エイプリールフール シオ高校生②
「ううー・・・・・・」
「随分かわいい髪型だねー」
ユキはシオに言った。恥ずかしそうに家へと帰っていくシオの髪は今、可愛らしいツインテールに結わえられていた。
「いや、なんだか知らないけどクラスの女子たちがことあるごとに俺をいじってくるんだよ・・・・・・それで今日はツインテールにされてさ・・・・・・」
シオはクラスの女子に髪の毛をツインテールにされた。シオがちょっとうとうとしている間に、いつの間にかこうなっていたのである。
「困るよまったく」
シオが嘆息すると、ユキはちょっと目を細め、怒ったような顔をして言った。
「ふーん・・・・・・でも、シオ的には嬉しかったりするんじゃないの? 色んな女子からちやほやされてさ」
「え? なになに、何怒ってんの?」
「別にー?」
しかし──とユキは話題を変える。
「けど、やっぱり今のシオの髪の毛って、すっごく綺麗だよねー。触りたくなるのちょっとわかる」
「えー、そうかなあ?」
「そうだよ。今のシオの髪の毛、すっごくツヤツヤ滑らかで綺麗だよ」
ユキは、シオの髪の毛をそっと掬い上げると、まじまじと見つめた。
「んー、やっぱり綺麗だなあ・・・・・・」
感心するように、羨ましそうにそう言うと、ユキはシオの髪の毛を鼻のところまで持っていって
「すんすん」
嗅ぎ始めた。
「・・・・・・は!? 何してんのお前!?」
「何してんのって見りゃわかるでしょ。嗅いでんの」
「いや嗅ぐなよ! 何当たり前みたいな顔して嗅いでんだよ!」
「・・・・・・シオって、本当に元男子高校生なわけ? すっごいいい匂いするんだけど・・・・・・」
ユキは顔を近づけてシオの全身の匂いをすんすんと嗅ぎ始めた。
「ちょ、ユキ、恥ずかしいから・・・・・・てか今日体育あったし、俺絶対汗くさいから・・・・・・」
「本当に女子みたいなセリフだな・・・・・・いや、全然いい匂いするよ。めちゃくちゃいい匂いする」
「ほ、ほんと?」
良かった、とシオは少しホッとした。ちなみに、これは普通に道のど真ん中でやっていたため、通行人は
(なんかすっごいかわいい女子高生たちが百合百合してるぞ・・・・・・尊い・・・・・・)
とか思っていた。
「しかし、本当にいい匂いだよね。男の時より確実にいい匂いになってる。シャンプー変えた?」
「いや変えてないよ。全然男の時と同じシャンプー、同じボディーソープだね」
「ふーん・・・・・・ん?」
ユキはふと気になって足を止めた。
「? どうかした?」
シオが不思議に思って声をかけると、ユキはこう問いかけた。
「・・・・・・ねえシオ。ちょっと聞きたいんだけどさ。シオは今お風呂の時どうしてるの?」
「どうしてるって・・・・・・普通に入ってるけど? ガーッとやってパーッと入ってる」
「は? ガーッとやってパー?」
「うん。男の時と変わらない感じで入ってるよ」
「・・・・・・シオ、今度私と一緒にお風呂入ってもらうからね」
「・・・・・・は!?」
「ちゃんと女子のお風呂の入り方を教えてあげないと・・・・・・」
と、いうことでシオはユキとお風呂に入ることになってしまった。
◇
「マジかよ・・・・・・」
「ちゃんと女子としてのお風呂の入り方を知っておかないと。せっかくこんな綺麗な肌綺麗な髪になったのに、それをみすみすダメにするなんてもったいない!」
今、シオとユキは脱衣所にいる。シオの家の脱衣所だ。シオの親は両方とも働いているので、今家にはいない。だから、2人きりの家で、一緒にお風呂に入ろうとしているのだ。
「や、やっぱりマズいんじゃないかなこの状況は・・・・・・」
「何言ってんの。今は女の子同士なんだし、一緒にお風呂に入ってもなんの問題もないでしょ!」
「いや例え同性同士だとしても家風呂一緒に入るのは問題しかないだろ!」
「い・い・か・ら! はよ脱げ!」
