【第4話】お見舞いに行こう
泰が唐突に現れた少女に驚愕を受けていた時、街の外れにあるとある西洋風の豪邸の中の自室で。
『守屋商事』のトップの息子である守屋長嗣は綺麗に整頓された自室でいそいそと荷物をまとめていた。いつも通りの白いトートバッグに、長嗣がたまに食べるお気に入りのクッキーだったり、彼がわざわざ書店まで足を運んで購入した本だったりを詰め込んでいく。しかもその本は軽く500ページを超え、ハードカバーまでついているという代物だ。
スマホが震える。きっかり2回。目をやると、無料通話アプリの通知がロック画面に表示されていた。猫のアイコンの右に、「めんれい:『長嗣くんも泰くんのお見舞いに行……』」と表示されている。″めんれい″というのは、免田零のユーザーネームだ。2回通知が来たということはもう一つ誰かからメッセージが来ているということだが…確認するのは後にしておこうか。
次に正面の壁の上部を見上げ、時計を確認する。金メッキに包まれた針はちょうど午後四時を指している。普段なら学校で部活動にいそしんでいる頃合いだ。長嗣の場合はそろそろ所属する吹奏楽部の楽器庫に、愛用のトランペットを取りに行っているといった具合か。
だが今日だけは、それはできなくなっていた。長嗣が委員長を務めるクラスが化学実験室で酸化銅の酸化還元反応を観察しようとしていた時、突如4班の机の上で爆発が起こった。4班のメンバーである佐野朱里、指原禄、志村恭賀、炭谷泰、瀬野葉香に加え、化学教師の田辺果歩先生も巻き込まれた。田辺先生は即死、佐野と指原と志村は軽傷、瀬野は指がちぎれたことが、炭谷は意識がもうろうとしていたのが原因で病院に担ぎ込まれたらしい。
そこで、長嗣はその2人の見舞いのために病院に向かうことにしたのだ。もちろん、まだ事故発生から6時間ほどしか経っていないので気が早いとも言えるのだが、委員長としてここは2人を元気づけないといけない。会えなかったらまた行けばいいし、会えたらその「義務」を果たすだけだ。
実際、長嗣は創作物でよく見る「嫌みな金持ち」を軽蔑していた。自身の優位におごり高ぶって、偉そうに他人と接する。漫画やアニメの中の金持ちのボンボンは大体そんな感じだ。しかしよく考えてみてほしい。金持ちだからこそ他人に優しく接するべきではないか? 経済的に余裕があるならば、それを人のために使うべきではないか? それが長嗣の持論だった。だから、コンビニのレジとかにある募金箱には、長嗣は必ず何円か入れている。金持ちの余裕というものを見せびらかすというのも深層心理にあったかもしれないが、その主な原動力はやはり良心であった。
というわけで、長嗣はトートバッグを肩にかけ、豪邸を出ようとした。両親からはある程度行動の自由は許されている。だが一応伝えておこうか。
「長大」
長嗣は玄関までのその長い長い廊下で、二歳年下の弟である長大に出会った。どこで買ったのか、サバイバルナイフをくるくると回している。
「……どしたの」
「俺、今から病院行ってくるから、父さん達に伝えておいてくれないか? 門野さんでもいいから」
門野さん、というのは、守屋家の屋敷にお手伝いとして雇われている女性だ。もう10年ほど守屋家に勤めていて、しかも泊まり込みなので家族の一員と言った方がいいかもしれない。必ず屋敷のどこかにいるはずなのだが、今日は見てない。
「……病院って、今日兄さんが話してたあの爆発で運ばれた人のところに行くの? え別によくない?」
「お前はそう思っててくれていいから、とにかく伝えといてくれ」
「……まあ、わかった」
しぶしぶ、といった感じで、長大は了承した。そして長嗣の進む方向とは反対に歩いていってしまった。
はぁ、とため息をついた。長大は悪い人ではないのだが…もう少し愛想良くはならないものか。無理なんだろうな。
とりあえず長大がちゃんと「義務を果たしてくれる」ことを信じて、長嗣は家の大きなドアを開けた。ここを抜けて外に出たように感じても、実際はまだ中庭、敷地内なのだ。色とりどりのバラやランが長嗣を迎える。その花々も、金で集められた物だと知ると、一気に味気なくなるが。
その味気ない花々も通り過ぎて、長嗣は家の門の横、小さな黒い扉から身を出した。長嗣1人の力では門は開けられない。自慢ではないが、長嗣は成績で体育4以上をとったことがない。毎日出席しているので3未満になることもなかったが。
すると、長嗣の目に2人の人影が入った。何やら話しているようだ。1人は制服を着た大柄の男で、もう1人は薄緑のカーディガンを着た眼鏡の女。どちらも長嗣と同じくらいの歳に見える。
「……って、ここに……」
「……しかけてみる……」
何を話しているのか分からなかったが、長嗣はその2人に見覚えがあった。話したことはあまりないが、顔と名前、その他始業式後の自己紹介で彼等が話していた内容は覚えている。委員長として当然だ。
「酸川君に緑矢さん。どうかしたのかい? そんなに僕の家を見て」
長嗣は2人に声をかけてみた。声を受け取った2人は一瞬緊張した表情を彼に向けたが、すぐに和らげた。
「おお、委員長じゃんか! 委員長も医院に直行?」
「……ま、まあ……」
酸川がまず口を開く。クラスマッチの作戦会など会話をしたことはあるが、こんなに面倒くさい人だったか?
