サムの伯父、ジュディル・タルネルテ
マリンの兄ジュディル・タルネルテ小公爵は、貴族的な常識を持つ人物だった。伝統を重んじながらも世相を読み、決して送れを取ることもなく、かと言って無謀にも手を出さない慎重さもある。
だから父ガルメデの行動には、眉をひそめることも多い。
歴史を紐解けば、先祖は戦果で成り上がった下級貴族であり、出世をすることを目的にがむしゃらに前進して今の地位に辿り着いたらしい。
原動力は下級貴族であった時に、少し上の爵位の令息から婚約を簡単に破棄された(既に操も奪われた娘は、そのことを理由に自害していた)ことにあった。
「力のない者はいつだって傷つけられる。子孫を守る為に、理不尽を受けないように、力を持つ側になるのだ」
それが娘を失っても家門を守る為に反抗できず、涙を呑んだ当主の誓いであった。彼の子孫達はその言葉を胸に抱き、たとえ他者を失脚させようとも手柄を得てのしあがりを見せたのだ。
亡くなった娘は優しく、誰にも親切な素敵な女性だったからなおさらに。兄弟姉妹、叔父叔母、彼らの家族や関係者、使用人までも、涙を落としながら当主の意を汲んだ。一番悔しいのは、大事に彼女を育て上げた当主だと知っていたからだ。当主夫人は子が幼い時に亡くなり、彼女の分も愛を注いできた。
いつか娘を捨てた家門を追い落とすことを、密かに思い続けながら。
そして努力の結果、公爵位を得たこの家は降嫁した王女を迎えるまでになった。
時間はかかったが当時の当主の願いは叶い、タルネルテ家は侮られない地位を築いたのだ。
世界が落ち着き人との争いは減っても、ガルメデの祖父は魔獣討伐に赴き、武勲を誇っていた猛者だ。実際に先祖代々武勲を掲げた武の家系である。脳筋の彼らを支えたのが、優秀な参謀達だった。
ただガルメデの祖父には娘しか生まれず、信頼する側近の息子が婿入りした。一人娘に甘い祖父は、娘の希望通りの婿を迎えたが、頭は良いものの武に疎い者であった。けれど顔が圧倒的に美しく、女性と見間違うほど良い薫りもしてお洒落だった。
婿は持てる知力を使って、裏金を蓄え女性を複数人囲い自由を謳歌していた。彼の正体を知る者は僅かで、その僅かな者達にもお金を渡し微笑みを浮かべ、絶対的な支配下に置いていた。
婿入り先の妻や当主である祖父にも隠した生活は、当主を継いだ後も続いていた。そもそも彼が筆頭で執務をするのだから、不都合は揉み消されていった。
彼と当主の娘の間には、娘が2人と息子1人 (ガルメデ)が生まれ、娘達は高位貴族に嫁ぎガルメデが後を継いだ。
ガルメデは父親の晩年に、全てを打ち明けられた。武の才能がなく武家のタルネルテ家に入ったことで、ただの婿養子よりも親戚筋からの厳しい目で肩身が狭かったこと。
自分が望んだ訳でもないのに、同じような立場だった友人達(この時は部下)に裏で、「あの顔で迫ったんだろ? 狡いよな。ワハハハッ」と、陰口を言われ嘲笑されていた悔しさを。
諜報から聞いた情報を『ディスノート』に綴り、密かに仕返ししていたことを。
最期の言葉は「ガルメデよ、何があっても婿養子には行くなよ」だった。結構裏で好き勝手してたのに……。
その言葉の影響もあってか、ガルメデの上昇思考は収まらず、ついには王位を狙うことに繋がるのだった。
彼の妻であるミルアベナは、生家が侯爵家の凛としたサッパリとした才女だった。ガルメデも知的レベルが高いので、討論には向いているが夫婦としてはちぐはぐな部分があった。
それでも上に行く為に、高位貴族である彼女との結婚を望んだのはガルメデだった。同世代と少し上を見ても、彼女が一番地位が高い未婚女性だった。下を見れば7歳ほど離れている公女はいたが、今の王太子夫妻の子の出産に合わせるなら、待つことは出来ない。
そんな感じの結婚だった。
ミルアベナは「どうせいつかは政略で結婚するんだから、王都にいる貴族なら生家が近くて良いわね」くらいのノリだった。
ガルメデは、彼の父親がアイドル並みの美形だった容姿を受け継いでいる。けれどミルアベナは靡かない。実は視力が少し悪い。執務をする際は眼鏡をかけて問題ないが、刺繍などの細かい作業を人前ですることが苦手だった。人前で眼鏡をするのは、「あそこの嫁は目が悪いのか? 彼女の子らにも遺伝しているのでは?」と、良く思われないからだ。それに一般的にも、顔が見えないと不美人になると思われていた。
当然ながら、ガルメデと会う時も眼鏡をしないことが多いので、ボヤけて見えるのだった。ガルメデと共にいる時の書類は、虫眼鏡を使用していた。出番はあまりなかったそうだが。
ちなみに学園ではミルアベナは、しっかりと眼鏡をしていた。
◇◇◇
そんないろいろなことがあったガルメデだが、武勲を誇る祖父と、情報収集能力と運用で収益を増やす、優秀な父に甘やかされ、だいぶん傲慢な坊っちゃんに成長してしまう。
「力のない者はいつだって傷つけられる。子孫を守る為に、理不尽を受けないように、力を持つ側になるのだ」
家訓だけは家庭教師に教え込まれ、「やっぱ上を目指さないとな。王族の祖父に俺はなる!」とか、思っちゃう。自ら王になるとか言わないのはまだ、現実が見えているようだ。
そんな歴史のある家ゆえに、「父上が歪むのも、ある程度はしょうがないとこあるけど。でもなぁ、今は昔と違って君主制も倒れているから、王族・貴族が絶対じゃないんだよね。それに……爵位に任せて悪さしてると、粛清されちゃうぞ」と、リンダ周辺の陰でいろいろあった情報を、彼個人で雇う諜報員から聞いていたジュディル。
そんな彼の元に、ロンベサール伯爵家のサムから先触れが届く。彼からすれば、最近婚約解消やらで世論を賑わした甥になる。
だが諜報員から、サムとシエンタの会話を聞いていたジュディルは、彼の話を聞いてみることにした。
「マリンがやらかせば、我が公爵家にも被害が及ぶ。最悪、暗殺も視野に入れねばならん。お前がどう考えているか、聞いてみたいのだ」
訪問の承諾を受け入れられたサム。
緊張が走る。
◇◇◇
ちなみに先祖に婚約破棄をした家門は、キッチリと断罪されている。国費の横領をしていたことを暴露されて。爵位が高く周囲を侮っていた悪者は、爵位も領地も返還させられ平民の身分に堕ちたのだった。