「うわああああああ!!」
スポーンと服を脱がされて、覚悟も決まり、2人はお風呂へ入っていった。
「うう・・・・・・恥ずかしい・・・・・・」
「恥ずかしがってる場合じゃないよ! 女の子にとって髪の毛や肌は大事なものなんだから! ちゃんとした手入れの仕方を学ばないと!」
「お前は恥ずかしくないのかよ・・・・・・」
「恥ずかしくないよ! 綺麗な肌と髪のためだもん! ・・・・・・でもあんまこっちの方は見ないようにして!」
「やっぱお前も恥ずかしいんじゃねえか!」
と、まあそんなこんなで一緒にお風呂へ入り、女の子の髪の洗い方を教わる。ユキは鬼教官であった。ビシバシと髪の洗い方を叩き込まれる。
「違う! そんなガシガシ洗わない!」
「ひー」
さて、一通り髪の毛の洗い方は教え終わって、次は体の洗い方だが──
「・・・・・・」
ユキはまじまじとシオの体を見つめた。裸に向いたことでよりはっきりとわかる。
(本当に、こいつ女の子になったんだな・・・・・・)
シオは女の子になった。裸を見たことで、それがよりはっきりとわかった。元々そこまでがっしりとした体だったわけではないが、今のシオは男だった時よりもはるかに細く、たおやかで、儚げにさえ感じる。骨ばっているわけではなく、ふっくらとした柔らかさはある。しかし、触れれば壊れてしまいそうだと感じる。とんでもなく可愛らしくて妖精みたいで、でもこいつは確かにシオ。元男子高校生で幼馴染。子供の頃カブトムシとか捕まえて得意げになっていたあのシオだ。
ギャップにくらっとしてしまう。
そして──
(綺麗・・・・・・)
シオの肌はとても綺麗だった。清らかに白く、濡れて滑らかに光るその肌は一個の芸術作品のようで、ユキはそれに触れてみたくなった。
「えい」
「ひゃっ!?」
だから触ってみた。
「うわーすべすべしてて柔らかぁい」
「ちょ、や、やめっ・・・・・・ひゃあっ! やめろおー! くすぐったいんだよ!!」
「いつまででも触っていたくなるこの感触・・・・・・手洗いしていい?」
「は!?」
ユキは慌てて言い訳した。
「い、いや違うんだよ。これはあの、ボディタオルでゴシゴシやると肌に傷がつくから、あえて手洗いにするとかいう、なんかそういうアレで」
「いやそれっぽい理論だけども・・・・・・」
とりあえず、シオはユキに洗われることになった。
「ひゃっ!? んぁっ・・・・・・」
「ちょシオ、変な声出さないでよ」
「い、いやそうは言ってもくすぐったくて・・・・・・」
「しかし、本当にいい感触だな・・・・・・」
「ちょ、どこ触ってんだ! ひゃうっ、ちょ、なんか手つきがやらしいぞ!」
「えー? そんなことないよ。・・・・・・あ、シオけっこう胸あるじゃん」
「本当にどこ触ってんだ!」
まあそんな感じで体洗いは終わり、ついでにユキも髪や体を洗い終わって・・・・・・。
「さてと、次は湯船に入ろうか」
「湯船にまで入る必要ある!?」
2人は湯船に入った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
シオとユキは向かい合わせで狭い湯船に入った。足がぶつかりそうになる。なんとかぶつからないように頑張って入った。
「ふふっ」
「なんだよ」
ユキがふと笑って、それを怪訝に思ったシオがそう問いかけた。
「いや、そういえば昔もシオと一緒にこんな感じでお風呂入ったなと思ってさ」
「え? あー、確かにそういやちょくちょく一緒に入ってたな」
幼い頃はよく2人でこんなふうにしてお風呂に入っていた。それを思い出したのだ。
「懐かしいなあ・・・・・・シオがお漏らししてお風呂に入ることになったんだっけ?」
「違うわ! しれっと記憶改竄してんじゃないよ。大体ユキがジュースこぼして、俺の服も汚すから一緒に入ることになったんだろうが」
