第一章 超一流サッカー選手と私 PART5
敦賀こども新聞(二〇一二年七月二日発行)より抜粋
『六月中旬に経営難に陥っていた児童養護施設、
聖アリス養護学園に匿名の寄付金が寄せられていた件だが、
未だに送り主の判明には至っていない。
これは、同施設で生活を送っている十七名の児童の生活が、
資金難により窮地に立たされると判断され、
生活安全課によって引き取り先を検討されていた矢先の出来事だった。
肉親に捨てられる等、心に傷を抱えた児童達は、
ようやく慣れ始めた環境を手放さずに済み、
とても喜んでいる様子が関係者により伝えられている』
福井市民新聞(二〇一三年六月十一日発行)より抜粋
『昨日六月十日、
県内の女子プロサッカーチームである『越前イエローダイナーズ』から、
匿名で二千万円の寄付金が寄与されていたことが公表された。
同チームは資金不足により来シーズンの活動が危ぶまれていたことから、
今回の寄付金に多大な感謝をしているようだった。
同チームは送り主に感謝の言葉を言うべく、
当事者を特定したいと考えているそうだが、
未だに名乗り出るものはいないらしい』
「これで四件目か……」
会社に戻ったさくらは、
資料室のパソコンの画面に表示された記事を読み終え、
大きく息を吐きながら椅子の背もたれに深く寄りかかった。
さくらが勤める片桐出版社は、
このオフィスビルの四階と五階を社内スペースとして確保しており、
五階には自社が過去に発行した雑誌や、
ここ数週間以内に発行された新聞
(一般的に大手とみなされている四種類の新聞社が出しているもの)
を保管する資料室を一部屋設けている。
またこの室内のパソコンには、
他社から出版されている雑誌や、
各都道府県の地方新聞に関するデータが入っており、
今さくらが見ているのは正にそれだった。
この部屋は今日のような休日でも
普段から社員がぶら下げている社員証を
ドアに備え付けられた所定の場所にかざせば入ることが出来る。
今回さくらは福井県に絞った情報を仕入れたかったため、
本棚の資料には目もくれずに部屋の隅にあるテーブルに置かれた
パソコンの前に始めから陣取っていた次第である。
ただ一重に福井県と言っても、
その情報量は少なくないことはさくらにも分かっていたので、
島が海外に移籍した頃から現在までの記録、
とりわけ彼が日本に帰国しているであろう六月~七月までの間に的を絞って
検索を始めたのだった。
するとその期間中の地方新聞に、
送り主が不明の寄付金が納められているという記事が四件も存在したのである。
さらに調べを進めていったところ、
内二件は同じ年の記事と言うこともあり、
大手の新聞者やニュース番組でも取り上げられていたらしいことも分かった。
さくらは普段から新聞を読む習慣が無く、
仕事がら多忙な時期も多いためにニュースを見る機会も少なかったため、
その事については初耳であったし、
見ていたとしても福井県という地域には馴染みが少ない彼女は、
気に留めていなかっただろう。
これらの四件に共通していることは、
何れも環境に恵まれずその活動が追い込まれていたところに、
寄付金と言う恵みの雨が訪れていること。
そして、もちろん福井県を拠点にしているということだった。
とりわけ、くらの目を奪ったのは、
サッカーチームに寄付金が納められている点である。
もちろんさくらが気に留めた理由は、
島が生業としているスポーツだったためだ。
女子のサッカーチームは、
金銭面や知名度の不足から男子と比べると不遇を強いられていることは
さくらも知っていた。
だが、これはサッカーに限られたことでは無く、
野球やバスケットボール等、
日本の女子プロの各競技団体が抱えている問題なのかもしれない。
何れのスポーツにおいても、
実績を見れば男子よりも女子のほうが結果を残しているのだから、
不思議なものである。
専門知識の無いさくらにはその不遇の答えを導き出すことは出来ないが、
強いて思いつくとすれば、
体格の問題上、同じスポーツであれば男子のほうが
スピード感のあるパフォーマンスが行えるために、
観客の関心を集めやすいことだろうか。
