サムとミルアベナ
サムは指示があった通り、タルネルテ公爵家へ訪れた。
出迎えにはジュディルの信頼する執事のアモンが現れ、「ようこそおいで下さいました、ロンベサール伯爵令息様。小公爵様がお待ちですので、お部屋までご案内致します」と礼をした。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
サムは礼儀正しくアモンに感謝を述べた。
(ほぉ。噂では最悪な悪い男になっておりますが、私めの印象ではそれほど悪いようには見えませんな。改心したのか、はたまた猫を被っているのか?)
サムは表情を崩さず、恭しく礼をして前を歩いていく。
◇◇◇
「失礼致します、ジュディル様。ロンベサール伯爵令息様が到着致しました」
アモンがノックをすると、執務室の中から声が聞こえた。
「入ってくれ」
室内に足を踏み入れると、衝撃に強いウォールナットの机で仕事をするジュディルが、サムを見て「座って待っててくれ」と言葉を発した。
サムは頭を下げて、レザーのソファーに腰を下ろす。
他者の介入を少なくする配慮なのか、お茶もアモンが運んできた。
サムが美しい所作で紅茶に飲むと、「約束していたのに、悪かったな」と声をかけながら、ジュディルもソファーの対面に腰を下ろした。
「いいえ、こちらこそ。暫く連絡もなかった甥に、急に時間を割いて下さり感謝しております」
「それは気にしなくて良い。では話を聞こう」
「はい。それではーーーーーー」
サムは丁寧な言葉を選びながらも、母親の不貞のことも絡めながら、自分と父親の不安をジュディルへ伝えた。
・他国の王族が絡む婚約を持ってきた母親
・その母親と執事ラークの関係と、彼がその婚約に後押しする発言をしたこと
・マヤカーシャ国は、クーデターで2年前に国王の治める君主制から共和制に変わったこと
仮に婚約相手が王女だったとしても、元となる存在である可能性
・王女でも元王女でも、相応の身分を持つ者が国を通さず婚約を持ってくる等の、父子で話し合った違和感を。
サムの方でも王立図書館で他国の記事を探し、調べを深めていた。父親の言う、共和制への移行は事実だった。そして紹介された王女クリスティーネを含む王族は、長い間の不正経理(会計不正・粉飾決算・横領等)で血税を着服して国の発展を妨げたとして、国を追われていた。
更にクリスティーは妃ではなく愛人腹で、国王らと共に行動していないらしい。彼女が単独でこの国に現れたのは、そのせいなのだろうか?
少し調べただけでも、怪しさ満載である。
◇◇◇
サムはジュディルの答えを待つ。
もし協力は得られなくても、情報を伝えておくだけでも今は納得しようと思っていた。
「報告をありがとう、サム。知らずに後手にまわれば、取り返しがつかないところだった。感謝する」
暫しの静寂の後、ジュディルから紡がれた言葉に安堵するサム。
そして更に。
「婚約云々は当主の印とサインが必要だ。シエンタ殿にはそれらを拒否して貰い、今後も詳細を知らせて欲しい。家の父、君の祖父であるガルメデのことは、私の方で遠方へ送っておこう。無駄に口を出されては困るからな」
出会った時の冷たい表情は消えて、穏やかな笑みを浮かべるジュディル。サムは瞬き、「はい。そのように伝えます」と応じたのだ。
そこにノックをして入ってきたのは、祖母のミルアベナだった。
「お話は終わったのかしら、それにしてもサムはシエンタさんにそっくりになったわね。マリンも学園在学中は、友人達と一緒にキャアキャア言ってたものなのよ」
「ちょっと、母上。今はそんな話しをしている場合ではないのです」
「えー、なんでよ。今じゃなきゃもう、する機会はないでしょ?」
ふて腐れた顔のミルアベナに、サムはキョトンとする。
(父上にキャアキャア? だって母上は、王族に嫁ぎたかったのでは? 妥協して伯爵家へ嫁入りしたと聞いていたのに)
