【第8話】戦闘終了①
「おおーっ!」
ニケの呼びかけに対し、大きな声で返事をしたのはハイドだった。年上であるにも関わらず彼女はテックの言うことはあまり聞かず、聞いたとしても彼女と意思が同じ時だった。しかし少し年上のニケの言うことは、少々無茶な指示でも文句1つ漏らさず従う。そもそもニケが無茶な指示というものをしたことはほぼ無いのだが。
「よし、じゃあ追うよ! ここから飛び降りて、あの青いイオニアルを───」
ニケが振り返ったその時。
「!!」
テックは気がついた。ニケも振り返った。同時にハイドも察知したようで、すぐに火球を投げた。ニケの頭と窓枠を上手い具合に突き抜けたその小さな火球の軌道は途中で途切れ、爆ぜた。
「……ここにいたんだ、もう1人……」
「あっぶなー! なんか棒みたいなの投げてきたー」
「やっぱ『陰』の方だけってわけにはいかないよね……よし」
ニケは頷くと、2人の方を向いて言った。
「ハイちゃん! 私と一緒に、『陽』を倒すよ! テック君は『陰』の方に行って!」
「えっ……」
「大丈夫! 他に2人いるから!」
言うと、ニケはハイドを連れて向かいの建物に消えてしまった。それを呆然と見送りながら、思った。
『陽』があの建物から出てきたということは……先にあそこに入ったダイはどうなったのだろう? 『陽』と出くわしてないはずもないし、そうなれば……。
途端、テックの頭から悪い想像が立ちこめ始めたが、すぐに首を振った。そうなれば連絡が入るはずだが、今のところその旨のものは来ていない。つまり大丈夫だ。そう考えて窓から飛び降り、『陰』を追った。しかし、迫ってくる地面にイオニアルの姿はなかった。もう身を隠しているのか。
テックは服の右側のポケットから、ダイに渡したものと同じような六面体を取り出した。今度は「Xe」と刻まれている。強く握った。潰れるほどに。
テックの身体の落下速度がだんだんと遅くなり、感じる風も消えていく。地面に着く頃には、もう空気の入った風船の落下のようになっていた。
すると。
「!!」
正面からまっすぐ何かが飛んできて、テックの左手を貫いた。同時に左半身に焼き付くような痛みが走った。テックの目には、弓を構えてこちらを見る青々しいイオニアルが辛うじて見えた。
油断してた。
ここで待っていたのだ。降りてくるのを。
このイオニアルは耐えて待つのが得意らしい。ダイに活性化を説明していたときに襲ってこなかったのも、『陽』を待っていたからだろう。
何か、ないか。
テックは痺れる左半身を引きずりながら、あたりを見渡した。
病院の開いている目の前の窓には、アロエか何かの観葉植物。アロエにしては小さすぎるが。正面のビルの前には、白いプランターがいくつか、口をこちらに向けて無造作に転がっている。土の跡が残っているだけで、中身はない。そして、次の矢を装填する『陰』のイオニアル。
……。
もう倒せると思ったら、間違いだよ。
テックは右手をすっと挙げた。イオニアルが弓を引ききった所だった。
その瞬間、宙に浮き上がった。病院の観葉植物が。力なく転がっていた、白いプランターが。
目標を定めているようにくるくると回転していたが、テックが右腕を前に倒すと、一斉にイオニアルの方へと飛んでいった。
イオニアルは弓を捨て、とっさに防御態勢をとった。ゆっくりとした速さで飛んでいた観葉植物での攻撃は、それで諦めた。重くて速く動かせなかった。
だが後ろから迫るプランターには気づいていなかったようだ。防御態勢をとるイオニアルの背中にぶつかり、横腹をえぐり取った。そしてそのまま、うつ伏せに倒れた。
テクネチウム。
元素記号はTc、原子番号は43。
自然界にはほとんど存在せず、人工的に合成されることによって作られた。これは1936年当時、人類史上初のことであった。
テックは、自身が自らの筋力で持ち上げることのできる重さの「人工物」であり、かつ半径5メートル以内の物であれば、任意の物を遠隔操作することができる。細かい操作も可能であるが、その質量は、操作する者の腕にそのままのしかかる。
