第十一話
「ヴァイト、話があるのだが」
「なんだよ改まって」
【鉄扇】スキルを取ってから数日、【強風】と違い魔物相手でないと無闇に使えない【カマイタチ】はレベルが上がりにくかった。
昨日漸く熟練度が一定数を超え、新しいスキルの【扇面鏡】という防御型のスキルを手に入れたんだが…
『扇面で受けた近接攻撃を逸らし、遠距離攻撃を使用者の膂力に応じて跳ね返す』という説明から分かるように、攻撃してくれる相手が必要である。
ヴァイトにずっと付き合ってもらう事も選択肢に無いわけではないが、同じ相手とずっと訓練すると、いざという時に使い熟せない危険もあるため却下だ。故に私は…
「この街を離れようと思う」
「………は?」
驚くのも無理は無い。唐突だったろうからな。
だからこそ事前に話しておきたかったのだ。
「は、離れるって、なんで急に…」
「理由は二つある。一つ、この街周辺の魔物では強くなりにくくなったこと。二つ、私が人間になった本来の目的が情報収集だからだ。私が影になる前、そしてこの姿の意味を探る為、もっと広い世界を見る必要があると感じた」
私が行動したのはこの街とテテム村、そして魔の森との往復ばかり。
もっと広い世界を歩き、たくさんの人と出会い、色々な情報を集めなければ先に進めないのだ。
「…そうか。ローズが決めた事だ、俺は反対しない。いつ頃出ていく予定なんだ?」
「まだ決めていないが、数日以内には」
「そうか。リリちゃんには?」
「今から言いに行く予定だ」
少し沈んだ様子のヴァイトに見送られ、ギルドを後にする。
こんな私でも、寂しがってくれる者がいるとは嬉しいものだな。
リリは、やはり泣いてしまうだろうか…
「…ローズさん、いま、なんて?」
「数日以内に、この街を出ていく事にした」
「…いや…いやだよ。折角友達になれたのに…もっと一緒に色んなこと…したいのに」
「すまない。私の目的の為に必要なことなのだ」
あぁ。予想していたとはいえ、リリの涙を見るのは辛いな。
「だが安心してくれ。会う手段が無いわけではないのだ」
「…どういうこと?」
「こういうことだ」
『【シャドウダイブ】を頼む』
『よしきた』
「え⁉︎…あれ?このウルフ、ローズさんじゃ?」
「この形態はシャドウと呼ぶようにしている。今は別行動で魔の森に住んでいるが、紛れもなく私だ。そしてお互いの位置へ今のように移動する事ができる。あとは分かるな?」
「じ、じゃあ…いつでも戻ってこられるんだね?」
「会いたくなったら魔の森にいるシャドウに言ってくれれば、私に伝わる」
「うん、分かった…ずっと会えないわけじゃ無いなら、我慢する」
「ありがとう。戻ってくる時には何か手土産を持ってこよう」
状況次第では「すぐに」とはいかないだけで、会おうと思えば会う手段はあるのだ。
ヴァイトも薄々気付いていたからこそ、特に反対もせず送り出してくれたのだろう。
まだ涙目ながらも笑顔で送り出してくれたリリに感謝して店を出た。
しんみりとした別れの雰囲気だったが、別に今日明日で出ていくわけでは無い。
あと数日は魔の森や周辺で依頼と狩りをしているつもりだ。
街を出ると告げてから二日。
旅の準備などは無く、武器なども影に取り込んでおけば手荷物無しで移動出来るのは便利で良いな。
服も寝ている間に【衣類修復】が綺麗にしてくれるから一着で問題無い。
これでいつでも出発出来ると思って宿から出た私を、リリとヴァイトが待ち構えていた。
「む?どうした2人揃って」
「ローズ、出発は急ぐのか?」
「あと1週間だけ、待って欲しいの」
「ずっとここに居られないだけで、特に急ぎでは無い。1週間ならば問題無いぞ」
「ありがとう!じゃあ1週間後の出発の時に、私のお店に来て」
「うむ、分かった」
さて、1週間の時間が空いたとなれば、シャドウとスキル強化をするとしよう。
シャドウは私と同じで近距離も遠距離もスキルで行えるからな。
多少攻撃に偏りが出るが、数日程度ならば問題無いだろう。
シャドウの攻撃を【扇面鏡】のみで対応するが、【戦神の加護】と【武勇】、【勇猛果敢】のおかげで膂力にもかなり強化されているのか、全て反射出来ている。
そうだ、この間【鑑定中級】が遂に【鑑定上級】になったな。
この三つのスキルを詳しく調べてみるか。
『【戦神の加護】:あらゆる武器が使用可能。攻撃スキル及び所持者の攻撃に補正(極大)がかかる』
『【武勇】:あらゆる武術が使用可能。所持者に迫る危険に自動迎撃する。所持者の膂力に補正(極大)』
『【勇猛果敢】:相手の弱点・攻撃動作を見抜く。状態異常無効。所持者の速度に補正(極大)』
なるほど、オズクの腕を勝手に掴んで投げ飛ばしたのはやはりスキルの効果だったか。
