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星使い ティンクル・ライツ ~願いは流星とともに~  作者: 想兼 ヒロ
想いは氷雪のはてに

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第33話 狩人の圧

(なんだろ、この異様な感じ)


 ここまで全くの無策で建物の入口近くまで来た洋介であるが、さすがに中に踏み込むのは躊躇(ちゅうちょ)していた。


 彼の周囲は驚くほどに静まり返っている。


「結構、うるさかったんだけどな。この辺」

 ちょっと前に、大人達が言い争いをしていた場所と同じとは到底思えない。鳥の鳴き声どころか、風の(ささや)きすら聞こえてこず、まるでここだけ時の流れに取り残されているようだ。

 事実、生き物達の時は凍りついていた。この、止まった流れに抗うことができている者は、洋介も含めてわずかなのだ。


 とはいえ、だからといって洋介の方針は変わらない。リィルが中にいるのであれば、この怪異の原因であろう彼の様子を確かめなければいけない。

 そして、できるのであれば、リィルとロォルを連れて帰る。洋介は決意新たに大きく息を吸い込んだ。


「ライツ、何か感じる?」

 洋介は一応、ライツにも確認を取ってみる。洋介に促され、ライツは何かを試みるために、洋介の頭上をくるりと旋回する。しかし、その間ずっと彼女はうんうんと唸っているだけだった。

 そして一言、「わかんない」とだけ呟く。


 ライツの感応は全ての方向に働いているわけではない。非常に先鋭化されているので、特定の相手のことしか感知できないのだ。

 残念ながら、ライツが感じ取れるほど、リィルとはそこまで絆を作ってはいない。これはライツ自身の意思とは関係がないので、すぐにどうこうできるものではなかった。


「だろうね。ま、分かんなくても行ってみるしかないか」

 優香の変調は知っている。扉の中は、さらにどんなことになっているのか想像できない。それなのに、洋介は持ち前の、自分でもよく分からない無鉄砲とも言える行動力を発揮して扉に手を伸ばす。


「ん!?」

 洋介が取っ手に手をかけた瞬間、ライツの意識に突き刺さる刺激。


「ヨースケ、ダメッ!」


 それが、危険の予知だと認識する間もなくライツは洋介の右腕を掴み、思いっきり斜め下向きに引っ張った。引き戸であったため、ライツに引っ張られた洋介の腕が、そのまま勢いよく扉を開く。


 そして扉が動かなくなったところで、衝撃が伝わってきて洋介は右手を離す。そのまま、彼は後ろに倒れ込んだ。


「ぐふっ」

 洋介の情けない声が、衝撃で漏れた空気と共に出る。ライツが腕を持ったままだから頭を打つことはないが、強く背中を打ってしまった。


 何事か、そう洋介が目を動かした時、その視界は白い輝きによって遮られる。


「えっ」


 言葉を失う洋介。ただ、ぐいぐいと洋介を引きずってでも動かそうとするライツのおかげで、すぐに洋介は己を取り戻す。

「こっち、こっちっ!」

 跳ねるように飛び上がると、いつの間に距離をとったのか、今度は洋介から離れて先導するライツに着いていく。


「な、何だってんだよ。もう」

 建物の影に飛び込んで、すぐに洋介は入り口の方へ顔だけを出す。


 息切れを解消するために、大きく深呼吸しつつ洋介はぐちゃぐちゃになった思考を整理していく。よく見えなかった、というよりも近すぎて何なのか分からなかったがライツの焦る様を見る限り、どうやら攻撃されたようだと洋介は認識した。


 いったい、誰に?


 そう洋介が考えていると、ほどなく下手人が姿を現した。彼は扉から、ゆっくりと外に出てくると、迷わず体を洋介達の方へ向ける。

 まるで、こちらが見えているかのように洋介は感じる。しかし、その白い瞳と洋介の視線は交わらない。彼の目に光なく、何も映っていなかった。


「……リィル?」


 その服装は洋介にも見覚えがあった。白い髪に、白い衣服。そして、その小柄な体躯を包む黒いマント。

 違っているのは目の色。そして、肩に担いでいる長筒は初めて目の当たりにする。


 どう肯定的に考えたって、リィルの様子は明らかにおかしい。洋介が声をかけるべきか洋介が迷っていると、ライツが決定的な一言を口にした。


「なに、あれ(・・)

