第四話
「は?いやこの壁から人間出てきた時点で察してはいたんだが、どういう事だこれは」
再び私に戻り椅子に座り直す。
「見ての通りだ。私は元々あのような魔物だったのだよ。何やら影のような存在から始まり、色々捕食を繰り返す内にウルフやら貂やらの姿とスキルを得て、先程初めて人間を捕食した事で漸く人間になれたのだ」
かなり簡潔に伝えてしまったが、理解してもらえただろうか。
「完全に理解は出来て無いが、君が特別な存在だということは分かった。人間時のその姿にもきっと意味があるんだと思う。どうだろう?これから俺と一緒に橋を渡った先のトルム街へ行かないか?冒険者ギルドで活動しながら生活すれば、色々と情報も手に入り易い」
「…こんな私を、国や民は受け入れてくれるだろうか」
「心配するな。Aランクの俺が保証すれば大抵の事は上手くいく」
「そうか。すまないが世話になる」
「おう。それはそうと名前が無いのは不便だな。偽名でも良いから呼び名を作っておくか」
呼び名かぁ、誰とも過ごしてこなかったから必要無かったけど、確かにこれから人間として過ごすなら必要だよな。
「うーん…金髪、真っ赤な瞳、赤、薔薇?ローズとか?」
「ローズか。それが覚え易いのならそう名乗ろう」
「良いのか?かなり安直に名付けちまったけど」
「問題無い。どうせ思い出せないのだ。ヴァイトがそう名付けてくれたのなら私はそれで良い」
「お、おう。そうか…じゃあローズ、今からまたこの森抜けて帝国に向かうけど、問題無いか?」
「うむ。ここは最早私の庭のような場所だ。何も心配ない」
「はは、頼もしいなローズは」
あ、しかし困ったな。折角人間になれて強そうなスキルも手に入れたのに肝心な武器が無い。
〈スキル【捕食】にて取り込んだ武器を取り出す事が可能です〉
おお!なんと親切な!
望んだ時に求める答えをくれるとは、親切なメッセージだ。
私を捕食した時には武器を持っていなかったからな、取り敢えず先程の男が持っていた剣でも出すか。
む、握った瞬間に扱いが分かる。
これがもしや【戦神の加護】スキルか?
「その武器、さっきの奴のか?」
「そうだ。捕食した武器を取り出せたようなのでな」
「それは何とも、便利な影だな」
これで戦闘の心配は無くなったな。
ヴァイトと共に再び森の中へ。
「…なぁ。森の魔物達が俺達…というかローズを見た瞬間に逃げていくんだが」
「この森の生き物達は捕食し続けたからな。本能的に逃げられるのだ」
「Cランクの魔物が本能で逃げるって、恐ろしいな」
「先程から気になっていたのだが、そのランクとは何だ?」
「これは冒険者ギルドが色んな情報を基に定めた強さのランクだ。下からF・Eと上がりA・Sまである。Cランクといえば中堅どころの冒険者ランクBが一対一で倒せるレベルなんだが…Aの俺ですらフォレストウルフが逃げた事なんて無いな」
「強さよりも、仲間が散々捕食された恐怖かもしれんな」
「あぁー、その可能性も無くはないか。ギルド着いたら正確にランク測定だな」
「よろしく頼む」
そんな会話をしながら歩いていくと、あっという間に森を抜けてしまった。
生き物…魔物といったか。魔物の襲撃も無く終始平和で良い事だ。
懐かしい橋を渡り、最初に遠くから見えた街へ着いた。
「どうした?感慨深そうな顔して」
「いや、私がまだ影や骨だった頃、遠くに見えたこの街に行きたくても行けなくてな。遂に入れるのかと思うと」
「骨って…色々苦労したんだな」
「あぁ。森での生活は強くなる実感があって楽しかったが、やはり早く人間になって人間と触れ合いたく思ってたんだ」
「良かったな。漸く夢が叶うぜ」
「本当に。あの四人と出会わせてくれて、名までくれたヴァイトには感謝している」
私が本当に嬉しくて笑いながら感謝を伝えると、ヴァイトは何故か目を逸らしてしまった。
