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獅子の国と迷子の妖精~宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした~【第一巻完/続き準備中】  作者: 相野端摘
【閑話集】猫集会、今週の報告

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ルーカス: 行進! 猫、ねこ、ネコ、そしてルーカス

 最初は一匹だった。それが二匹になり、四匹になり、角を曲がるたびに倍になった。


 早朝の王城訓練場。まだ朝霧が残る冷涼な空気の中、ルーカスは一人、黙々とランニングをしていた。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 規則正しい軍靴の音が、静寂にリズムを刻む。

 ザッ、ペタ、ザッ、ペタ、ペタ。


 ……リズムが狂った。


 ルーカスが恐る恐る振り返ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 無数の瞳が、一斉に彼を見つめていたのだ。


 猫である。


 十数匹もの野良猫たちが隊列を組み、彼の背後にぴったりと張り付いている。ルーカスがペースを上げれば猫たちも加速し、彼が息を整えれば猫たちも減速する。

 完璧な統率。見事な追従。

 まるで彼が、猫部隊の指揮官であるかのように。


「な、なんだ……?」


 ルーカスの顔が引きつる。

 周囲で訓練をしていた他の兵士たちが、手を止めてこちらを見ているのが分かった。

 違う、と叫びたかった。だが、猫たちは真剣な顔つきで、あるいは単に朝の運動を楽しんでいる顔つきで、彼についてくる。

 ルーカスは逃げるように訓練場を後にしたが、それが長い一日の始まりに過ぎないことを、まだ知らなかった。



 昼下がり。王城の庭園には、柔らかな春の日差しが降り注いでいる。

 幾何学的に整備された植え込みの間を、二人の兵士が歩いていた。ルーカスと、先輩のバルツである。

 平和な見回り任務。しかし、その背後には、朝よりもさらに増えた「増援部隊」が続いていた。


「……なぁ、ルーカス」


 バルツが肩を震わせながら言った。


「お前、前の賭けに出てた『猫集会』の首謀者は、実はお前だったのか?」

「違います! 断じて違います!」


 ルーカスは悲痛な声を上げた。

 彼の足元には、今や二十匹近い猫が群がっている。

 それだけではない。猫たちはルーカスの両足の間を、まるで「8の字」を描くように交互にすり抜け始めたのだ。右足、左足、右足……。無限軌道のような毛皮の波状攻撃に、ルーカスは一歩も動けなくなる。

 一匹の茶トラが、あろうことか硬直したルーカスのブーツの上に飛び乗った。


「うわっ、危ない……!」


 ルーカスは慌てて、猫を振り落とさないよう奇妙なつま先立ちでバランスを取った。

 邪険に蹴散らすことはできない。そんなことをすれば怪我をさせてしまうし、何より自身の良心が痛む。

 だが、猫にとってそれは「構ってもらっている」という合図でしかなかった。


「ニャー!」


 茶トラが嬉しそうに鳴き、ゴロゴロと喉を鳴らす。


「うわっ、ちょっ、押さないで……!」


 もみくちゃにされるルーカスを見て、バルツは腹を抱えて笑い転げている。助け舟を出す気など毛頭ないようだ。


「先輩、笑ってないで助けてください……!」



 二人が庭園のメインストリートに差し掛かった時、事態はさらに悪化した。

 そこは城の、貴族に公開されているテラスから一望できる場所だったのだ。

 テラスには午後のティータイムを楽しむ貴族や、それに付き従うメイドたちの姿があった。日傘の影から注がれる無数の視線が、ルーカスの背中を焼く。


「まあ、見て! 猫の行進よ!」

「あら、王城で新しいショーでも始まったのかしら?」


 上空から黄色い歓声が降ってくる。

 ルーカスの背筋に冷や汗が流れた。

 目立ちたくない。ただでさえ実家の件で噂されているのに、これ以上「猫使い」などという変な二つ名を付けられたくない。


 彼は顔を伏せ、早足でその場を通り過ぎようとした。

 しかし、彼が加速すれば、当然、背後の猫部隊も加速する。

 タタタタッ、と三十匹近い猫が一糸乱れぬ動きで追従する様は、上から見れば見事な軍事行進に見えたことだろう。

 テラスからの拍手喝采を背に、ルーカスは逃げるように裏庭へと駆け込んだ。


 人気のない裏庭のベンチに座り込み、ルーカスは深く溜め息をついた。

 膝の上には、当然のように三毛猫が鎮座している。


「……はぁ」

「ほら、水だ。飲めよ」


 バルツが革袋を差し出してくれた。ルーカスは礼を言って受け取り、乾いた喉を潤す。


「どうして、こんなことに……」

「動物は正直だ。お前の雰囲気が気に入ったんだろうよ」


 バルツは隣に座り、ルーカスの膝上の猫を指先で撫でた。

 言われて、ルーカスは膝の上を見た。

 三毛猫は安心しきった様子で丸くなり、スースーと寝息を立てている。その温かさが、服越しにじんわりと伝わってきた。


 ルーカスはそっと、猫の柔らかな毛並みに指を埋めた。無意識に耳の裏を掻いてやると、猫はウットリと目を細め、さらに身体を預けてくる。

 指先から伝わる小さな鼓動。それは強張っていた彼の心を、ゆっくりと解きほぐしていく。

 自分の呼吸が、猫の寝息のリズムと同調していくのが分かった。


「……まあ、悪い気はしませんね」


 ルーカスは苦笑し、深呼吸をした。吐き出した息は、先ほどまでよりもずっと軽かった。


 休憩時間が終わる頃、バルツが立ち上がった。


「さて、行くぞ。次は城内回廊の警備だ」

「はい」


 ルーカスも立ち上がろうとすると、膝の上の猫が「ニャオ」と一声鳴いて飛び降りた。

 それを合図にしたかのように、周囲でくつろいでいた猫たちが一斉に身を起こす。


 またついてくるのだろうか。ルーカスが身構えた、その時だった。

 猫たちはピタリと足を止め、それ以上ルーカスに近づこうとはしなかった。

 彼らは知っているのだ。ここから先、石造りの建物の中は「人間のナワバリ」であり、そこに入れば本当に追い払われるということを。


 一匹の黒猫が、ルーカスを見上げて、ゆっくりと瞬きをした。

 それは猫流の親愛の挨拶だった。

 ルーカスもまた、つられるようにゆっくりと瞬きを返す。

 次の瞬間、猫たちは蜘蛛の子を散らすように茂みへと消えていった。


 嵐が去ったような静寂が戻る。

 あまりに見事な引き際に、ルーカスとバルツは顔を見合わせた。


「……あいつら、俺たちより規律正しいんじゃないか?」

「かもしれませんね」


 ルーカスは笑った。今度は困った笑いではなく、心からの笑顔だった。

 制服には数本の猫の毛が残っていたが、彼はそれを払わずに歩き出した。

 王城のどこかで、今日も気まぐれな猫たちが「次の獲物」を探してあくびをしている。

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