ルフランの自立
ルフランは侯爵邸を出て、フィギュアメーカー『ドンマイン』の職員寮に住んでいた。兄であるジムニーの隣の部屋に。
本当は職員以外は借りれないのだが、家庭の事情があるとしての緊急措置である。
彼らは今も貴族と言うことを隠し、平民として暮らしている。ジムニーとは違い、どこから見ても貴族っぽいルフランだが、可愛いので深く追求しないことにした一同。
「可愛いは正義! 美少女は癒し!」
その合言葉は浸透していた。
(面倒ごとがあっても、今なら何とか乗り切れる気がするし)
水樹 (レノア)は、諸々の協力者の手を借りても、ルフランを助けようとしていた。詳細は分からないが、親がクソであることだけは、何となく透けて見えたからである。それに以前の印象とは違い、今の彼女のことがすごく……気になっていた。
(貴族って面倒くさいよな。ジムニーもルフランも、礼儀正しいし頭も良いから、教育はされていたんだろうけど。再会した時は2人とも泣いてたし、よっぽど辛かったんだな。継母とかに虐められていたのかな? 可哀想に……)
未だに彼らが、元婚約者であったサムの弟妹だと気づいていないドンマインファミリー。リンダ達は知っていても話すことはなく、静観中である。
現在のルフランはすっかり市井の生活に馴染み、家事が得意な笑顔溢れる、猫目美少女となっていたので、本当に癒し要素が強い。
最初は全ての家事を失敗し、泣きながら奮闘していたのも尊い記憶である。兄に慰められるドジッ子は、男女共に庇護欲が溢れ出していた。
『可愛いな~♡』と、属性過多で胸が苦しい~♪
以前は気をつけていても、知らずに出てしまう高圧的な口調や振る舞いに、「あ、ごめんなさい。今のは……傷ついたわよね。どうしよう(泣)」と言ってから困り果て、そこにジムニーが現れて代わりに謝罪するパターンができていた。
「お兄様、ごめんなさい(泣)」と彼女が反省するのも、だいたいの者には、ほんわかしたご褒美だった。
それでも一部では、本気で「俺、嫌われたの? ガーン」と落ち込んでいたのは、今では良い思い出である。
「この美少女の成長物語、誰か演劇にしてくれないかな」
「そしたらタイアップで、どんどんグッズ作るのにな」
「俺、全種類買うぜ! 勿論俺も作るし。クゥ~」
「劇になるとしても、さすがに本人登場は駄目だよね。残念だー!」
なんて呑気な会話も出ているくらい、受け入れられていたのだ。
平民のレノア (水樹)が責任者のこの商会には、身分を隠さず就職している貴族の次男、三男もおり、彼らも力になると言ってくれていた。
職員の中にはリンダから派遣された諜報員までではないにしろ、様子を報告する目的で入社し、既にフィギュア作りに魅了された者も数人いた。
身分や年齢も関係なく切磋琢磨する雰囲気が、とても心地良いのだ。それに単純にフィギュア作りに、はまってしまっていた。元々手先の器用な者が派遣されたのだが、美しいまたは猛々しい形を作り上げる達成感を知ったが為に。見るのも作るのも楽しく、もうここから離れたくないと思っていた。
それにノアのフィギュア会社には、女性の就職希望者も多く、実際に今は3割が女性職員である。全体的に支店が増えたことで、職員の総人数も初年度の倍になっていた。特に劇場周囲にあるフィギュア館は、その場にいるだけで幸せだと言われ、給金なしでも働きたいと言われる程の競争率だった。
フィギュア作製者に加えて、申し込みの受け付け業務、宣伝業務と、規模が大きくなっていくと、水樹 (レノア)が直接関わらずに任せる部門も増えていた。
ただ仕事を受けるかどうかを決めるのは、今も水樹 (レノア)である。
