リリ
私はリリ・アインヴェル。
しがない街娘の一人です。
両親は雑貨屋を営んでいて、私はそのお手伝い。
ただ数年前からお母さんの体調が良くなくて、最近では数日寝込むほど辛そう。
知り合いの薬師の人によると、『命に関わる病気では無いが、適切な薬を飲み続けないと治らない』みたいです。
その薬を買おうとしても『材料が無くて作れない』とのこと。
その材料というのが、私達の住む街を北に出て暫く行った所にある巨大な渓谷、更にそこに架かる橋を渡った先にある森にしか無いタイセイダケというキノコだそうです。
あの森は攻撃的な魔物が多く住む危険な森。
渓谷に近い所は鹿ぐらいしか出ませんが、奥に行くに従って群れで狩りをする危険なフォレストウルフや、遠距離の刃を飛ばしてくる鎌鼬など、どれも冒険者ギルドで危険度Cランク判定が出される魔物ばかり。
一般人の強さがランクでいうとFなので、その差は絶望的です。出会ったらまず助からない。
でもお母さんを助ける為には手に入れるしかない。
冒険者ギルドに依頼したいけど、今あの森に安全に入れるBランク以上の冒険者は街に居ないみたいです。
お父さんに相談したら「絶対に一人で行くな。Bランク冒険者が来てくれるまで待て」と言われました。
それから数日が経ち、お母さんの体調は更に悪くなっています。
だから私は、お父さんの忠告を無視して森へ行く事に決めました。
どのキノコが必要かは予め薬師の知り合いに聞いてあるし見分けもつきます。
問題は森だけど、浅いところでも幾つかキノコは取れそうだから、魔物が棲む奥まで行かないように気をつければ大丈夫なはず。
お父さんに「友達の家に遊びに行ってくる」と嘘をついて森へ出発です。
相変わらず深い渓谷は、谷底がよく見えなくて怖いです。
噂では初代皇帝の身内の方がここに身投げしたとかって聞きましたけど、こんな谷底に調査も行けないし、あくまで噂でしょうね。
いよいよ森へ入ります。
見える範囲にキノコは無いので、ちょっとだけ歩かなきゃいけないようです。
大丈夫、フォレストウルフ達の縄張りはもっと奥だし、中心部に天敵が生まれない限りこんな浅い所にこないはず。
あ、あった!教えてもらったキノコです!
漸く1個目発見しました。
完治するまでの薬を作るには、最低でも20個は必要らしいから、まだまだ頑張って探さないと!
暫く歩き回り、まだ3個目。
これでも大分回復するみたいだから、その間に冒険者を待ってもう少し奥まで探した方が良いかな?
でもあと少しだけ、もうちょっとだけ奥に…。
ギリギリ森の入り口が見えて、フォレストウルフ達の生息地からは外れる場所まで進むと、薬になるキノコの群生地を見つけました!
これだけあればお母さんが完治出来る!
でも、私は喜ぶあまり気付くのが遅れてしまったのです。
何かいると気付いた時には、既に三体のフォレストウルフに囲まれていました。
「きゃぁぁ!」
なんで!まだ森の入り口が見える浅いところなのに!
まさか本当に、別の魔物に縄張りを荒らされて浅いところにきていた?
幸いフォレストウルフに遠距離スキルは無い。
でもその牙と咬合力は人の腕なんて簡単に噛みちぎる強さ、私の体なんて一瞬で噛みちぎられて終わり。
嫌だ、死にたくない!お母さんに薬を届けないと!
今にも飛び掛かってきそうなフォレストウルフ達ですが、次の瞬間、素人の私ですら感じ取ってしまう程の強い気配と悪寒が…。
そして鎌鼬が使う遠距離スキルに似た、だけど遙かに強力な【カマイタチ】がフォレストウルフ達を同時に両断。
更に地面から影が浮き上がり、フォレストウルフ達をそのまま飲み込んでしまった。
う、嘘…影を操るなんて…
そんな強力な魔物がこの森にいるなんて聞いたことがない。
そして遂に、その正体が私の前に現れる。
薄緑色のフォレストウルフとは違い、グレーの毛並みに力強い体躯。
これは、まさかハウンドウルフ⁉︎
だ、駄目だ…逃げ切れない。今度こそ死んだ。
ハウンドウルフはウルフ系の中では下の方だけど、ウルフ系魔物がそもそも強力で、ハウンドウルフの危険度ランクはBまで上がる。
一流と言われるAランク冒険者が居なければまず勝てない。
死にたくないのに死ぬ未来しか見えない状況で、腰が抜けて呆然とハウンドウルフを見続ける事しか出来ない。
でもハウンドウルフは一向に攻撃してこないばかりか、少し寂しそうな雰囲気で俯いたまま。
一縷の望みが見えた気がしたのも束の間で、再びあの影が何本も浮かび上がった。
あぁ、今度こそ死ぬんだと諦めた私の目の前に、私が探していたキノコが大量に影によって積まれていく。
え?なんで、このキノコをハウンドウルフが私に?
それに頭を下げて立ち去ろうと…
まるで「ごめん」と言っているかのような雰囲気に、私は思わず声を掛けてしまった。
「ま、待って!」
魔物に言葉なんて通じないはずなのに、私は何をやっているんだろう。
でも振り向いてくれたって事は、まさかハウンドウルフに似た高位の魔物⁉︎
そんな存在がなんでここに。
繰り返し湧いてくる疑問の数々を一先ず置いておいて。まずはお礼を言わないと。
結果的に、命を救われたんだから。
「あの、助けてくれてありがとうございました。言葉が通じてるか分からないけど、お辞儀をしたって事は知能があるんですよね。何故貴方のような高位の魔物がこんな森にいるのか分からないけど、この御恩は絶対に忘れません!」
通じた、かな?
なんだか寂しそうな雰囲気がなくなって、パァァって効果音が聞こえてきそうなくらい嬉しそうな雰囲気に。
尻尾もブンブン振られてるし、もしかして人間に興味があるとか?
私が考えたところで、魔物の気持ちは分からない。
でも、また会えたら今度は仲良くなれるかな?そうだと良いな。
貰ったキノコを痛めないように籠に入れて、もう一度ハウンドウルフにお辞儀をして立ち去ります。
ハウンドウルフはお座りの状態で私を見送ってくれました。
やっぱり、知能が高くて優しい魔物みたい。
このハウンドウルフに会えた事、助けられた事、私は絶対に忘れないだろう。
今まで生きてきた中で、一番衝撃的な出来事だったから。
お父さんに自慢したい。
こんな優しい魔物に出会えたよって。
でも絶対に怒られる。
そんなジレンマに悩みながら、私は家へと帰りました。
帰宅後、大量のキノコを見たお父さんに凄い怒られたのは言うまでもありません。
キノコ見たら結局バレるんだった。
先に薬師に預けておけば良かったんだね。
数日後、出来上がった薬を飲み始めたお母さんはどんどん回復していき、1ヶ月もした頃には完全に復活しました。
勿論、その間にあのハウンドウルフの事は伝えてあります。
家族の恩人(?)であるハウンドウルフに、いつかまた会えたら皆でお礼を言おうと約束しました。
私は、きっとまたあのハウンドウルフに会えるような気がしてます。
今度会えたらお礼を言うだけじゃなくて、友達になってみたいな。
なんて夢も密かに持ちながら、今日も私は雑貨屋の街娘の日々を過ごします。