スポーツにおける男子と女子の違いに関する答えの真相はともかく、
サッカーという競技に真摯に向き合い、
常に客観的な思想を備えていそうな島であれば、
同じ競技に情熱を燃やしているこの女子チームに力を貸したくなる気持ちは、
さくらにも理解出来た。
それによくよく考えると、
これはさくらが初めてインタビューした際に島が話していた、
日本人の価値観に対する不満とも繋がっているのだ。
ここでいう日本人の価値観とは、
サッカーの世界大会など世間的に認知された事柄に対して、
異様なほどの関心を向けることである。
たとえ、
それが各個人が今まで全く気に留めていなかったことだとしても、だ。
そして、さくらが以前に見たニュースで次のようなものがあった。
それは都内某所にて、
電柱によじ登った猫が降りられなくなり、
消防隊員がこれを助けるという話である。
それ自体は微笑ましいというか、何事も無くて良かったね、で済む。
しかし、
問題は後からその猫が野良猫と報じられた際に、
その飼い主に名乗り出ようとする人間が多数現れたことである。
そして、それを報道していたキャスターが
「保健所に保護されている猫は、他にたくさんいます。
同じ猫ですので、皆さんのそのお気持ちを彼等に分けてあげて下さい」
と言ったのが、さくらにとってかなり印象的だったのだ。
つまり世論の意見を極端な解釈で言い換えると、
私達にとって同じ猫は猫でも、
世間的に認知されている猫の方に価値がある、ということである。
このことを今回調べた記事に置き換えると、
同じサッカーという競技にも関わらず男女間に差が生じていること、
つまりは一般的に話題性がある方に世間の関心が流れる
日本人の性質に対して、
島は憤慨を感じ、そして個人的な寄付を匿名で行うという行動に出たと
考えられるのではないのだろうかと、そういうことである。
「何で普段は興味も無いことに対して
あんなに騒ぐことが出来るのでしょうか」
あの時の島の言葉が、再びさくらの耳に再び響く。
裏を返せば、
関心がある同ジャンルの物事に関して、
どうしてそれらを平等な価値観で見ることが出来ないのかと
嘆いているように感じられるのだ。
さくらはそこまで考えを巡らせたところで、一服点けようと席を立った。
資料室を出てすぐ向かいのところに喫煙室はあるのだが、
ついでに渇いた喉も潤そうと、
喫煙室とは反対側にあるエレベーターの横に設置された自販機へと
先に足を向けた。
さくらは廊下の途中で、ふと窓の外へと目をやった。
窓から見える空がいつの間にか夕焼け色に染まり始めていた。
さくらは、ここに来てからそんなに時間が経過したのかと一瞬驚いたが、
既に時刻が六時に差し掛かっているので、日が暮れ始めて当然である。
むしろ、この時間まで日が出ていたことを気にした方がいい位かもしれない。
やがてさくらは窓から差し込む夕焼けに照らされた自販機の前に着いた。
だが、彼女はそこから中々動こうとしなかった。
さくらは今日の自分がたてた推測を記事にした場合、
世間がどのような反応を示すのかを想像していたのだ。
それはきっと、
「世間を騒がせたニュースの当事者はあの島啓介だった」
という強烈な見出しの記事と共にみんなを騒がせるだろう。
そして、これが現実のものになるという確信が、
さくら中には湧き上がっている。
しかし、
そんなことを公表する権利が果たして自分にあるのかという葛藤を、
同時に抱いていた。
さくらが不必要に世間を煽ることは、
間違いなく島の生活に悪影響を及ぼし、多大な迷惑をかけることになるだろう。
いや、それ以前に、
万が一自分の推測が間違っていたら話にならないので、
このことを島本人確認する必要がある。
そもそも、これが真実だったとして一体誰が公表することを喜ぶのだろうか。
様々な考えがさくらの頭の中に、
怒涛の勢いで浮かび上がっていた。
何を選択して、何を切り捨てるべきかの判断が、
彼女に求められているのである。
そして今、さくらは再び動き出した。
財布を取り出し、
いつも買う缶コーヒー、ではなく、
炭酸飲料のボタンを押した時には、さくらの心はもう決まっていたのだった。




