第九話
冒険者として暮らし始め、早くも十日が過ぎた。
私は相変わらずベティの宿で暮らしており、6泊目の時に追加で銅貨を払っている。
今日は以前発注していた鉄扇の件で、武器屋から呼ばれていたのだ。
「すまない、遅くなった」
「いや大丈夫だ。今日は黒鋼が届くからな、具体的な大きさとかデザインを確認してもらいたい」
「うむ、分かった」
いくつかのデザインが描かれた紙を出される。
一つ一つ独立した薄い板のような中骨を、細い鎖のような金属で繋ぎ合わせたもの。
次は基本的には一つ目と同じだが、革のようなもので扇面が作られていて、最もシンプルな鉄扇。
最後に、中骨の先端が全て剣のように鋭い刃物になっていて、要で纏められているもの。10本の鏢が剣サイズまで大きくなったものを、扇子の形で固定していると言えば分かりやすいか。
「二番目のは扇面にハウンドウルフの皮を固く鞣したものを使うから、それにするならちょい時間かかっちまうな」
今シャドウが震える気配を感じたが、気のせいか?
この三つの中で私のスキルと闘い方を考えると…やはりこれだな。
「三つ目の鉄扇を頼む」
「おお、これを選ぶたぁ嬢ちゃん、アンタ結構好戦的な性格してんな?」
「いやなに、私のスキルを考慮したところ、これが一番使い勝手が良さそうなのでな」
「ははは!おっかねぇスキルを持ってるみたいだな!だが注文とありゃ完璧に仕上げてやる。4日後に取りにきな。代金は銀貨8枚だがそん時で良い」
「うむ、楽しみにしている」
自分の武器がもうすぐ出来上がると思うと、自然と高揚感を得るな。
ここ数日、魔の森関連の依頼を日に三つは受けている成果もあり、現在の所持金は金貨2枚と銀貨2枚になった。
金貨1枚相当の銀貨が集まった時にリリの雑貨屋で収納の指輪を買ったが、それでもまだ余裕はある。
武器の心配は無さそうだな。
今日は何の依頼を受けようと考えながら冒険者ギルドに足を運んだが、受付嬢が気まずそうな顔をしている。
余談だが、「受付嬢」という言葉はベティが以前教えてくれた。
「すみませんローズさん。ここ最近毎日魔の森の依頼を受けて下さっていたので、遂に魔の森関連の依頼が尽きてしまいました」
「ふむ、そうなのか?まだ魔物は多く生息していると思うのだが」
「…その事ですが…ローズさんの依頼件数と照らし合わせてみても、明らかに魔物の数が激減しているのです。異例の事態であるため、ギルドでは調査を行う方針だそうです」
『不味いぞシャドウ、魔物を狩り過ぎてギルドが調査に乗り出すみたいだ』
『なんだと⁉︎毎日5体までって制限して捕食してたんだが。それでも多かったか』
『とにかく近々魔の森に人間が入りそうだから、注意しておけ』
『了解だ。暫く捕食はしないでのんびりしてる』
まさか、こんな所で自分の首を絞める事になろうとはな。
依頼で狩り、捕食で狩り続けたら自然繁殖の早さを上回るのは当然だったか。
「いつも魔の森で依頼を受けているローズさんには物足りないかも知れませんが、こちらの依頼など如何でしょうか」
「ふむ…『南の村テテム行き馬車の護衛』か。護衛とは主になにをすれば良いのだ?」
「基本は襲ってきた魔物の撃退となります。討伐出来た場合は証拠と護衛対象の証言があれば追加で報酬も出ます」
「そうか。依頼期間は2日…馬車で寝るのか?」
「護衛依頼は複数の冒険者が受注されますので、交代で見張りとなりますね。就寝方法は自由です。布に包まるだけの方もいれば、寝袋を用意したり、お金を払って馬車を使わせてもらったりなどです」
初めてやる形式の依頼だが、一種の勉強と思えば良いか。