「えーそうだっけ?」
と、まあそんな感じで和気あいあいとしたお風呂時間も終わり、ユキはシオの家で夕食を食べた。
「あれ? シオ、そんなに少なくていいの?」
「ああ、うん。なんか女子になってから少食になっちゃってさ・・・・・・男だった時より全然食べられなくなっちゃったんだよね。正直、これでもちょっと食べ切れるかどうか不安なんだ」
「あー、そっか。なるほどね。・・・・・・なら、もし食べ切れなかったら私が食べてあげるよ」
「ほんと? ありがと」
夕食を終えて、しばらく遊んだ後でユキは帰っていった。
そして、翌日。
「おはよー」
「おう、おはよー」
シオの家の前で落ち合って、一緒に学校へ行く。
「そういえば、シオはまだ男の制服のままなんだね」
「そうだな。なんというか、その・・・・・・やっぱスカートって落ち着かなくてさ。ズボンの方が安心出来るんだよね。まあ流石に男の時のやつはサイズが合わなくてぶかぶかだから、今の俺に合うやつに変えてもらったんだけど・・・・・・」
と、そんなことを話しながら登校していると、
「よっ、シオユキ! 朝も早よから仲がいいねー2人とも! もう付き合っちゃえよ!」
「うわでた」
「つ、付き合うとか・・・・・・そういうんじゃねーよ!」
クラスメイトの女子に声をかけられた。この同級生女子は恋バナが三度の飯よりも好きというタイプの人間で、シオとユキの2人も、シオが男だった時からよくからかわれていた。
今日も2人をからかってくる。まあ、いつも通りの光景だったわけなのだが・・・・・・
「ん?」
「なんだよ」
「いや、ちょっと・・・・・・」
その子がすんすんと鼻を鳴らし始めた。くんくん、くんくんと犬みたいに2人の周りを嗅ぎ回る。
「なになに?」
「なんだよ!」
「・・・・・・やっぱり! 2人とおんなじ匂いがする!」
「「は?」」
「え? え? なんで2人同じ匂いがするわけ? まさか──」
「「ち、違うから!! そういうんじゃないからー!!」」
2人は声を揃えて否定したのだった。
◇
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
女子中学生が走っていた。息を切らせて駅からとある場所までを全力疾走していたのだ。
彼女の名前は谷谷キュウ。キュウは小学生ごろまではこの辺に住んでいたけど、中学生に上がるころになって別の場所へ引っ越した。でも小学生のころよく遊んでいた友達とはたまに連絡を取っていたし、特に年上だけどよく遊んでいたシオやユキとは休日に会ったりしていた。
しかし、そのシオが──
「シオくんが、女の子に・・・・・・!」
そう、シオが女の子になってしまったという知らせがあったのだ。シオは心配させないようにとしばらくキュウには黙っていたのだが、ずーっと女の子のままで治る兆しが全くないので、知らせることにしたのだ。
(シオくん・・・・・・!)
それで、キュウはシオのところへと駆けているのである。
と、その時だった。
「あれ? キュウちゃん?」
不意に声をかけられた。知らない女の子の声だ。可愛らしい声だ。
「え?」
振り返ると、そこには美少女がいた。
「え? かわいい・・・・・・」
キュウは思わずそう呟いた。
綺麗な黒髪を靡かせ、深くて澄んだ青い目をしたその少女は、清らかに真っ白なワンピースを着て麦わら帽子を被っていた。漫画やアニメとかでしか見ないような格好だ。しかし、彼女にはそれが似合っていた。とんでもなく似合っていた。道行く人が全員振り返って見るほどだ。
で、その人はキュウにこんなふうに話しかけてきた。
「キュウちゃんじゃーん。久しぶり。・・・・・・と、いっても一ヶ月ぶりくらいだけどね」
キュウは最初わけがわからなかったが、やがて気がついた。
(え、この人もしかして・・・・・・!?)