「あれって……そっか、おまえにはそう(・・)見えるのか」


 洋介はライツの反応で察した。対峙しているのはリィルであって、リィルでない者だと。


 ライツの目は、洋介と違って内面的な力を見ることができる。目の前のリィルからは、それまでの彼とは全く違った異質な力が見えている。だからライツには、仲良く話に付き合ってくれたリィルと眼の前の彼とは、別の存在に見えているのだ。


(だとしてもさ。いったいどうしたら、あんな感じになるんだ)


 一歩一歩、リィルは着実に洋介との距離を詰めてくる。これだけ近くなると、彼が肩に担いでいるものが何なのか、洋介にもわかった。

(銃? もしかして、さっきはあれで撃たれたのか)


 記憶の中に残っているそれは、弾丸というよりも多方向に散らばって、それぞれが輝く散弾であった。大きな白い光の壁に見えたのは、それだけ広範囲だったということだ。

 もし、ライツが先に気づいてくれなければ避けることなど不可能だっただろう。そう思い当たった洋介がチラリとライツの方を見る。

「え。あれって、リィル?」

 ようやく、近づいてきているのがリィルだと気づいたのか、ライツは無警戒に彼の方へ飛んでいこうとしていた。


(うわ、バカ)


 洋介が手を伸ばすも間に合わず、ライツはひゅんと素早くリィルの近くまで行って、何か話しかけている。洋介はしばらくハラハラとした思いで、その光景を注視していたが、すぐにあることに気づく。


(あれ、リィル。僕の方しか見てないみたい)

 リィルはライツの存在を気にもせず、一歩、また一歩と洋介に近寄っていく。どうやら彼女の声も届いていないみたいで、ライツもさすがに異変に気づいて首を傾げている。


 そのゆったりとした動き。洋介はそんなリィルに恐怖を感じた。あくまでも標的は自分だけらしい、ということを洋介は悟る。

(中で何かあったな)

 洋介はリィルを一人で行動させたことを後悔した。何か対処してあげたくても、ここまで狙われているのがはっきりしていると洋介は身動きすらとれなくなる。


「これ、もし動いたら、また撃たれるんだろうな」


 幼い頃、祖父の家で虫を捕まえようとして失敗したことを洋介は思い出す。あの時は焦った洋介の動きに感づいた虫に逃げられてしまった。

 今のリィルは、その時の洋介のような失敗は絶対にしないだろう。ゆっくりとした動作の中に次の動きへの準備が隠されている。着実に獲物を仕留めるにはどうすればいいのか熟知している。そんな足運びだ。


「その獲物ってのが僕」


 洋介は自分で考えた想像に寒気を覚えた。


「え、ヨースケ、えものなの?」

 反応のないリィルのことを洋介に尋ねようと思ったライツが洋介の顔の近くに寄ってきていた。

「なりたくないけど、そうみたい」

 洋介はライツの無邪気な問いに、冷や汗かきつつ真顔で答えた。


 逃げるにしても、リィルはきっとそれを許してくれない。そもそも、リィルを置いていけないから洋介はここまで来たわけで、彼の中に最初から逃げる選択肢はない。とはいえ、現状を把握するのですら情報不足であって……。

 そんなことを、洋介がぐるぐると考えていると、一つだけ思い浮かんだものがあった。


 この状況を、もしかしたら説明するだけでなく、完璧に解消することができるかもしれない存在。

「あ、そっか。あの子がいる」

 ロォルに会う。洋介の目標は一つに決まった。


「そうなると、ますますここを突破しなきゃいけなくなった」


 残念ながら、洋介のいる場所の近くに窓はない。彼女に会うには、リィルの横を通り過ぎて、入り口から施設の中に入らなければいけない。今の彼が、それを洋介に許すだろうか。

(ムリだな、運動不足だし)

 物陰から飛び出した瞬間にズドンと一発撃たれる未来しか、洋介には想像できない。


「だいじょうぶ?」

 そんな悩める彼の視界に、ライツが映る。


「そうだ、ライツ。ちょっとお願いがある」

「え、なぁに?」

 彼女がいればなんとかなる。洋介は、ライツにも分かりやすいように言葉を選んで思いついた作戦内容を伝える。


 その間、立ち止まったリィルは、いよいよ洋介を射程圏内に捉え、銃を肩から下ろしていた。

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