マサヒコが変だ
アリスがラウンジに戻るとロミナがヒトリでお茶を飲んでいた。相手もアリスに気が付き、軽く手を上げる。
「ヒトリなんて珍しいね。彼氏は?」
「えーと、まだ会議室。あっ、なんか、ギルドマスターから話があって」
ロミナはCランク。会議には出席していない。
「知ってる。『女喰い』の件でしょう?」
「ナンカ、マサヒコ、ショック受けてて。ほら、仲イイ子が『女喰い』にサラわれたじゃん。それで、『ブレイブ』が助けるからって思ってたんだけど」
「マリアの件ね。冒険者始めたのもアンタたちと同じくらいだったし。ちょっと不器用なところが、マサヒコと似てたからね。シンパシーみたいなモノ、感じてたのカモ」
「ウチら、もう冒険者はヤメようって話しててさ。えーと、本当にヤメるんじゃなくて、登録が無くならない最低限だけ、依頼は受けるつもりだったんだけど」
「ウン、多いよ。そーいう子たち。なんだかんだ、【ギルドカード】は便利だもんね」
「でも、たぶん、ギルド本部から『女喰い』を倒すための招集がカカるって。ソレで、ヒョットしたら、マサヒコ悩んでるのかも。ヒトリだけ会議室に残って、ナンカ……」
「そっか。マリアのコトほっとけないけど、アンタは危険にサラしたくない、みたいな感じかもね」
アリスはうなずいた。たぶん、マサヒコはソレで悩んでいる。
アリスはそんな場合でもないのに、マリアへの嫉妬心で胸が痛かった。
そこからアリスは先ほど観た映像のコトを話した。話しているうちに、あの映像が生々しくヨミガエってきて、アリスは震えた。言葉は途切れ途切れになった。
「冷たいようだけど。マリアのことはアキラめた方がイイと思う。『ブレイブ』が手も足もでないんじゃあ、アタシら下っ端にはどうしようもない。アンタたちも、デビアンなんかと関わらないで、さっさと冒険者をヤメちゃいなよ」
「ウチはそーしたいけど……」
「アンタだって、前の恋人たちのコトは、スッパリ忘れたでしょう」
「あの子、元カノじゃねえし」
抗議する。
「まあ、新しい生活を始めれば、前のコトなんて忘れてくって」
「だとイイけどさ」
アリスは思うのだ。
自分にとって、5人の元彼たちよりも、小学校の時に片思いだった男の子が印象に残っているように。
マサヒコもマリアのことが強く残り続けるのではないか、と。
その後、気分を変えるために、アリスとロミナは他愛のない話をした。アリスは昨日泊った城のような宿の話。
ロミナは最近気になってる男の話。
2時間ほどそんな雑談で盛り上がった後、ロミナはシュマホーの通話を受けてラウンジを出ていった。
「てか、マサヒコ、遅いし」
ヒョットしたら、まだ会議室にいるのかもしれない。
アリスは会議室に戻るコトにした。
さすがにそろそろ頭も冷えてきたコトだろうし、ちゃんと話せるかもしれない。
会議室。中は真っ暗だった。マサヒコはいない。
どこ行ったよぉ。
アリスは心細くなった。考えてみれば、ツキアってからほとんど単独行動していない。いつもマサヒコと一緒にいた。
シュマホーで通話してみる。
しばらく待ったがシュマホーがツナがる様子はない。
メールを送っておく。
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今、どこ?
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1階のロビーに行ってみる。
顔見知りの冒険者何人かにマサヒコを見かけなかったか聞いてみた。
「アンタの彼、【カスタムルーム】に入ってたけど」
友人の1人が言った。
「マジっ? オッケー。行ってみる」
【カスタムルーム】?
このタイミングでそんなところに行った意味が分からなかった。
イヤ、ヒョットしたら、タブン……。
デビアンと戦うつもり?
アリスの脳裏に空中でいくつもの肉片に別れた『勇者』の姿が描かれる。顏から血の気がヒくのを感じた。
アリスは【カスタムルーム】へ走っていた。
だが、【カスタムルーム】は個室である。しかも、同時に入らなくては仮想空間へと一緒に入れない。
アリスは廊下で待った。壁に背をアズけ、シュマホーをひたすらナガめる。
やがて【カスタムルーム】の一つからマサヒコが出てきた。厳しい表情をして足早に歩いていく。
アリスに気が付かない。
「ちょっ、マサヒコ」
アリスは大声で呼び止める。
無視されて、かなりショックだった。
だが、マサヒコはズンズンと歩いていってしまう。
ハア? なに、アイツ?
アリスは悲しみを怒りで塗りツブし、マサヒコの背中に体当たりした。
「アリス、どうした?」
タタラをふんだマサヒコがようやくアリスを見た。
「ウチを無視したじゃんか。彼女を無視するとかサイアクなんだけど」
ニラむ。怒鳴る。
「ゴメン。考え事してて気づかなかった」
「そんなコトある? ウチ、メチャクチャ、デッカい声出したから」
「ホント、ゴメン」
どうもあまり心がコモっていない。反射的に謝っているという感じがした。
アリスは心に寒々しいものを感じた。
マサヒコの心が自分から離れている。そんな気がしたのだ。
だが、それはほんのワズカな間だった。
次のマサヒコの発言が自身の心中を観察するユトリを奪った。
「俺、これから【迷宮】に行ってくる。アリスは【ギルドカード】返して、ノンビリしててくれ」
「ハアっ?」
【迷宮】? 今、【迷宮】っつった? ナンデ、今から? 意味わかないんだけど?