「あの子は、マリンはね、父親が正しいと信じていたのよ。だからずっと、あの子なりに頑張って王太子妃になる為に努力していたの。でもほら、私が言うのも変だけど、夢見がちな面もあって……。あの時期はシエンタさんに恋をしていたのよ。いつもは壁のある友人達ともキャアキャア言って楽しそうにしてね。そんな感じだから正統派の令嬢達との競争に破れて、父親にも失望されて。可哀想だったわ。
それで調べたら、シエンタさんに婚約者がいないと知ったの。好きなご令嬢はいたけれど、彼女には好きな方がいて、内々で結婚も決まっていたみたいで。
だから伯爵家との結婚は、ガルメデよりも私が動いてなったものだったのよ。シエンタさんのお父様に頭を下げたのも、私なの。
マリンはシエンタさんが好きだから、私にはうまくいっている話ししかしてなかったの。それで安心していたんだけど、ツンデレが過ぎたみたいね。私が気がついた時には、2人のすれ違いが広がっていたのよ。
それにガルメデはガルメデで、不仲の今がチャンスとばかりに、知らないうちに伯爵家で勝手な事業をして迷惑をかけてしまってたの。
でもね、管理は杜撰でジュディルに押し付けているから、伯爵家から搾取した分の半額は別に貯蓄してあるのよ。ジュディルが当主になった時に、時期伯爵家の当主へその分を返そうと思って。権限のなくなったただのジジイになれば、(ガルメデが)伯爵家へ口を出すことはなくなるから安心してね」
ミルアベナの暴露は衝撃的だった。
(嘘でしょ? だっていつも、父上のことを下に見るような発言ばかりしていたのに。愛人だって…………)
その考えを見透かすように、ミルアベナは言葉を続ける。
「嫌いだったら、子供を3人も生まないわよ。出産は女にとって命がけのことだもの。ただの伯爵夫人になりたいなら、籍さえ入れれば後は公爵家で暮らしても良いのだもの。それこそロンベサール家でなくても、全然構わないでしょ?
恋人? 愛人? それだって、深い関係ではないと思うわ。せいぜいキスくらいでしょ? シエンタさん、伯爵家を出たんでしょ? そのせいよ、きっと。サムからシエンタさんに話を伝えて、嫉妬させる作戦よ。いつまでたっても素直になれないんだから。
そう言うところが、貴方に遺伝したのね。ごめんなさいね」
「えっ、え、えーーーー! そんな感じなんですか。俺はてっきり…………」
「腐っても公爵家ですもの。そのくらいの情報は入っているわ。でもねえ、マヤカーシャ国のことは初耳よ。あれでマリンも、ガルメデについて事業運営やらで場数は踏んでいるから優秀なのよ。確かマヤカーシャ国、あの国は昔、魔法薬で栄えた国だったわね。王女クリスティーネの母上も、優秀な薬師だったとか。惚れ薬が得意で、縁結びの女神と言われていたそうよ」
「母上……そこまで把握されていたのですか? 俺よりも多くの情報をお持ちだなんて。さすがです」
「いやあね~、褒めなくて良いわよ。だって今は、私が公爵夫人なのだから。普通の事よ~♪」
伯父と祖母の気の抜けた会話に、唖然とするサム。
(この分なら、俺達の得た情報も当然知っていただろうな。公爵夫人ともなれば、ここまですごいのか。知らなかった……)
呆けた顔のサムへにこやかな顔を向けるミルアベナは、さらに衝撃の一言を発する。
「サム……。きっとマリンは、貴方の為に惚れ薬を手に入れようとしているんだわ。歪みきってるけど、貴方とカルーラが恋人になれるように。正妻をクリスティーネにして、カルーラを愛人にするとか。そんなところかしら?」
「え、え、愛人? 妻じゃなくて?」
「そうみたいね。あの子は血筋第一主義だから、カルーラとの結婚は認められないのかも? 貴方が苦労しないようにと思ってよ、きっと。でも抜けているから、マヤカーシャ国のクーデターから、共和制移行のことは調べてないのね。本当に困った子よ。フフフッ」
「そ、そうですか。ハハッ」
どうやら母上は、俺のことを思って行動しているようだ。
(結婚は反対しているのに、カルーラに俺を好きにさせる薬を求めているなんて。それって気持ちを無視して、薬で言いなりにさせるってことなんだよな…………)
貴族的な考えを持つマリンは、カルーラを犠牲にしようとしていた。自分の為に……。
サムは気持ちの処理がつかぬまま、シエンタのいる借家へ向かうのだった。




