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マサヒコを追いかけて

「マ、マサヒコ、今日は、もう、ここまでにしよっ。ねえっ」


【迷宮】。【階段の間】。アリスは、無言で下階へ続く階段を降りるマサヒコに、声をカケた。

 地下5階フロア。時間はすでに夜8時を回っている。


 アリスはバニー魔装。マサヒコは軽魔装だ。


 だがマサヒコは振り返らずに階段を降りていく。

 アリスは息を切らしたままマサヒコを追いかけた。


「ねえ、マサヒコ、マジ、キツイんだけどぉ」


 だがマサヒコは止まらない。階段を降り、次のフロアへ続く赤い扉に手をカケる。


「マサヒコ」


 アリスの呼び声もムナしく、マサヒコは扉を開けて出て行ってしまった。

 アリスは走った。なんとか扉が閉まる前に滑り込もうとするが寸前で扉は閉じてしまった。


 扉を開く。

 今までの通路とは雰囲気が違っていた。洞窟のようにゴツゴツとした岩肌がムキ出し。ジメジメとしていて湿度も高い。


 通路は1本道。だがマサヒコの姿はどこにもなかった。赤い扉はランダムで出現場所が変わる。そのせいだろう。

 アリスは【階段の間】に戻った。そこでもう一度、扉を開けてみるが、出現場所は同じ。どうやら同一人物が2度開けても、別の場所へはいかないらしい。


「マジかぁー」

 アリスは無人の通路をナガめ、ハア、とクズオレた。


 【階段の間】に戻る。

 ここまでまったく休憩をトらずにきた。

 戦闘はマサヒコがすべて瞬殺していった。どうやら【カスタムルーム】で今まで使わなかった【ステータスポイント】を振り分けたらしい。そのあまりの速さにアリスはナニひとつできなかった。


 アリスは水と買い置きの総菜パンを出した。『簡易ソファ』などはマサヒコが【ギルドカード】に収納しているので、床に直座り。もちろん、テントもシャワーもトイレもない。


 考えてみれば今までトイレにも行ってない。水分補給していなかったので、尿意は特になかったが。


 ハア、とタメ息をつく。

 どーすんのよ、マサヒコの馬鹿。


 オシッコは、まあ、あまり気は進まないが、ビンがあるので、それにスルとして。

 大きい方はどーすっか。【ギルドカード】に収納……はヤだな。


 食事をトルと急に眠くなった。ヒザを抱えてウツラウツラ。

 眠い。マサヒコ、眠いよ………………。


 ハっ、と気が付くと、床にゴロンと寝転がっていた。体中が痛い。当然、魔装は解けている。


 シュマホーを確認。午前6時。しっかり6時間眠ってしまった。石畳の上で良く眠ったモンである。


 強烈な尿意をモヨオし、とにかく空きビン(ジュースが入っていた。捨てんの忘れてた)にした。口が小さすぎ、メチャクチャ飛び散った。というか、あまり意味がなかった。

 ミジメな気持ちになった。


「マサヒコの馬鹿、ザケンな」

 ヤツアタリ気味に罵(ののし)る。


 とにかく、マサヒコを追いかけないと。

 6時間の遅れ。合流できるか?


 もうアキラめて、外に出るか?

 イザという時のための緊急脱出装置はアリスが持っている。

 購入する際、マサヒコは万一離れ離れになった際は遠慮なく使うように言っていた。


「じゃあ、マサヒコはどーすんの?」


「俺はなんとかガンバって戻るよ」

 言って笑ってた。


 ホロリと涙がコボれそうになり、それを手の甲でヌグう。

 立ち上がった。こうなったら、なんとしても追いついてやる。


◇

 

 地下10階のフロアボスを倒したアリスは、肩で息をしていた。

 バニースーツのところどころが破け、カナリ露出度が増えている。

 彼女の前には真っ赤なドラゴンが倒れている。Sランク魔物レッドドラゴンだ。


 さすがに苦戦した。

 硬い鱗は矢をハジき、吐き出す炎をカワすには、野球場くらいありそうなこの【フロアボスの間】でもセマかった。

 スキルを駆使してナントカ倒したところだ。


【迷宮】入りして3日目。

【レベル】はすでに80に達している。

 アリスはドラゴンの死骸を放置してヨロヨロと先へ進んだ。この先の【階段の間】にマサヒコがいるコトを信じて。


 【迷宮】内ではシュマホーは通じない。せめてマップに互いの位置情報があればよいのだが、そんな機能はない。


 青いドアを開け、【階段の間】へ。バスケットコートが2つ入りそうなほど広い空洞は無人。

 通路と同じく、天然の洞窟のように岩肌ムキ出しのゴツゴツした壁に天井に床。


 アリスは失望を飲み込むと、唇を噛んで中央の階段へ向かう。

 ドコにいんのよ、マサヒコ。ウチのコト、心配じゃないの?


