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【第6話】チュートリアル②




その『イオニアル』は、一部を除いて、外見ではだいたち人間と何ら変わりないように見えた。もちろん甲冑を身につけているという点では異なるし、全体が何か石っぽかったし、そもそも雰囲気全体が人間のものではなかったのだが、弓を引くその手の動き、ヘルムのすき間から見えるつり目は、人間のそれとそっくりだった。そしてその目には、白く″-″と刻まれている。ハイドの″H″、テックの″Tc″(もしくは″Ic″)と同じように。

「……ああっ……やっちゃった……また″カルム″呼ばないと……」

「テックー! 今はドアのひび気にしてる場合じゃないよー! あとであとでー!」

後ろの2人が会話する。どうやら先程放たれた矢が作った亀裂を気にしているようだ。

「とにかく、行くよっ……」

もう一度ハイドが口を開き、その言葉を言い終わるかどうかといったところで、再び青い矢が飛んできた。今度は泰からは少し離れているらしかった。左後方で鋭い音が聞こえてくるとほぼ同時に、テックがハイドに覆い被さるようにして押し倒していたので。

「エッチー!」

「……だって……」

2人がそういうやり取りをしている間に、泰は音のした方向を見た。テレビのすぐ横あたりの壁が横10センチほど抉られていた。矢自体は見つけられなかった。

「……まただ……また……」

「テック!」

「あ、ごめん……」

テックがハイドから体を離し、立ち上がった。それに伴ってハイドも体を起こしかけ───止まった。泰の方をじっと見ていた。泰の方はというと、ハイドの目線から判断して、自身の背後に何かいるのかと思って振り向いていた。しかし何もない。じゃあ自分のことか───だけれども一体何に───。

「ちょっとー!」

不意に、大きな声が泰の鼓膜を激しく振動させた。鼓膜というかもはや心臓が止まりそうなくらい驚いたが、そんな暇はない。

次に、またしても知らない単語が出てきたのだから。それも、こんな状況で。

「何でまだ『活性化』してないのー!?」

泰の口が大きく開いた。そして塞がらなかった。さっきから何でこの女の子は、「知っている」前提で話すんだ? 泰自身も『活性化』という単語は知っているには知っていたのだが、それは今はもういない田辺先生が説明してくれた化学反応としての『活性化』だったし、まずハイドの言う『活性化』がどういう現象を指しているか知らない以上、こんな反応をするのは当然といってよかった。

「戦うんだから『活性化』しないとー!」

「……ちょっと……ハイド……」

そんな泰の心境を察してか、テックがハイドの腕を握り、止める。

「うるさいー!」

が、振り払われる。テックが勢いで後ろに数歩よろけた。

「えっと……」

「何ー? また知らないのー!? ホントに何も知らないじゃん!」

今度はハイドの方から察してくれたが……呆れた。こっちが学習しない無能みたいな言い方はやめてほしい、と泰は感じた。

その時。

「……あっ……」

テックが何かを思い出したように口を開いた。そして猛るハイドの後ろから、何かを泰にトスした。床に軽い音を立てて、泰の足下まで滑ったそれは、小さなサイコロのような立方体だった。上面に″C″と書かれてある。

「それ、握って……一回限りの、使い捨て……」

テックが言った。自分に言っている、とすぐに判断して、泰は、その立方体を手に取った。そして手のひらの中で、これでもかというほど強く握った。手のひらの汗が凝縮される感じがした。

その途端、泰の視界が白くなった。何が起こったのか分からなかった。視覚、聴覚をはじめ、五感全てが遮られたような気がした。

「……くん……」

いや、微かに聞こえてくる。誰かの声。それは、どんどん近くなっていく。それに伴い、白いもやも引いていく。そして完全に視界が晴れたと思うと、泰の目に再びハイドとテックの2人が映り込んだ。ただしハイドの方は、さっきまでの目つきではなくなっていた……と思ったら、今度はテックが目を丸くしていた。「……ええ……何で……?」と呟いているような気がした。

