冒険者ギルドの招集
冒険者ギルド本部が各支部の冒険者に招集をかけたのは、アリスが地上に戻ってから3日後のことだった。
その間、アリスは毎日、ウルルンに乗って魔物を狩っていた。
依頼ではない。トレーニングだ。デビアンを遠距離から殺すタメのトレーニング。
ベルドーン市郊外をトラジマの二股の大猫に跨ったバニーガールが弓を構えて疾走。その姿を目撃し、目を見開く者も多かった。
その日もアリスはトレーニングを終えて冒険者ギルドに帰還。
デビアンの情報を少しでも拾うタメ、マメに冒険者ギルドに顔を出している。
「アリスさん、マサヒコさんは……」
入り口付近に立っている案内嬢のシャーリーが言った。心配そうな顏だ。
アリスは黙って首を横に振った。マサヒコに好意を持ってるシャーリーは、ここ数日、姿を見ないマサヒコのコトを心配し、アリスを見るたびに聞いてくる。
「大丈夫、生きてるから」
アリスは言った。
それはなんの確信もない言葉。
実際、今、この時にも、マサヒコは【迷宮】の奥で力尽きているかもしれないのだ。
それでも自分の言葉を信じたかった。
アリスは顔が広い。冒険者のみならず、ギルド職員とも気楽に話す。テキトーに雑談しながら、それとなくデビアンの情報を探った。
誰もが、もうそろそろ本部が動く頃だと言っていた。
アリスがヒト通り情報を集めた頃だった。
ロビーにギルドマスターのジルが飛び込んできた。血相を変えている。
「たった今、本部から招集がかかった。デビアンを倒しに乗り込む。Bランク以上の冒険者は強制参加だ。不参加の者は登録を抹消する」
その言葉に、あるものは歓声をアゲ、ある者は決意に瞳を燃やす。
Bランク以下の者は、近くのBランク以上の者にエールを送った。
アリスもエールを送られた1人だ。
ガンバってね、と何人もに声をカケられる。
「クワしい話は会議室で話す。この場にいる者だけでも来い」
言ってジルは階段へと向かう。
アリスは一番早く動いた。ジルの背中に追いつくと、声をカケる。
「ねえ、マサヒコがまだ【迷宮】から帰ってきてないんだけど」
「緊急招集だ。例外はない。明日の出発に間に合わなければ登録は抹消される」
それより、とジルがアリスを見る。
「最近、オモシロいコトをしているみたいだな。アトで【トレーニングルーム】へ来い。お前さんのスキルを見せてもらいたい」
どうやら、アリスのトレーニングの情報を得ていたらしい。彼女が数十キロ離れた魔物を狩っていたコトを。
「オッケ」
アリスも自分のスキルを隠すつもりはなかった。というよりも、自分の力がどの程度のモノか、彼女は正確に理解していなかった。
その実力がすでにSランクに達しているだろうコトすらも。
会議室では今回の召集の大まかな計画が説明された。
明日の昼に飛行馬車によって北方の【ゲート】に向かう。【ゲート】で本部のあるミッドン王国に移動。ソコからまた飛行馬車で、一度ギルド本部へ集まる。
「そっからは本部の指揮下に入る。コチラの参加予定者のデータは送ってあるから、最良の配置をしてくれるだろう」
会議室は口の字型に長机が並んでいる。そこにおのおの冒険者がついていた。なにしろ、いきなりの会議である。この場にいるのは半数に満たない。
会議中に連絡を受けた冒険者が、ヒトリ、フタリと、入室してきた。
「で、デビアンの野郎はドコにイヤがるんだよ」
Aランク冒険者のベテラン女戦士が言った。
「ロキ王国北のアレキルって都市だ。ソコにヤツの城がある」
ジルが言った。モニターにロキ王国の北方の地図が現れた。
「【ゲート】のソバじゃねえかよ」
Bランク冒険者の30男だ。軽薄な雰囲気で、やたらと女性に声をかけているのを目にする。
アリスも彼に声をかけられたコトがある。
「そうだ。だからコソ、本部の危機感も強い」
ジルが言った。
「ヤラれる前に、ヤレってワケさ」
