平気! 人間なんて一度寝たら朝まで起きないんだから!」
羽根の車駕は気にせず、お互いの光がかすめるほど目まぐるしく飛び回る。
「それより見て見て! 今日、リネットちゃんに磨いてもらったの! この銀細工の輝き、すごくない? ねえ見てってば!」
彼女は自分の家である置物の周りをグルグルと回り、ピカピカになった車輪をアピールする。
「ええ、とても素敵です。まるで星屑のよう」
ベージュ色の光――『刹那の懐中時計』の妖精が、コホンと上品に咳払いをしてから相槌を打つ。彼女はワルツを踊るような優雅なリズムで明滅し、ふふっと笑った。
「でも、私だって負けてませんわよ? 今日、ジェラールさんに歯車の調整をしてもらったんです。チクタク、チクタクって、最高の音色でしょう?」
「あら、私だって!」
若草色の光――『安寧の香炉』の妖精も、ゆったりと宙返りをして主張する。
「今日、カイ君にお香を焚いてもらったのよ。どう? 私からいい匂いしないでしょ?」
地下室は瞬く間に、色とりどりの光と、かしましいお喋りで満たされた。
橙、水色、ベージュ、若草色。四色の光がイルミネーションのように明滅し、楽しげな笑い声が響く。
かつては人間に虐げられ、暴走し、心を閉ざしていた彼女たち。けれど今は、こうして温かい場所で、他愛のない自慢話に花を咲かせている。
「それにしても」
ひとしきりお家自慢が終わると、話題は自然と共通の「あの人」へと移っていった。
「ルーカス君、元気にしてるかしら」
水色――『囁きのブローチ』の妖精がぽつりと呟く。
「私を見つけてくれた時のこと、今でも覚えてます。植え込みの細かい枝で傷だらけになりながら……本当に優しい手つきでした」
「分かるー! あの子、すっごくイイ男よね!」
羽根の車駕が激しく明滅しながら頷いた。
「ノエルとかいう奴に壊されそうになってキレた時、あの子がリネットちゃんたちを呼んできてくれたから、私は今こうしてピカピカでいられるのよ! あのヘタレそうな顔して、やるときはやるんだから!」
「ええ、ええ。私なんて、あの子を消しかけちゃったのに……怒るどころか、心配してくれました」
懐中時計の妖精が、申し訳なさそうにベージュ色の光を弱める。しゅん、と小さくなった彼女を見て、他の三色が間髪入れずに群がった。
「気にしないで! わざとじゃないもの!」
「そうよそうよ! あの子はそんなこと気にする人じゃないわ!」
「元気出して! ね?」
三色の光が、ベージュ色の光を優しく包み込む。傷ついた仲間を全員で守る、温かな光の団子ができあがった。
彼女たちの結論は一つ。『ルーカス君は、我らが守るべし』ということだ。
ルーカス・ファビウス品評会は、満場一致で「最高評価」を獲得し、黄色い歓声に包まれた。
その時だった。
天井からまばゆい紫色の光が、壁をすり抜けるようにして降りてきたのは。
「あらあら、随分と賑やかですこと」
優雅なドレスを纏った、周囲より二回りは大きい妖精――ティティである。その背後には、淡い桃色の光を放つ『指切りの指ぬき』の妖精も控えている。
四色の光たちはピタリと止まり、慌てて整列した。
「ティ、ティティ様! こんばんは!」
「うふふ、こんばんは。夜更かしは美容に悪くってよ?」
ティティは扇子で口元を隠し、優雅に微笑んだ。
「でも、今夜は特別ね。わたくしも混ぜていただけるかしら?」
「もちろんですーっ!」
再び地下室に活気が戻る。
ティティは空中にふわりと腰掛けるような動作をし、少し真面目な顔になった。
「西の空は、まだ泣いているわ」
その言葉に、全員の光が少しだけ暗くなる。
西の地で暴走している『水差しのお姉様』のことだ。彼女の悲しみは、未だ癒えることなく雨を降らせ続けている。
「……助けてあげたいわね」
指ぬきの妖精が、母親のような優しい声で呟いた。
「ええ。きっと、リネットちゃんたちなら助けられるわ」
しんみりとした空気を吹き飛ばすように、羽根の車駕が勢いよく飛び出した。
「そうよ! 私たちがついてるんだもん! 私が戻ってきたからには、西の端へだって連れて行ってあげるんだから!」
その頼もしい言葉に、ティティも目を細めて頷いた。
「ええ、頼りにしているわ。……そして、全員揃ったら」
「パーティーしようよ!」
羽根の車駕が叫ぶと、他の光たちも一斉に賛同した。
「そうよ、パーティーね! お歌を奏でるお姉様も探して、みんなで踊りましょう! あの音楽、最高に楽しいんだから!」
「素敵! 私、あの曲大好きなの!」
「踊りましょう、踊りましょう! 朝までずっと!」
言葉だけでは足りず、光たちは互いの光の尾を繋ぐようにして、空中で大きな輪を作った。
クルクルと回り始める、光のメリーゴーランド。
しかし、調子に乗った羽根の車駕が猛スピードで回転を上げたせいで、遠心力に耐えきれず、輪はあえなく崩壊した。
「きゃーっ!」
「もう、お姉様ったら!」
「目が回りますわ~!」
地下室は、まるで宝石箱をひっくり返したような、眩い光と笑い声に包まれていった。
やがて、東の空が白み始める頃。
遊び疲れた妖精たちは、それぞれの「家」へと戻り、静かな眠りについた。
地下室には再び静寂が戻る。けれど、空気中には楽しげな余韻がキラキラと漂っていた。
ティティは最後に一人残り、棚に並んだ妖精憑き――妖精の家を、子供を寝かしつけるように慈しみを込めて一撫でした。
彼女の手から放たれた紫色の光が、オーロラのように地下室を満たし、興奮冷めやらぬ空気を優しく鎮めていく。
そして満足げに微笑んで、呟いた。
「夢の中でもお喋りしてそうね、この子たち」