寝袋…確かリリの店で見た蓑虫のようなものだったな、あれを一つ買っていこう。
「ではこれを受けよう」
「ありがとうございます。本日13時より出発となりますので、30分前には南門に向かっていて下さい」
「承知した」
この世界の時間だが、どうやら24時間で1日、7日で1週間、30日程で1ヶ月という単位で表すらしい。
シャドウが何故かしっくりくると言っていたが、よく分からんな。
しかし他の冒険者との協同依頼か、少し不安だが良い経験だと思って臨もう。
さて、まずはリリの店だな。
「あ、いらっしゃいローズさん!」
「あぁ。リリ、寝袋はあるか?」
「うん、こっちにあるのがそうだよ。でもなんで急に寝袋を?」
「今日から二日間、馬車の護衛依頼を受けてな。道中寝るようなので買いに来たのだ」
「え…そ、そうなんだ?じゃあ、この寝袋がオススメだよ。防寒と防水、それに虫が嫌がる匂いがするから外でも快適なんだ」
「リリの選んだものなら間違いないな。それにしよう」
「ありがとうローズさん!」
案外早く決まってしまったな。
そうだ、日を跨いでの依頼は初めてだから、ヴァイトに注意点を聞いておこう。
冒険者ギルドに戻りギルドマスター経由でヴァイトの事を聞くと、今は自室で仕事中らしいので部屋を教えてもらった。
「ヴァイト、私だ。ローズだ」
「お?珍しいなローズがここに来るなんて。遠慮せず入ってくれ」
「失礼する。仕事中にすまんな」
「いや、大した内容じゃないから気にするな。それでどうした?」
「うむ、実は今日から二日掛けて護衛依頼を受けたのだが、注意点などを聞きたくてな」
「え…そ、そうか。護衛依頼の注意点な。まず第一に護衛対象の安全確保。次に自分の体調管理だ。依頼だから護衛対象を魔物から守るのが最優先だが、別に命をかけて守れってわけじゃなくて、危なかったら護衛対象を連れて逃げるのも選択肢の一つだ。次に自分の管理だが、慣れない護衛や夜営で体調を崩すと依頼どころじゃないからな。しっかり自分の状態を把握しておくのが大事だぞ」
「そうか、覚えておこう。やはりヴァイトに相談して良かった。ありがとう」
「良いってこれくらい。むしろ全然会いに来ないから逆に心配だったぞ」
「ふふ、今後はもっと顔を出そう」
「その時はお茶でも出すぞ」
それから暫くヴァイトと雑談をして、13時まであと45分となった頃、ヴァイトに別れを告げ集合場所へと向かった。
南門の前には馬車が1台停まっており、そこに冒険者と思われる二人組みが既に来ていた。
その横には依頼主であろう男性の姿も。
「すまない、待たせてしまっただろうか」
「いや、丁度30分前だ。俺は依頼を出したルガン、よろしく」
「ローズだ。よろしく頼む」
「よう嬢ちゃん、また会ったな」
「ん?」
それまで依頼主の横で黙っていた二人組の一人が話し掛けてきたが…
はて、こんな知り合いは覚えがない。
「悪いが誰だろうか」
「テメェ、俺をぶん投げた事忘れたわけじゃねぇだろうな」
「ん?そういえば以前そんな事もあったな。あまり顔を見ていなかったが、その時の男だったか」
「ちょっと美人だからってあまり調子に乗るなよ嬢ちゃん。お前みたいな新人は黙って俺の言うこと聞いときゃ良いんだ」
「よく分からんが、護衛依頼は初めてだから色々教えてもらえるならありがたい」
「おうよ、たっぷり体に教えてやるから楽しみにしとけ」
ふむ、存外良いやつなのかもしれんな。
以前投げたことは申し訳ない事をしただろうか。
しかし依頼主が何やら不安そうというか、露骨に嫌そうな顔をしているのは気のせいか?
