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愛と悲しみのカルーラ  作者: ねこまんまときみどりのことり


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シエンタの再出発とサムの困惑

 シエンタ・ロンベサール伯爵は、ルフランとジムニー、そしてカルーラ (現在のかずさ)と婚約解消したサムの父親である。

 一時はサムが望むカルーラとの婚約を、「平民だけど比較的金のある家だし、今は貴族の旨味もそれほどない世になってるから、別に良いか。聖女の力があれば、いろいろ儲けられそうだし」等々と、打算も含んで賛成していた。

 

 けれど妻のマリンは、平民であるカルーラを酷く嫌っていた。

「由緒あるこの伯爵家に平民を入れる気だなんて、正気の沙汰ですか? 私の生家は公爵家で、王族も降嫁した家です。私にもその血は流れておりますわ。それを……聖女だからと言って、私の可愛いサムとの結婚を許すなんて。公爵家からの優遇はいらないようですね」


「ちょっと待て。公爵家関係の取り引きとか、通行税とかの話を持ち出すのは寄せ。家が揺らげば、君の生活レベルも下がるのだぞ。考え直せ!」


「無理ですわ、旦那様。カルーラとの婚約がこのまま続けば、公爵家の圧力をかけ続けますわ。……ですが心配しなくても大丈夫です。この家が傾けば、公爵家が債権を全て買い取って吸収しますから。そうなれば名義上は、私が女伯爵になるかもしれませんけどね。お好きな方をお選び下さい。ふふっ」



 このままサムの応援をすれば、マリンの生家から伯爵家が潰される可能性が生まれてしまった。いくら貴族が衰退しているとはいえ、王族、公爵、侯爵は別格である。そもそも土地とか港とか、交通とか、所有している規模が違うのだから。


(ごめんな、サム。この女に逆らう力を俺は持っていないんだ)

「そこまで言うなら、まあ。カルーラのことは見送ることにしよう」

「英断ですわね。そもそもサムが公の場で「俺は聖女のカルーラと婚約する」なんて言わなければ……。まあその短慮も含め、素直なところがあの子の魅力の一つでもあるからしょうがないわ。結婚だけは受け入れられないですけど」


 褒めてるんだか貶しているのだか、分からない擁護だが、彼女(マリン)は息子を愛していた。




◇◇◇

 そんな過去があり、サムとカルーラは婚約解消をしたのだが…………。


 二宮家とドンマイン一家が入れ替わった後、リンダ(シルバー含む)の力を借りてレストランや遊園地が大成功し、巨万の富を得たドンマイン一家。


 逃がした魚は大きかったと、後悔する彼(シエンタ)。


 彼は楽器部門の事業の悪化をマリンに伝えることもなく、自力で足掻こうとした。伝えたら伝えたで、お金で実権を奪われそうだと恐れたからだ。これ以上の(家庭内)恐怖政治は堪えられない。


 そこでジムニーをレノア (水樹)に近づけて、友人にさせたり弱味を握ったり、企業スパイ的なことをさせようと目論むが…………。何故か彼が、フィギュアにのめり込んで失敗。元々優秀ではあるが不正が嫌いな彼に、諜報的な任務をさせるのは無理だった。


 その後に自ら志願したルフランに、レノア (水樹)を陥落させようとするも失敗。そしてまた彼女も、ドンマイン家から戻らなくなった。



 マリンとは違い、彼なりにジムニーとルフランを愛していた為迎えに行こうとするが、その行く手をリンダに阻まれてしまう。


 楽器を扱う商会に颯爽と姿を現した彼女は、(シエンタ側の従業員を)人払いをした後、彼(シエンタ)に優しく囁くように話をした。


「子供の成長を見守るのも、親の役目ですわ。無理に二人を連れ戻すのは、教育上あまり良いとは思えないのだけど。

 あ、そう言えば近いうちに、隣国の客人 (ドラゴン姉妹)を招くパーティーがありますの。大規模な音楽会もすので、貴方の家にある楽器、全て買い取りますわ。高級な者は演者に提供し、そこそこのものは余興で使いたいの。子供達が臨時で演奏するコーナーも作ったので、それを使うつもりよ。そこで興味を持った子から、優れた演奏家が生まれるかもしれないわね、フフッ。……えーと、話はなんだったかしら。年を取ると、思い出すのに時間がかかるのよ。う~ん、そうそう、子供達の自主性の件だったわね。オホホホホッ」


