人生設計は大切に。
「なんじゃこりゃ?」
情けない話だが俺の口から出たのは弱気気味でありきたりな第一声。
玄関から出てすぐの風景はうっそうとした森林に昼なのに蛍のような発光体がいくつも飛び交う。
あまりに幻想的な風景で、現実とはかけ離れている。
それからすぐに瞬きを何度もして、頬を叩き、さらにつねってという、ありきたりなテンプレ動作をしたあと、玄関を閉めた。
どうやら、痛みのある夢らしいのでもう一度寝直すことにしよう。
すると、冷蔵庫の前に見知らぬじいさまが座り込んで、冷蔵庫の中身を物色していた。
つまらなそうに俺の貴重な食品である納豆を放り投げて、焼肉のタレの瓶を振って混ぜている。
「なんじゃい、今回のヤツはろくな食料をもってきておらんな。つまらんのぉ。あたりはこれぐらいか」
焼肉のタレの瓶もその辺に捨てると、缶ビールをあけて勝手に飲み始めた。
俺は頭にきて、缶ビールをその手から奪い取り、そのじいさまをにらみつけた。
「おまけにけちときたもんだ。まぁ、しょうがないかのぉ」
そう言いながら、嫌そうな顔で今度は鼻をほじり始めた。
「あんた、誰だよ」
「わしか?わしは・・・そうさなぁ~・・・俗に言う神様ってやつでな。この世界の創造者よ。そいでもっておぬしをこの世界に招いたのもわしじゃ。もっと敬ってその酒を献上してもかまわんぞ」
とんでもないことをさらっと言った上に、ほじった鼻くそを丸めてその辺に飛ばして、さらにその手を尻に回してかき始めた。
神と名のりながら、威厳らしきものは今のところ見当たらない。
「勝手なこと言って、俺の人生どうしてくれんだよ!」
「人生なぁ~。そんなこといって、どうせ家と仕事場の往復しかしておらんかったし、稼いだ金もそのスマフォだがいうやつのゲームにつぎ込んでパァにしておったじゃないか。わしがおぬしの世界の神に人材トレードを申し込んだら、格安でおぬしを差し出されたぞ。まぁ、だめならだめでいいかなっと試しによんでみたんじゃ」
なんか、とんでもなく失礼なトレードが神様の間で俺の知らない間に行われていて、なおかつダメ元でお買い上げとか、ありえない状況に俺は怒りを通り越して、金魚のように口をパクパクさせた。
「だが、悪い条件じゃないぞぃ。ここにスマフォゲームをやりすぎてほぼ破産した通帳がある」
じいさまの掲げた通帳はたしかに俺の名義のもので、今月めでたく残高が32円となり、来月の給料日まで焼肉のタレをなめながら生活しようと誓ったところであった。
「おぬしの働きに応じて、わしがおぬしの世界の神に頼み、この通帳におぬしの世界の通貨を振り込んでもらえるようになっておる。くわえて、この部屋の設備は今まで通り使えるようになっておる。スマフォとやらもゲームだけは使えるから安心するといいぞぃ。通話やメールとやらは無理じゃがの」
俺はそれを聞いてスマフォを急ぎ操作してみる。
電話とメールのアイコンはあるものの、タップしても反応せず、いつものゲームのアイコンをタップすると問題なく起動した。
「この通帳の上限額まで貯めることができれば、おぬしが望めばだが、元の世界へと返してやろう。ただし、いままでどおりこの部屋の家賃光熱費だかは引かせてもらう・・・とおぬしの世界の神が言っておった。それを支払えないと、その月はこの家には入れなかったり、水が使えなかったり、いろいろするらしいぞ。わしは特によくわからんのだがな」
なんだか、ファンタジーなんだか、所帯じみているんだかよくわからん世界観になってきた。
とりあえず、何も知らない世界でこの便利さになれた現代っ子のもやしといえる俺がライフラインを止められてしまうのは絶対に防ぎたいところである。
「それで俺は何をしたら金がもらえるんだ」
「まず単純なのはこの世界の通貨を手に入れること。それに応じた金額を支払おう。次に、偉業を成し遂げること。この世界によい影響を及ぼしたとわしが判断した場合、それに応じてわしがボーナスを出すぞぃ。なので、せいぜいがんばってくれ」
はてと俺は首をかしげる。
「一つ目はともかく、二つ目は神様の仕事じゃねーのか?」
「この世界をつくってしまって、わしのクレジットは今からっけつで、しょうもないおぬししか雇えるぐらいの力しか残っておらなんだ。なので、ほぼ博打だったりしてなぁ」
なんかとんでもないことを言いながら、じいさまは大きな声で笑い始めた。
「それで博打が失敗したら、どうなるんだ?」
「わしの神としての力を示すこのクレジットが赤字を示してしまったとき、この世界は直ちに消滅する。もちろん、おぬしが帰還の条件を整えなかった場合、おぬしもまきこんでな」
なん・・・だとっ!?
声が出なかったが、怒りで震えて手がわなわな震えた。
なんってことをしてくれるんじゃ、このじいさまはっ!?
「とりあえず、稼げばいいんじゃ。稼げば。ではまたくるでの、達者で暮らせよ」
そういうと、じいさまは霞のように姿を消していった。
後に残ったのはワンルームのなかにぽつんと俺一人。
大家に内緒にしてでも、猫の一匹でも飼っておけばよかった。
ちくしょー、異世界に一人とかさみしいじゃねーかよ。