ルーカス: それは世界で一番、愛のこもった不用品
届けられたのは荷物ではない。物理的な形をした「過保護」だった。
夕暮れの兵士宿舎。ルーカスが警備任務を終えて宿舎に帰ると、狭い自室の前には異様な光景が広がっていた。
ファビウス家の紋章が入った上質な木箱が、いくつも積み上げられているのだ。
その横には、無表情な使用人が一人、直立不動で待機していた。
「……あの、僕にご用ですか?」
ルーカスが恐る恐る声をかけると、使用人は事務的な口調で告げた。
「ルーカス殿。サイラス様より言付けです。『貴殿の私物がまだ屋敷に残っており、非常に邪魔である。至急引き取られたし』とのこと」
「私物……ですか?」
ルーカスは首を傾げた。
わざわざ届けてもらうほどの物はそもそも持っていないはずだ。
「はい。拒否は許されません」
使用人はそれだけ言い捨てると、逃げるように去っていった。その足取りは妙に速く、背中には冷や汗のシミができている。ルーカスに拒否され、主人の怒りを買うのを恐れているかのようだった。
残されたのは、唖然とするルーカスと、部屋の入り口を塞ぐ木箱。
彼は溜め息をつき、一番上の箱に手を伸ばした。
「……兄上。嘘をつくなら、もう少し上手くやってください」
狭い部屋に木箱を運び込み、荷解きを始めたルーカスは、すぐに苦笑することになった。
不用品と称されたそれらは、全てが新品であり、しかも一級品ばかりだった。
ファビウス家を追放されたルーカスへ、ファビウス家から物を贈ったら周囲に怪しまれる。ルーカスから見れば、苦し紛れでしかない言い訳が「不用品」だったのは明らかだ。
最新素材の安眠枕。最高級の馬毛ブラシと、革の栄養クリーム。肌触りの良い寝間着。
そして、一番大きな箱に入っていたのは、一着の礼服だった。
深い紺色の生地は、一見すると地味で飾り気がない。しかし、手に取った瞬間、その手触りに驚いた。
見た目は質実剛健なウールだが、指先で撫でると、上質な綿のように柔らかく吸い付く。肌への負担を極限まで減らしつつ、兵士としての立場で着られる絶妙なバランス。
ルーカスは袖を通してみた。
驚くほど身体に馴染む。肩幅も、袖丈も、まるで測ったかのように完璧だ。
これは既製品ではない。彼の現在の体型に合わせて仕立てられた、フルオーダーメイドだ。
「……いつの間に、サイズを?」
ルーカスは記憶を辿る。兄に身体を触られた記憶などない。そもそも、会話すらまともにさせてもらえなかったのだ。
遠くから目測で? いや、まさか。
……そういえば、兵士として採用された際、身体測定の記録を提出した。
「まさか、あの記録を取り寄せたとか?」
次期宰相という立場を使って、一介の兵士の身体データを閲覧する兄の姿を想像し、ルーカスは吹き出しそうになった。
事実かはわからない。だが、想像すれば職権濫用も甚だしい。しかも、その強引な手腕の全てが、ただ弟にぴったりの服を着せたいという一点に使われているのだ。
箱の底には、一枚のメモが入っていた。
見覚えのない、しかし想像通りの几帳面で角張った筆跡。
『休暇中の服装の乱れは精神の乱れに通じる。ファビウス家に生まれた人間として、たとえ追放されようと、家の恥となる姿は許さん。また、兵士は身体が資本である。支給品の粗悪な寝具で判断力を鈍らせることは、国家への背信行為と知れ。靴の手入れも同様だ。足元の乱れは……』
延々と続く手紙。
まるで年頭の上官の訓示のようだ。
しかし、その行間からは、隠しきれない兄の懸念が滲み出ている。「ちゃんと寝ているか」「寒くはないか」「誰かに馬鹿にされていないか」。
冷徹な言葉で綴られた、熱すぎるほどの過保護。
ルーカスは礼服を丁寧に畳み直しながら、くすりと笑った。
目頭が熱い。
この完璧なサイズを割り出すために、兄がどれほど頭を悩ませたのか。想像するだけで、胸がいっぱいになった。
夜。
ルーカスは新しい枕をベッドにセットし、机に向かった。
ランプの暖かな光の下、兄から贈られた上質なレターセットを広げる。インクの香りが、微かに鼻をくすぐった。
ペンを執り、「兄上へ」と書き始める。
ペン先が紙の上を滑り出すと、言葉が溢れて止まらなくなった。
『兄上。礼服、ありがとうございます。サイズもぴったりでした。兄上が僕のために……』
一枚目が埋まり、二枚目、三枚目へと突入する。
宿舎のスープが意外と美味しいこと。バルツ先輩という、口は悪いが面倒見の良い先輩ができたこと。なぜか王城の猫たちに懐かれてしまい、毎日が賑やかであること。
兄の訓示メモに負けないほどの長文になっていく。
書き終えて、ふと我に返った。
読み返してみる。
『……兄上のその不器用な優しさが、僕は大好きです。これからは、どうかご自身のことも……』
「うわぁ……」
ルーカスは顔を覆った。
重い。あまりにも感情が重すぎる。
噂に聞く、夜のテンションで書いてしまったラブレターのような気恥ずかしさだ。これをあの冷静沈着な兄が読む姿を想像すると、顔から火が出そうだった。
「だ、駄目だ。これは出せない」
彼は慌てて手紙を折り畳み、引き出しの奥へと封印した。
深呼吸をして、新しい便箋を取り出す。
今度は、シンプルに。
飾らない言葉で、今の自分の気持ちを伝えるために。
『兄上。
荷物、無事に届きました。
どれも素晴らしい品ばかりで、僕には勿体ないくらいです。
特に礼服は、大切に着させていただきます。
こちらの職場には、親切な先輩や同僚がたくさんいます。僕は一人ではありませんので、ご安心ください。
兄上も、どうかお身体を大切に。
ルーカスより』
短いが、嘘のない言葉。
封筒に入れ、封蝋をする。ウォルターさん宛にすれば、追放されて差出人の名前が書けなくても届くだろうか?
ルーカスは立ち上がり、窓ガラスの前に立った。
礼服のジャケットを身体に当ててみる。
夜の窓ガラスに、ぼんやりと自分の姿が映った。
上質な礼服を纏った自分は、以前よりも少しだけ背筋が伸びて、大きく見えた。
リネットやカイに見せたら、どんな反応をするだろう?
彼は机の引き出しから、もう一つの大切なものを取り出した。
金のロケットペンダント。
蓋を開けると、優しい母の笑顔と、幼い自分たち兄弟の顔。
「見ていてください、兄上。僕はここで、ちゃんと幸せになります」
ロケットを握りしめ、窓の外を見上げる。
夜空には、兄がいる屋敷からも見えるであろう、美しい月が輝いていた。
ヘタクソな兄弟のキャッチボールは、まだ始まったばかりだ。
ということで、ウォルターに止められつつサイラスが注文した品々がルーカスに届いて、この閑話集は終了となります。
一旦完結にしますが、第二巻相当のプロットを作り始めていますので、物語はまだ続きます。
次はどんな妖精憑きがルーカスの前に現れるのか? サイラスから贈られた礼服に出番は来るのか?
リアクションや☆を入れつつ、楽しみにしていただけたら幸いです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
再びの更新まで、お待ちくださいませ。




