ローズの非常事態①
ーーソフィアsideーー
後ろからドサッという音が聞こえ何事かと振り返ると、ご主人様がベッドに倒れていました。
「ふん、化け物でも昼寝をするのか」
ネルがまた恐れ多いことを言いますが、何か今回は様子がおかしいです。
いつもなら脱いでしまう服も着たままですし、呼吸も荒いような…
気になってしまい近付くと、汗をかきながら赤くなった頬で浅い呼吸を繰り返していました。
やっぱりおかしい、ご主人様はいつも汗一つかかず、抱き締められても柔らかくすべすべなままなのに。
額に手を当ててみると、高熱ですぐに手を離してしまいました。
嘘…こんなステータスが高く耐性や無効スキルを持っているご主人様が、病気?
「ご、ご主人様…」
「お嬢様、今が好機です!化け物が追い掛けられない今ならば逃げられます!」
「…ネル」
私は、今でもご主人様が怖いです。
少しでも気が変われば、私達など何の障害も無くあっさり殺せるご主人様が、怖くて堪りません。
ですがこの数日間、ご主人様は私達に食事を与え、お風呂を与え、寝床を与え、今日に至っては装備まで与えて下さいました。
殺すような相手に、そこまでするでしょうか。
強盗が現れた時も、迷いなく立ちはだかり弱者を助ける。
本当は、そういう存在では無いのかと思えてもきました。
そのご主人様が、今苦しんでいる。
これを好機と捉え逃げるなど、私には出来ませんでした。
「ネル、ギルドへ行きます」
「お嬢様⁉︎そんな奴放っていますぐ逃げましょう!」
「黙りなさい!」
「っ⁉︎…お、お嬢様?」
「ネル、ご主人様の目的は分かりません。本当にステータスが知りたくて買っただけかもしれませんし、もしかしたら気紛れで殺されるかもしれません」
「で、でしたら何故⁉︎」
「…それでも、私達がこうして動けるのも、装備が整い逃げるという選択肢を出せるのも、全てご主人様の施しがあったからこそ」
「それは…」
「私は元貴族ですが…それでも私の誇りに懸けて、恩を仇で返すことは出来ません」
「…っ…分かりました。お嬢様の意思に従います」
ご主人様を布団の中へ移動させ、布団を被せます。
冷たい水を含ませたタオルを額へ乗せると、少しだけ表情が和らいだように見えました。
「リリ…ヴァイト…」
苦しそうな声で囁いたその名前には、以前寝惚けて呟いた名前もあり、おそらくご主人様の大切な人だという事が窺えます。
一人残して行くことは心苦しいですが、宿の主人に事情を説明して、時々タオルを変えてくれると言ってくれました。
ネルと二人でギルドへと駆け込み、何から説明すれば良いか整理しながら受付の方へ。
「こんにちは。本日はどのような御用件ですか?」
「あ、あの。私達のご主人様…えっと、ローズという名前なのですが」
「まぁ、ローズさんの!やはりあれだけお綺麗だと使用人の方も綺麗なんですねぇ」
「あ、ありがとうございます。ですがそうではなくて…ご主人様が、つい先程高熱で倒れてしまったのです」
「え⁉︎で、でもローズさん【耐性】スキルを持ってるって…」
「それどころか状態異常無効のスキルもあるのに、酷い高熱なのです!」
受付の女性が慌てた様子で資料の束を漁ります。
過去にそのような例はあるのでしょうか。
「そりゃ『耐性熱病』だな」
「ギルドマスター!」
「おう、騒がしいから来てみりゃ大体の内容が聞こえたんでな。あの嬢ちゃんみてぇに耐性や無効スキルを持ってても、体内に毒素が入らねぇわけじゃねぇ。んで、毒状態にならずとも体は反応する」
「ですがマスター、本来その症状すら無効するのがスキルの効果では…」
「健康ならな。疲労が溜まってたり、何かが原因で精神的に弱ってると、どうしてもなっちまうのさ」
それを聞いて、私は血の気が引いていくのを感じました。
普段ならばご主人様ほどの人が絶対に起こりえない症状。
原因があるとすれば、それは紛れもなく私とネルにあると分かってしまった。
ここ数日、私とネルがずっと警戒したり不敬な発言をしたりと、ご主人様に疲労を蓄積させてしまっていたのです。