とりあえずそれを飲み込んで、長嗣は続けた。
「2人ともどうしたんだい?」
「あ、えっと……泰のお見舞いに行こうとしてて……そしたらここを通って、やっぱりすごく大きな家だなあって……あ、不審者みたいになっちゃってたらごめん!」
今度は緑矢が返した。
「いやいや、大丈夫だよ、全然」
やっぱり、ということは、常日頃から守屋家を見ているということで良いのだろうか。考えて、長嗣は首を振った。今の論点はそこじゃない。
「そうなんだ。実は僕も、彼のお見舞いに行こうとしてたんだ。よかったら一緒に行かないか?」
別に何かを思いついたとかそういうわけじゃないが、とりあえず誘ってみた。普段あまり話さない長嗣の誘いに2人は少しぎこちなさを見せたが、すぐに酸川が返した。
「おう! 行こう!」
あまりに軽快で大音量の返事だったため、住宅街に嫌というほど響いた。長嗣がそれに少し苦笑いを浮かべた時、またまたスマホが震えた。今度は小刻みに3回。これは───。
「……また『崩壊』か」
「ん?」
長嗣は震えの止んだスマホをポケットから取り出し、電源ボタンを軽く押した。緑矢がくみ取るように言った。
「あ、ひょっとして、『崩壊通知』入れてる?」
「……まあ」
その通りだ。長嗣のスマホのホーム画面、右下の隅に陣取っているアプリ───「崩壊通知」は、その名の通り「崩壊現象」の発生を即座に通達してくれるものになっている。しかしインストール数はかなり少ない。まあ正直、崩壊現象は人間に直接被害が及ぶ物ではないので、不必要といえば不必要なのだが、やはり委員長として、金持ちとして、万一の時にクラスメイトや周りの人間の安全を確保できるように───。
「えっ……」
長嗣は少しばかり動揺を見せることになった。いやまあ、別に大した問題ではないことにはすぐに気がつくのだが。
「どうしたの?」
「いや……」
長嗣はそれ以上喋らず、2人にスマホの画面を見せた。白基調のシンプルな画面が2人の目に入る。
崩壊発生
場所:T県T市剣楚高等学校付近
クラス:2
地震速報なんかについてくる「安全に注意してください」などの文言もない。それが人間に大して危険の及ばない現象だということを表しているものの───2人の背中に寒気が襲ったのは間違いない。
「どうしたんだ、2人とも」
緑矢と酸川の2人とも、顔に緊張が走っていたのだから。それはまるで、先生に説教されているときのような、「追い込まれている」感じの表情だった。
「……あ、いや大丈夫だって! ほーかいほーかい、近くで崩壊がね……」
「そうかいそうかい、か。でもその感じだと本当に大丈夫そうだね」
「うん。早く泰のお見舞いに行こう!」
3人は少し遅れながらも、病院に向かって歩み始めた。
その背後、元々あった電柱が丸々1本なくなっていたことには、長嗣は気がついていなかった。




