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獅子の国と迷子の妖精~宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした~【第一巻完/続き準備中】  作者: 相野端摘
【閑話集】猫集会、今週の報告

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ルーカス: それは世界で一番、愛のこもった不用品

 届けられたのは荷物ではない。物理的な形をした「過保護」だった。


 夕暮れの兵士宿舎。ルーカスが警備任務を終えて宿舎に帰ると、狭い自室の前には異様な光景が広がっていた。

 ファビウス家の紋章が入った上質な木箱が、いくつも積み上げられているのだ。

 その横には、無表情な使用人が一人、直立不動で待機していた。


「……あの、僕にご用ですか?」


 ルーカスが恐る恐る声をかけると、使用人は事務的な口調で告げた。


「ルーカス殿。サイラス様より言付けです。『貴殿の私物がまだ屋敷に残っており、非常に邪魔である。至急引き取られたし』とのこと」

「私物……ですか?」


 ルーカスは首を傾げた。

 わざわざ届けてもらうほどの物はそもそも持っていないはずだ。


「はい。拒否は許されません」


 使用人はそれだけ言い捨てると、逃げるように去っていった。その足取りは妙に速く、背中には冷や汗のシミができている。ルーカスに拒否され、主人の怒りを買うのを恐れているかのようだった。

 残されたのは、唖然とするルーカスと、部屋の入り口を塞ぐ木箱。

 彼は溜め息をつき、一番上の箱に手を伸ばした。


「……兄上。嘘をつくなら、もう少し上手くやってください」


 狭い部屋に木箱を運び込み、荷解きを始めたルーカスは、すぐに苦笑することになった。


 不用品と称されたそれらは、全てが新品であり、しかも一級品ばかりだった。

 ファビウス家を追放されたルーカスへ、ファビウス家から物を贈ったら周囲に怪しまれる。ルーカスから見れば、苦し紛れでしかない言い訳が「不用品」だったのは明らかだ。


 最新素材の安眠枕。最高級の馬毛ブラシと、革の栄養クリーム。肌触りの良い寝間着。

 そして、一番大きな箱に入っていたのは、一着の礼服だった。

 深い紺色の生地は、一見すると地味で飾り気がない。しかし、手に取った瞬間、その手触りに驚いた。

 見た目は質実剛健なウールだが、指先で撫でると、上質な綿のように柔らかく吸い付く。肌への負担を極限まで減らしつつ、兵士としての立場で着られる絶妙なバランス。


 ルーカスは袖を通してみた。

 驚くほど身体に馴染む。肩幅も、袖丈も、まるで測ったかのように完璧だ。


 これは既製品ではない。彼の現在の体型に合わせて仕立てられた、フルオーダーメイドだ。


「……いつの間に、サイズを?」


 ルーカスは記憶を辿る。兄に身体を触られた記憶などない。そもそも、会話すらまともにさせてもらえなかったのだ。

 遠くから目測で? いや、まさか。

 ……そういえば、兵士として採用された際、身体測定の記録を提出した。


「まさか、あの記録を取り寄せたとか?」


 次期宰相という立場を使って、一介の兵士の身体データを閲覧する兄の姿を想像し、ルーカスは吹き出しそうになった。

 事実かはわからない。だが、想像すれば職権濫用も甚だしい。しかも、その強引な手腕の全てが、ただ弟にぴったりの服を着せたいという一点に使われているのだ。


 箱の底には、一枚のメモが入っていた。

 見覚えのない、しかし想像通りの几帳面で角張った筆跡。


『休暇中の服装の乱れは精神の乱れに通じる。ファビウス家に生まれた人間として、たとえ追放されようと、家の恥となる姿は許さん。また、兵士は身体が資本である。支給品の粗悪な寝具で判断力を鈍らせることは、国家への背信行為と知れ。靴の手入れも同様だ。足元の乱れは……』


