第22話 情報は足で稼ぐ
「そこって座りづらくない?」
リィルが洋介の頭の上にのっているライツに話しかける。
のられている張本人の洋介はもちろん、優香にとっても馴染みのある光景となったので特に疑問は浮かばない。
しかし、初めて見るリィルは気になって仕方がないのだ。ライツの座っているところは髪の毛が生えているし、平坦な場所ではない曲面である。そこにペタンとライツは座っていた。
それを見ると、どうしても、あまり居心地のいい場所にリィルは思えなかった。
「時折ずり落ちそうになってるしさ」
洋介は頭上のライツを気にせずに動いている。だから、ライツは時々そこから滑り落ちそうになっていた。それなのに、這い上がってまた元の位置に戻る。そんな光景を見る度に、リィルの疑問は膨らんでいく。
しかし、ライツはなぜそんなことを聞かれたのか分かっていない様子だった。小さく首を傾げてリィルの問いに答えようとするも、うまく思いつかない。
「そっかな。楽しいよ」
仕方がないので、素直に思っていることをライツは口にした。ライツは、その不安定さも含めて、この場所を気に入っているのだ。
何より、洋介と同じ目線にいられることが他の欠点を帳消しにするくらいの利点なのだ。それを、ライツは「楽しい」と表現している。
「おまえらさ、そろそろ耳元で会話するのを止めてくれない?」
ずっと黙っていた洋介は、我慢できずに口を開いた。自分とは関係のない会話なのに、ずっと自分に向けて話されているような感覚を洋介は覚えている。
うるさくはないのだが、町の人に話を聞いている時は集中できないから止めてほしいと彼は思っていた。
「ありがとうございました」
そんな三人から少し離れた場所。彼等の様子は気にも止めず、優香は目の前の人にお礼を言って頭を下げている。話が終わったらしいことに気づいて、慌てて洋介は優香に合わせて会釈をした。
優香が三人のところに戻ってくる。その表情は、明るいとは言えないものだ。
「どうだった?」
だいたい予想はついていた洋介だったが、念の為に聞いてみた。洋介の予想通り、優香は首を横に振る。
「他の人と同じ話だったわ。珍しい鳥が浜辺に流れ着いていたのは確からしいんだけれど、そこからの足取りはさっぱりよ」
ここに来るまで何人か、優香の話したことのある人から知らない人まで彼女はロォルのことを尋ねて回っていた。ロォルが皆に視認できる状態でいるのであれば、情報をかき集めたほうが探索の精度があがる。
しかし、優香が思っていたようなそのものズバリな情報を手に入れることはできなかった。
皆が、砂浜に海鳥が打ち上げられていた、ことは知っているのだ。それなのに、そこからどうなったかは誰も知らない。
(おかしいわね。ここまで話が広まっているのに)
この流れは優香には予想外だった。
この町は人口が少ないこともあって|共同体にいる人の交友関係が狭いから、すぐに噂が広まる。どんな話も、知らなければ皆が知らないし、知っていれば誰もが知っているのがこの町だ。優香の母は時々それが息苦しくなってくるし、若い時に家を出た理由はそれだと語っていた。
そんな町だから、鳥の話は聞いているのにそれがどうなったのか知らない、なんて状況はありえないはずだった。
(意図的に誰か隠してる?)
優香の中に生まれた疑念は、悪意の第三者の存在を示唆してくる。せっかく薄まりかねた懸念だと言うのに、また気持ちだけが焦ってきてしまうのを優香は感じていた。
「行き倒れの動物を見つけた時って、どこに連れて行ったらいいのかな」
険しい表情の優香に対して、洋介はあくまで呑気に構えている。彼なりに真剣に考えているのだが、どうしても優香のそれと温度差があった。
その温度差が、彼といると優香が心地良いと思う要因の一つではあるのだが。
「動物園はないよね。町中だったら動物病院だ、って思うけど、ここは野良猫すら見当たらないし需要ないのかも」
「この国って猫いるの!?」
洋介の何気ない一言にリィルは「うげっ」という崩れた表情を見せる。整った顔が台無しだ。
「え、なにその反応。リィルって、もしかして猫苦手?」
出会ってから今まで、ずっと精神的に優位に立たれていたリィルの弱みを知った洋介は、少しだけ口角が上がっていた。
「いや、苦手っていうか、敵というか」
リィルは、猫に限って言うことではないが、肉食系の動物全般と相性が悪い。前に猫から本能で獲物と思われたのか、大群で追い回されたことがある。洋介の「猫」という単語でそれを思い出してリィルの顔が青ざめていた。
「ライツは虫さんの方が嫌だな~。とくにかたいの」
そして、なぜか苦手自慢で話に加わってくるライツ。彼女は未だに初めてみたサソリのイラストから受けたダメージを引きずっていて、外骨格が強固な部類の節足動物を見ると逃げ出したくなってくる。
(本当に、この人達ときたら……)
優香は頭を抱えるも、自身の胸はすっと軽くなっていくことを感じ取った。そうなると、意外と次にとるべき行動が頭に浮かんでくる。
(そうね、今更悪い方向に考えて足を止めるよりは動いたほうが得策よ)
ふっ、と表情を緩めて優香は笑った。
「ライツちゃん、この辺、夏になると大きなカブトムシが捕れるわよ。黒くて硬い虫さん」
「やだーっ!」
優香の一言に絶叫したライツは洋介の髪の毛をぎゅっと引っ張った。
「痛い痛いっ、ライツ、握るのはいいけど引っ張らないで」
「あー、にぃさん、それ繰り返すとハゲるよ」
「それは嫌だ」と洋介が言っている光景を眺めながら、優香は次の行動を思案する。
(地元の人、となると)
もう、一つしか思い浮かばない。
「澤田くん」
優香は再び真剣な面持ちになると洋介を呼び止めた。
「え、なに?」
ようやくライツから解放された洋介は、自分の頭を撫でながら優香の方に向き直った。
「最初に謝っておくわ。なにか失礼なことをしたら、ごめんなさい」
「僕に? 誰が?」
優香の言葉の意味がつかめず、洋介の頭の上に疑問符が浮かぶ。そんな風に彼が真剣に考え込む様を見て、優香は微笑んだ。
「……こっちの話よ。さぁ、行きましょう」
「う、うん」
洋介はまだ聞きたいことはあるのだが、優香は会話を打ち切ってしまった。仕方がないので洋介は先導する優香についていく。そんな彼の頭上に、ちゃっかりと再びライツが陣取っている。
(そんなにいいのかね、あそこ)
リィルはライツを見て、呆れたような羨ましいような感情を持っていた。