 どこかで待っていてくれる。そう思って。そう信じて進んできた。だが、マサヒコの姿はどこにもない。


 マサヒコが死んでしまったという考えはワかなかった。

 アリスはマサヒコの強さを見ている。自分がここまで来れたのに、マサヒコが途中でヤラれるわけがない。


 階段を降りる。

 体がフラつく。蓄積した疲労がここにきて一気に体を重くする。


 マサヒコ。ウチ、ちゃんとついてってるから。だから、ヒトリで行かないでよ。


 最後の3段で、体がヨロケ、転がるように下階へ降りた。

 そのまま倒れる。魔装のおかげでダメージはないが体が動かなかった。


 力を振り絞り、顔を上げる。

 上の階の【階段の間】同様、だだっ広い天然の空洞。ガランとしており、ナニもない。

 マサヒコはここにもいなかった。


 なんで……待っててくれないのよ……。

 馬鹿。


 アリスの瞼(まぶた)が落ちる。魔装が解ける。


 夢を見た。

 長い長い暗いトンネルのような道を走っている。ひたすら走っている。

 遠くに見える明るい出口に向かい走っている。


 あの先に、マサヒコが待っている。

 早く会いたい。マサヒコに会いたい。


 出口が近づく。体が重くなってきた。

 足が上がらない。足を引きづるように進む。

 今、行くから。


 やがて光の中へ飛び込む。

 真っ白い世界。そこにマサヒコが立っていた。広い背中。高い背丈。


「マサヒコ。来たよ。追いついたよ」


 だが、マサヒコは動かない。振り向かない。

 アリスはマサヒコの背中に飛びついた。

 ヒヤッとした。マサヒコの体はヒドく冷たかった。


 前に回り込んだアリスは息をのんだ。

 マサヒコの前面は白く霜(しも)が降りていた。

 まるで南極とかの極寒の地にいたかのようだ。

 マサヒコはまっすぐに前を見ていた。口元が動いている。


「俺が、倒す。アイツは……俺が……」


 ゆっくりと体を動かしている。アリスの姿はまるで目に入っていない。


「あの子を……マリアを……助ける」


 アリスは声がカケられなくなった。ただただ、涙がアフれてくる。

 マサヒコが大きく動いた。今までの緩慢な動きからは想像もできないほど、速く。駆ける。


 アリスはマサヒコの背中に向けて手を伸ばした。

 待って、待ってよ、ウチはここにいるよ。ねえ、ウチを見てよ。


 その時、マサヒコの体が白く凍結した。それでもマサヒコは動こうとする。前へ。

 凍った体にヒビが入り、砕けていく。


 次の瞬間、マサヒコの体が粉々に砕け散った。


◇


 アリスは自分の悲鳴で目を覚ました。

 階段のソバ。ゴツゴツとした岩肌の床。うつぶせに寝ていた。

 体中が痛い。


 アリスはゆっくりと体を起こした。

 頭が真っ白でウマく回らない。ただ、夢の内容は嫌になるくらいハッキリと覚えている。

 凍り付いたマサヒコ。落とした氷塊のように砕け散った体。


「……マリアを……助ける」

 頭の中で、マサヒコの声がヨミガエる。


 ダメだ、と思った。

 例え、このまま進んで、マサヒコに追いついても、きっと止めることができない。マサヒコの中のナニカが今、狂っていて、それが止まるコトを阻んでいる。


 ナニカ?

 マリアだ。マサヒコはきっと、自分が思うよりもずっとマリアに惹かれていたのだ。

 だから、心のバランスを崩している。衝動に突き動かされている。

 このまま、ずっと【迷宮】を進み続け、やがて……。


 そんなんサセないからっ。

 アリスは立ち上がった。

 マサヒコがマリアを好きでもイイ。今は自分が彼女だ。それより、マサヒコを止めないと。


 それにはどうしたらイイか?

 簡単だ。マサヒコが【迷宮】に潜り続ける原因を取り除けばいい。


『女喰い』デビアン・ドーベルを倒す。

 そしてマリアを助けることができたら、その時は、マサヒコにあらためて選んでもらえばイイ。自分か、マリアか。


 でも、あんなんに勝てるか?

 アリスは会議室で見た映像を思い出す。

『ブレイブ』の者たちの攻撃はアリスから見ても熾烈(しれつ)を極めた。

 あんなモノを受けて無傷などありえない。

 