 延々と続く手紙。

 まるで年頭の上官の訓示のようだ。


 しかし、その行間からは、隠しきれない兄の懸念が滲み出ている。「ちゃんと寝ているか」「寒くはないか」「誰かに馬鹿にされていないか」。

 冷徹な言葉で綴られた、熱すぎるほどの過保護。


 ルーカスは礼服を丁寧に畳み直しながら、くすりと笑った。


 目頭が熱い。

 この完璧なサイズを割り出すために、兄がどれほど頭を悩ませたのか。想像するだけで、胸がいっぱいになった。



 夜。

 ルーカスは新しい枕をベッドにセットし、机に向かった。


 ランプの暖かな光の下、兄から贈られた上質なレターセットを広げる。インクの香りが、微かに鼻をくすぐった。

 ペンを執り、「兄上へ」と書き始める。

 ペン先が紙の上を滑り出すと、言葉が溢れて止まらなくなった。


『兄上。礼服、ありがとうございます。サイズもぴったりでした。兄上が僕のために……』


 一枚目が埋まり、二枚目、三枚目へと突入する。


 宿舎のスープが意外と美味しいこと。バルツ先輩という、口は悪いが面倒見の良い先輩ができたこと。なぜか王城の猫たちに懐かれてしまい、毎日が賑やかであること。

 兄の訓示メモに負けないほどの長文になっていく。


 書き終えて、ふと我に返った。

 読み返してみる。


『……兄上のその不器用な優しさが、僕は大好きです。これからは、どうかご自身のことも……』


「うわぁ……」


 ルーカスは顔を覆った。

 重い。あまりにも感情が重すぎる。

 噂に聞く、夜のテンションで書いてしまったラブレターのような気恥ずかしさだ。これをあの冷静沈着な兄が読む姿を想像すると、顔から火が出そうだった。


「だ、駄目だ。これは出せない」


 彼は慌てて手紙を折り畳み、引き出しの奥へと封印した。

 深呼吸をして、新しい便箋を取り出す。

 今度は、シンプルに。

 飾らない言葉で、今の自分の気持ちを伝えるために。


『兄上。

 荷物、無事に届きました。

 どれも素晴らしい品ばかりで、僕には勿体ないくらいです。

 特に礼服は、大切に着させていただきます。

 こちらの職場には、親切な先輩や同僚がたくさんいます。僕は一人ではありませんので、ご安心ください。

 兄上も、どうかお身体を大切に。


 ルーカスより』


 短いが、嘘のない言葉。

 封筒に入れ、封蝋をする。ウォルターさん宛にすれば、追放されて差出人の名前が書けなくても届くだろうか?


 ルーカスは立ち上がり、窓ガラスの前に立った。

 礼服のジャケットを身体に当ててみる。

 夜の窓ガラスに、ぼんやりと自分の姿が映った。

 上質な礼服を纏った自分は、以前よりも少しだけ背筋が伸びて、大きく見えた。

 リネットやカイに見せたら、どんな反応をするだろう?


 彼は机の引き出しから、もう一つの大切なものを取り出した。

 金のロケットペンダント。

 蓋を開けると、優しい母の笑顔と、幼い自分たち兄弟の顔。


「見ていてください、兄上。僕はここで、ちゃんと幸せになります」


 ロケットを握りしめ、窓の外を見上げる。

 夜空には、兄がいる屋敷からも見えるであろう、美しい月が輝いていた。


 ヘタクソな兄弟のキャッチボールは、まだ始まったばかりだ。


 ということで、ウォルターに止められつつサイラスが注文した品々がルーカスに届いて、この閑話集は終了となります。


 一旦完結にしますが、第二巻相当のプロットを作り始めていますので、物語はまだ続きます。

 次はどんな妖精憑きがルーカスの前に現れるのか? サイラスから贈られた礼服に出番は来るのか?

 リアクションや☆を入れつつ、楽しみにしていただけたら幸いです。


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 再びの更新まで、お待ちくださいませ。

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