第十六話
翌日。
今日はギルドに行っても依頼を受けられない。
この機会に二人の警戒心を少しでも和らげられればいいのだが。
起きようとして、またソフィアを抱き締めている事に気付く。
「ん?昨日だけでなく今日も抱かれているのか?」
昨日だけならば私の悪い癖で済んだが、今日もとなると、わざわざ寝ている私の近くに来ている事になる。
ソフィアなりに慣れようと、寝ている間に頑張っているのだろうか。
「ご、ご主人様に奉仕するのは…メイドの仕事です…」
だが後ろのネルが悔しいような不機嫌そうな雰囲気なので、二人の総意というわけでは無いようだ。
ネルはソフィアの付き人だと言っていたし、先に慣れさせるべきはソフィアということか。
「お前達と仲良くなれればそれに越した事はないが、無理はするな。私は自分が化け物だと自覚しているのだから」
「…っ…は、はい」
『だから言ったではありませんかお嬢様!化け物に歩み寄る努力など不要だと!』
『それは、そうなのですが…貴女も昨日見ていて感じたでしょう。ご主人様が人間達を微笑ましく見ていることを…』
『だとしても!お嬢様が歩み寄る必要などありません!』
何やらまた念話で会話しているようだな。
少し寂しくも思うが、仕方ない。
「さて、では今日の食事の調達に行こう。それと、希望があれば言ってくれれば買うぞ」
「…あ、ありがとう…ございます」
「……ふん…」
立ち上がろうとする体が少し重く感じたが、昨日の戦闘で少し疲労したのだろうか?
三人でワンピースとメイド服に着替えて宿を出る。
基本的には屋台の内容や位置はあまり変わらないのだな。
ソフィア達は迷わず一つの屋台を目指していた。
初日に買い与えた野菜と肉をパンで挟んだ食べ物を売っている店だ。
「その店が気に入ったのか?」
「…はい…野菜やお肉が、美味しくて…ご、ご主人様は…いかがですか?」
おぉ、ソフィアから私を気遣う言葉が出るとは。
ちょっとずつではあるが進歩はあるのかもしれんな、だが…
「すまないが、私は味が分からないのだ。二人で食べるといい」
「…も、申し訳ありません…」
こういう時、人と違うというのは寂しいものだな。
リリやヴァイトとも、美味しいものを共有出来たらどれだけ楽しかっただろうか。
「(ご主人様、寂しそうです)」
二人分買ったあと、近くのベンチに座って食べさせる。
あまり見ていると食べ難いだろうから、私は他の店でも眺めていよう。
…ん?あの男、何やら怪しい雰囲気だ。
店で買い物している女性をチラチラと盗み見ている。
女性が財布と思わしき物を出した瞬間、即座に近付いて財布を取り上げてしまった。
「きゃぁ⁉︎誰か!あの男が私の財布を!」
街の何人かが取り押さえようと腕を伸ばすが、素早い動きで躱していく。
あれは完全に悪の側の人間だな。
街中で無ければ捕食してやったものを。
今回は取り押さえるだけで止めておくか。
立ち上がった私をソフィア達が不安そうに見上げてくる。
「ここで待て」
短く言い残し、男が走ってきている方へ向く。
下手に攻撃スキルを使うと殺してしまうな。
もう少し人が密集していない場所まで近付いてきたら仕掛けるか。
私もソフィア達を巻き込まないように離れ、男が一直線に私のいる方へと走ってくる。
近くに人もいないから、私一人くらいなら何とでもなると思っているのだろう。
男まで残り3m程度の距離になった時、【恐怖の波動】を発動する。
一瞬ビクッと反応し、そのまま足が動かず転んで止まった。
洞窟の蝙蝠達を思い出す光景だな。
男が手放した財布を拾い上げ、こちらに走ってきている女性へと返す。
「ありがとうございます!まさか貴女のような女性が取り返してくれるなんて!」
「気にするな」
「あの、私これでも装備屋を営んでいるんですけど、何か恩返しが出来ないでしょうか!」
装備屋か。
私はこれといって困ってはいないが。
そうだ、ではあの二人に…
「私の連れが二人いるのだが、その者達の装備を見繕ってほしい」
「はい!勿論です!お値段も割引させて頂きます!」
「それは助かる」
ここから最も近い西門付近から警備の人間と思われる男が来て男を拘束した。
「ご協力感謝します」
「うむ、後はよろしく頼む」
「はっ!(な、なんだこの女性…上官に命令されたような感覚だ)」
連行される男を横目に、ソフィア達のいるベンチに戻る。
「…ご、ご主人様…お見事…です…」
声が若干震えているな。
改めて目の前で私の力を見た所為だろう。
少し近付いたと思えばまた振り出しか。
「ありがとう。食べ終わったのなら着いてきてくれ」
不安そうなソフィアと不満そうなネルを連れて、先程の女性の所へ。
「さっき言っていたお連れ様ですね!此方へどうぞ!」
