第六話
リリの発狂も治り、二人で湯船とやらに溜まったお湯に入る。
「おお、この温かさに包まれる感覚。素晴らしいな」
「気持ち良いですよね。女性は特にお肌も綺麗にしておきたいですし、お風呂は大事ですよ」
「覚えておこう」
十分に温まったら先程服を脱いだ部屋に戻り、布で全身を拭く。
またあの軍服ワンピースを着ようとしたら、リリに止められた。
「ローズさん、これお母さんのなんですけど、良かったら寝る時に着てください」
リリから渡されたのは真っ白の薄いワンピース。
人間は寝る時にも専用の服があるのか。
やや胸の部分が張ってしまっているが、着れないわけでは無いな。
「ギリギリ透けてないけど、大分刺激的な格好になっちゃいましたね」
「そうか。だがこの家の中では良いのだろう?」
「うーん…良しとしましょう」
なら着ていた服は影に取り込ませておこう。
そうすればいつでも取り出せるしな。
「そういえば、私はどこで寝れば良いのだ?」
ウルフの時は木の上に寝ていたが、床にでも寝れば良いのだろうか。
「あの、嫌でなければ…私と一緒でも良いですか?」
「嫌なものか。リリが良ければ私は構わん」
となると、ヴァイトに報告が必要だな。
確かこの部屋だったか?
「ヴァイト、入るぞ。風呂から出たので報告にきた」
「おう、ありがと…な…。それ、リリちゃんのお母さんに借りたのか?」
「よく分かったな」
「(リリちゃんのじゃサイズ合わないだろうし、お母さんのでもかなりパツンパツンだけど…普段着の凛とした雰囲気が無くなって、本当に何処かのお嬢様みたいだ)」
「あ、そうだローズ。今日人間になったばかりなら、まだ自分の姿見てないんじゃないか?ここに鏡あるぞ」
「それは是非見てみたいな」
漸くか!暫く俺は引っ込んでたけど、遂に自分の姿が見られるとなれば出てくるしかないだろ。
鏡の前まで来て映った自分の姿を確認する。
ヴァイトが言ったように金髪で赤い瞳、私にはよく分からんが、俺からすれば確かに美人だ。
称号にもあるくらいだからどれ程かと思ったけど、これは想像以上に顔が整ってるな。
俺が自分自身を褒めるとなんか気持ち悪いから、このくらいにしておこう。
「どうだ?自分の姿の感想は」
「自分では分からんが、ヴァイトはどう思う?」
「え、俺?そりゃ、こんな美人は今まで見た事ないって断言できるくらい綺麗だとは思うけど」
「ふふ、ヴァイトがそういうのなら、そうなのだろうな。嬉しいぞ」
「(その姿でその笑顔は本当に危ないからやめてくれ…)ほ、ほらリリちゃん待ってるんじゃないか?早く行ってやれ」
「あぁ。ではなヴァイト」
「……これは、本格的にヤバいな」
リリの待つ隣の部屋へ行くと、膝程までの高さの台に布を重ね合わせたものにリリが座っていた。
「あ、おかえりなさいローズさん。遅かったですね」
「ヴァイトが鏡を見せてくれてな。初めて自分の姿を見ることができた」
「そうだったんですね。どうでした?」
「自分では分からなくてな、ヴァイトに聞いたのだ」
「え?ヴァイトさん、なんて言ったんですか?」
「『こんな美人は今まで見た事ないって断言できるくらい綺麗』だと言ってくれたぞ。自分が信頼する人間にそう言われるのは嬉しいものだな」
「それは良かったです!(ヴァイトさん、やっぱりローズさんのことを…?)」
「それで、もう寝るのか?」
「はい、そのつもりです」
「わかった。ではそうしよう」
床に敷かれている布の上に寝転がり、体を丸めて寝る準備に入る。
いつも通り疲れてはいないが、それでも毎日寝ていたからな、寝付きは良い方だ。
「あ、あの…ローズさん何をしているんですか?」
「む?なにって、寝るのだろう?」
「なんで床に寝るんですか!私と一緒にベッドに寝て下さい!」
「それはリリの寝床ではないか。私は毎日木の上でこうして寝ていたから慣れているぞ?」
「駄目です!ローズさんはもう人間なんですから、人間の寝方をしてください!」
「ふむ、リリがそう言うのならそうしよう」
リリが半分開けてくれたベッドとやらに入り、体を伸ばす。
これは良いな、柔らかい感触に包まれながら眠れるとは。
人間は素晴らしいものばかり作り出す。
「おやすみなさい、ローズさん」
「ん?『おやすみなさい』、リリ」
……どれくらい経っただろうか。
何故だか眠れない。
今までこんな眠れない日など無かった。
ベッドとやらに慣れていない所為か?