「だが、こんな大規模な作戦。ヤツに気取られるんじゃないのか」
Aランクの中年男。
「本部はソレもオリコミ済みだろう。誘い出せればそれでヨシ。そうでなければ包囲してシカケるって寸法だろうな」
アリスは途中から聞いていなかった。
彼女にしてみればデビアンさえ倒せればそれでイイ。誰が倒そうと問題ではないのだ。
やがて会議は終わった。
アリスは軽薄な三十路のBランク冒険者アロー・ディアックに声をカケらた。
「よっ。最近、彼氏は一緒じゃないみたいだが。ついに別れたのか?」
「そんなんじゃないし」
アリスは冷たくアシらった。
「まーイイさ。なー、この後、一緒にどーだ、ディナーでも。イイ店知ってんだ」
「ほか当たってくんない。彼氏以外とデートとかないから」
「おー、おー、見た目のワリにはオカタイいな。気に入ったぜ、嬢ちゃん。名前、なんだっけ?」
「アリス・スズキ」
「俺は……」
「知ってる。『やりチン』のアローでしょ。ミネルバ、ウチの友達だから」
「ミネルバって?」
「ヤった女の名前を忘れてんのかよ。サイアク。アンタみたいなの、ホント嫌い」
「そりゃーどーも。俺は君みたいなの好きだぜ。気が強いワリに繊細そうでさ」
そんな会話をしているところにAランク冒険者のベテラン女戦士がヤってきて、アローの頭を小突いた。
「おい、鼻タレ。ナニ、小娘にちょっかいカケてんだよっ」
背が高く、日焼けした肌の女だ。紫色の髪で左眼を隠している。ワイルドな美女。
ひっ、とアローが明らかに怯んだ顔になる。
「ちょ、勘弁してよ、リベルテ姉さん。人前であんまカラまないでって言ってるだろ」
ナニカ態度が一気に弱気になった。
「お前が節操ないコトをしているからだ。世間知らずの子供で遊んでんじゃないよ」
その言い草にアリスはカチンときた。それほど世間知らずのツモリはない。
「別に、そんな子供じゃないですけどぉ」
長身の女戦士をニラむ。
「そーかい? そりゃあ、悪かったね。お嬢ちゃん、アンタたちだろ、たったヒト月でBランクに上がったってルーキーってのは」
「そーだけど、だから?」
「期待してるってことさ。デビアンのクソヤローをブっ殺すのはかなりハードだからね。鼻タレのアローにペース乱されたんじゃたまんない」
「だから鼻タレは勘弁してよ」とアロー。
「で? パートナーはどーしたんだい? もうヒトリ、男の子がいたろ」
リベルテに邪気のない目を向けられ、アリスはうつむいた。
「【迷宮】から帰らない。ナンカ、デビアン倒すって」
アリスはトツトツと話した。マサヒコが仲の良かった女の子がデビアンにサラわれたコト。前回の会議でデビアンの映像を見てから様子がオカシクなったこと。
彼女の自分のコトがまるで見えていないかのようだったコト。
初対面にも関わらず込み入った事情を話してしまった。きっと目の前の中年の女戦士の包容力のせいだろう。
「そりゃあ、『勇者病』だな。なあアロー」
リベルテが言った。面白そうな顔でアローを見る。
アローが髪をカキ回した。バツが悪そうな顏。
「まー、そーかな」
「病気なの? マジでっ」
「イヤ、本当の病気じゃねーよ。なんつうか、少年から青年に変わるときにカカる理想? みたいな」
アローの話はどうも要領を得ない。
「つまり、どーいうコトなの?」
「だから、アレだよ。まるで自分が勇者でもあるかのように、だな。気負っちまうんだよ。こーいうのは急激に成長したようなヤツにあるんだよなあ」
「お前もな。私が鍛えてやったオカゲで、ずいぶんマシになったからな。そのせいで調子に乗って、まー、恥ずかしいコトを次から次へと」
「だから、リベルテ姉さん、ホント、勘弁してくれよ」
そんなフタリのやりとりをアリスは聞いていなかった。気負いすぎ。そういうコトだろうか。
マリアのコトがあって。『ブレイブ』が負けて。自分がヤラなくては。マリアを助けなくては、そう気負っているのか?