 リンダの全て分かって言っている圧力に平伏し、シエンタは頭を下げた。

「子供達のことは、そのまま様子を見ることにします。ドンマイン家のセキュリティーがあれば、安心ですし」


 リンダは鷹揚(おうよう)に頷き、「正解よ」と閉じた扇を彼に向けて伝えた。


「セキュリティーはこの国一ですし、職場の者も気の良い方が揃っています。貴方が心配することは何もないわ」

「は、はい。ありがとうございます。よろしくお願い致します」


「ええ、任せて頂戴。では、余計なことはしないようにね」


 満面の笑みの彼女の背後には、リンダと同じように着飾ったミランダと、黒い背広を着たガタイの良いビネガーズが付き添っていた。二人ともいつもの護衛より所作も容姿も美しいが、威圧感だけは同じように漂わせている。その背後にも一般客に紛れた護衛は、店内にたくさん潜んでいた。



 シエンタは呆然と佇み、リンダから渡された桁が一つ多い小切手を手にした。それを懐に入れてから、店の者全員に声をかけて楽器を梱包し、リンダの住む豪邸へ運ぶ指示を出した。


 その作業を終えた後、従業員全員を集めたシエンタは、彼らに頭を下げた。


「この楽器店は、今日をもって閉店する。俺に楽器の動向を読んで切り盛りする裁量がなかったからだ。今まで頑張ってくれたな。急なことだから退職金は2倍出すし、紹介状も出そう」


 従業員達は何も言わず、深く礼をするのだった。

 彼らはシエンタがこの事業の運営に悩んでいることも、マリンの癇癪に堪えていることも知っていた。ただ赤字が出ても、従業員をクビにして済ますことがない彼には、感謝しかなかった。彼らのまわりの友人知人達からは、理不尽な経営者の話をたくさん聞いてきたからだ。給料未払いで、追い払われた話も聞いたくらいだ。


(シエンタ様は貴族なのに威張らないし、優しい人だった)

(ギターが好きなのに忙しくて弾けないと、冗談で嘆いていたな。でも弾きたいのは本当のことだよな)

(これからは少しのんびりして下さい)


「「「「今まで、ありがとうございました」」」」



 彼らは小切手で退職金を貰い、名残惜しそうに店を後にした。


 何もなくなった店内で、椅子に腰かけてため息をつく。借金を支払っても、余裕で3年は暮らせるお金を得た彼だ。

 気づくのはかなり後になるが、その中には従業員の紹介料も含まれていたのだ。彼の子供であるジムニーとルフランの紹介料が。


 今やドンマイン一家にとって、ジムニーとルフランはなくてはならない人材に育っていたからだ。


「これで身軽になったな。ジムニーとルフランのいない喪失感はあるけど、会えなくなる訳じゃないしな。俺の事業は多くないから、代理の責任者を立てて経営から手をひこう。そして少しゆっくり暮らしてみるよ」


 きっと何をしてもマリンは気づかないだろう。

 その確信がある彼は、割りきることにしたのだ。


 代理の経営を任せる者には、経営者としての収入の半分を渡すことになる。足を引っ張っていた楽器店がなくなれば、かなりの益が見込まれるだろう。けれどもう、シエンタは疲れていた。その半額の収入を伯爵家に入れれば、後はマリンの側近が取り仕切る領地経営の利益で伯爵家は問題なくまわる。いや別にシエンタの商会収入などなくても、余裕なはずだ。