そして【戦神の加護】の内容は大体予想通りだが、全てのスキルで補正がかなり掛かっているな。
武器屋で大剣を片手で持ち上げたのもこれらが理由だったようだ。
『なるほどな。道理でローズの姿になってからダークウルフ姿でもスキルが強くなってるわけだ』
『なんだ、そんな実感があったなら教えてくれれば良かったのに』
『勘違いだったら嫌だろ?』
まぁ結果的に強くなってるなら良いか。
そして【扇面鏡】は同じ強さの相手であれば全て反射させられることが分かった。
つまり、Aランク上位相当までならば私は攻撃を全て受け流すか反射させる事が出来ると。
まだ見ぬSランクと出会わない限り安心だな。
シャドウと訓練をしていた草原から魔の森に戻り、徐々に数が戻りつつある魔物を捕食しながら街に戻る。
そんな生活を続けて四日目、遂にスライムとモールが100体目の捕食を達成した。
〈アシッドスライムを一定数捕食したことによりパラライズスライムからカオススライムへの変化が可能です〉
〈カオススライムへ変化したことによりスキル【混沌の権化】【幻影】【カオスヒール】を獲得しました〉
〈クロウモールを一定数捕食したことによりアースモールからアングラモールへの変化が可能です〉
〈アングラモールへ変化したことによりスキル【大地流動】【アースバイト】【大地の加護】を獲得しました〉
ふむ、1つずつ見て行こうか。
【混沌の権化】は切り替え可能なパッシブスキルで、所持者を見た者は『混乱』状態になる。
『【状態異常:混乱】:平衡感覚と判断能力が正常に機能しない状態。』
【幻影】は名前の通り、使用者そっくりの幻影を任意の位置に出現させる。
【カオスヒール】は少々厄介で、体力と傷を完全に癒すが、かけられた者は混乱の状態異常になってしまう。
混乱の状態異常に耐性がある者にしか使えないな。
【大地流動】は【地面操作】の上位版か。地表だけで無く地中も一定範囲内ならば操作可能。
【アースバイト】は【ダークファング】の土版。【大地流動】で牙の形にして挟めば同じなのでは?と思ったが、初動から完結までの速度が段違いだったので、基本は【アースバイト】でしか再現不可能だな。
【大地の加護】は地面に触れている間の防御と体幹に補正(大)。敵の攻撃で姿勢が崩れたりしにくくなるという認識で良さそうだ。
やはり三次進化は使い勝手の良いスキルが多いな。
強い故にデメリットも大きいというスキルも中にはあるが、使い方次第では強力なのも間違いない。
恐らくこの森で使えそうな魔物はこのくらいだろうか。
鹿だと思っていた魔物のディアや熊は、ウルフや鎌鼬以上に見掛けない。
危険に対する感覚が敏感なのか、私が見つけるより前に逃げられているようなのだ。
【無音移動】や【シャドウダイブ】を使っても良いが、正直非効率的なのは否めない。
ならば次の場所で近くに上位個体がいないか探す方が無難というものだ。
そして遂に、約束の1週間後になった。
私はまず、『毎日いつの間にか一緒に寝転んでいる』ベティに挨拶をした。
「おはようベティ。以前話した通り、私は今日でこの街を出る。毎朝一緒に寝ていてくれたこと、楽しかったぞ」
「むしろ最後の最後まで一回しかちゃんと起きたことが無いアンタが心配だよ。どこ行こうが宿は女店主の所にしな。それと寝る時は部屋の鍵閉めな、良いね?」
「うむ、ベティのような主人がいる宿を探すとしよう」
「口調は固いけど、アンタは娘みたいで楽しかったよ。またこの街にきたらここにおいで」
「約束しよう」
私が過ごした時間は決して長くは無かったが、こう言ってくれる人間がいるのは、恵まれているな。
最後くらいは、とベティに言われ一緒に朝食のパンとスープを出された。
味は分からぬが食べられないわけでは無いのだから、ベティの願いを叶えるのが筋というものだろう。
支度は特に無い為、朝食の後すぐに宿を後にする。
見送るベティの目に涙が溜まっているのが見えたが、気付かぬ振りをして別れを告げた。
宿を出て左、少し歩いた右手に黄色い屋根の雑貨屋が見えてくる。
私の原点とも言える人がいる場所。
リリに出会わなければ、今の私はいなかっただろう。
最悪、多少悪い人間程度ならば捕食していたかもしれない。
そうなればヴァイトとも関係を築けず、この街で頼れる人間も居ないままだった。
この感謝をどう表せば良いか分からず、ヴァイトやリリ本人に聞くことも出来なかった私は、この1週間の間に密かにベティに相談をしていた。
そして、ベティが言う所の『さぷらいずぷれぜんと』なるものを用意したのだ。
折角1週間も時間があるならば、この機会に恩返しが出来ると考えてな。
店には既にヴァイトも来ていたようだ。
私が到着するとすぐにリリが店の看板を『閉店中』としてしまった。良いのだろうか?