泰はそのテックの目線が自分で収束していることに気がつき、目線を下ろして自分の姿を見た。目が見開かれた。

さっきまで病院の甚平だったはずの泰だが、今は白のワイシャツに黒いズボン───剣楚高校の制服の略装だった。それだけに留まらず、左腕にはなんだか物凄く高そうな腕時計が付けられていた。メタリックな黒い秒針が粛々と動いているのが見えた。

いったいこれはどういうことだろう。あの、たまにテレビ番組でやってるヒーローものでよくある、「変身」というやつだろうか? とすると、さっきテックが渡してきたあれは……。

そこで泰は思考を区切った。手を誰かに掴まれる感触がしたからだ。見ると、ハイドがまたしてもあの笑顔を浮かべていた。無垢な、しかし悪魔のそれに似ているあの笑顔。

「これでもう戦えるねー!」

「えっ……ちょっ……まだまだまだ」

「何ー?」

「えっと、まだ心の準備というか何というか……」

すると、一瞬の硬直があった。それに伴って泰の言葉も失われていた。

(……?)

「四の五の言わないでー! そんなんじゃいつまでたっても戦えないよー!」

するとハイドは握った泰の腕を持ち上げた。張り裂けるような痛みが泰の腕を襲った。どういうことか、泰の足も宙に浮いた。いや、すぐに分かった。泰がハイドを見上げるようになっていた。そしてその視線の先に、泰自身の腕と、笑顔を向けるハイドがいた。彼女のもう片方の手は天井についていて、足は地についていなかった。つまり、浮いていた。

「痛い痛い!」

叫んだが、聞こえてないのか無視されているのか、何も返ってこない。そして、何と泰の体を、イオニアルのいる対岸の建物へと投げ込んだ! 泰の体に、ジェットコースター乗車時の浮遊感がつきまとった。彼の目には、自身の足下に広がる道路、その車の一つ一つに至るまで見えたかもしれない。そこだけスローモーションのように感じられた。

かと思うと、反対側の建物の白い壁に激突した。かなりの衝撃を感じたが、体が砕けたりはしなかった。その代わり全身を、コンクリートの塊で潰されたかのような痛みが走った。

泰は振り返り、つい先程まで自分がいた病院の割れた窓を見た。てっきりハイドやテックも後からついてくるのかと思ったが……誰もいない。一体どうし───

気配。

泰は身体をひねった。こんどは幾分はっきりと見えた。矢が顔のすぐ前を通過し、風をきっていった。

「……!」

悪寒が走った。建物の中にいた。あの騎士のようなイオニアルが、こちらに弓を向けている。しかし矢がなくなっている。ほとんど理性を失っているその頭で、何をすべきか考えた。

もはや「戦う」ということは頭から抜け落ちていた。泰はそのイオニアルを押しのけると、イオニアルの後方10メートルばかり先にある出口へと走った。走って、階段を下る。カンカンカン、と床を蹴る音が、建物の中に響く。下る。下る。

やがて一番下まで辿り着いた。正面と右に通路がある。そして正面には、光が差し込んでいた。もちろん、建物外からの。あそこが出口だ。

逃げ……切った?

徐々に冷静な思考が戻ってきた。そこで泰はようやく戦わなければいけなかったことを思い出した。しかし、1人では無理だ、と結論づけた。あの2人と合流しないと。戦うのはそこからでも良いだろう。そうでないと、命の危険がある。

しかしそこで、こうも思った。

なぜあの騎士のイオニアルは、「活性化」している時に襲ってこなかったのだろう? こちらが病院内にいたのだから、そのまま追撃すれば良かったのに。

まあいい、相手がそれを選ばなかっただけ───。

その時。

右側の通路から、何かが視界に入り込んできた。

あの騎士のイオニアルとは反対に、かなりの軽装だった。女の子っぽいショートカットがかわいらしい印象を与えていたが、身体全体の「赤」が、それをかき消していた。もう少し時間をかけて見ていたら、口から覗く尖った歯と、不気味なほどに輝く目を認知できただろう。

だがそれは許されなかった。

「赤い女の子」は、泰に向かって、何か棒状のものをすでに振り上げていた。そして、まっすぐに振り下ろされた。矢を避けても、これは回避でき───

泰の目の前が、真っ暗になった。

よく考えたら病院に担ぎ込まれたその日に入院って変だよな……ミスったなぁ……。

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