「魔装させちゃダメなんだ。アイツが魔装になる前に殺す。気づかれないくらい遠くから。アイツを狙って」


 アリスはここまで来る途上、いくつもの上級スキルを得ていた。そのウチのいくつかを組み合わせれば……。


 アリスは【ギルドカード】から【緊急脱出装置】を出した。それはフラフープのような輪だった。直径2メートルほどの金属製。

 ソレを床に置く。赤い色をした部分に触れて「起動」と唱える。

 金属輪の中が黒くなった。床が抜けて穴が空いたかのようだ。


 脱出先は、あらかじめ冒険者ギルドに設定してある。アトは飛び込むだけ。


 アリスは一度、次のフロアへ続く赤い扉を見た。


 絶対、戻ってくるから。それまで死なないでよ、マサヒコ。


 アリスは【緊急脱出装置】の穴に飛び込んだ。


◇


 ヤツを倒す。ヤツを絶対に倒す。

 マサヒコはひたすらソレだけを頭の中で繰り返していた。


 黒い金属のような壁、床、天井。パズルのようにいくつものパーツで組み合わされてできており、その合わせ目から黄金の光が漏れている。

 地下32階。

 マサヒコがいるのは人類が到達したこともない下層域だった。


【迷宮】を作った本人である大賢者チアキ・ホンダすら、想定外の深さである。


 マサヒコは走る。ここ2日ほど、彼はずっと走りっぱなしだ。睡眠はもちろん、食事もトっていない。

 ただ、ひたすら先へ先へと進み続けている。


 そんなマサヒコの前に虹色に光り輝く甲冑を纏(まと)う戦士たちが立ちフサがった。

『ゴットナイト』。神の国の騎士だ。

 その力は比類なく、かつて地上を蹂躙(じゅうりん)した魔王軍すらゴットナイト1人で簡単に全滅させらるコトだろう。もちろん、最強の魔王もフクめて。


 ヤツを倒す。俺が、ヤツを倒して、守る。


 マサヒコの姿が消えた。

 次の瞬間、彼はゴットナイトのさらに後方に姿を現した。

 また走り出す。


 7人のゴットナイトの体が光の粒子に変わって消えていく。


 俺が倒す。俺がアリスを守る。必ず。


 会議室であの映像を見た時。

 あの女たちの姿を見た時、マサヒコは途方もない恐怖を感じた。

 アリスがあんな目にあったら……。

 あんな風に、扱われたら。


 考えただけで脳みそが焼き切れるような怒りを感じた。アリスが壊される恐怖は、自身の死を想像するよりもずっと強く、深かった。


 冒険者をヤメてしまえばイイか?

 イヤ、ダメだ。マリアのようにヤツにバッタリ出くわし、サラわれるかもしれない。

 例え低い確率でも、その可能性がある限り、マサヒコは恐怖を抱き続けるだろう。


 神に祈る?

 ダメだ。それで心の安定を得るにはヤツの脅威は明確すぎる。


 倒すしかない。

 ヤツがアリスに手を出せないように。絶対に手を出せないように。

 殺すしかない。


 失敗はできない。チャンスは一度だけだ。確実に殺す。絶対に倒す。

 強くなれ。100パーセント勝てるように。

 チートなくらいに強く強く。


 神様がチートを与えてくれないなら、俺が自分でモギ取ってやる。


 会議室の映像が終わった後、マサヒコは極度の視野狭窄(しやきょうさく)にオチイっていた。

 アリスの姿すら目に入らず、言葉すら耳に入らず、ただただ、強くなるタメにはどうすればイイか考えた。


【カスタムルーム】で今までタマりにタマっていた【ステータスポイント】を振り分けた。

 その数値は凄まじく、この時点で『ブレイブ』最強の男『勇者』レオニスを遥かに凌駕(りょうが)していた。


 だが、マサヒコは満足しなかった。

 足りない。『ブレイブ』の連中のあの攻撃。アレを受けて無傷だった相手だ。

 コレではまるで足りない。


【迷宮】に潜る。ソレしかない。

 大賢者チアキ・ホンダが作成した迷宮魔法。魔界と接続し、場に魔力をタメ続ける。すると魔力の飽和した場は、深く深く沈み始める。

【迷宮】に終わりはなく、その最奥(さいおう)は神の領域にまで到達すると言われている。


【カスタムルーム】を出てからは記憶が曖昧(あいまい)だった。アリスと話した気がする。

 ちゃんと待っているように言ったように思う。【ギルドカード】を返納しておくようにとも。


 だが、アリスとバス馬車に乗った記憶もある。曖昧(あいまい)だ。イロイロ曖昧(あいまい)だ。


 マサヒコは走り続ける。

 また敵が現れた。

 今度は漆黒の炎を身に纏(まと)う悪魔だった。

 左右4枚の翼。額の目。雄牛のような角。


『サタン』。かつて魔王と呼ばれた存在はこの魔神サタンの下位種にすぎない。


 サタンは出現すると同時に黒い炎をマサヒコに浴びせた。

『インフェルノ』。その炎はあらゆる物質、あらゆる霊的存在を燃やす浄化の火。


 マサヒコも獄炎にまかれチリも残さずに消える。

 ……イヤ、サタンの足元の影が人型に盛り上がる。

 サタンがソレに気づいた時には、魔神の首は落ちていた。


 レベルアップのファンファーレが聞こえた。


「まだレベル350かよ」


 足りない。まるで足りない。

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