第34話 潜入成功
「いい、ライツ。さっき確認したように、三、二、一、ゼロで僕は飛び出すから。そしたら……あとはよろしくね」
「うん。大丈夫。覚えてるよ」
自分が頼られている、と感じるライツは鼻息荒く洋介の言葉に頷いていた。その様子に安心して、洋介はライツに笑いかける。
緊張とか、そういった悪いものを彼女は取り除いてくれる。洋介はそう感じていた。
「よし、じゃあいこうか。ライツは先に行って。おまえが、こっちを見てから数え始めるから」
洋介に促されて、ライツはコクンと頷いてから一気に飛び出した。そして、リィルの真横にまで近寄っていく。やはり、洋介の予想通り、近くで見下ろしているライツにリィルは反応を示さない。
ただ、その焦点の合わない目で洋介の方を眺めているだけだ。緊張もなく、緩みもない。万全の態勢で、洋介の次の動きに対処しようとしている。
そんなリィルの様子をしばらく眺めた後に、ライツはチラリと洋介の方を見た。
(三)
さぁ、これからだというときに洋介の鼓動が大きく高鳴る。ライツのことを信頼していないわけではないが、彼女が洋介の思うような動きが取れなければ途端に計画は破綻する。
(二)
いや、洋介が怯えなければライツは期待する以上の結果を残してくれる。彼女はそういう子だったじゃないか、と洋介は言い聞かせる。
今、懸念しなければいけないのは洋介の足がちゃんと動いてくれるか、それだけだ。ここで、自分のせいで撃たれてしまったら洋介はライツに申し訳が立たない。
(一)
洋介は大きく息を吸い込み、そしてゼロのタイミングでぐっと口を閉じた。あとは、何も考えずに走り出す。建物の影から、洋介はリィルの前へと現れる。
洋介の動きは感知していたのか、一切の淀みがない動きで銃を構えるリィル。その銃口を洋介に向け、引き金に指をかける。
「ダメェッ!」
リィルがそれを引く瞬間に、銃身の下に潜り込んでいたライツは全力で白銀の銃の先を上空に跳ね上げた。
「!?……」
リィルの固まった表情が、若干ではあるが歪む。洋介から外れた照準は空に向かい、パンッと高い破裂音と共に銃弾は虚空へと散っていった。打ち出された氷が天で砕け、青空に白い花を咲かせている。
洋介は走る速度を緩めることなく走る。彼は、この結果を見て内心で拳を握りしめた。
(ナイスタイミングッ! あとでもう一個アイス買ってやるからな)
大きく後方へバランスを崩しているリィルの横を、洋介は息を止めたまま全力で駆け抜ける。リィルが次の行動をとるよりも早く、洋介は建物の中へと飛び込んだ。
「ぷっ、はぁ」
酸素欲しさに洋介は口を開く。
そこから、思ったよりも冷たい空気が肺に入ってきて、洋介はむせそうになる。何とか、咳をすることなく深呼吸ができた洋介は、外に開いたままの扉を閉じた。これが開けば、リィルが入ってきた事は分かる。
「……急がないと」
先程感じた冷気は、おそらくリィルの結界の効果だ。洋介にも、その冷たさを感じられたということは彼にも効き始めているということだ。もし、完全に効果を発揮すれば洋介も動けなくなる。
外はライツに任せているが、さすがに今の彼女では長時間の足止めは難しいだろう。それに、今は洋介にしか攻撃の意思を示していないリィルが、いつライツに対しても敵対するか分からない。
(あいつが僕を狙っているうちに、何とかロォルを探し出す)
ロォルは鳥の姿のまま。それがリィルと同じであれば、洋介にも鳥の鳴き声ではなく、意味のある音が聞こえるはずだ。洋介が最初に鳥に化身したリィルと会話した時は、なかなか新鮮な驚きを感じた。あんな経験はなかなか忘れられるものではない。
洋介はそう考えて、耳に神経を集中させながら飾り気のない廊下を奥へと走っていった。
「うげっ」
途中、職員の姿が目に入って洋介はゾッとした。彼等は、まるでよくできた彫像のようにその場に固まっていた。目もぱっちりと開いたままで、ちょっと押したら動き出しそうだ。
しかし、瞳ですら全く動かない。これはとてつもなく出来の良い、資料館にある人形のようだと洋介は感じた。研究員の仕事、のような題をつけられて展示されていてもおかしくはない。
「ちょっと失礼」
歩く姿勢で固まっている男性の胸に、洋介は耳を近づける。とく、とく、と心臓が動く音が聞こえてきて洋介は安堵した。
しかし、その音は弱々しく「生きている」ことは確かだが、生命力は強く感じ取ることはできない。
(あれか、冬眠してるカエルみたいなもんか)
洋介は生物の授業を思い出して、眉根を寄せる。優香も対処が遅かったら、こんな感じになっていたのだろうかと思うと残してきた彼女のことが洋介は気になりだした。
「いや、何とかするのが先だ」
外で奮闘しているであろうライツの為にも、窮地を脱する秘策を手に入れたい。今、藁にもすがる思いで洋介が探している者は、どうやらこのフロアにはいないのかもしれない。
「物音一つ、しないもんな」
さっきから、洋介の声だけ響いている。少し洋介が口を開くと、壁に跳ね返って不気味になった洋介の声が戻ってきた。
動物の入院施設もそこにはあった。しかし、中にいる鳥達も人間と同じように凍りついている。
「まさか、妹まで術に巻き込んでるってことは……ないか。良かった」
洋介は最悪の事態を考えると恐くなって部屋を見回したが、それらしき鳥の姿はなかった。
「と、なると」
やはり、別の階か。
階段は通り過ぎたところにあった。洋介が戻ろうとすると、建物に入ってきた時の入り口が目に入る。まだ、扉は閉まったままだ。
どうやら、この階にいる動物の為か、ここの防音設備はしっかりしているようだ。ここから、外の音は全く聞こえてこない。
ライツが心配になって足が止まる洋介だったが、一度大きく首を横に振って前を見た。
「……急ごう」
そして、分裂しそうな気持ちを抑え込んで、全ての意識を階段に向けた。
洋介は狭い階段を一段飛ばして駆け上がっていく。非常時だからか、山を登る時には動いてくれなかった体は意外と洋介の言うことを聞いてくれた。軽やかに洋介は二階にまで到達する。
そこで、ようやく、洋介が出した音とは明らかに違う音が聞こえてきた。
「…………くださぁい」
「ん?」
微かに洋介の耳に届く声。もう一度、洋介は聴覚に意識を集中させる。
「ここから出してくださぁいっ! お願いします、起きてくださぁいっ!」
「おお」
化身したリィルの時と同じように、鳥の鳴き声しか聞こえないのに意味を読み取れる音。間違いない、この音の発信源に彼女がいる。
士気の上がる洋介であったが、一つ疑問が湧き上がってきた。
「……初対面だけど、信用してもらえるかな。まぁ、考えたところで意味ないんだけど」
洋介はそのまあ、声のする方へと歩みを進めた。