「じゃ、じゃあ取り敢えず顔合わせも済んだし、ちょっと早いが出発しよう」
いよいよ初護衛依頼か。
ヴァイトの助言通り上手く出来るように頑張らねばな。
ーーーその頃、街の中ーーー
ーーno sideーー
ローズから護衛依頼の話を聞いたヴァイトは、自分の仕事を全力で終わらせ、受付の所に来ていた。
「さっきローズが受けた護衛依頼、他に誰が受けたか調べてくれ」
「え?あ、はい…えっと…Dランクのパッタシさんと、Cランクのオズクさんですね」
「クソ!」
「ヴァイトさん…この方達って…」
「あぁ、最悪だ。教えてくれてありがとう」
ヴァイトは焦りと怒りが混じった表情でギルドを後にする。
向かった先はリリの雑貨屋だ。
「あ!ヴァイトさん大変なんです!ローズさんが!」
「護衛依頼を受けたんだろ?今確認してきた。しかも同行者はギルドでも特に女に嫌われてる二人組だ」
「ど、どうしよう!ローズさん朝弱いから、寝惚けてる所を襲われたら何されるか!」
「…こうなったら、ギルドマスターに俺が尾行する許可をもらってくる」
「ヴァイトさん、これ持って行って下さい。魔物用の麻痺毒針と吹き矢です」
「助かる。ローズは俺が守るから安心してくれ」
「はい、お願いします!」
本人の知らないところでローズ護衛準備が進められていた。
ヴァイトは再びギルドへと戻りギルドマスターの部屋へ。
「おや?どうしたんだいヴァイト君、そんなに慌てて」
「ローズが受けた護衛依頼に、オズク達が同行者で登録されていた」
「ッ!?それは、由々しき事態だね」
「マスター、俺が尾行するが、構わないな?」
「えぇ。今やローズさんは、ギルドで知らない人がいないほど有名で人気だからね。彼女に何かあったらギルド員全員が暴動を起こしかねない。頼んだよヴァイト君」
「ああ、行ってくる」
ギルドマスターすら普段ではあり得ないことを許可する程、ローズの存在はこのギルドに大きな影響を与えていた。
事実、登録希望者は前月の倍、依頼受注頻度は3倍にまで上昇し、同じ規模の街では考えられない成果を上げている。
野外での隠密調査用の装備を整え、ヴァイトは南門からローズを追いかけるのであった。
そんな事は全く知らないローズ達はーーー
ーーローズsideーー
「良いか嬢ちゃん、魔物が来てもお前は手出しすんじゃねぇぞ。足手まといだからな」
「そうか、では依頼主の傍で待機していよう」
「へへ、物わかりが良いじゃねぇか。後で褒美をくれてやろう」
教えてやるとか褒美をやるとか、根は良い奴なのかもしれんな。
何故私のスキルが反応して投げ飛ばしたのか未だに疑問だが、それはスキルの検証も兼ねて今度調べてみよう。
む?早速【気配察知】に反応が。
「左の森から魔物が来るようだ」
「あ?新米にそんな事分かるわけねえだろ」
「フォレストウルフだ!」
依頼主のルガンが叫ぶ。
オズクは気に入らなそうな顔で私を見てきたが、先に見つけられたのが悔しかったのだろうか?
「けっ、一丁前に勘だけは冴えてるようだな」
「私は依頼主の傍に行くとするぞ」
「そこで俺の戦い方でも見て学ぶんだな」
確かに他の冒険者の戦い方は見たことが無い。
これは良い勉強になるかもしれん。
フォレストウルフは三体か、あれならば【風刃】ですぐ終わるな。
オズクはどう対処するのだろうか。
「来いやクソ犬ぅ!」
態々叫んで挑発する意味があるのか?
撃退すれば先に進めると思うのだが。
…もしや、再び襲われる事を考え今倒しておこうということか!
なるほど、この男口調の割によく考えているようだ。
「クソ!オラ!おいパッタシ!テメェもやれ!」
ん?何故もう一人を呼ぶ?
その程度の数なら薙ぎ払えば一撃だろうに。
「【ウォーターボール】!」
パッタシとかいう男が水の玉を飛ばすが、一向に当たらない。
フォレストウルフとはいえCランクの魔物だ、あんな遅い玉当たらない事など分かるだろう。
「使えねぇな!って、おい!逃げんなクソ犬!」
一匹こちらに来てしまったな。
手出し無用と言われたが、最優先なのは護衛対象だとヴァイトに教わった。故にこれは仕方ない。
「【エアクラッシュ】」
ブチャッ…という音と共にフォレストウルフが潰れる。
ふむ、取り敢えず尻尾を切り落としておこう。
どうやらオズクの方のフォレストウルフは逃げてしまったようだ。
「おい、テメェが派手なスキル使うから逃げちまったじゃねぇか」
「それはすまない。しかし何故最初からスキルで一気に倒さないのだ?」
「近接の俺が範囲技のスキルなんてあるわけねぇだろうが、パッタシと一体ずつ確実に仕留める予定だったのに邪魔しやがって」
「ふむ、次は気を付けよう」
よく分からんが、無理ならば仕方ない。次は追い払うだけにしよう。
日が沈むまで馬車で移動し、途中の草原で今日は夜営だそうだ。
こうも視界が開けていると見張りも楽だな。
「お前は新人だから途中で起きるなんて無理だろう。先に俺らが寝て途中で交代してやる」
「それはありがたい。正直目が覚めるのはいつも遅くてな、よく怒られるのだ」
「へっ、新人なんてそんなもんだろうよ。感謝するんだな」
やはり根は良い奴なのだな。
私では起きられずにそのまま朝になっていそうだ。
暗い草原で起きているのは私一人、これは新しい感覚だ。
普段なら寝ている時間に起きている事にも慣れていかないとな。
数時間経った頃だろうか、オズク達が起きて焚き火を始めた。
それと何やら飲み物を作っている。
「ほら、これ飲め。ちったぁ疲れが取れるぜ」
「おお、これはすまない。ありがたく頂こう」
正直私は飲み物すら口に含んだ瞬間消えてしまうのだが、折角の好意を無下にするわけにもいかないからな。
〈条件を達成したことによりスキル【毒耐性】を獲得しました〉
ん?何故今スキルが?