いや、多分これだな。
この白いワンピース、今まで裸で寝ていた私には着慣れないものだ。
折角貸してもらったものだが、このままでは眠れる気がしない。
すまないが脱がせてもらおう。
うむ、ベッドの感触にまだ少し違和感が残るが、眠れない程では無いな。
今度こそ『おやすみなさい』だ、リリ。
・・・
「なんで裸になってるんですかー!」
むぅ…もう朝?
「ローズさん!いつ寝巻き脱いじゃったんですか!」
「んぅ、リリ…朝は弱いから、あまり叫ばないで?」
「あ、うん…ごめんね?(ロ、ローズさんが私の腰に抱きつきながら丸まってる!しかも口調がいつもと違って可愛い!妹みたい!)」
「あの服…いつも裸で寝てたから、寝付けなくて…脱いじゃった」
「良いよ良いよ、ローズさん人間になったばかりだもんね。ゆっくり慣れていこう?(駄目だ。このローズさん見てると甘やかしたくなっちゃう!)」
「…リリ、良い匂い…もうちょっと、このまま」
「ふぁぁ…(し、幸せ…命の恩人で、友達で、こんな素敵なローズさんが、私に甘えてくる)」
「む?もう朝か…リリ、どうしたのだ?」
「う、ううん。何でも無い…じゃなくて!何でも無いです」
「何故言い直す。そのままで良いぞ?」
「え?こ、この話し方で良いの?」
「リリとはもう友達というものになったからな。そう固くならなくていい」
「うん、ありがとう!(この感じ、やっぱりさっきのこと覚えてないのかな?寝ぼけたローズさん、私だけが知ってるなんてちょっと嬉しい)」
さて、ヴァイトももう起きているだろうか?
脱いでしまったワンピースをリリに返して軍服ワンピースの方に着替える。
食事の部屋へ行くと既にヴァイトがお茶を飲んで寛いでいた。
「おう、おはようローズ」
「ん?『おはよう』ヴァイト」
昨日の『おやすみなさい』といい、食事以外でも言うべき言葉と言うべき時がありそうだな。
「今日は昨日話した冒険者ギルドに行こうかと思うが」
「あぁ、問題無い。この街で生活する以上必要なのだろう?」
「そうだな。依頼を受けて金を稼がないと、人間の街では基本生活出来ない」
ウルフのように狩りをして寝ての毎日では駄目ということだな。
しかし、私に人間の冒険者など勤まるだろうか。
人の基本的な事すら学ばねばならないレベルだというのに。
依頼というものを受けながら、人についても勉強せねばな。
私に朝食は不要だから、ヴァイトの支度が整ってからリリの家を出た。
向かって右側の通りは昨日来た道で渓谷のある方向だ。
ヴァイトは迷いなく左へと進み始めたので、私も後に続く。
この街は今歩いている大通り一本と、そこから横に何本も伸びる小道という構造だ。
その大通りに面した建物は殆どが店であった。
少し歩いた道の右側に、大通りで最も大きな建物があった。どうやらここが冒険者ギルドと呼ばれる建物らしい。
「ローズ、冒険者の中には昨日みたいな奴等もいるかもしれないが、人前で捕食とかしないようにな」
「私を受け入れてくれたヴァイトやリリ達は特殊で、基本私のようなものは恐怖でしかないか」
「恐怖するだけならまだマシだ。最悪殺されたり研究材料にされる可能性もある。だから人前では人間らしくな」
「分かった。ヴァイトの忠告ならば大事な事だろうからな。努力しよう」
「そうしてくれ。じゃあ入るぞ」
つまり【影操作】【捕食】は禁止と。
ウルフや他の魔物に変化するのも駄目だろうな。
となると、私は武器と他のスキルで戦っていくことになるのか。
人としての戦い方に慣れる必要があるな。
「お?おいおいこりゃまたスゲェ美人な姐ちゃんだな。ちょっとこっちきて一緒に飲まねぇか?」