そんなに大規模になると悪事を働く者も出そうだが、そこはリンダの秘密調査員がチェックを入れているので安心である。自然に悪事が露見するように誘導し、水樹 (レノア)の耳に入る前に、いつも事態は解決しているのだから。
その後釜にはリンダチェックに合格した者が配置され、経営状態は鉄壁である。リンダが引退したは、アクアリーネがその任を引き継ぐ予定も規定路線である。
どんだけリンダに愛されているのか、ドンマインファミリーは。
さておき。
そんな生活の中でルフランは、兄のジムニーと共にいる為にフィギュアメーカー『ドンマイン』の経理を、アルバイトで手伝うことになった。
「私、編み物が好きだし、刺繍も得意なの。自分で買ったフィギュアに着せる服を作ったから、見て欲しいの。どうかしら?」
誇らしい顔をしてみんなに衣装を見せるルフランに、どれどれとみんなが集まる。
「すごい可愛い。本当のドレスみたいだ」
「刺繍も綺麗。小さい服を丁寧に作っているわね。子供服を作るのも、首や腕回りの処理が大変なのに。これ売ったら、絶対売れるわよ!」
「僕のフィギュアのアスカにも、着せてあげたいな。このドレスは、今社交界で着ても注目されるデザインだよ」
「もう、そんなぁ。お世辞なんて言わなくて良いですよ」
「「「「お世辞じゃないわよ。この服は、凄いんだから」」」」
「え、そうですか? 嬉しいな♪」
「ルフラン。あなた、私の服飾部門に転職しなさい。給金は経理の3倍出すから」
「えっ、えー、カルーラお姉さま。だって私なんか、素人なのに。そんな、無理ですよ」
「無理なんかじゃないわ、ルフラン。細かい作業のみならず、服のデザインと縫合の丁寧さ。刺繍位置の正確さと、そこに似合う刺繍を刺す感性が素晴らしいもの。あなたはきっと、フィギュアの服を作る為に生まれてきたのよ。まずはやってごらんなさい」
ルフランは真剣に考えた後、静かに頷いた。
「はい、やってみまわ。カルーラお姉さま。私も自分の才能を試してみたいです。よろしくお願いします!」
「ええ、任せて。と言っても、服飾部の担当は違う方だけれど。ラマンサさんもすごく面倒見の良い人だから、分からないことは尋ねてぶつかっていきなさい。軌道に乗れば、あなたを主任にしてフィギュア服部門を立ち上げ、講師も兼任して貰いながら人を増やすつもりだから」
「私が主任? 講師もですか?」
「ええ、そうよ。あなたには基礎がマスターできているし、フィギュアに着せると言う発想も新しいわ。刺繍はプロにも劣らないものよ。正直売り物にしないで、ここで眺めていたいくらい。そのくらい素敵なの」
ギャラリーも、うんうんと激しく頷き同意している。
男性職員には、いまいち刺繍のことは分からない。けれど(フィギュアの方の)愛する嫁に着せる服が、お洒落なのは大歓迎なのだ。既に資金を惜しまないから、先行予約をして欲しいと希望も出てくる始末だ。気の早いものである。
その様子を見て、ますます意欲に燃えるルフランだ。
「分かりましたわ。カルーラお姉さまの力になれるなら、喜んでやってみます」
「ええ、任せたわよ。どんどん新しい可愛い物を世に出していきましょう。私達のこの手で」
「私達でですか。素敵ですわ、カルーラお姉さま。何処までもお供致します!」
そんな感じで、フィギュアの服が作製されることになり、平民、貴族、王宮も熱望する素敵ドレスがスケールの縮小された状態で、フィギュアに着せられていった。
子供達にも触れて遊ばせたいと希望があり、稼働するソフトビニール人形の衣装やぬいぐるみの洋服にも着手していく服飾部門。