やったか。
テックは肩で息をしながら、動かないイオニアルに近づいた。倒れているすぐそばには大きな弓が落ちている。装填していた矢も転がっている。テックはイオニアルの方に目をやり───
途端、イオニアルの腕が動いていた。素早い動作で弓と矢を拾うと、うつ伏せのまま弓を引いた。テックは回避しようと体を動かそうとしたが、痺れた左半身がそれを阻害した。まずい、これは───
ざしゅ、と何かが刺さる音。
見ると、イオニアルの身体を、大きな棒状の物が貫いていた。一瞬の間の後、剛健な身体が静かに霧消した。この深い青色、特殊な形状。これは……。
「よっ、危ないとこだったな、テック」
「……オスカーさん……」
そう言って笑顔を向けてきたのは、ワイシャツにネクタイというシンプルな身なりをし、目に″Os″と記されている少年、オスカーだった。外国人らしい名前だが、れっきとした日本人。そしてあの棒はやはり、オスカーの″万年筆″だったようだ。今考えると、少しダイに似ている気もする。
そして次に、ビルの壁に手を当てて滑るようにして降りてきたのは、長い髪に紫色の大きなリボンをつけ、オスカー同様、目に″Br″と記された少女。首にかけたカメラが、着地するとともに小さく揺れた。
「ごめんなさい……何の役にも立ててなくて……」
「ブルーム、そんなに落ち込まなくても……」
オスカーがなだめたが、ブルームと呼ばれた少女はテックの左手に気がつくと、はっとしたような顔になった。そして駆け寄り、言った。
「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!? 私が早く見つけられなかったばかりに……」
「……ブルームさん、そんなに……気を遣うことは……」
「ごめんなさい……ああ私ったらもう……」
テックは、何か悪いことをしたわけでもないのに、罪悪感に似た何かを感じた。この人は相変わらず自己肯定感が低すぎる。もっと前向きになってほしいところだが、そうなることはないのだろう。この調子だと。
「けが、大丈夫か?」
「あっ……あ、全然大丈夫です」
オスカーに言われ、テックは左手をかばうようにして返した。実際のところは、まだ痺れは取れていなかったのだが。しかしそれをくみ取ったのかそうでないのか、、オスカーはこう提案した。
「いや、でも、一応診てもらった方がいいんじゃないか?」
「……でも……」
「大丈夫。後はおれ達に任せてくれ」
どん、と自らの胸を叩くオスカー。その横で、わずかにブルームが頷く。
「……わかりました」
とうとうテックは2人に後を託すことになった。それを受けたオスカーは満足げに頷き、ブルームを連れて正面のビルに入っていった。
テックにはどうしても気がかりなことがあった。ダイのことだ。イオニアルと交戦して(というよりイオニアルから逃げて)いた時以来、何も分かっていない。流石に命を落としていることはないか、と一瞬思ったが、「この世界」のこと、そんな考えは捨てた方が良いのだろう。
左半身の痺れは幾分ましなものになっていたが、その代わりに左手の痛みが倍増しつつあった。痺れでごまかされていた痛みが、ここにきてはっきりと出ていた。
テックはゆっくりと、2人が入っていったビルの、そのさらに隣のビルへと向かった。その道中で、ダイがいるはずのビルを見上げた。今にも崩れ落ちて粉塵を立てる光景が、なぜか想像できた。
《エレメンタルデータベース》
【Tc:43】
〈本名〉■■ ■■
〈身長/体重〉163cm/52kg
〈年齢〉15
〈エレメント〉テクネチウム(Tc/43)
〈能力詳細〉
自らが持つことのできる範囲の「人工物」に限り、意思により自由に操作することが可能。初めは風船などかなり軽い物を動かすのがやっとだったが、記録時点では折り紙を折るなどの微細な操作も可能になっている。
イオニアルに対して柔軟な戦術をとることができるのが強みである。
────エレメンタルA班 指揮長 ケイ




