【第7話】再会
蛍光灯の微かな音が、彼を目覚めさせた。それにより光を発する天井が広がっていた。
泰はしばらくその天井を見つめていた。特に何か理由があったわけではない。目を開いてから少しの間、何かをやろうという意思がなかったのだ。
しかし少しずつ感覚が現実のものに近づいてきた。それを受けて、泰はぜんまい人形のように起き上がった。
目の前の光景は、普段通りの泰ならば困惑してもしきれないものだったかもしれない。だが今の泰は夢うつつといった状態で、現実的な判断などできるはずもなかった。
そこは、通い慣れた剣楚高校の教室だった。左手に見える窓から、夕日の光が柔らかく差し込んでいる。
彼は「赤い女の子」に殴られ、いきなりこんな場所で目を覚ますことにも違和感を感じられなかった。ぼんやりして、多少の異様な点については異様だと捉えられなかった。
『炭谷くん』
唐突に、誰かの声が聞こえてきた。翠ほどではないが、特徴的な、高く澄んだ声。すぐに分かった。
───田辺、先生?
泰の言葉が、教室内に浸透していく。水が波紋をつくるように、ぼんやりと広がっていく。
───田辺先生!? 死んだはずじゃ……どっ、どこにいるんですか!?
『落ち着いて』
それで泰は素直に口を閉じた。自らの言葉の反響だけが、執拗に残っていた。
『ここにいられる時間は短いけど……』
姿を現さないまま、田辺先生は話し始めた。
『まずは、ごめんなさいね。あなたにこんな無理を押しつけてしまって』
無理。それは今の状況のことだろうか。いやしかし、田辺先生に何の関係があるというのか。
───でもそれは
『あなたが困るのは分かってる。でも、どうしてもあなたに託したかったのよ。ごめんなさいね……』
真剣なまなざしで聞いていたと思う。だが泰には言っている意味がわからなかった。しかもそれについて口にすることはできない。いや、できたが、聞いてもらえない。
その真剣な顔に少しだけ困惑の色が浮かび上がったその時。
『本当に偉いと思うわ。嫌なことがあってもじっと耐えてるのは。でも……』
『もう少し、はっきりと立ち向かってみてもいいと思うの』
何故かその言葉だけ、泰の心に深く入り込んだ。もともと分からなかった言動の要所が急に変わり、一貫性がなくなっているにも関わらず。それと、この言葉は泰にとって聞き覚えがあった。いつ言われたかは思い出せないが。
すると。
『私からは、それだけ。じゃあ、もう行かなくちゃ』
泰は焦った。姿が見えないとはいえ、ここで別れるともう会えないような、そんな気がした。
───えっ……行かなくちゃいけないって、どういう……。
『最後に1つだけ、いい?』
呆然としたまま、口を閉じた。汗が流れる感触が、背中の至る所でした。
『───のこと、よろしくね』
泰の目が開かれた。さっきまでの教室の見慣れた全体像は失われ、代わりに目の前の白い壁が泰の視覚を占有した。
彼は壁にもたれかかるようにして座っていた。遅れて背中にひんやりとしたコンクリートの感触が伝わる。ここは───。
「あっ……」
すぐ右で漏れた声を、泰の耳が拾った。反射的に右を向くと、視界がその声の持ち主を捉えた。
「大丈夫?」
まっすぐな声をやや静かな口調で紡ぐその少女は、白衣を身につけていた。それで、自身のいた病院のことをだんだんと思い出して、少し不思議な気持ちになった。その白衣はサイズが合っていないのか、袖から手が出ていなかった。そして、茶色い目には「Zn」と記されている。
「えっと……」
泰は困惑した。何が起こったのかは覚えているが、明瞭なわけではない。
「僕、どうやって助かったんですか……」
「おお、炭谷! 目、覚めたんだな」
今度は反対側から、高くも低くもない声が。見ると、これまた非現実的な格好をした男が立っていた。茶色基調の中世ヨーロッパ風の服装で、いわゆるRPGゲームに登場する勇者パーティにまじっていても違和感ない雰囲気だった。そして何より目をひくのは、彼が杖のようにして体重を預けていた大剣だ。鍔(本当はガードというのだが、泰は知らなかった)の部分になぜか大きな時計がついており、針が刻々と動いていた。こちらの目にも「Cs」と記されている。
いや、もっと不審に思うところがあった。彼は泰の名字を知っている。一体なぜだ?
