第二十三話
ソフィア達が私に仕えると宣言してから数日が経つ。
私は今まで使用人などいた事が無いし、決まり事なども分からなかった為、三人で話し合いながら決まり事を作った。
1つ。自分で受けた依頼報酬は自分で管理すること。
2つ。素材の売却、または捕食の判断は私がする。
3つ。衣食住に必要な金は私が払うが、自分で欲しい物は自分で貯めた金で買う。
4つ。私と風呂に入り私を洗うのは二人で交互に。
5つ。寝惚けた私の布団に潜り込むのも二人で交互に。
5つ目に疑問が残るが、二人が頑なに撤回しないので諦めた。
どうせ私はその時の記憶が無いからどうする事も出来ん。
で、今日はネルの番だったようだ。
「おはようございます。ご主人様」
「おはようネル。いつもながら太腿に触れている尻尾が気持ち良いな」
「はい、ありがとうございます!よろしければ耳もご堪能下さい」
「うむ、サラサラと綺麗な毛並みだ」
ネルは猫獣人なので、その特徴である猫耳と尻尾を活かして奉仕してくれる。
サワサワと足に触れている尻尾がくすぐったいが、その触り心地はとても良いものだ。
「ご主人様、そろそろ起きなければ調べる時間が減ってしまわれます」
ソフィアが淡々と忠告してくるが、この二人は自分の番でない時は必ずこうなので慣れてしまった。
最後にネルの尻尾を優しく撫でてから服を着るとしよう。
今日は依頼を受けず図書館に行ってみるつもりだ。
それが王都に来た本来の目的だからな。
ネル達にも協力してもらい、私について少しでも情報が出てくれば良し。出なければ資料館にもいくつもりだ。
因みに、二人は依頼を受けない日と宿に戻ってきてからはメイド服に着替えている。
元々メイド服で買われ、使用人として過ごす以上、見た目からしっかりしたいと言っていた。
メイド服の二人が朝食を済ませるのを待ち、図書館へと向かう。
王都の建物の中でも大きな方なので、すぐに分かるのはありがたい。
中に入ると、5m程の高さにある天井まで本棚で埋め尽くされ、幾つもの棚が通路を作り出している光景が広がっていた。
こ、この中から目当ての本を探すのか…
「おはようございます。本日はどのような本をお探しでしょうか」
図書館の受付嬢であろうか。
眼鏡を掛けた大人しそうな女性が近寄ってきた。
「【深淵より生まれし影】という存在について載っている本はあるか」
「【深淵より生まれし影】、ですか…申し訳ありませんが存じ上げません。魔物の一種でしたらこちらの棚が全て魔物についての本になりますが」
「分かった。そこから探してみよう」
やはり一般的に知られている存在では無かったか。
元々予想はしていたので特に気にすることなく本棚の背表紙を見ていく。
「ご主人様、『魔物大辞典』なるものがあったので中を見てみます」
「うむ、頼んだ」
「ご主人様、『闇の魔物について』と書かれた本がありましたので調べてみます」
「ああ、頼む」
二人共よく働いてくれているな。
私もそれらしき本を探さねば。
『魔物進化一覧』、これは中々面白そうだ。私の捕食で今後どんな魔物になるか気になる。
『世界の危険地帯ー過酷な環境に住む危険な魔物ー』、これもまた惹かれるな。危険地帯となればそれだけ限定的であったり強力なスキル持ちも多そうだ。
『魔物が使用してくるスキルとその対策』、これは是非とも読んでみたい。私の強さに直接関係してくる本だな。
「えっと、ご主人様?」
「む?どうした?」
「それらの本に、ご主人様に関する情報は期待できないかと…」
「…そうだな、これはまた今度でいいだろう」
「はい、そうですね(ご主人様、自分だけ気になる本を読もうとしてましたね)」
ぬぅ。先手を打たれてしまった。
だが本来の目的を見失っていたのは私だからな、しっかりせねば。
影、シャドウ…いや、『深淵』と書かれているのだからそちらを調べてみるのもありか。
図書館の受付嬢に聞いてみよう。
「すまない、『深淵』という単語を調べたいのだが、世界や地名について書かれた本はあるか?」
「それでしたら、あちらの5番の棚が世界地図や地域について集められた本棚になります」
5番、5番…これか。
世界地図、違うか。
各国の首都の位置、違うな。
人間界と外界?これはどうだろうか。
『この世界の境界は天空、地上、地底に存在し、空界・現界・地界と呼ばれる。また、空界と地界にはそれぞれ最上部・最深部とされる場所があり、【天上界】【深淵界】と言い伝えられている。我々現界に住む者では対抗できない程強大な存在がいると言われているが、真相は明らかにされていない』
…ふむ、取り敢えず『深淵』という言葉はあったが、あまり詳しくは分からないようだ。
私達の住んでいるこの世界は現界、そして…足下か?
この下に地界と呼ばれる世界があり、その最深部に『深淵』があるようだが。
結局私は何なのか、何故生まれたのかは全く分からないな。
これは資料館へ行ってもあまり意味は無いかもしれん。
どうすれば私の事が分かるだろうか。
そういえば、あの橋の事故資料なども探さなければいけなかったな。
「度々すまない。魔の森の目の前にある渓谷で亡くなった人の資料などはあるだろうか」
「それでしたら当館ではなく、資料館に記録がございます」
「そうか、色々とありがとう」
一度図書館を出る為ソフィア達の下へと向かう。
凄く真剣に読んでいるな。
私の為に情報集めを頑張ってくれているのを見ると、結果に関わらず嬉しくなる。
……ん?
二人の背表紙が先程と違う本のようだ。
『主人の一番になる為に心掛ける7つの習慣』?
