↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子の国と迷子の妖精~宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした~【第一巻完/続き準備中】  作者: 相野端摘
宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/47

仮面の警告

 ルーカスの非番の日であった。

 空は高く澄み渡り、差し込む陽光が、部屋の埃を金色にきらめかせていた。

 だが、ルーカスの心は、晴れやかな空とは裏腹に、どんよりとした厚い雲に覆われていた。兄サイラスの存在が、鉛のように重く、思考の上にのしかかっていた。

 兄の真意を知りたい。その手がかりを、掴まなければならない。

 焦燥感に駆られた彼は、父ギデオンが王宮へと出仕し、屋敷が静まり返ったのを見計らって、そっと自室を抜け出した。向かう先は、父の書斎。あの部屋ならば、兄の最近の動向を示す報告書の一つや二つ、残されているかもしれない。

 だが、彼のその淡い期待は、書斎へと続く長い廊下の入り口で、あっけなく打ち砕かれることとなった。

 そこに、まるで壁のように、一人の老人が静かに佇んでいたのだ。

 この屋敷の全てを取り仕切る執事、ウォルターであった。

「ルーカス様。どちらへ行かれるので?」

 その声には、何の感情も含まれていない。ただ、事実を確認するための、事務的な響きだけがあった。

「……いや、少し、散歩を」

「さようでございますか。ですが、この先は旦那様の書斎でございます。旦那様は、誰であろうと許可なく立ち入ることは許さぬ。と、固く申し付けておられます」

 ウォルターは、一歩も動かない。その目が言い訳の奥に隠した本心まで見透かしているように、ルーカスは思えた。

 ルーカスは、引き下がるしかなかった。この屋敷では、父の命令は絶対であり、ウォルターはその忠実な番犬なのだから。


 ルーカスは踵を返し、自室へと戻ろうとした。その時だった。

「違う! このランプじゃない! もっとキラキラしたやつを持ってこいって言っただろ! この役立たず!」

 廊下の中庭に面した窓から、甲高い癇癪の声が飛び込んできた。

 見れば義弟のノエルが、数人の侍女へ腕を振り回して喚き散らしている。彼の足元には、無残に割れたガラス製のランプの残骸が散らばっていた。

「もうすぐ、お友達を呼んで、すごいサロンを開くんだから! みーんながびっくりするような、一番すごい飾り付けにしなくちゃいけないんだ! 分かったら、さっさと探しに行けよ!」

 侍女たちは、青ざめた顔で「申し訳ありません、ノエル様」と繰り返しながら、震える手でガラスの破片を片付けている。

(……またか)

 ルーカスは、足を止めた。

 何も、変わらない。

 あの広場での大惨事も、この屋敷の歪んだ日常の前では、まるで遠い国の出来事のようだ。

 ルーカスは、誰にも気づかれぬよう静かにその場を離れた。胸の中に、冷たく、そして重い虚無感が広がっていくのを感じながら。


 その夜であった。

 ルーカスが自室へと戻ろうと、長い廊下を歩いていた時のことだ。

 廊下の突き当り、大きな窓の前で、一人の男が佇んでいた。

 灯りもなく、ただ、窓から差し込む冷たい月光を浴びて、その輪郭だけが静かに浮かび上がっていた。

「――兄上……!?」

 音もなく、気配もなく、そこに佇んでいたのは、兄のサイラスだった。

 ルーカスの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

「近頃、お前の外出が多すぎるようだ」

 感情を削ぎ落とした、静かな声であった。その声は、廊下の冷たい空気と共鳴し、まるで氷の刃のように、ルーカスの肌を突き刺した。

「……兵士の仕事にも、非番はあります。僕がどこで何をしようと、兄上の知ったことではないはずです」

 気づけば、反発の言葉が口をついて出ていた。大切な『木漏れ日亭』での日々を、この兄にだけは脅かされたくなかったのだ。行き先がカフェであることを知られているはずはないが、外出そのものを咎められること自体が、彼には耐え難い介入に感じられた。

 サイラスは、ルーカスの言葉に反応を示さない。

 ただ、その凍てついた瞳で、弟の姿をじっと見つめている。

「……先日の騒動もあり、王都の治安は悪化している。証拠品の一部も、まだ見つかってはいない。捕らえた実行犯の他にも、共犯者がいるのかもしれない。」

(証拠品……あの香炉のことか)

 ルーカスは、内心の動揺を悟られぬよう、必死に無表情を装った。

「お前が父上の息子であるという事実は、どうあっても消せん。父上を快く思わぬ、伝統派の残党に狙われぬとも、限らんだろう」

 そして、サイラスは言った。

 まるで、判決を言い渡すかのように。静かに、冷ややかに。

「身の安全のためだ。しばらくは、王城と屋敷の往復に留めておけ」


 それは弟を案じる警告のようでもあり。

 そして、その自由を縛り付ける、冷酷な命令のようでもあった。

 ルーカスは何も答えられなかった。

 サイラスはそんな弟の返事を待つでもなく、す、と身を翻す。そして、ルーカスとすれ違うと、何の音も立てずに、廊下の闇の中へとその姿を消していった。

 後に残されたのは、窓から差し込む、あまりにも冷たい月光と、呆然と立ち尽くす、ルーカス一人であった。

 彼の心の中で、反発心と拭いきれない疑念が、黒い渦を巻いていた。

(兄上の思い通りになど、なるものか)

 警告の真意が何であれ、この息苦しい家にこれ以上閉じ込められるのは、絶対に嫌だった。

 ようやく手にした、温かい居場所。

 そしてささやかな自由。

 それはたとえ兄の命令に背いてでも、ルーカスが自らの手で守り抜かなければならない、最後の砦であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。