第14話 見知らぬ表情
声の方に振り向いた洋介達に駆け寄ってきたのは白い髪の少年だった。透き通った肌をした見目麗しい美少年。白い装束に黒いマント、優香の語っていたリィルの外見と一致していた。
「あとちょっとだと思うんだけど、ダメだったぁ。近づけば近づくほど、どっち行っていいか分かんなくなるんだ。諦めて、こっち戻ってこようとしたんだけど、帰り道分かんなくなって迷っちゃったよ」
体についた葉やら草やらを払い落としているリィルは、渋い表情を優香に向けていた。優香は、そんな彼を視認すると、すっと洋介から離れて彼に近寄っていく。
「リィルくん、髪の毛にもついてる。これ、他の人にはどう見えるのかしら?」
優香は周囲を見渡して、人がいないことを確認してからリィルの服についた土汚れを払っていた。
そんな二人の様子を、最初はいつものようにぼんやりと観察していた洋介。しばらくの間、興味深そうに眺めている。
(この子が……いや、こいつがリィル?)
しかし、ある時点から、その表情は徐々に険しくなっていた。リィルのことを見定めようと段々と視線が鋭くなってくる。
「ん?」
優香にあちこちはたかれるままだったリィルは、自分に何かが突き刺さっている気がした。顔をあげれば洋介と視線が合う。何故か、彼に敵意を向けられている気分にリィルはなった。
(オレ、何かした?)
最初は洋介に睨まれている意味が分からなかったリィルだが、不意に昔のある出来事を思い出す。その時に感じた感覚と、今の感覚は似ているかもしれないことに気づいた。
もし、それと一緒なら、そういうことなんだろうなとリィルは思う。
「ふふ~ん?」
緊張感が強まっている洋介とは対象的に、ちょっと楽しくなってきたリィルは口端を歪めた。
「にぃさん、にぃさん。にぃさんがようすけってのだろ?」
初対面で軽々しく声をかけてくるリィルに、洋介は明らかにムッとしている。
「そうだけど、なにか?」
洋介の突き放したような言い方に驚いたのは優香だ。いつも穏やかに話す彼の厳しい口調は聞いたことがなかったから、ビクッと反射的に震えてしまった。
恐る恐る、洋介の方を振り返った優香は彼の表情を見てますます混乱していた。
「いいから、いいから。ちょっとこっち来て」
優香から少しずつ離れて、洋介を手招きするリィル。そんな彼に、大げさに溜息をついて洋介は近寄っていく。
「なんだよ、まったく」
優香の近くに来ても、相変わらず洋介の物言いは刺々しかった。
リィルが二人で話したがっている様子だったので、洋介は優香にライツの入っているカゴを差し出した。
「ごめん、こいつ持ってて」
「う、うん」
優香は反射的に受け取ったが、先程からうまく頭が回っていない。次は離れていく洋介の背中をハラハラして見送っていた。
「澤田くん、やっぱり怒ってるのかしら」
思わず口から出てきた優香の疑問。ずっと、実は自分が洋介を巻き込んだのではないかという思いを抱いているからこそ出てきた問いであった。
答えは出ない、優香自身のぐるぐるとした感情。しかし、思わぬところから解答が飛び出してきた。
「ヨースケ、怒ってないよ」
カゴの中から、眠そうに目をこすっているライツが優香の眼の前に飛び出してきた。
「おはよう、ユーカ」
「お、おはよう。でも、もう、『こんにちは』な時間よ。ライツちゃん」
へへへ、と照れくさそうに笑うライツを見て、優香は少しだけ緊張が解れた。
「澤田くんが怒ってないっていうのは本当?」
「うん、怒ってない。なんか、ぎゅーっとはしてるの。でも、ガッチンとはしてないんだ」
ライツは独特な言い回しで、洋介がストレスを感じてはいるものの、攻撃的な感情は持っていないことを優香に一生懸命伝えている。それは、ライツが同時に優香のモヤッとした気持ちを感じ取っているからで、ライツなりの優香に向けた精一杯のフォローであった。
ライツが人の気持ちを、温度などの皮膚感覚に近い感度で感じ取れることを優香は知っている。だから、ライツの言葉は優香も信頼できる情報であった。
そして、ライツが「ヨースケは怒ってない」と言える根拠はもう一つある。
「ヨースケ、怒るともっと恐いよ」
ライツの言い方から、ライツは洋介が怒る場面を見たことがあると優香は気づく。洋介が、ライツのいるところで怒るとしたら、どんな状況なのだろうか。
今の優香が持っている洋介の人物像で考えると、一つしか思いつかなかった。
「ライツちゃん。いったい、何をしたのかしら?」
怒る、というよりもライツを叱ったのだろうと優香は思って聞いてみた。予想は当たっていたようで、ライツはがっくりと項垂れていた。
「ヨースケの作ったアイスクリームを勝手に食べたライツは悪い子です。もう、しません」
台本を読みながら言ったような言葉に、優香は苦笑いを浮かべた。優香の予想通り、洋介のそれはライツへの教育的な指導だったようだ。
ライツの棒読みな台詞も洋介に誓わされたものなんだろうと優香は思った。文句自体に心はこもっていないが、反省はしているということは優香にもよく分かった。
「ちゃんと謝った?」
「うん」
よっぽど堪えたのだろう、小さく小さく頷くライツは小さな体をさらに小さくさせていた。
「でも」
ライツがどうしても言いたいといった感じで、話を続けようとする。
「どうしたの? 私で良かったら聞くわ」
それを優香は笑顔で促した。怖がっている様子だったライツは、その顔を見て安心したように話し出す。
「ヨースケのアイスクリーム。すごく美味しかったから、また食べたいの」
「ふふっ」
ライツの必死さに、優香は思わず笑みがこぼれた。何で笑われたのか分からないライツは、首を傾げている。
「大丈夫よ、ライツちゃん。澤田くんはね、勝手に食べたから怒ったの。そもそも、ライツちゃんの為に用意しているものなんだから、また食べさせてくれるわよ」
この結論は間違いないと優香は思っている。まず、洋介がアイスクリームを作っていたのであれば食べさせたい相手は一人しかいない。
そして洋介は、たとえは悪いが、自分のものを盗られたとしても相手が喜ぶのであれば許してしまえる人間だと優香は考えている。しかし、ライツの盗み食いは自分以外に迷惑がかかる可能性があるので、洋介はそれを嫌ったのだろう。
心を鬼にしてライツを叱ったのだろうが、ライツには本当に洋介が鬼に見えたのかもしれない。
(私もさっき、本当に驚いたからライツちゃんの気持ちは分かるわ)
知ってる人の意外な面を見た時、人は動揺してしまうのだ。この小さな友でも同じなのだと知った優香の心は、すっと何かが溶けて軽くなっていた。
「え、ホント!?」
キラキラと目を輝かせるライツを見ていると、さらに鬱々とした気分が消え去っていく。とりあえず、動揺せずに洋介達の話が終わるのを待っていられそうだと優香は胸を撫で下ろした。
(それにしても、また腕をあげたのかしら。ライツちゃんがこんなに食べたがるものを作るなんて)
洋介の凝り性な部分に、対抗意識を燃やしたことのある優香。せっかく気分が晴れてきたのに、今度はそこに負けず嫌いの炎がふつふつと燃え広がろうとしていた。