そう思って見るとなんとなく面影があるような気がする。
「えーっと・・・・・・ひょっとして、シオくん?」
「え? あー、そっかそっかこの姿で会うのは初めてなんだったね」
キュウは驚いた。それは大層驚いた。
「え、えー・・・・・・女の子になったとは聞いてたけど、なんかめちゃくちゃ可愛くなってる・・・・・・それに、何その服超似合ってる・・・・・・」
言われて、シオは自分が今どんな服を着ているのかを思い出したようで、パッと顔を赤くして恥ずかしそうにスカートを押さえた。
「こ、これは、その・・・・・・俺はいやだって言ったのにユキが無理矢理着せてきて・・・・・・」
恥じらいを含んでもじもじとするシオを見て、
「いやかわいっ」
と思わず声に出してしまった。
「うう・・・・・・」
シオは恥ずかしがって麦わら帽子をぎゅっと深く被って、顔を隠すようにした。その所作がもうかわいい女の子のそれでしかないことにシオは気づいていない。
「ま、まあそれはともかく・・・・・・とりあえず、一緒に行こうか。この道にいるってことは、うちに来ようとしてたんだよね?」
シオは恥ずかしさを誤魔化すようにそう言った。
そういうことで、シオとキュウは一緒にシオの家へと向かって行った。
シオの家へと向かいながら、キュウは考えた。
(シオくんは女の子になっちゃったみたいだけど、もし中身まで変わっちゃってたらどうしよう・・・・・・)
キュウはそんなことを心配していた。なぜなら・・・・・・
(私の大好きなシオくんが中身まで変わっちゃってたら耐えられない!!)
そう、キュウはシオが好きなのだ。もちろん、恋愛的な意味で。だから、そのシオが見た目だけでなく中身まで変わってしまっていたらと不安なのだ。
女の子になってしまったこと自体はそこまで問題にはしていない。恋する乙女は性別など問題にしないのだ。
まあでも面と向かって「見た目は変わったけど中身は変わってないよね?」なんて聞くわけにはいかないので、キュウは普通にシオと話しながら歩いた。
色々なことを話したが、そのうちに話題はこのあいだキュウが受けた試験のことになった。
「えっ、学年3位だったの!? すごいじゃん!」
シオは驚きの声を上げた。なんと、キュウが試験の点数で総合学年3位になったらしいのだ。
「うーん・・・・・・まあ、3位だからね。1位取れなかったから、そんなにすごくないよ」
けど、キュウはそう言って謙遜する。
「お母さんにも別に褒められなかったからね。そんなにすごくはないんだよ」
キュウはそう言って少し寂しげに笑った。シオはそれを見て、いきなりキュウへこんなことを言い出した。
「キュウ、ちょっと屈んでみて」
「・・・・・・え?」
キュウはこの唐突な言葉に驚いたが、シオの言う通り素直に屈んだ。
「こ、こう?」
キュウは屈む。そうするとちょうどいい位置にキュウの頭がくる。
「よしよし。3位取れて偉かったねー。すごいなあキュウは!」
シオは、そのキュウの頭をそう言って撫でた。
「あ・・・・・・」
シオに頭を撫でられて、キュウは心の底からホッとした。
(変わってない・・・・・・)
そう、シオは昔もこうしてよくキュウの頭を撫でてくれたのだ。
キュウの親は、2人ともけっこう厳しい性格で子供の時から褒めてくれたことが全くと言っていいほどなかった。テストでいい点数を取ってきても、褒めずに、『もっといい点数を取りなさい』としか言わなかった。
だから、キュウがテストでいい点数を取るたびに、代わりにシオがたくさん褒めてくれていた。こうやって頭を撫でながら。つい一ヶ月ほど前にシオと会った時も、こうやって頭を撫でながら褒めてくれた。
(やっぱり、変わらないな。私の大好きなシオくんだ・・・・・・)
キュウは、思わず笑みをこぼした。安心したように、シオへ完全に心を委ねるように笑う。
その様子を見た通りがかりの人が、
「百合だ・・・・・・尊い・・・・・・」
と呟いていたけど、2人はもちろん知らない。