「ローズさん、私達の我が儘で時間を延ばしてくれてありがとう」
「いやなに、私としても色々と出来たからな。むしろ良かった」
「じゃあ早速だけどローズ、俺達からの贈り物を受け取ってくれ」
リリが綺麗な赤い箱を持ってきて開けて見せてくれた。
黒い葉っぱが3枚に、真ん中には赤い薔薇が満開に咲いた綺麗なブローチだった。
「これは…」
「シャドウとローズをイメージしたブローチだ」
「私とヴァイトさんも同じ物があるんです」
「全部に【危険感知】と【シンクロ】のスキルを掛けてある。黒い葉っぱが割れたら俺に、赤い薔薇が割れたらリリちゃんに危険が迫ってるって合図だ」
「ローズさんしか遠距離移動のスキル持ってる人がいないから、必然的に私達の危険を知られるだけになっちゃったの」
「まぁローズの強さなら危険なんて殆ど無いだろうしな。そもそもローズで危険なら俺達が行ったところで足手纏いだろう」
…まさか、私のほうが「さぷらいずぷれぜんと」をされるとは。
いや、先に日程を延ばすように言ったのは二人だったな。そう考えれば納得だ。
「今日は、二人への感謝を伝えに来たというのに…こんな贈り物があるとは」
「感謝なら、私達だってローズさんにたくさんしてるよ」
「ローズがいてくれたおかげでリリちゃんは助かったし、俺もローズといる間、凄く楽しかった。ありがとうな」
…私は、とても幸せ者だ。
人として生まれたわけでもなく、一歩間違えば危険な化け物でしかない存在だった。
それがどうだ。私の旅立ちを惜しみながら応援してくれる宿の主人がいて、こんな素敵な贈り物をくれる友人達がいる。
シャドウよ、共に噛み締めよう。この幸福を。この素晴らしい生き物、『人間』を。
『本当に、俺等は良い人達に出会えたな。この街の事は任せておけ。ローズの代わりに、守護神と呼ばれるくらい守り抜いてやる』
『ああ、頼んだ。何かあればすぐに私も来よう』
「ありがとう二人共。二人の綺麗な贈り物に比べたら少し華やかさに欠けるが、もらってくれ」
影から二つの物を取り出す。
一つはブローチ。ペチュニアの花を象ったピンクの金属性で、中心にはローズクォーツが埋め込まれている。
「リリにはブローチ被りになってしまったが、私の気持ちを形にしたものだ」
「これ…確かペチュニアの花」
「あぁ。花言葉は『あなたと一緒なら心が和らぐ』だ」
「…ローズさん…ありがとう!ずっと大切にする」
「宝石には私のスキル【嵐纏】が付与してある。一定時間リリを守ってくれるだろうから、その間に逃げてくれ」
「うん!シャドウさんの所に逃げる!」
続いて取り出したのは鞘も剣身も真っ黒の両刃剣だ。
「ヴァイトにはこれを。私とシャドウから作られた剣だ」
「お、おいおい…また自傷素材集めしたのか」
「Aランク上位の素材だ。きっとヴァイトの役に立つだろう。鍔の部分に埋めてあるのはオニキスだ。【シャドウダイブ】が付与してあるから、調査や潜入の時に役立ててくれ」
「送り出す方がこんな良いもの貰ったら、逆に申し訳ないな」
「それだけ、二人に感謝しているんだ」
ヴァイトは早速剣を腰に、私とリリはブローチを胸元に。
三人で見せ合いながら笑い合った。
少し談笑して、日が真上まで登った頃、私はそろそろだなという雰囲気を視線で送る。
「行くのか?」
「あぁ。二人共、本当にありがとう。必ずまた帰ってくる」
「…げ、元気でね…怪我しないでね。風邪引かないようにね…それから…それ…から…」
また泣き出してしまったリリを、私は優しく抱き締めた。
いや、同じく泣いてしまった自分を隠す為だ。
「ローズ、最後に一つ伝えたい事がある」
「な、なんだ」
泣いてる時にこれ以上何をいうつもりだ。
「元が魔物だろうと、影だろうと、ローズと過ごした時間は俺の人生で最高の時間だった」
ヴァイトは一度言葉を切り、深呼吸してから強い意志を感じさせる目で私を見てきた。
「1人の男として、ローズを愛している」
「…ヴァイト」
「返事はいらない、だが覚えててくれ。この街にはローズの事が大好きな女の子と、ローズを愛してる男が、いつでも待ってる事を」
「あぁ…勿論だとも。私も、二人の事が大好きだ」
ふふ、今日は私にとって最高の日だ。
影から始まり、この先どう生きていこうか不安ばかりだったが、今の私にはこの二人がいる。
この先何があっても、ここに帰ってくればこの二人が待っていてくれる。
それが、私にどれだけ力をくれるか。
最後に二人ともう一度抱き合い、今度こそ私は旅立った。
まだ見ぬ広い世界で、私はまた多くの者と出会うだろう。
願わくはこの二人のように素敵な人間と出会い、皆で笑い合える日が訪れることを。
これにて第一章は完結です。
ローズの旅はこれからが本番。
どんな人、存在と出会い、どんな関係を築くのか。
次章をお楽しみに!