勿論ソフトビニール人形稼働部門も、専門部所が立ち上がっていた。担当者はジムニーの後輩で、14歳の子爵令息のアーチスである。金髪碧眼で美形の方ではあるが、オタク色が強く女性に興味を示さない、変態と呼ばれていた。その分ルフランも、気負わずに話せたようである。
元々努力の人であるルフランは、頭角を表す。
両親に認められたくて頑張ってきた、刺繍やデザイン分野の学びが、仕事として実を結んだのだ。残念ながら、肝心の両親に認められる機会はなかったが。
徹夜で型紙で数百種類のパターンを作り、ラマンサから服飾の専門知識を実地で学び、それをフィギュアの衣装作りに活用していく。その後満を持して、フィギュア服部門は人員を募集した。期限は切らないが、流行の波に乗せるつもりで動くようにとカルーラ (かずさ)に言われていた計画は、これから始動していくのだ。
ルフランは帳簿をつけながら、職員の育成プログラムを計画する。少しだけ基礎ができることを条件に雇った新人を、それに添って教育していったのだ。
更にルフラン自身もラマンサにも指導を受けながら、日々を忙しく過ごしていく。高い計算処理能力で帳簿などの雑務作業を短時間で終わらせ、自他ともに服飾の方に時間を割いていくのだった。
結果として、事情は大成功。
フィギュアのように眺めるだけでは満足できず、壊れないソフトビニール(これもシルバーがチームを作り、地球と同じような素材を作りあげたのだ)人形は、子供から乙女、おばちゃん、お婆ちゃんにも大人気だった。
着替えの服は別売りで、飾りの少ない物から多い物のかかった材料費と技術料を込みで値段を調整してつけている。なので弟子、師匠関係なく店頭に並べ、その値段で売れているかが評価になるのだ。
「師匠はすごいですね。私が見ても繊細で、芸術性を感じます。あれは数か月の修練程度で、売り物に昇華させる能力には脱帽です。貴方は何でもできる、才能のかたまりのようですね」
「そんなことないのよ。家事を覚えるのは、結構時間がかかったもの。刺繍は子供頃から懸命に刺していたから……身に付いていたんだわ。それに……ここで相談しながら作っていくから、良いものができると思うの」
「その言葉、すごく嬉しいです。でも、師匠も少し休んで下さい。貴女に倒れないか、いつも心配なのです。忙しくて、あまり休まれてないですよね」
「ありがとう。では一段落したから、数日お休みさせて貰うわね」
「はい、分かりました。ゆっくりして下さいね。湯船にも、是非浸かって下さいね」
「私達にも少し、お手伝いさせて下さい。家は商家で手伝わされてきたので、ある程度の計算仕事はできますから」
「そうよ、信じて師匠。私も心配だもの」
「こらっ、言葉遣いが悪いわ。マドレーニア」
「ええー、だってシルベーヌ。こんなにお話できる機会はあまりないから、つい……」
「それでもよ。私は接客もするのだから、言葉遣いは丁寧にしなきゃ。これでも私だって抑えているのよ。大好きな可愛い師匠と話せるのは、とても嬉しいもの」
「フフッ、私と話すのが嬉しいなんて、照れるわ~。あなた達の努力は、ちゃんと知っているつもりよ。言葉遣いは咄嗟に襤褸がでるから、外にでる時は気をつけてね。身を守る為にも、絡まれないよう丁寧に接するのは良いことだわ。
まあ、でも。ここにいる時は、素で良いと思うわよ。私もここではずいぶんと崩しているしね」
「それでですか? 接客って大変ですね」
「そうね。たしかに商売は綺麗事だけじゃないわね。料金や約束の遅延、悪質な踏み倒しもあるし。商品を持って転売する奴らも。それらを暴力ではなく、理詰めで対処には落ち着かないといけないわ。騒ぐとそこを漬け込まれるから。それでも護衛の出番は最後にしないと、後々の評判に響くの。『あんな者も捌けないとは、情けない』と思われるから。良い客は勿論多いけれど、悪党も必ず何処にでもいるわ。これからいろいろと覚えていきましょう」