もしやシャドウがまだ起きて狩りでもしているのだろうか。
暫くしないと言っていたはずだが…
考えても仕方ないことなので、私はリリから買った寝袋を出して寝ることにした。
ーーno sideーー
「オズクさん、寝たみたいだぜ」
「へへ、随分待たせやがって。コイツが依頼を受けてすぐ同じ依頼を受けたのは、この時の為なんだからよ」
「俺の仕込んだ睡眠薬で朝まで何しても起きねえから、好きなだけ遊べるってわけさ」
「まずはその見せびらかしてる胸でも、じっくり見せてもらおうじゃねぇか」
オズクがローズに近付き、仰向けに転がす。
軍服ワンピース姿とはいえ、大きな二つの塊が慣性に従って揺れた。
「くく、初めて見た時からめちゃくちゃにしたかったんだぜぇ」
「早く生で見ようぜ」
「それもそうだな。んじゃ、たっぷりと味わわせてもらぶべっ⁉︎」
「んがっ!?」
ローズの服に手を掛けたオズクの頬を、虫でも払うかのように軽く叩いただけで撃退したローズ。
そして隣のパッタシの首には、毒針がしっかりと刺さっていた。
「やっぱりこうなったか。嫌な予感は当たるもんだな。しかし…流石に寝ながら攻撃とは予想外だ」
気絶してしまったオズクと、手を戻し気持ちよさそうに寝ているローズを見て苦笑いしか出てこないヴァイト。
「取り敢えずコイツらは縛って、ギルドに伝書鳩を飛ばしておけば回収されるだろ…問題は、コイツらが言っていた睡眠薬が効いているかいないかだが」
食事が消えてしまうのは体内に取り込んだという結果である。
つまり毒も取り込んでいるならば、効いている可能性は十分あるということで…
「ローズ、大丈夫か?ローズ?」
優しく肩を揺らして起こそうとするが、一向に起きる気配は無い。
依頼人が馬車の中とはいえ近くにいる為、あまり大きな音は出せないのも歯痒いところだ。
「んん…ヴァイト?」
「お。そうだヴァイトだ。起きられるか?」
「むぅ…あとちょっと」
「…薬か素か判断出来ないな(そして寝ぼけたローズ可愛いな)」
「ヴァイト…こっち」
ローズが自分の横をポンポンと叩き、言葉通りに近寄ったヴァイトの顔を、ローズは胸元に思い切り抱き寄せた。
「ッ!?ちょ、ローズ、駄目だ起きてくれ(や、柔らか…じゃなくて、大声出せないから起こすに起こせない!)」
「ヴァイト…寝よ」
「(や、ヤバい…思ったより力が強くて抜け出せない)」
結局、薬か素か分からないまま熟睡したローズの代わりに、抱き締められながら周囲の警戒をする事になったヴァイト。
そして日が昇る少し前。
「…何してるんですかヴァイトさん」
「ち、違う!これはローズが起きなくて睡眠薬かただの熟睡か確かめたくて近寄ったら抱き寄せられて力が強くて抜け出せなくてそれでーー」
「この事はギルドマスターにしっかり報告しますので、では」
「ご、誤解だー!」
伝書鳩の報告を受けて二人を回収しに来たギルド職員にバッチリ見られたのだった。