 領地経営の実権は結婚直後にマリンに奪われ、それをマリンの父公爵が有能な側近と共に運用し、農地の収穫物や鉱山の鉱物などを手広い流通を整えて、捌いてきたのだ。

 その収入は全てマリンと公爵達が得ているのだ。

 今さらシエンタの商会が赤字だの黒字だの言っても、ビクともしないのだ。けれども赤字に対するマリンの嫌みはキツく、何とかそれに堪えて頑張ってきたのだ。


 たぶんマリンに相談すれば、「楽器が売れないなら、人件費を削りなさいよ。商売の基本でしょ、そんなことも分からないなんて、馬鹿じゃないの」と言われるのが目に浮かぶ。だから赤字の補填を自分の収入から出して、プラマイなしくらいの実績にし、マリンに見せてきた。


 家族の仲が微妙なシエンタにとって、子供の頃から一緒の従業員は大切な仲間のようなものだ。特に楽器の扱い方を教えてくれた者がたくさんいる楽器店を愛していた。リンダの支援により事業を立ち上げた、新規の楽器店が多く現れなければ、状況は変わらぬままだっただろう。



 その後シエンタは、楽器を少し扱えることをリンダに相談し、孤児院や病院の慰問に行くことにした。希望者には無料で教えたりもして。

 その後メキメキと上達したシエンタは、小劇場の前座演奏や間奏を任されることになる。得意な楽器は愛用するギターだ。


 その頃にはジムニーやルフランとも、気軽に言葉を交わせるようになっていた。ただ、ロンベサール伯爵とバレないように、魔法使いに髪と瞳の色を変えて貰い、長髪のかつらを被っていた。着るものもスーツから、光沢のある黒いレザー (皮革)の服へ変わった。数枚ある衣装の内の2着は、ルフランのお手製である。



「お父様が頑張っているから。生地も全部自分で選んで作ったのよ。どうかしら?」


 はにかむルフランに、号泣して感謝するシエンタ。

「お、俺は良い親じゃなかったのに。こんな、こんなに素敵なものをくれるなんて。お前は天使か! あぁ、ありがとう、うっ、うっ、家宝にするよ」


「え、着てよ。似合うと思うから」

「そうだよ、お父様。今着ないと、すぐに流行遅れになりますよ」


 ジムニーとルフランは、落ち着いた感じで伝えていた。今では立場が逆転しているようだ。


「分かった。ありがとう。次の演劇会で袖を通すよ」

「まあ、恥ずかしいわ。けど、採寸はバッチリだから。頑張ってきて」

「ありがとう、ありがとう。もう死んでも良いよ~」

「何言ってるのよ、もう。長生きして下さいね、お父様」

「う、うん、うっ、うおぉ~、ぐすっ、ズビィ、俺は生きるぞ~。可愛い娘の為に!!!」


 なんか、親バカになってもいた。



 ただレザー服を身に付けた彼の姿はワイルドで、関係者以外誰もシエンタと気づかなかった。いや唯一、サムだけが気づいていた。


 相変わらず探偵達にカルーラ (かずさ)の様子を窺わせ、時々会えないかと劇場にも足を運んでいたせいで。


 その際にノーマークの父シエンタが、ギターで弾き語りをしているので驚愕していた。


「(な、なんで父上まで)何でだよー!!!」

「劇場ではお静かに」

「まあ、あのテクニックに興奮するのは分かりますが」

「あの渋さを引き立てる衣装にも痺れます」

「何でもあのフィギュア服を手がける、ルフラン様の作品だとか」

「フィギュア服限定じゃないのですか? それなら俺も欲しいです」

「多忙な彼女だから、限定品らしい」

「そうですか。まあ、ギターのシエンタ様なら、仕方ないか」

「ああ、仕方ないさ。彼は無償の慰問演奏もしていて、人気がすごいからな。彼女もリスペクトしているのだろう」

「そうか……。俺もなんか良いことしようかな?」

「ああ、頑張れ。できることがあれば、手伝うから」

「おう、ありがとうな」


(父上が人気のギタリスト……。どうなっているんだ?)

 



 混乱の深まるばかりのサムだった。








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