「はい、師匠。私、頑張りますね。そして病気のお母ちゃんにお金を送ります」
「その粋よ。頑張ってね」
「はい! 全力でいきます」
「もう、あなたってば」
「だって私、嬉しいのよ。シルベーヌ」
「はいはい。まずは少し落ち着いて」
「(ふふっ、仲が良くて見ているだけで癒されるわ。本当に良い職場だわ。ここでなら、ジムニーお兄様にも安心して貰えそう)」
その後ルフランは、泥のようにベッドにダイブしてから、トイレまでは目を瞑ったまま無意識下で移動していた。人生初の数日だらだら生活を過ごしたのだ。だいぶん疲れが溜まっていたらしい。食事はジムニーが用意したサンドイッチを食べ、歯磨きもまた、無意識で行っていたようだ。
そして脳がすっきりした後、彼女…………。
「こんな私でも、お役にたてましたか?」
「ええ、大満足よ。私の要望をこんなに早く、全て叶えてくれるなんて。ありがとう、ルフラン」
「うっ、こちらこそ、ありがとう、ございます。カルーラお姉さま。うっ、うっ、良かっ、た、です~」
ルフランはかずさ (カルーラ)に抱きつき、さめざめと泣いていた。嬉し涙は止まらず、しばらく抱擁が続く。
ルフランは気づいた後に恐縮して謝るが、思わずその頭をかずさ (カルーラ)に撫でられホワンとしてしまう。かずさ (カルーラ)もしまったと思ったが、嫌がってないので安堵した。
端から見ると、演劇のように麗しい美少女達の様子に、尊さが爆発していた。
「良いです~」
「至福だわ」
「私も撫でて欲しい」
「私は撫でたいわ」
ホンワカした空気が、職場を駆け巡ったのだった。
「カルーラ (かずさ)さんとルフランさんは、絵になるわ」
「ええ。このフィギュア、欲しい」
浄化と共に煩悩も…………。
◇◇◇
今まではアルバイト職員だったルフランは、ついに正式な職員となってかずさ (カルーラ)の商会へ就職した。ジムニーの職場とも近いので、住居も今まで通りジムニーの隣のままで良いと許可が降りた。
彼女の手腕は特許的な感じで評価され、多くの資金が渡されたのだ。一度は拒む彼女だが、「自立して私の隣にいて貰う為の先行投資なの。今さら辞められたり、遠くに嫁がれたら困るからね」と、お茶目に言われ申し出に応じるのだった。
(そうよね。力がなければ逃げることも闘う事も出来ないわ。いくらサムお兄様の為でも、お爺さんとの結婚なんて絶対嫌だもの。両親の言いなりにはならないわ。このお金で弁護士や護衛を雇いましょう。ありがとうございます、カルーラお姉さま)
彼女は資金を両親に取り上げられないように、個人通帳を作り入金を済ませた。
彼女はフィギュア服部門の主任となり、経理と後輩指導と自作の作製作りと、複数のことを熟し頑張っているのだ。
実は数日寝込んだ時、ジムニーが商会を休んで付きっきりで看病してくれていたのだ。
「次にこんなことになれば、仕事を辞めさせる。お前のことは僕に任せろ」と、清々しい顔をした兄に、危なく辞めさせられそうな危機もあったのだ。
「もう無理はしないわ。心配かけてごめんなさい、お兄様」
「分かってくれれば良いんだよ。その荒れた指先を見るだけでも、自分が不甲斐なくなってしまうんだ。妹一人、満足にして助けてやれなくて。お前は自分の道を歩いているのだから、とやかく言うこともないのだが心配なんだよ」
「ありがとうございます、お兄様。私を大事にしてくれて。いつも感謝していますわ」
「兄なんだから、当然のことだ」
「まあ、ふふふっ」
たっぷり熟睡し目の隈も取れた美少女は、ますます元気に輝くのだった。