そういえばあの捕食四人組は、ダークウルフが土や風を操る事にも驚いていた気が…。
スキルというのは種族で使えるものが限られていると考えられる。
「これは大変お美しいお嬢様。どうか私とパーティを組んで頂けませんか?」
人間はどういったスキルが使えて、どのスキルを使うと怪しまれてしまうのだろうか。
それを正直に聞くことすら怪しまれるだろうから、やはりヴァイトに聞くのが最も安心だな。
「おい姐ちゃん無視してねぇでこっち来いや!」
む?何やら【気配察知】に反応が。
と思った時には身体が自然に動き、伸ばしてきた手の勢いを利用して男を投げ飛ばしていた。
床に叩きつけられた男と、それを不思議そうに見る私。そして若干呆れた様子のヴァイトと唖然とするその他。
「ヴァイト、こいつはなんだ?」
「そいつはここの冒険者の一人だろう。いやそれより、今の何だよ」
「分からん。気配に気付いた時には自然に動いてしまっていた」
「なんかのスキルだな。それも本人が無意識でも発動する強力なやつだ」
ふむ、となると人間になって新しく得た三つのどれかだろう。
今まで身体が勝手に動いたことなど無かったからな。
「まだ登録もしてないのに早速トラブルとは。ローズの容姿は苦労するな」
「ヴァイトに迷惑をかけてしまっただろうか」
「いや、俺は何もしてないから迷惑ってわけじゃないが…心配になる」
「ふふ、それは嬉しいな。だが安心してくれ、昨日の四人組がBランクだとすれば、少なくともヴァイト以下の奴には負ける事はないからな」
「…それは、頼もしい限りだ(正直俺も勝てるかは怪しいがな)」
ちょっとしたトラブルはあったが、今の出来事を見ていた者達は話し掛けてこなくなったし結果的に良かったな。
床に叩きつけてしまった男も、いつの間にか仲間が回収して出ていったようだ。
受付と思われる女性の所へ行き、ヴァイトが説明をしてくれる。
「この人の冒険者登録をしたいんだが」
「畏まりました。紹介状や推薦人などは御座いますか?」
「紹介状は無し。推薦人は『調査官ヴァイト』で頼む」
「ッ!?ヴァイトって、Aランク冒険者のヴァイトさん⁉︎ぎ、ギルドカードはお持ちでしょうか」
「はい、これ」
「た、確かに。ありがとうございます。Aランク冒険者からの推薦を受けるなんて、余程優れた方なのですね」
「少なくとも俺は認めてるし、対魔物に関しては俺以上の可能性もある。そのつもりで測定を頼む」
「はい。ではその旨をギルドマスターへ報告して参りますので、その間にこちらへのご記入をお願いします」
話をしながら書き込んでいた書類を渡してきて、受付の女性は奥へと行ってしまった。
紙には複数の項目があり、推薦人の名前だけ記入されていた。
「ヴァイトは有名なのだな」
「名前だけはな。基本潜入だから顔はあまり知られてないけど」
「だがあの反応を見るに、かなり影響力がありそうだ。ヴァイトの推薦を裏切らぬようにしなければ」
「ローズなら大丈夫だろ。むしろ強過ぎて目立たないか不安だ」
ヴァイトは私を買い被り過ぎだな。
確かにウルフ状態は大分進化したし大抵の者には負けない自信もあるが、人間での戦闘経験は殆どないのだ。
先程のは相手が本気では無かったから参考にならん。
暫くして戻ってきた受付の女性が、『ギルドマスターが直接お会いしたいと仰っております。こちらに来て頂けませんか』と言ってきた。
登録とはそういうものなのかとヴァイトを見ると、彼も驚いていたのでどうやら違うようだ。
私は無事に登録出来るのだろうか。




