サムの孤独
サムは幼い時から、弟妹よりも母に愛されている自覚があった。
例えば彼の不注意で花瓶を割っても、「こんな場所にあるのがおかしいのよ。この子が怪我でもしたらどうするの?」とメイド長を責め、子供同士で喧嘩をしてもマリンがサムを庇うのだ。
「サムが悪いと言うの? そんなことあり得ないわ。この子のせいにしないで頂戴」
「この子に暴言を言ったそうね。どうな教育をしているの!」
きょうだいであるジムニーとルフランならば、ある意味諦めの気持ちで従うが、他家は違う。マリンの背後にある公爵家に忖度し、親は子供を退かせ謝るが、勿論気持ちの上では納得してはいないのだ。
幼い子供達が納得しなくても、親は優しく諭すのだ。
「聞いて頂戴。貴族には階級があって、自分達より上位の貴族に逆らうのは得策ではないの。下手に逆らえば報復があるわ。だからこちらが悪くなくても、時には譲る必要があるの。貴族と平民に差があることは分かるわよね。同じように貴族でも上下があるの。
けどね。相手がいつも愚かならば、そのうち何かで足を掬われるわ。私達は巻き込まれないように、上手に生きていかなければならないの。
でもマリン夫人は傲慢で賢くないから、そのうち襤褸がでるわ。私達は巻き込まれない場所で、顛末を見ていきましょう」
子供達は納得できないものの、自分の両親も子供時代にそう生きていたことを伝えられると、しょうがないかと思うのだった。
理不尽さを学びながら生きる子供達は、強かだ。そして弱い者へは、必要に応じて挙げ足を取ることもある。強い者にも忖度をしながらも、淡々とその隙を窺う。
それが王都を生きる一般の貴族だった。
その逆に守られ過ぎたサムは、母親のせいで世間の機微を感じることがうまくできなくなった。端的に言うと、空気を読めない貴族になってしまったのだ。
その部分はかなり貴族として致命的であるのだが、サムもマリンも気づいていない。
特にマリンは公爵令嬢として不自由なく育ったせいで、その意識のまま生きているからだ。
既に彼女は伯爵夫人であり、公爵令嬢ではない。令嬢時代に自分より身分が下であっても、侯爵や公爵に嫁ぎ上になった者いるが、マリンの意識は昔と同じで成長していないのだ。
結婚後にシエンタが諌める話をしても、激昂するだけで彼女が聞き入れることはなかった。それは子育てにも繋がっていた。サムのことに執着し、シエンタの言うことなど耳も貸さなかったのだ。
カルーラとの婚約に対しても、マリンは猛烈に反対していたが、空気の読めなさ故にサムは婚約を公に発表して後に退けなくなっていた。常に自分優先にされてきたサムは、カルーラとの関わりにも空回りして後で後悔する日々が続いていた。頼みの綱の母マリンはカルーラの事を邪険に扱い、父シエンタにも今さら相談することもできず、混乱のまま日々が過ぎて……婚約解消になっていたのだ。
サムがカルーラを好きなのは、本当だった。
だからこそ、彼女以外の婚約者など作りたくなかったのだ。
最近は侯爵令嬢のアクアリーネ・アクセランテが絡んで来なくなり、少し気楽になったサムだが、彼女はリンダの養女になったことを知って動揺するサム。
現在のアクアリーネはリンダと共に、ドンマイン一家と密接な関わりを持つと言う。カルーラが婚約者だった時は、マリンと共に彼女を貶めていたのを知っていたから、「そんな馬鹿な。あんな態度を取っておきながら……」と、信じられなかった。
そのことを知っていて止めなかった時点で、彼は婚約者としてカルーラに見限られていたのだ。
地球にいるカルーラは、めっちゃサムのことが嫌いだった。それは彼の態度と共に、母親や他家の令嬢からの虐めを止めてくれなかったことも含まれていた。
結局のところ彼は、好きになったカルーラに今後会える可能性はなく、中身が別人 (今はかずさ)には相手にされていない。
けれど決定的に諦める機会もなく、今日も遠くから彼女を切なく見つめるのであった。
「ああ、カルーラ……。君に会いたい、話したい、抱きしめたい。でも、もう嫌われているのだろな。手紙一つくれないし、まあ俺も書いてないけど。いや、書くには書いたが、出せないんだ。どんな返事が来るか怖くて。ああ、でも話したいなぁ。婚約者の時に、もっと素直になるのだった。ああ、もう、生きていくのがしんどい。時間が巻き戻れば、絶対素直になるのに……。ぐすん、辛い、もう何もしたくない……空気になりたい…………うっうっ、うっ……………………」
父、弟、妹がカルーラの傍にいるのに、自分だけが近づけないもどかしさ。
マリンはアクアリーネが去ったことで、別の婚約者探しに忙しく、サムの気持ちなど微塵も知りはしないのだった。
基本サムのことを、愛玩動物のような扱いをするマリン。彼の自立を思えば厳しい躾も必要なのに、甘やかすだけの関わりは育児放棄に近い。
◇◇◇
最初はサムが我が儘で威圧的でどうしようもないと思っていた、リンダから派遣された諜報員達 (現在は伯爵家のメイドや従者達)も、背景を知り切なくなっていた。
「なんか、切ないな……」
「絶対マリンのせいだろ、サムの仕上がり具合」
「シエンタも伯爵家にいないし、殆どの使用人も公爵家の息のかかった者だから、気を許せるやつがいないんだな」
「友人もマリンのせいで、作れていないみたい。取り巻きは公爵家の寄子とか、伯爵家の寄子ばかりだし。友人と言うより、手下だもんね」
「何か……可哀想だな」
「リンダ夫人に相談してみるか? 俺達からみれば、まだまだ子供だしな」
「まあ、ね。言うだけ言ってみるか」
そんな感じで同情されたサムに、リンダが接触を図ることになるのだった。