女性の案内で一軒の装備屋へと入る。
中は広く、防具から武器、道具類まで取り揃えていた。
「二人分の全身装備を揃えるとなると、相場はいくらだ?」
「えーと…物によりますが、平均で金貨5枚と言ったところでしょうか。ですがお客様にはお礼として少しお安くさせて頂きます!」
それならば何とかなりそうだな。
未だに状況が飲み込めていない二人に説明するか。
「この女性は先程の男の被害者でな。安くしてくれると言うので、二人の装備を揃える事にした」
「…え…ですが…」
「…私達の装備を揃えて貴様に何の得がある」
「ネル!…も、申し訳ありません…」
「いや、気にするな。確かに私に何の得もない。だが回復したら好きにしろと言ったのだ。買った責任を放棄するのに、その後の備えをさせないのは酷だろう」
そう言うと気に入らないまでも納得したのか、ネルは自分の装備を選び始めた。
それを見てまた頭を下げたソフィアも、私から離れ色々と物色していく。
「お客様は何も見ないんですか?」
助けた女性に尋ねられ、私は黒薔薇を取り出して見せた。
「私には既に武器はあるし、防具はさして必要ではないからな」
服も寝ている間に【衣類修復】で元通りだ。
私自身の防御力が高いからわざわざ重い防具を着ける意味もない。
「それ、鉄扇ですか?珍しい武器ですね!ガルツさんが喜びそうです!」
「ガルツ?」
「はい、王都で一番と言われてる鍛治職人です!色々と変わった武器を作ったりしてるので、一度行ってみて下さい!」
ふむ、良いことを聞いた。
今度行って新しい鉄扇でも頼んでみよう。
女性と話しているうちに二人の装備選びが終わったようだ。
ちょうど試着していたところだったので、二人ともメイド服から変わっていた。
ソフィアは白いローブを着て、先端に青い宝石のような石の付いた杖を持っている。
見た目からして遠距離スキルを使う後衛というやつだろう。
ネルは全身黒く動きやすい服で、上が半袖にベスト、下がパンツスタイルにブーツと身軽な服装だ。
指が出るフィンガーレスタイプの手袋と短剣2本という近接スタイルだった。
「ふむ、二人ともよく似合っているが…それで良いのか?」
武器などはもう少し良いのがありそうなのだが。
「金髪の女の子が持っている杖は支援スキルを補強する【妖精の杖】、猫の女性の武器は速度と切れ味上昇スキルを付与した【疾風の双剣】です。それぞれDとCランク向けのものですね。もう一つずつランクをあげて【聖霊の杖】と【風魔の短剣】2本ということもできますが?」
そうなれば二人のランクと同じランク武器というわけだな。
私の黒薔薇には説明は無かったが、オーダーメイドだからだろうか。
「それで頼む」
「「っ!?」」
二人が驚いているが、遠慮してランクを落とした武器を買った所為で死なれたら、私の寝覚めが今以上に悪くなるからな。
ソフィアの杖はドラゴンを模した杖頭の杖に変わり、青い水晶の球を咥えている。ネルのは淡い緑色のダガーと呼ばれる短剣2本になった。
これで先程よりは生存率が僅かでも上がっただろう。
「では合計で金貨5枚銀貨4枚のところ、金貨4枚と銀貨5枚になります!」
金貨1枚くらいの値引きになったのか、これは大きいな。
ソフィア達も満更でもなさそうな様子だし、良い買い物をした。
着ていたメイド服は勿体無いので収納しておこう。
使う機会は無いだろうが買ったものを捨てるのはいただけない。
「あ、あの…ありがとうございます」
「……ありがとう…ございます…」
「うむ。あとは食べて休んで回復するのを待つだけだな。あれだけでは腹が空くだろう。帰りにまた何か買っていくといい」
「ありがとうございましたー!」
こちらでも期待出来そうな鍛冶屋を知る事が出来たし、人助けはするものだな。
屋台で夕食分も合わせていくつか食事を買い溜めした後、宿へと戻る。
昼食を取る二人から離れてベッドに腰掛けながら、今後の事を考えていた。
この二人はおそらく私から離れ二人で王都を出て行くだろう。
帝国出身ならば戻るのだろうか。
伯爵家と言っていたが、私には正直それがどれほどの地位か分からん。
もし二人が戻るのを拒まれたら、行く当てはあるのだろうか。
何処かの宿で冒険者業をやりながら生活していくのかもしれんが、少し不安だな。
それから暫く、二人が食べる音だけが続く。
むぅ…こんな昼から何もしない日は無かった所為か、妙に体が重い。
私は毎日依頼を受けて動いている方が性に合っているのか。
いかん、頭がぼーっとしてきた。
そういえば、朝もいつもより体が重かったな。
服も着ているはずなのに、なんだか瞼が重く、開けていられない…
視界が段々と暗くなり、私の意識はそこで途絶えてしまった。