「ど、どうすれば治りますか⁉︎」
「ここじゃ素材が無くて薬が出回ってねぇ。南の洞窟を抜けた先に魔の森っつう森があって、そこにしか自生しないキノコがあんだが…製法は広まって無くてな、恐らく近くにあるトルム街って街なら薬があるだろう」
「分かりました。そこへ行きます!」
「まぁ待て、そこに行く最短の洞窟を抜けるにはBランクが最低でも二人は必要だ。今街の騎士団に掛け合って無償でも同行してくれる奴がいるか確認する」
「…ふん…あんな化け物を助ける為に無償で命をかけるものなどいるはずがない」
ネルの言葉とは裏腹に、10分もしない内にギルド内へ四人の男性が駆け込んで来ました。
「デンさん!『綺麗な嬢ちゃんが倒れた』って、まさか軍服風のワンピースの女性ですか⁉︎」
「おう、その嬢ちゃんが『耐性熱病』で倒れてな、トルム街までこの嬢ちゃん達を護衛してほしい」
「任せてくれ!あのお嬢さんには俺達全員元気と安らぎをもらったからな!」
「応急処置とはいえ俺達なんかの服を着て、優しくありがとうと言ってくれたんだ!」
「どれだけ俺達が励まされたか!」
「分かった分かった。助けてぇなら早くいけ」
「「「「おう!」」」」
ネルと二人で唖然としてしまいました。
まさかご主人様の為に動いてくださる人が四人もいるなんて。
四人の男性が私達の所へやってきて申し訳無さそうにします。
「すまないお嬢さん達、本当はこの倍は来たがっていたんだが、あまり人数を割けられなくてね」
「い、いいえ。これだけの方が来てくださっただけでも本当にありがたいです」
この倍ですか…
ご主人様のステータスが見えない人達には、とても人気なのですね。
とにかくこれで人数は集まりました。
早速街を出て洞窟を目指します。
蜘蛛や蝙蝠の魔物が襲って来ますが、ネルと騎士団の方々があっという間に撃退しました。
私はいざという時の回復スキルの為に温存しておきます。
「気を付けて下さい。この先の広間にポイズンセンチピードがいるはずです」
Bランク魔物なので、私の支援スキルと時間を掛ければネルでも何とかなるでしょうが、【キリングバイト】だけは気を付けなくてはなりません。
そういえばご主人様のスキルにも【キリングバイト】がありましたが、何か関係があるのでしょうか。
「…いないな」
「おかしいな、討伐された報告は聞いてないが」
「でも今はチャンスだ。早いとこ洞窟を抜けちまおう」
幸いポイズンセンチピードに出会う事なく洞窟を抜け、トンネルを潜った草原の先に、深い森が見えてきました。
あれが、『魔の森』。
確か帝国にいた頃には、Cランクのフォレストウルフが多数生息し、鎌鼬などの危険な魔物も多くいるとか。
「お、おい…おかしくねぇか?」
「あぁ。魔物が少なすぎる」
「少ないどころか全く見掛けないなんて事あるか?」
「何かの異常現象の前触れとか」
確かにおかしいですね。
Bランクに満たないなら、この森には決して入ってはいけないほど危険だと聞かされてきましたのに。
結局魔物は一切現れず不気味なまでに順調にトルム街へと辿り着きました。
まずはギルドで薬の情報を集めて、無ければ魔の森で素材調達しなければ。
「こんにちは。どのようなご用件ですか?」
「あの、この街に『耐性熱病』の薬があると聞いてきたのですが!」
「耐性熱病⁉︎そ、それはいつ発症しましたか⁉︎」
「えっと、今日のお昼過ぎに」
「もう4時間経ってる…薬があってすぐ持っていけば間に合いますが、もし無いと…明日の夜明けまでに飲ませなければ危険かもしれません」
「そんな⁉︎王都のギルドマスターはそんなこと…」
「あまり症例のない病気なので詳細な情報は広まって無いのです。今すぐ薬師に確認を取ります。すみませんが発症された方のお名前と現在地を」
「は、はい!現在ご主人様は王都の宿にいて、名前はローズです」
「……え?…」
な、なんでしょう。ご主人様に心当たりのある方でしょうか。
「あの、ローズさん…と仰いましたか?」