「時間がないから行くよ」
しかも、話は終わりとばかりに行ってしまおうとする。
アリスはそんなマサヒコを通センボした。
「待てってば。ナニっ? ナンデ【迷宮】行くワケ? ゼンゼンわかんないんだけど」
「なぜって、このままじゃ、勝てないからだよ」
当たり前だろ、というような調子。
「勝てないって、マサヒコ、『女喰い』と戦うの? ハアっ? 勝てるワケないじゃん」
「だから【迷宮】で強くなるんだよ」
当然のコトのように言う。
アリスは、そこでようやくマサヒコがオカシイことに気が付いた。心ココニアラズというか、ナニカ心に分厚い膜でもできたみたいな、鈍さがある。
「マサヒコ、イイから落ち着けってば」
「俺は落ち着いてるよ。アリスこそ、ナニを怒ってるの? とにかく、今は時間が無いんだ。急がないと【迷宮】行きのバスが出る。その前に食料も買いダメしときたいし」
アリスの脇を通ろうとする。
アリスはマサヒコの腕にしがみついた。
「ゴメン、アリス。急いでるんだよ。早く行かないと。離してくれない?」
淡々とした口調。
「ウチはどうすんの? 彼女置いてくワケっ」
「だから、【ギルドカード】を返してノンビリしててくれと」
「【ギルドカード】返したら寮にいられないじゃん」
ああ、とマサヒコが口に手をヤる。
「それもそーだな。じゃあ、どこかの宿に移ってて。戻ったら連絡するから」
それにアリスはカチンときた。
ナンデ、そんな雑な扱いすんの。ウチ、彼女じゃんか。
先ほどヒいた血の気は一気に戻り、むしろカーと熱くなった。
気が付くとマサヒコの頬を引っ叩いていた。
「ザケンな。ウチをホっとくな。ウチをちゃんと見てよ。ウチをもっと気にシロよっ」
マサヒコは叩かれた頬を押さえ、ジっとアリスを見る。
「マサヒコに、そんな態度トラれたら、ウチ、ツライじゃんか」
目から涙がアフれる。ドンドンとコボれる。感情がコボれていく。
「時間が無いんだ。アリス。時間がない」
マサヒコは言うとアリスの横をスリ抜けて行ってしまう。
呆然と立ち尽くすアリスだったが、すぐに、ハっ、と気が付いて、マサヒコのアトを追った。
マサヒコは早足。アリスは小走りにならないとついていけない。それでアリスは、今までマサヒコが自分に合わせて、カナリゆっくりと歩いていたコトに気が付いた。
マサヒコはアリスが後ろからついてくるコトなど、気にしてないのか、それとも気づいていないのか、一度も振り返らない。
そのまま冒険者ギルドを出て、近くの大型食料品店へと入っていく。
もちろん、アリスもそのアトを追った。
マサヒコは次々と食料を放り込んでいく。調理が不要なモノばかりだ。
その量はあまりにも大量。アリスはカッカとした頭が再び冷えていくのを感じた。
マサヒコがオカシイ。明らかに変だ。
マサヒコは1ヵ月分はあるだろう食料を買い込んだ。ソレを【ギルドカード】にオサめる。
「ねっ、マサヒコ。マジ、どうしたの? ねえ」
アリスの問いかけも聞きはしない。無視しているというより、聞こえていないようだ。
そんなにショックだったんだ。マリアって子のコト。
アリスはマサヒコの異常をそうとらえた。
するとヒドく切ない気持ちになった。自分よりもマリアの方が好きだったのかもしれない。
そんなコトあるワケないじゃん。マサヒコ、超愛してくれてるじゃん。
自分に言い聞かせるように心の中でそう唱える。
だが、心にワいた黒いモヤは晴れなかった。
食料品店を出てバス停で【迷宮】行きのバス馬車を待つ。本日最後の便だ。
アリスは時間が経つごとにヒドくなっていく胸の痛みに耐えながら、マサヒコの隣に立っていた。
ふいに、マサヒコがアリスを見て、目を見開いた。
「アレ、アリス。ナニしてるんだ?」
「ナニって? バス、待ってんじゃん」
「イヤ、アリスは待ってて言っただろ。【ギルドカード】もちゃんと返すんだぞ」
「……ウチも行くから」
マサヒコは明らかに様子が変だ。ヒトリで【迷宮】に行かせられるわけがない。
「ダメだよ。危ないから。アリスはもう冒険者はヤメるんだ」
「ヤメねーし。ヤメるときは、マサヒコと一緒だから」
アリスはマサヒコをニラむ。
マサヒコの方は困ったような顔でアリスを見ている。だが、相変わらず心ココニアラズという様子だ。
「まー、アリスも強くなっといた方がイイかもな」
ヒトリつぶやく。
またアリスの胸が痛んだ。
マサヒコが自分を彼女としてではなく、戦力としてトラえたように思えたのだ。
それっきりマサヒコはナニも言わなかった。




