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【第5話】チュートリアル①




「チュートリアル……?」

だいの口から、思わずそんな言葉が漏れていた。

「うん。そーだよ。チュートリアル。いけるよねー?」

ハイドは声色1つ変えることなく言い、顔を近づけてきた。その笑顔だけ見れば、純粋でかわいい女の子で収まっていたのだろうが、今の泰にとっては笑顔は笑顔でも悪魔の笑顔に見えた。チュートリアルということは、要は「実践してみろ」ということなのだ。今『エレメンタル』や『イオニアル』について理解したばかりで、まだ自分の「力」とやらを使いこなす段階まで行っていないのに。

「……ハイド……急かさないで……」

彼女の後ろでテックが言う。青い右目の中には、よく見ると″Ic″と刻まれている……いや、「Tc」か? 半開きで文字の上の部分がよく分からない。まだ窓から顔を覗かせているだけで、入ってきていない。工場の作業員が使っていそうな分厚い手袋をはめた手が、窓枠にかかっている。

ハイドが振り向く。テックはそれで窓枠を離しそうになった。

「何いってんのー、テック! こーいうのってさー、一刻を争うんだよー?」

「……」

テックは何も言い返せなくなってしまった。ハイドが言っている内容よりも、その勢いによる沈黙といったほうが適切か。

その一連の流れを他人事のように見ていた泰だが、ハイドが再び顔を向けてきたことによって、話の当事者まで引き戻された。

「さー行くよー」

「行くよ、って……今服装こんなだし、点滴してるし、さっき起きたばかりで体が……」

「ごちゃごちゃ言わないのー! テック、やっちゃってー!」

ハイドが言った。いや、「叫んだ」という表現の方が似合うかもしれない。

何を「やっちゃう」のか分からなかったが、とにかくそれを受けたテックはようやく身体を持ち上げて、今やガラスがほとんどはまっていない窓から部屋にジャンプして入ってきた。これまた工場の作業員が身につけているような青い作業着姿である。

と思うと、テックはいきなり右手を前に突きだし、上にあげた。同時に、泰の左腕、肘の内側あたりに奇妙な感触が襲った。次にわずかな、空気の抜けるようなすっきりとした感覚。

泰はその左腕に注目した。点滴針が……無くなっている!

「はい! これで動けるでしょー」

ハイドの言葉で、泰は再び声の主の方を向いた。相変わらず笑顔のハイド。その顔は「これでもう文句ないよね?」と言っているようで、泰は反対に気が消沈していた。テックはというと、泰に手を突き出した時よりもかなり離れた窓際に立っている。泰と目が合う。そらされた。

このテックに、さっき何をされたんだろう?

泰はハイドの反対側、点滴が置いてある方を向いたが……確かに点滴自体はある。液体の薬が入ったチューブが、金属のスタンドを介して下に伸びている。ということは、テックは点滴自体を消したのではなく、点滴針を抜いたということなのか? ひょっとして、さっき言ってた自分と同じような″力″……?

「ほらー、何ぐずくずしてんのー。早く行くよー!」

「で、でも、行くってどうやって……」

「いいから立ってー! ほらー!」

そこで泰はベッドから足を下ろし、ずいぶん久しぶりに自らの足で立つことになった。筋肉痛に似た痛みが両脚を突き抜け、息が漏れた。

……不安しかない。

「はい、進んで進んでー」

そのままハイドが泰の背中を押して、無理矢理に移動させた。ただし。

「えっと……こっち、で合ってるの……? ドア、あっちだよ……?」

「合ってるよー!」

一直線に窓に向かっていたわけだけど。

泰は思った。なんなんだ、この女の子は!? 普段窓をドア代わりに部屋の出入りをしているのか!?

泰はもう一度テックを見た。さっきと同じだった。目を逸らされるだけだ。いいのか、これで!? 自分がおかしいのか!? これが正解なのか!?

そんなことを考えているうちに、とうとう窓───正確には「窓だったもの」───に辿り着いてしまった。風が吹き込んで、顔の熱が奪われていく。

「はい、飛び降りてー」

ハイドが後ろで言った。何のためらいもなく。それが必須な行程だとでも言うように。

飛び……降りる……?

「何してんのー。ダイヤモンドは世界一硬い物質なんだから大丈夫だってばー。さっき言ったよねー? キミには炭素の力があるって」

「いやでもそういう問題じゃ……」

「さあ、は・や・く!」

つばを飲み込み、下を覗き込む泰。向かいの白い建物とこの病院のすき間を縫うように道路が走り、路駐されている車が見える。……高い。ここが何階なのかは正確には把握できないが、少なくとも4階以上だろう。

でも、と泰は感じた。後ろを振り返り、ハイドの白い目を見つめる。瞳の″H″という文字が揺れている。この女の子は、下手すると自分よりも自分自身の体について知っている。だったら、信じてみても───。

「……やめといた方が……いいと思うよ……」

不意にテックが口を開いた。泰が驚き目をやると、彼は口をつぐんだが、続けた。

「……ダイヤモンドは硬いけど……その宿命として……脆くもあるから……激しい衝撃を受けると……バラバラに……」

……今、何と言った? バラバラ?

「でもさっき殴られてもびくともしてなかったよー?」

「……もちろん……殴られるとか逆に殴るとか……人間の力くらいだったら……流石に大丈夫だと思うけど……建物から飛び降りるくらいの衝撃に耐えられるかどうかは……」

そこまでテックが言い切り、ハイドが「えー」と不満を露わにしている横で、泰は青ざめていた。危ないところだった。ハイドの言うとおりにしていたら、次こそ本当にご臨終していたところだ。今度は爆発から命を守った″力″のせいで。いや、生身の人間でも高いところから落ちたら死ぬか。

恐怖が安堵に変わりつつあったその時。

泰の目の前を、何かがかすめた。

″それ″は泰の目にはとまらなかったかもしれない。しかし″それ″が作った空気の流れが泰の顔を触り、ハイドの頭のフードを揺らし、後方のドアに刺さって亀裂を作った。

「……っ?」

それに反応して泰は後ろを向いた。目を見開いた。

″それ″は最後尾に羽らしきものが取り付けられた棒───つまり、矢だった。何かを油で炒めているような、バチ、バチという音が鳴り続けている。何より不思議なことに、その矢は不気味なほどに青かった。

「……電気……?」

テックが口を開いた。やはり小さな声だったが、弱々しいというわけではなかった。冷静に物事を見ているような、そんな口調だ。

「前っ!」

突然、ハイドが叫んだ。彼女に似合わない張り詰めた声だった。慌てて振り向く。

目の前には、西洋風の甲冑に包まれた人影が、向かいの白いビルの窓から弓を引き絞っていた。しかし、まるで塗り絵を青一色で乱雑に塗りつぶしたかのように姿が青く、よく見ると石のようにごつごつとした見た目だった。

「ほら、あれが『イオニアル』だよー。でもなんか一人しかいないなー」

ハイドが言った。もうさっきの緊迫した雰囲気は無くなっていたが、代わりに泰の心拍が速まっていた。

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