・・・・・・
さて、それから一週間後。
シオはキュウと待ち合わせをしていた。遊ぶ約束をしたのである。だから、駅前でシオは待っていた。ユキは今日は一緒ではない。用事があるとかで今日は来れなかったのだ。ただ──
「うう・・・・・・あいつ、またこんな服着せやがって・・・・・・」
用事で忙しいらしいのに、ユキはきっちりとシオへ服を着せていった。
「恥ずかしい・・・・・・肩が寒い・・・・・・」
今日シオが着せられたのは肩出しのトップスにスカートである。白い肩が傍目には眩しいが、シオ本人には寒い上に恥ずかしいという二重苦である。男だった時は肩の出た服など着ていないわけだし、慣れていない。
と、シオがぼーっとキュウを待っているとふと声をかけられた。
「へいそこの彼女! ちょっとお茶しない?」
顔を上げると、チャラそうな男がいる。
(ナンパかあ。朝もけっこう早いのに頑張ってるなあ・・・・・・ナンパされた子も可哀想に・・・・・・)
シオはナンパされているのは自分だということに気づいていない。
「へい彼女! お茶しない?」
男はめげずに声をかけ続ける。
(おっ、女の子の方もなかなかやるみたいだぞ。無視し続けてる。これは持久戦になるかもなあ・・・・・・)
シオはまだ気づいていない。
「お茶しなーい!?」
(粘るなあどっちも。これは長期戦だ)
「へい彼女! お茶一丁!」
(お茶一丁ってなんだよ。注文じゃないんだから・・・・・・しかし、めげないなあ。俺だったらここまで無視されたら泣きながら走って帰るけど・・・・・・)
「お茶でもしないかな!?」
「うわびっくりした!」
ついに痺れを切らしたチャラ男がシオの目の前にドンと出て、シオはとてつもなく驚いた。
「へいお嬢さん! ちょっとそこのカフェでお茶しない?」
ドンと出たチャラ男はシオにそう声をかけてくる。
「・・・・・・?」
シオは後ろを振り返った。
「いや君だよ君! 肩出しの君! 君に声かけてるんだよ!」
「え? 俺?」
「そうだよそう!」
シオは目をぱちぱちとさせた。
「ええ? 俺をナンパって・・・・・・いや、俺男なんですけど」
「おっ、冗談が上手いねー! 面白い!」
「いや、冗談とかじゃなくて・・・・・・」
「いやいや、どう見てもかわいい女の子じゃん! ・・・・・・うんうん。冗談はこれくらいにして一緒にお茶を──」
と、チャラ男がなおも食い下がっていこうとした時だった。
「私のシオくんに何してんだ。殺すぞ」
すごいドスの利いた声が聞こえた。
シオとチャラ男が同時にその声のした方へ振り向くと、激怒のオーラに髪を逆立てたキュウがいた。なんか目も光ってるし、真っ黒なオーラが体から出ているし、完全に激怒している。
「去れ」
「すっ・・・・・・すいませーん!!!」
チャラ男は去っていった・・・・・・。
「全くもう・・・・・・ああいうのってほんといやだよねー」
「ああ、そうだな・・・・・・というか、俺がまさかナンパから助けられる側になるとは思ってなかったよ。前はユキとかキュウがナンパしてたのを俺が助けてたのにな」
シオが何気なくそう言うと
「そうだよシオくん!」
「うえっ!?」
ずいっとキュウに詰め寄られた。
「シオくんは今はもうかわいい女の子なんだから! ナンパされる側になったんだから、よく気をつけておかないと! ああいう輩は真面目に取り合ったらダメなの! さっきみたいなことになったらきっぱり断る! 真面目に答えちゃダメ!」
キュウにめちゃくちゃ注意された。どうやら、今のやり取りを見てかなり危なっかしく感じたらしい。
「もっと危機感を持って! のほほんとしてちゃダメだよシオくん!」
「って言われてもなあ・・・・・・」
シオはそう言われてもあんまり危機感を抱けないらしい。
「そんなこと言っても、ナンパされること機会なんてそんなにないでしょ」
シオはのほほんとそんなことを言う。
(わかってない・・・・・・今のシオくんの魅力を全くわかってなあーい!!!)
