一矢
「どうかしたのか? 顔色が青いぜ」
ガルがアリスの顔をノゾき込み言った。
アリスは壁に背をアズけ、目を閉じていた。
知覚はすでに切っている。
「大丈夫。アリガト」
アリスは言った。声がカスレていた。ノドがカラカラなせいだ。
そこへ初老の男ロインが湯気をたてるカップをトレイにノせてヤってきた。
「温かいモノでも飲んでヒト息ついたらどうかね」
「アリガトウ」
アリスはカップを受け取った。紅茶だった。
熱い紅茶をゆっくりと飲む。
つい先ほど見た光景はイマダ頭の中にコビリついていて、ともすれば吐き気が込み上げてくる。
アリスは城内の捜索の末、マリア・ミルティアを発見した。
彼女は城の裏側に掘られた穴の中にいた。もともとゴミ捨て用の穴だったのだろう。そこにはゴブリンがひしめいていた。
そこに捨てられた女たち。目はツブされ歯は折られ、手足は途中から無くなっていた。そして腹部は大きく膨らんでいた。
廃棄場はほかにもいくつかあった。オークが飼われた倉庫や城のソバの小屋。
アリスはそれぞれ確認したが、このゴブリン穴が一番ヒドかった。
そして、マリアはソコにいた。
イヤ、あったと言った方がイイか。
マリアは息をしていなかった。
死んでから、丸一日とたっていないのだろう。死体はまだ腐敗していなかった。
マリアじゃないカモ。人違いカモ。
アリスはそう思って何度も確かめた。
だが、見れば見るほどマリアという確信がもてた。
マリアだ。間違いなく。
そこでアリスはコラえきれず知覚を解いたのだ。
間に合わなかった。
アト1日早ければ助けられたのに。
後悔が襲う。
マリアを助けられなければ自分はホッとするのではないか、そんな風に思っていた。そういう卑怯さを自覚していた。
だが、実際にマリアの死体を見ると。
彼女が死んだコトを知ると。
ヒドく苦しくて、とてもツラかった。
話したコトもないのに。
「ヒドいモノを見たのでしょう? アレキル城で」
初老の女、エルダが言った。
「デビアンの城ですものねえ」
アリスはうなずいた。
「知り合いが死んでた」
「そう」
「ヒドい死に方してた」
「そう」
「マサヒコに、なんて言えばイイんだよっ」
アリスはそのまま泣いた。
エルダがそっと、カップを受け取り、彼女の頭を抱いてくれた。
◇
アリスが泣き止んだ頃には日が落ち始めていた。そろそろ、もう一度、【気配探査】で知覚を飛ばした方が良いだろう。
「その、大丈夫か?」
ガルが心配そうな顔で言う。
「ウン。ちょっと落ち着いた。時間ないもんね。アトで、タップリ落ち込むよ」
ワズカに微笑む。
今はデビアンを倒す。
それだけに集中しないと。
アイツをこのまま放っておけない。絶対に。
アリスはマリアの捜索のタメ、城中をしっかり調べた。デビアンの姿も確認している。彼は女たちと性行為をしている最中だった。巨大なベッドで自身は寝そべり、女たちに奉仕をさせていた。
「弓、顕現」
アリスの手元が光り、弓が出現する。
それからチームの仲間たちを振り返った。
「外に出るね」
デビアンを攻撃するだけならば時計台の中からでもできる。アリスの弓スキル【透過】ならば、どれだけの壁あっても平原のように矢は一直線に飛んでいく。
だが、逃げることを考えれば、外の方が良い。
「分かりました。みんな、外に出ますよ」
エルダが言った。チームリーダーはアリスだが、エルダがまとめてくれている。
「じゃあ、ここで魔装になっとくか。俺のスキルが必要だろ?」
ガルが言って、パンっと胸の前で手の平に拳を打ち付ける。
「魔装顕現。杖」
ガルの魔装はスリムな全身革鎧の上から、半透明のマントをカブったモノ。フードも下ろしている。手には長い杖。
「では私たちも」
エルダが言ってロインとともに魔装顕現。
エルダは銀色の全身鎧に自身の体を完全に覆い隠すほどの大盾。顏は露出しているが30前後に若返っている。
ロインは変身人間だったようで、まずコウモリのような翼を生やした。ソコから魔装顕現。青い部分鎧。手にはライフル。
「じゃあ、【隠蔽魔法】を使うぜ」
ダルが言って杖を両手で握る。
4人の体が一瞬、黒いモヤに覆われた。