むぅ。やはり元魔物が人間らしくするのは変に思われただろうか。
こんな時人の感情が表情や雰囲気で読み取れれば良いのだが。
ウルフの時は多少覚えていたはずなのに、何故か人間になってから人や人の生活に関する記憶が殆ど無くなってしまっていたから難しい。
ダメージを受けた脳が元になってしまったからだろうか。
「(あの笑顔は反則だろ…)そ、それで?真っ先に冒険者ギルドで良いのか?」
「あぁ、待ってくれ。この街にブロンドヘアの可憐な少女がいるはずなんだ。彼女を探したい」
「ん?人の知り合いがいたのか?」
「いや、ウルフだった時に助けた人間なのだ。誠実で強い意思を見せてくれた彼女のおかげで、私はより人間になりたい欲求と、『善なる人間を捕食してはならない』思想を強く持つ事が出来た。彼女がいなければヴァイトともこの関係は築けなかったと思うと、礼を言いたくてな」
「律儀な元ウルフさんだな。そういうことなら手を貸そう。この規模の街なら大抵の事は住人に聞けば分かる」
「ふふ、ヴァイトは頼りになるな」
む。また目を逸らす。今度は何がダメだったのだろうか。
人間とは普段の会話も難しいのだな。
お、丁度良いところに住人らしき男性を発見。
俺も彼女には怖がらせた詫びを言葉で伝えたかったし、早く見つかると良いな。
「すまない御主人。この街のブロンドヘアの綺麗な女性に心当たりは無いだろうか」
「そ、それはお嬢さんの事だと思うが?」
「む?いや私では無い。もっと可愛らしく清楚な少女だ」
「あー、もしかしてリリちゃんか?雑貨屋の娘の」
「リリというのか、会って確かめたい。店は何処だろうか」
「それならこの道真っ直ぐ行って左に見えてくる黄色い家がそうだ」
「情報感謝する。この礼はいつか必ず」
「良いってことよ!お嬢さんみたいな美人さん初めて見たからな!それだけで俺は十分ありがてぇ!」
「ふふ、褒めても今は何も出せないぞ?だが本当に助かった。では」
この街の住人は優しく褒め上手なようだ。
俺自身私の顔が早く見たいと思っているのに、そんな事言われたら余計に見たくなる。
「案外早く見つかりそうだ。ここは良い街だな」
「ローズだからこその対応って思うが、まぁ確かに良い街だよここは」
住人に教えてもらった店はここのようだ。
店員と思しき少女を見る。
セミロングのブロンドヘア、空を思わせる綺麗な瞳。今度は涙を浮かべていないな。より綺麗だ。
「あ、いらっしゃいませ!何をお求めですか?」
「…やっと、やっと会えた」
「はい?あの、貴女のような綺麗なお知り合いはいませんが…」
「あの時はすまなかった。怖がらせるつもりは無かったんだ。ただ初めて会えた人が襲われていたから、助けたくて無我夢中で…本当にすまない」
再び会えた喜びと感動で思わず少女を抱きしめてしまう。
あぁ、可憐だ。私の肩までしかない背丈も、華奢な体躯も、初めて会った時のままだ。
「あ、あの…胸が大きくて息が。私、貴女と何処かで?」
「すまない、苦しかったか」
「苦しさと羨ましさと謎の幸福感でした」
「ふふ、不思議な事を言う」
「…ふぁぁ」
む?今度は顔を赤くしてぼーっとしてしまった。
何故私が笑うと皆不思議な反応をするのだ。
やはり何かおかしいのか私は。
「君はリリちゃんで良いかな?」
「あ、はい!リリは私ですが」
「リリちゃん、以前北の森でウルフに助けられた事は?」
「ど、どうしてそれを⁉︎」
「ほら、ローズ…怖いだろうけど、正体明かさなきゃずっとこのままだぞ?」
「…わ、分かった」
正直怖い。怖がられるのが怖い。
また泣いてしまうだろうか。
しかも今度はハウンドウルフより二段階も進化したダークウルフだ。
彼女に拒絶されたら、私は…