『獣人の特徴を活かした悩殺秘技』?
ふ、二人は何を読んでいる…
少しでも喜んだ私の気持ちを返せと言いたい。
「お前達…」
「っ⁉︎ご、ご主人様⁉︎あの、これは…」
「ち、違うんです!決して調べ事を疎かにしようと思ったわけではなく!別の方法でご主人様のお役に立てるかと思っただけで!」
「…もうよい。資料館にいくぞ」
「「は、はい!」」
資料館の中は昔の人の装備や国の成り立ちなどの資料や実物を展示している。
その中で近年の事故資料を調べていく。
『魔の森付近に関する事故資料』なるものを見つけ中を見ていく。
魔の森で魔物に襲われ死亡した人間の記録、崖・橋から転落事故によって死亡扱いとなった人間の記録、これか。
”転落事故死亡者一覧”
エインヘル帝国初代皇后
『ロゼッタ・ヴィエル・エインヘル』
エインヘル帝国エドモンド子爵長女
『フェルミエル・J・エドモンド』
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いきなりとんでもない人物が出て来たな。
帝国の最高権力者の妻が何故あんなところで死んでいる。
それにソフィアと同じ貴族の娘も…
私のこの服は生前に着ていたもの。
この服の素材や作りから相当高く、着ていた者も高貴な者だということが窺えるが、まさかこの二人のどちらかということか?
いや、それは早計か。
資料に載っていない、または知られずに命を落とした者だっているはずだ。
参考程度に覚えておくのが良いだろう。
「ご主人様、どうですか?」
「うむ、収穫無しというわけではないが、確信出来る情報は無かったな」
「そうですか…ではどうなさいますか?」
「そうだな、暫く王都周辺の依頼や探索を行いながら、また他の街へ向かうのも良かろう」
「旅をする。ということですね?」
「あぁ。私に関する事は簡単に判明しない事が分かったからな。気長に旅をしながらこの世界を見て回るのも面白そうだ」
「では、近日中に旅に出る可能性も考え備えをしておきます」
「うむ、しっかりな」
資料館を出ると既に夕暮れであった。
思った以上に時間が経っていたな。
だが何も知らなかった時よりは前進しているはずだ。
焦らず少しずつ手掛かりを探していくとしよう。
宿に戻った後、二人がソフィアのリュックから買ってきた食事を取り出していくのを眺めて、ふと思った事を聞いた。
「二人はいつも屋台で買った食事だが、料理はしないのか?」
「…ご主人様、私も元使用人です。勿論料理だって出来ます。ですが、キッチンの無い宿では料理は出来ませんし、食材を買い集めるのはお金が掛かります。現在ご主人様に衣食住の全てをお世話になっているのに、そこまで贅沢な事を言うなど出来ません」
「私は宿代以外全く金を使わん生活だから、『きっちん』とやらがある宿に泊まり食材を買うのは構わないぞ?」
というより、毎日屋台で買ったパン挟みなどの軽食を食べている二人を見ていると、何だか申し訳なくなってくる。
「で、では次の街で、そのようにさせて頂けると幸いです」
「うむ、遠慮はしないようにな」
食事が終わったら今日の当番のソフィアと共に風呂へ入り体を洗ってもらう。
段々とソフィアも慣れてきたのか、最初の頃より手慣れた動きで心地良い。
「ご主人様、折角の綺麗な髪ですので、今後は私がしっかりと拭かせて頂きます」
「ん?そうか、では頼む」
脱衣所へ出たところでソフィアがタオルを持ってきて、私の髪を丁寧に拭いてくれる。
いつも簡単に拭いて終わっていたからな、これは良いものだ。
私達が部屋へ戻るとネルが素早く風呂を済ませて出てくる。
そして自分のベッドではなく、私が座っているベッドへとやってきた。
「ご主人様、本や資料を読んでお疲れではないですか?よければマッサージを致します」
「ほぅ、『まっさーじ』とはなんだ。やってみてくれ」
「はい!では後ろに失礼致します」
ネルが私の後ろに回り込み、肩に手を置いて優しく揉んでいく。
「おぉ、これは…なんとも気持ち良いものだ」
「ありがとうございます」
肩を揉まれながら脱力していると、ネルの長く綺麗な尻尾が私の腹の辺りまで伸びてきて、サワサワと撫でてくる。
「ふふ、少しくすぐったいぞ」
「如何ですか?」
「うむ、これも悪くない」
しかし二人して今日はいつもより積極的に奉仕してくるな。
図書館で読んだあの本で何か学んだのだろうか。
ネルの手が肩から下へと撫でるように降りていき、脇から前へ出て私の胸へと伸びる。
そのまま左右から胸を撫でたり揉んだりしてくるが、これも『まっさーじ』というやつなのだろうか。
「ご主人様はあまり敏感では無いのですね」
「敏感?いや、ネルの尻尾で撫でられている腹はくすぐったいぞ?」
「ネル!それは明らかにマッサージではありません!今すぐ止めなさい!」
そうなのか?しかしそこまで怒るような事ではなかろう。
リリだって脱衣所で私の胸を触ったり顔を埋めたりしてきたのだから、女同士ではよくある事ではないのか?
「申し訳ありません。ご主人様を癒す為にと思ったのですが、あまり効果は無かったようで」
「いや、『まっさーじ』とやらは気持ち良かったぞ。また頼んでも良いか?」
「はい!勿論でございます!」
ソフィアが未だにネルを睨んでいるが、この二人にはいつものことだ。
あまり気にしていても仕方ないだろう。
明日からはまた依頼と捕食数稼ぎだな。