キュウは心の中でそう絶叫した。今のシオは男女ともに人々を惹きつける超絶美少女なのだ。でもシオ自身がそのことに気づいていなくて隙だらけなのだ。シオが女子になってからキュウはまだそんなに会っていないけれども、それでもよくわかる。隙だらけなのだ。
この前シオに会った時、キュウはシオの家に泊まったわけなんだけれども、お風呂上がりのシオがTシャツ一枚で出てきた時には目を疑った。なんでも、まだ部屋着とかをちゃんと揃えられてないらしい。男の時の服ではサイズが合わないから家にいる時は大体その格好でいるのだという。お客さんの前でこんな格好は無作法かもしれないけどごめんね、とか言われたけどそういう問題じゃない。
(屈むたびに胸が見えそうになって、ハラハラしたし、変な気分になったんだよね・・・・・・)
まあ、そういうわけでもっとちゃんとしっかりしてほしいのだ。
(うーん、どうしよう・・・・・・ちゃんと警戒心を持ってもらうにはどうしたらいいかな・・・・・・)
キュウは考える。
(・・・・・・そうだ! ちょっと恥ずかしいけど・・・・・・)
どうやら何か思いついたようだ。
シオは今、駅前に立っている。正確には駅にあるコンビニの横の壁の前に立っていた。
キュウは、そんなシオへ向かって──
「・・・・・・」
「キュウ?」
ドン、と。
キュウはシオへ、壁ドンをした。
(・・・・・・何してるんだろう私?)
やってみたはいいものの、超速で正気に戻ってしまった。一体自分は何をやっているんだろう。
(いや、ていうかこの格好は破壊力がやばいな・・・・・・)
キュウのことを、シオが至近距離で見上げる形になっている。シオの深く澄んだ青い瞳がキュウのことを見上げていた。破壊力がやばい。鼻血出そう。
で、キュウは壁ドンをして、「ほら、隙だらけだとこんなふうにして悪い人に襲われちゃうんだよ?」とか言うつもりだったんだけど、よく考えたらそんなこと言う勇気自分にはない。やばい。見切り発車で行動するべきではなかった!
キュウがあわあわしていると、シオがふふっと笑って言った。
「ふふっ。・・・・・・なんか、こうして見るとやっぱりキュウちゃんって成長してるんだね。気づかなかったよ。こんなに背も高くなって・・・・・・」
キュウが大きくなったわけではなくシオが縮んだんだと思うが・・・・・・。
「・・・・・・」
「え? ちょ──」
シオはキュウの壁ドンしている手を取る。そしてそれを、なんと自分の頬に当てた。そっとキュウの左手を、頬ずりでもするみたいに自分の頬へと当てている。
「!?」
キュウの手のひらに、シオの頬の温かさが伝わってくる。
「手も、こんなに大きくなったんだね・・・・・・」
そして、シオはそのキュウの左手の薬指の根元に──
「!?」
そっと口づけをした。
・・・・・・シオとしては、これは前にキュウから借りた少女漫画のヒロインがやっていたことの真似をふざけてやったつもりなのだ。そう、ふざけてやったつもりだったのだが──
「なーんちゃって! あははは・・・・・・あれ? どうしたのキュウちゃん」
「・・・・・・腰が抜けちゃった・・・・・・」
「え!?」
どうやらキュウには刺激が強すぎたようだ。
これはシオが高校生で、ユキとキュウがその幼馴染だった世界線でのお話・・・・・・。




