第36話 流れる星のキセキ
「本当に厄介だな」
カーラは右側頭部を手で抑えて、奥歯を噛み締めた。
そこには未だに頭痛が残っている。この痛みが収まるまでは、結界内の様子を探るのは難しいだろう。
「これでは追うのは難しい、か」
あの人間の少年は恐らく逃してしまう。そう思うと、カーラの顔が苦々しい表情に変化する。
しかし、事態はカーラの予測とは違う方向に動いていた。
「おや?」
誤作動を繰り返す感知機能。もう切ってしまったほうが楽かと考えていたところに、一際大きな反応が現れた。
その方向を目視する。
「あれは」
校舎を見下ろすように待機していたカーラの元へ、光の玉が近づいてくる。カーラと同じ水平面まで浮かび上がったそれは弾け、中から虹色の羽根を持つ少女が現れた。
「どうした、星の姫。わざわざ私のところにやってくるとは」
強い視線を向けるライツに、カーラはわざとらしく余裕を含んだ笑みで彼女を迎えた。正直に言えば、カーラにとって未知数の力を持っているであろうライツにあまり時間をかけたくない。
自分の目的を達するために、この異物を排除したい。ライツという存在が、自分の領域に存在するのをカーラは許せない。
しかし、窓を開けるだけで逃げていってくれるのなら、それでいいのだ。ライツに、殺意のような強い感情は抱いていないのだから。あの人間の少年とは違って。
「そう睨むな。私は貴様に用はない。そのままどこかに飛んでいってしまえばいいさ」
カーラは本音をこぼす。その反応はライツにも予想できたものであった。
(やっぱり、あたしは見えてないなぁ)
自分が間にいるというのに、洋介に襲いかかろうとしていたカーラに感じていた違和感をライツはようやく納得できた。カーラの狙いは、あくまでも人間であり、洋介なのだ。
この結界内に感じる嫌な感覚も、ライツを襲ったりしてこない。もし、襲われたとしてもライツは十分に対処できるのだが、そもそも何かしようともしてこない。
この結界も、人間を夢に捕らえることに特化している。そこから、カーラの執着を感じ取れるのだ。
(それが、洋介の言っていた「ずっと一人」ってことなのかな)
ライツは母から行動を制限されたことを思い出す。何でこんなことをするのか、と母を恨みすらしたものだ。今思えば、あれは好き勝手に動き回っていた自分への戒めだったのだ。
そんな止めてくれる人も、洋介のように守ってくれる人もいなかったのが眼前にいるカーラなのだ。
それは悲しいことだ。そんな悲しさを、洋介は「ライツなら止められる」と言ってくれたのだ。
その期待には応えたいと、ライツは純粋に思う。
「ほら、痛いのが嫌なら壁に穴を開けてやろう。どうだ?」
ライツの精神性が幼いことを見抜いたカーラが、泣く子どもをあやすように天空を指さしていた。その、こちらをあまりにも尊重していない言い回しにライツは苛立った。
そんなカーラにする返事は決まっている。
「ベーーっだ!」
ライツは真っ赤な舌を出して、カーラの提案を真っ向から拒絶したのだった。
すっ、とライツは右手を前に差し出す。左手を肩に添えて、意識を集中させた。
「流れる星のキセキをここに」
それは本能に刻まれている所作。彼女の言い放った一言を鍵として、奇跡を起こすために必要な力が閉じ込められている扉を開く。
その意思に呼応するかのように、ライツの周囲に浮いていた星が彼女の右手に集っていく。まるで、流れ星のような軌跡を描きながら、右手の輝きに収束していく。
「んしょ」
ライツはその輝きを力いっぱい握りつぶした。
集まった光が上下に伸びる。長い棒のようになったそれを、ライツはバトンのようにくるくると回してみた。
(うん、しっくりくる)
それも当然。彼女の周囲に浮かんだ星は彼女の力そのものである。その星によって生み出されたものも彼女の体の一部分と言ってもいい。
一回、大きく横に振る。棒を包んでいた光が払われ、そこから一本の杖が現れた。その先には、ライツの髪によく似た金色の宝玉が輝いている。
それをビシッとカーラに突きつける。そして、ライツは自身にも言い聞かせるように、カーラに力強く言い放った。
「あたしの全てで、ぶっ飛ばす!」
それを聞いたカーラの眉がピクリと動く。
「ぶっ飛ばす……誰を?」
ゆらりと、カーラの瞳に炎が宿る。緋色のそれは、怪しい輝きを強めていく。
「もしや、貴様が、私を?」
カーラの背後にうごめく黒い力をライツは感じ取って、ゴクリと息を飲んだ。ライツにとって、生まれて初めて感じる自分に対しての悪意だ。
知らないものへ対しての恐怖。しかし、それに勝る決意でライツは真正面から受け止める。
(でも、これでこっちを見た!)
安い挑発ではあったが、効果は出た。これでカーラにとって蚊帳の外だったライツは、ようやく彼女と同じ舞台に立てた。
問題はここから。
彼女を止めるために、自分には何ができるだろう。
――その夢は、きっと、おまえが困ったときに助けてくれるから。
洋介の言葉を思い出したライツは、必死に記憶のページをめくる。
洋介が話してくれた、夜天に描かれた夢の世界。その中から、今ライツに必要な力を授けてくれる者を探す。
(誰だろう、助けてくれるのは)
その最中、ある甲殻類の動物の絵が思い浮かんだ。
「うげっ」
ライツはどうしても節足動物が好きになれない。すぐに記憶の底にしまい込もうと思ったが、同時に浮かんできた洋介の話がそれを思いとどまらせた。
――そんなに気持ち悪い? 僕は好きだけどなぁ。確かに弱いんだけど、友達を助けるために勇気を振り絞ったんだから。
(そうだ、「勇気」だ)
今ライツに必要なのは一歩踏み出すこと。洋介の願いを叶えるために、まずは動かないといけない。
ライツは杖の先端をくるりと回し、周囲の星を杖に取り込んだ。この力を、あとは想像力で形にする。それが、先人達から受け継がれてきた妖精族の術だ。
(ああ、でもあんまり想像したくないなぁ)
この期に及んでライツは足に節のある姿を鮮明に思い描くのを嫌がった。しかし、こうしている間に警戒しながらもカーラが距離を詰めてきている。
どうしようか、そう思っていたライツに妙案が思い浮かぶ。
(あ、ハサミだけでいいか)
それなら明確に想像できる。イメージは固まった。
ライツは杖を両手で握り、振りかぶった。そして、勢いよく振り下ろすと同時に術を発動させる。
「『猛者を戒めし大蟹の鋏よ』!」
彼女の言葉とともに杖から放たれた力は、ライツの意思を込めてカーラに襲いかかった。