そこへジルがヤってきた。
「おい、ナニを油を売ってやがる。さっさと明日の準備にカカれ。アリス・スズキ、お前は【トレーニングルーム】だ」
「へいへい。大将も行くんだろ」
リベルテが言う。
「ああ、これでも貴重なSランクだからな。行かんワケにもいかん。職員からは俺とレミネスが参加する」
その後、アリスはジルに連れられて【トレーニングルーム】へと移動した。
場所は【トレーニングルーム】でもっとも広いフィールド『荒野』。半径10キロにも及ぶ仮想空間である。
見渡す限り広がる赤茶けた大地。ゴツゴツとした岩。ヤセ細った木々。水気のない土。フキすさぶ強い風。
「アリス・スズキ。お前さん、弓の上級スキルを持ってるな。レミネスの話だと、【
遠矢】と【速射】を持ってるらしいな。魔物はBランクのオークソルジャーを30体配置した。位置はランダムだ。どれくらいでいけそうだ?」
「ウン? こんなモンじゃね?」
アリスは手の平を広げた。
「50分か。まーそんなモンか」
ジルがうなずく。Bランクならば、それでも相当優秀だ。
「じゃあ、お手並み拝見だ。トレーニングスタート」
ジルの言葉でフィールド各地に配置されたオークソルジャーたちが動き出す。
だが、彼らがアリスの存在を認識した時には、アリスが空に放った5本の矢が、それぞれ、上空で急転換。流れ星のように空から墜ちてオークソルジャーに突き刺さった。速射ですぐに次の5本を空に放つ。
それを6回。10秒とカカらずにオークソルジャーは全滅した。
「アレ、5秒じゃ無理だったかぁ」
アリスは敵殲滅にカカる時間は50分ではなく、5秒だと言ってのけたのだ。
目を見開き、口をポカンと開け、言葉も出ないジル。やがて、ヤっと口を開いた。
「……なんだ、そのスキル?」
「ああ、【必中】。【絶対命中】が進化したんだよね」
上級スキル【絶対命中】は視認した相手に矢がホーミングして必ず命中するスキルだ。そのスキルがさらに進化したものが『必中』。視認しない相手でも、相手の存在を認識しさえすれば、最大10キロ以内の相手に絶対に命中する。
ちなみにアリスは【気配探査】というスキルで、半径30キロ以内をサーチできる。
「上級スキルが進化? ナンダそれは?」
ジルの声がカスレている。
そんな話は聞いたことがない。
「さあ? ナンカ使ってるうちに勝手になったんだけど」
「つ、次だ。次はAランクだ。レッサードラゴンとオークジェネラルの混成。今のスキルはナシで頼む」
「オッケー」
「トレーニングスタート」
ヤケクソのようにジルが叫ぶ。
レッサードラゴンが100体。オークジェネラルが100体。Aランク冒険者でも無理な数だ。
ジルはもともとこのトレーニングメニューを行うつもりはなかった。こんなモノをソロでクリア出来るのはSランク。イヤ、Sランクでも少なくともジルでは無理だ。数が多すぎる。
巨大なトカゲのような魔物が群れをなして走ってくる。レッサードラゴンだ。
アリスが矢を5本ツガえ、ソチラに向けて放つ。山なりに飛んだ5本の矢は、途中で、いくつもの礫に変わる。それがレッサードラゴンに雨のように降りそそぎ、魔物を殲滅した。【流星群】のスキルだ。
アリスは速射のスキルで一瞬で矢をツガえる。今度は別方向に向けて、スキル【流星群】を放つ。別方角から向かってきたレッサードラゴンの群れを殲滅する。
「ナンカ、遠くにいんな」
アリスは【遠矢】のスキルで遠方で固まっているオークジェネラルたちを発見。
ソチラに向けて一矢を放つ。
まっすぐに飛んでいった矢は、だが、普通の矢ではなかった。放った数秒後、そちらの方向で大爆発が起こった。
「ナンダ……今のは……」
「ナンダって、爆発属性つけただけだけど」
「あんな爆発属性があるかっ」
「ああ、なんか【属性】が進化したっけ」
「…………」
100体のAランク魔物は1分とカカらず、全滅。さすがのギルドマスターも開いた口がフサがらなかった。
「こんなモンじゃね?」
「……Sランクだろ。どう考えても」
ジルがツブヤいた。