「……?」
「大丈夫だったか? まさか今日で2回もけがするなんて」
「でもセシルくん、ダイくんは無傷だったよ。ちょっと気を失ってただけみたい」
「でもそれは炭谷の能力によるものだろ? 普通だったら頭砕けてるって」
「頭が砕ける」という表現に泰は震えたが、少々不思議に思うこともあった。
2回もけが? まさかとは思うが、あの爆発事故のことを知っている……?
全くピンときていないのが顔に出ていたのか、「セシル」は言った。これといった特徴の無い彼自身の顔を指さして。
「俺だよ! 指原征司だ。この顔、見覚えないか?」
指原……泰は数秒して、ピンときた。あの爆発事故で泰と同じ班だった人だ。よく見ると、頬に何かで擦ったような傷がいくつか走っている。看護師が言っていた「実験器具のガラスが突き刺さった」というのにも一致しなくもない。いや、しかし……
わかるかー!!
泰はそう叫びたい気分だった。しかし押し殺して、良い感じに取り繕う。なるべく自然に。クラスメイトの名前も覚えていなかった自分が悪いのだから。
「あ、ああ……指原君ね……でもさっきセシルって……まあいいか……そっちも大丈夫だった?」
「爆発はかわせたけど、その後のガラスはちょっと避け損ねたな」
かわせた。避け損ねた。そういった言葉が、彼が「普通じゃない」ということを一層強めていた。本当にクラスメイトだったのか信じがたくなってしまう。
「あの……」
その時、後ろで白衣の少女が口を開いた。
「わたしたちも、そろそろ行かない?」
「あっ……」
泰が建物の奥に逃げてしまったのを見て、テックは声を漏らした。それに少し遅れて、ドアの向こう側で「大きな音が聞こえたぞ」「確かここらへんからだ」と大小さまざまな声が聞こえてきた。多分、さっきのドアに突き刺さった矢がつくった亀裂のことを言っているのだろう。
「まあ多分大丈夫でしょー」
「……でも、『陽』の方はまだ見つかってないし……」
「大丈夫だってばー、そろそろ来るし」
その時、2人は見た。
あの青いイオニアルが弓を構えながら、重装備に見合わない身軽さでこちらに向かって飛んでいた。引き絞った弓からは、今にも矢が放たれそうだ。
ハイドは手に力を込めた。少々周りが吹き飛んだって、″カルム″が直してくれるだろう。多分。怒られるかもしれないけど。
すると。
イオニアルが動きを止めた。その刹那、彼(?)の前を銀白色の光の輪が通過した。と思うと、イオニアルは病院の窓から降下して、2人から見えなくなってしまった。代わりに2人の目の前の窓枠にすたっと着地し、しゃがんで顔を覗かせてきたのは、もちろん。
「2人とも、お疲れ様! 頑張ったね」
デニムジャケットにジーパンといったいかにも現代的な姿をして、「Ni」と記されたオレンジ色の目をした彼女の言葉は、それだけでハイドを喜ばせた。
「ニケちゃーん!」
ハイドはその″ニケ″に駆け寄った。ニケはハイドのパーカーのフードをそっとずらすと、優しく頭を撫でた。そして、テックの方にも向いて、言った。
「さあ、行くよ! 2人とも、私についてきて!」
《エレメンタルデータベース》
【C:6】ダイ
〈本名〉炭谷 泰
〈身長/体重〉166cm/54kg
〈年齢〉16
〈エレメント〉炭素(C/6)
〈能力詳細〉
非活性化状態下でも全身の硬度が著しく上昇している。これにより、ある程度の衝撃には耐えられる模様。その限界は不明。同素体のダイヤモンドの効果だと思われる。
少々不審な点もあった。活性化常態となった際、「学校の制服」の姿になったと報告を受けた。特定の団体に強く依存した姿になることは前例がない。引き続き、彼の詳細について調査していくことをここに記録する。
────エレメンタルA班 指揮長 ケイ




