マリンの言動に、失望を隠せないサム
サムはカルーラに、今も切ない恋心を抱いていた。
現在は日本にいる本当のカルーラが、サムの誘いで「婚約者なんだから、家でお茶を飲むぞ」と招かれた伯爵邸では、マリンがいつも嫌みを言っていたことを思い出す。
「まあまあ、みすぼらしいドレスだこと。これでも平民の精一杯のお洒落なのかしら」とか、
「我が伯爵邸に来るのに、手土産が自分の店のお菓子なんてね。せめて王都のパティスリーにでも並べば、まだ可愛げもあるのに」とか、
「やっぱりアクアリーネは気品が違うわ~。田舎くさい誰かさんと違って」とか、
「貴女程度のお顔で、美しいサムの隣が飾れると思ってるのかしら? 常識や恥じらいが足りないわね~」等など。
でもこれらは軽い悪口の方である。サム不在時はもっと酷く、「金が欲しい貧乏娘。美しいサムの顔目当て。か弱い振りをする計算女、誰とでも懇ろになる淫乱女」とか精神的苦痛が半端なかった。
思い出だけでも彼は「恥ずかしくて目も合わせられず、止めることができなかった。一度さえ、ヤメロと言えなかった……。俺を愛する母上の嫉妬に、何て言っていいか分からなかったんだ。ごめんな、カルーラ……」と、今も後悔で涙に暮れていた。
カルーラの調査費もマリンにバレないように自費で出していた為、資金面からも今までのようなお洒落をしなくなっていた。もっとも彼が見せたかったのはカルーラだけだったので、問題は生じていなかった。
それとは別に、令息だけの紳士クラブ(女性のお茶会みたいなもの)も不参加が続いていく。夜会にも高位貴族の断れないもの以外は欠席していた。
マリンの出自があることで、表立って蔑ろにはされないものの、ドンマイン家と不仲説で深く付き合いたい者も数を減らしていた。
婚約解消前は、公爵家からの援助もあり、平民と言えど聖女を婚約者として迎える順風満帆な伯爵家という認識だった。けれど今は、聖女を虐めて婚約解消された伯爵家。リンダ夫人の後見を持ち、平民と言えど家族全員優秀過ぎるドンマイン家を敵にまわした愚かな家等と、評価が急激に低下していた。
そのお陰でジムニー達は、自由になれたかもしれないが。
◇◇◇
ある時サムは、マリンからある令嬢を紹介される。
「この方は隣国の隣国にある、マヤカーシャ国の王女様なの。今はお忍びでこの国に来ていたところだけど、サムの美しさと聡明さに一目惚れして、婚約したいのですって。この国には見る目がない碌な令嬢がいないから、外から迎えるのも良いかなと思うのよ。
勿論、身分証明もきちんと確認させて貰ったわよ。全員分の渡航記録もね。間違いないわ。
え、シエンタにも相談して欲しいですって。サム、貴方……、この母が信じられないと言うの。悲しいわ~、シクシク(ウソ泣き~)」
「ですが、家長が知らないのは不味いですよ。一度、ご相談下さい。お願いします」
「ええ~、もう分かったわよ。あ~あ、サムもあの面白味皆無のシエンタに似てきたわね。あの人、顔と真面目さしか良いとこがないのよね。当時は王子達に振られて、それなら顔さえ良ければOKだと思って、彼と結婚して失敗しちゃった。やっぱり愛がないと。ね、愛するラーク♡」
「ありがとうございます、奥さま。私も愛しております」
「まあ、正直な子。ご褒美にキスしてあげるわ」
「っ……(人前でハレンチな。これが本物の母上か? 偽物が入れ替わっているんじゃないのか? 若しくは死期が近くて、最期の徒花的なやつなのか? ……くっ、俺には分からない!)」
何を見せられているのだろう?
サムは一瞬茫然自失になるが、首を横に振りながら思考を巡らせた。
以前から彼も、母親は公爵の祖父に甘やかされたせいで、ちょっと我が儘なところがあると思っていたのだが、最近はブレーキが壊れたような行動が目についていた。
母親の愛人への高額な貢ぎ方や、社交へ連れ出す等の隠さない振る舞い、自身の豪奢な装飾品も桁がズレている気がした。身に付けるドレスも化粧もケバケバしく、夫人としての落ち着きに欠けている気がする(サムは意外と真面目であり、カルーラと話すきっかけになればと思い、令嬢や夫人のお洒落についてを侍女長から講義を受け学んでいたのだ。そのターンは一度として来なかったが(泣))。
今回の婚約のこともそうだ。
本来なら身元を丁重に調べ、結果を出すのに半年はかかる。それなのに遠い外国の王女のことを、碌に調査せずに受け入れると言うのだから。さすがにいつもは出さない父親を引っ張り込んで、何とか決断だけは避けることに成功したサム。
だがさすがに、この件は自分の手に余ると考えた。
そのことにより、長く話して来なかった父親と、久し振りの再会を果たすことになるのだった。
居場所は把握しているが、根は真面目なサム。先触れもきちんと出し、心配げに返事を待つ。
「ずいぶんと話してないけど、聞いてくれるかな?」
カルーラのことだけがあんなにポンコツだったのは、初恋の戸惑いと気恥ずかしさが強すぎたことと、平民を卑下するマリンのせいだった。
「碌なもんじゃねえな、あの女。あいつもとんでもねえのに、執着されたもんだ。合掌」
リンダから派遣されたロンベサール伯爵家を見張る諜報員が、天井裏で呟いていた。