「今から、私は私の正体を見せる。危害を加えるつもりは一切無い。どうか見てくれないだろうか」
「…分かりました。何だか貴女を見てると、不思議と嬉しくなるんです。私は自分の心を信じます」
店内に誰もいない事を確認して、ダークウルフへ変化する。
ハウンドウルフより一回り大きな狼だ。
体長は2mくらいだろう。
「う、ウルフ⁉︎どうして女性がウルフに…それにこの雰囲気…もしかして、私を助けてくれたウルフって」
「そうだよリリちゃん。原理は俺にも詳しく説明出来ないけど、このダークウルフは君を助けたウルフで間違いない」
…拒絶、するだろうか。
ヴァイトは【敵性看破】で俺に害が無いと分かったから、こうして受け入れてくれたけど。
普通の人間のリリちゃんに、俺はどう映っているんだろう。
不安ばかりが押し寄せる俺の身体を優しく包む柔らかい感覚。
俺は今、リリちゃんに抱きしめられていた。
「ありがとう…あなたのおかげで、病気だったお母さんが治ったよ。フォレストウルフに囲まれた時、絶望しかなかった私を、あなたは助けてくれた。あれからずっと、また会えたらって思ってたの」
…あぁ。この気持ちをどう表現したものか。
安堵。歓喜。幸福…感情が溢れてくる。
俺は涙が溢れそうな感覚に抗う事なく、人間に戻り泣いてしまった。
「あの、ローズさん。私、またあのウルフに会えたら、友達になりたいって思ってて…人間になったけど、私と友達になってくれますか?」
「あぁ、勿論だ。勿論だとも。私もあの時言葉が話せたら、もっと人と接する事が出来たらと切に願っていた。こんな化け物みたいな私だが、こちらこそよろしく頼む」
今度はリリの方から私の胸に飛び込んできた。
人とは、こんなにも素晴らしい生き物なのだな。
ただ触れ合うだけで満たされる。声を交わすだけで心が躍る。
私は、人になれたことを本当に嬉しく思った。
「ねぇローズさん。折角友達になれたから、この後夕食とお風呂を一緒にどうですか?」
夕食に、お風呂?
外は確かにもうすぐ暗くなる頃だ。
だが私は全くお腹が空かないし、風呂というのは何だ?
人間の事となると所々記憶が無いのは悩ましいな。
言語などは分かると言うのに、不便な…
「むぅ。ヴァイト、私は腹が空いたことが無いのだがどうしたらいいか。それに風呂とは何だ?」
「え?あ、もしかして元が元だけに空腹感無いのか?それより、風呂を知らないって…まぁずっとウルフ生活してたなら無理もないか」
「え!ローズさんお風呂知らないんですか⁉︎じゃあ私が教えますから一緒に入りましょう?」
「うむ。リリが教えてくれるのなら有り難い。ヴァイトも一緒に入るか?」
「「え⁉︎」」
む?どうしたのだ二人共。
何故私は良くてヴァイトは駄目なのだ。
ヴァイトも何故か否定的な反応だし。
「あ、あの…ローズさん、お風呂っていうのは男女別々に入るものです」
「そうなのか?何故分ける必要がある」
「いやローズ、それは当然というか…恥ずかしいだろ?自分の裸を男に見られるって」
「恥ずかしい?身体を見られるのは恥ずかしいのか。私はヴァイトなら恥ずかしくは無いぞ?他の男は分からんが、ヴァイトはこんな私を受け入れてくれたからな」
「う、受け入れ⁉︎ローズさんとヴァイトさんって、そういう関係…」
「ち、違う!違うぞリリちゃん!俺もローズとは今日会ったばかりだし、裸なんて見た事ない!」
「む?見たいならそう言えば良い。どれ、この服はどう脱ぐのだ?」
「「わぁぁぁ⁉︎」」
なんださっきから二人共騒々しい。
私が裸を見せるのがそんなに変か?
ウルフなど常に裸ではないか。
「こ、これは1から教育が必要だな」
「で、ですね。このままじゃ恥ずかしげも無く裸を見せて、碌でもない男に酷い目に」
何故か私の事で二人が一致団結したような雰囲気に。
むう、謎の疎外感だ。