他者から存在を隠す魔法である。デビアンには恐らく通じないだろうが、一般人から目撃されなくなる。
4人は時計台の外に出た。ちょうど夕日がオレンジ色に街を照らす。
アレキルの街はベルドーンよりも全体的に建物の背が低い。せいぜいが3階建てで、ほとんどは2階建てか、平屋だ。
おかげで街の中央にあるアレキル城が良く見える。
アリスは屋根に上った。
アレキル城をニラみつける。
「物理、魔法、それぞれの結界もハっておくぜ。デビアンには効かないと思うがね」
ガルが言って、それぞれの魔法を使う。
「では私は退路の確保をしておこう」
魔装顕現のタメ若々しくなったロインが言った。イケメンだ。
ロインはユニークスキルの持ち主。ユニークスキルは武器スキルとは違い、個人に発現する能力。デビアンの【共有】も同じだ。スキル【近道】。最大、5ヵ所に短距離ワープのポイントを作ることができる。
ワープできる距離は最長100メートル。
すでに逃走経路もワープポイントも打ち合わせで決めてある。【転移】の魔法もあるにはあるのだが、こちらは発動までに時間がかかるタメ戦闘時には使えない。
代わりにアレキルに潜入する全員に『緊急脱出装置』が支給されている。脱出ポイントはアジトのある廃村に設定してある。
囮としてデビアンを引き付けられればよし。もし肉薄されたら『緊急脱出装置』で離脱する。
「最低1回は私が受け止めますからね」
エルダがトンと大盾で屋根を叩く。軽々しく持っているが見た目は非常に重そうだ。
盾の上位スキル【守護】。本来、攻撃を受けるハズの仲間の身代わりとなり、自身が攻撃を受ける。
デビアンの攻撃をアリスの代わりに引き受けるのがエルダの役目だ。
アリスは【気配探査】で城へと知覚を飛ばした。
デビアンの寝室。相変わらず、デビアンは裸でベッドに寝そべり、その肥満体に女たちが群がっている。
部屋の隅にはヒワイな魔装を纏った女たちが直立している。映像で、デビアンが座る肉の玉座の周囲に林立していた女たちだ。
特別仕事を任されていない者たちはそうして、ピクリとも動かずに立ちつくしている。
アリスはデビアンを見張り続けた。
性行為を目の当たりにしても、ソコに官能は感じなかった。ただただ、不快。まるでアリに群がられたイモムシのようだ。イヤ、そちらの方がずっとマシか。
やがてデビアンがノゾリと体を起こした。
「腹が減った。飯だ。すぐ準備しろ」
デビアンの言葉でハシにヒカえた魔装の女の1人が出ていった。
「あーあ、それにしても退屈だ。そろそろギルド本部にでも攻めに行くか。それもメンドクセーなあ」
ボリボリと頭をカク。
「それより、また、女狩りでも行くかな。おい、椅子」
デビアンの言葉でベッドのカタワらでうずくまっていた女たちがベッドに上がった。デビアンの背中を支えるようにその体で椅子をつくる。
何度か大きなアクビをする。
ほどなくして、扉が開き、露出度の高いメイド服のような魔装の女たちが料理のノったワゴンを運んできた。その量がスゴい。
まさに山のような料理だ。
女たちが料理のノった皿を手にしてベッドを囲う。
「ソレがウマそうだな」
デビアンが肉料理を指さした。
「お前、食わせろ」
デビアンの胸をナメまわしていた黒髪の女の頭を叩く。
黒髪の女が肉料理の皿を受け取り、デビアンの元へ。別の女が四つん這いになり、テーブルとなり、その背中に料理皿が置かれる。
給仕を命じられた黒髪の女が、手に料理をノせて、デビアンの口に運ぶ。デビアンが大口を開けて、ソレを食べる。
そんな風にして食事が進んでいく。
やがて、デビアンがスープを所望。
指名された女がスープ皿を受け取りに行く。
その時、部屋のハシにヒカえていた魔装の女の1人が動いた。
音もなくベッドに駆け寄るとスープ皿を奪い、ソレを捨てる。
「ウン? なんだエメラルダ?」
「致死量の毒が入っています」
「毒? あー、ネズミでも入り込んだか」
アリスは【気配探査】の知覚を切った。
すでに日は暮れていた。まん丸の月が上り始めていのが見える。
【速射】スキルで即座に弓を構える。デビアンの気配はすでにマーキング済み。【透過】【必中】のスキルを使用。
アリスはデビアン殺しの一矢を放った。