「はい…紺のワンピースを着た、金髪で美しい女性です」
「やっぱりローズさんだ!少々お待ち下さい!」
受付の女性が階段を駆け上がり、受付の女性より先に男性二人が駆け下りてきました。
「ローズが倒れたって本当か⁉︎」
「は、はい…今日のお昼過ぎに倒れてしまいました」
「マスター!薬師と連絡は⁉︎」
「取れたが、駄目だ…薬の在庫がない。リリちゃんのお母さんの薬で使い果たしたそうだ」
「クソ!今から魔の森に探しに行くしかねぇ!」
リリ?ご主人様が何度か呟いていた名前…
偶然?いえ、もしかして…
「ヴァイトさん?」
「え、なんで俺の名前を…王都まで俺の名前が広がっているとは思えないが」
「ローズさん…ご主人様が、苦しそうにリリさんとヴァイトさんの名前を呟いていたので、もしかしたらと」
「…そうか。ローズが、そんな時でも俺達の事を…」
「…ふん…化け物1人に大袈裟な」
「ネル!なんてことを!」
その瞬間、ギルド内の視線が全てネルに刺さり、全員が殺気立つのを感じました。
「おい、今なんて言った?ローズを化け物って言ったのか?」
「ば、化け物は化け物だろう…あんな異常な存在、化け物以外になにガッ⁉︎」
は、速すぎて見えませんでした…
いつの間にかヴァイトさんがネルの首を掴み、持ち上げていたのです。
「ローズを、俺の愛する女をもう一度そう呼んでみろ。二度と喋れない体にしてやる…お前も、ローズをそんな風に見てるのか?」
わ、私に向けられた視線だけで足が震えます。
ご主人様を見ただけの時より、明確な殺意という恐怖がそこにはありました。
「も、申し訳ありません!確かに最初はそう思いました…ですがご主人様に頂いた恩を返すべく、このように急いで来たのです!ですからどうか、今はご主人様をお助け下さい!その後ならば、どのような罰も受けます!」
「……この子に免じて今は許してやる…だが次ローズを侮辱した瞬間、お前だけはその場で首を刎ねてやるから覚悟しろ」
ネルが開放され何度も咳き込みますが、何とかこの場は収まったようです。
「ギルドマスターより通達!今より至急で魔の森にあるタイセイダケを集めよ!この依頼に報酬は出ない!強いていえばローズさんのいる未来だ!それでも良い者は直ちに行動開始!」
「「「「「うおぉぉぉぉ‼︎」」」」」
ぎ、ギルド内にいた冒険者が男女問わず全員出て行ってしまいました。
王都からきた騎士団の方々も一緒に飛び出して行きます。
やはりご主人様は、他の人達からはこんなにも愛されているのですね…
「君達は俺に着いてきてくれ」
ヴァイトさんが私達を先導してギルドの外へ出ます。
森に向かうのかと思いましたが、途中にある黄色いお店に入ってしまいました。
何か必要な道具でもあるのでしょうか。
「あ、ヴァイトさん!魔の森にたくさん冒険者が走って行ったけど、何かあったんですか?」
「リリちゃん、王都でローズが倒れたらしい」
「…え…ろ、ローズさんが倒れた⁉︎」
「今全員で手分けして素材集めしてるから、それは大丈夫だろう」
「そ、そうですか…ローズさん、いつも平気そうな顔で、自分だけで何でもしちゃうから、心配だったんです」
「あぁ。ローズは確かに強いが、中身は純粋で意外と脆いからな。だからリリちゃん、俺と一緒に王都へ薬を届けないか?」
「え⁉︎わ、私が居たら足手纏いじゃ…」
「王都から騎士団の応援もいる。それに俺がいればあの洞窟程度なんの問題もない。ローズの為にも、リリちゃんが居てくれると助かる」
「そ、それはもちろん、私だってローズさんに会いたいです。心配ですから…」
「よし。てことで、俺達も王都に同行させてもらうが構わないな?」
「は、はい。ご主人様と親しい方が来てくだされば、ご主人様も安心でしょうから」
この方達が、ご主人様が呼んでいたお二人。
正義感が強そうな男性と、明るく活発そうで優しげな、私とあまり変わらない歳の女の子。
何故でしょうか、ご主人様をあれ程怖がり警戒していたはずなのに。
今は、とても悔しくて寂しい…




