リスクを考えたら
その夜、マサヒコは眠らなかった。テントはアリスとエラに提供し、自身はテーブル席に座り、シュマホー読書で時間をツブした。
ときどき、気分転換に周囲を見回る。
魔物との戦いは何度もあった。だが、今さらCランク魔物など相手にならない。瞬殺である。
当初、アリスが交代で見張りをすると主張したが、マサヒコはソレを断った。
「アリスはエラさんにツイててやって。俺にソレはできないからさ」
不思議と眠くはならなかった。
興奮しているから、というワケではない。むしろ、オカシイくらいに心は静かだった。
やがて夜が明ける。
シュマホーで時間を見たから、それと分かっただけで【迷宮】内に変化はない。
ようやく少し、眠気がヤってきた。
マサヒコは目覚まし代わりに何杯目かになる紅茶をイれた。
ふと、思った。
冒険者をヤメた方がイイんじゃないか?
その考えは不意に浮かんだワリには無視できないほど重たかった。
冒険者には危険がつきもの。当たり前である。魔物と命を賭けて戦うのだから。
もともと、ほかに稼ぐアテもなく、好奇心も手伝って冒険者になった。
それがAランクになって『トーダ商会』の会長と会うための手段に変わった。
だが、他の方法を探してみてもイイかもしれない。イヤ、せっかくだから、Bランクになっておけば、カナリのVIP扱いを受けられる。
そして、アリスにプレゼントしたネックレスと今ままで稼いだ金で、ナニカ商売を始めればイイ。
現代日本にあってコチラの世界にない物などいくらでもある。本気で考えれば、いくらでも金を稼ぐ手段はある。そして十分な資金を作ったら『トーダ商会』と接触すればいい。
「ヤメるか。冒険者」
いくら異世界人補正があっても、不意を突かれたり、思わぬトラブルで命を落とす可能性がある。
リスクは最少にできてもゼロにはできないのだ。
そして、アリスの命は。
本当に大切な人の命は、例え小さな確率でも決して賭けになど載せたくない。
「よし、ヤメよう」
決めるとサッパリした。
急に眠気が訪れた。アクビをカみ殺す。
ウトウトしながらイれたばかりの紅茶を飲んでいると、テントからアリスが出てきた。
「オハヨ」
「オハヨウ」
フタリとも言葉少なだ。
「お茶、飲む?」
「ウン」
マサヒコはさっそくアリスの分のティーカップを出して(【洗浄箱】で洗い済み)、ポットから紅茶を注いだ。
「てか、ゴメン。徹夜させちゃって」
「イヤ、不思議と、そんな眠くなかったから」
言ったとたん、マサヒコは大きなアクビをしてしまった。
非常にバツが悪い。
アリスがクスっと笑った。
「ちょっとソファで寝なよ。ウチ、見張ってるからさ」
断ろうと思ったマサヒコだったが、すぐに寝不足でミスを犯したらシャレにならない、と思い直した。
「じゃあ、頼む。敵が来たら起こして」
「アーイ」
なんとなくマサヒコはアリスが起こさないような気がした。もう一度念を押す。
「マジで、起こしてイイからね」
「分かったってば」
「ホントのホントに、起こすんだよ」
「しつこっ。ちゃんと起こすし」
少しだけ笑い合う。
マサヒコはソファに寝転がった。
「魔装解除しなよ」
「イヤ、寝れば解除されるから」
「寝ニクイじゃん」
「大丈夫」
実際、目を閉じると、すぐにマサヒコの魔装は解除された。
それを見たアリスが「早っ」と思わず声に出した。
グーグー、と少し大きな寝息が聞こえてくる。
アリスはマサヒコの寝姿をしばらくナガめていた。
好きな男の寝てるトコって、なんでこんなカワイイの?
そんなことを思う。ただ、そう思ったのは、マサヒコに対してだけで、5人の元彼にはついぞそんな想いは抱いたことがなかったが。
マサヒコが死んだら……。
そんな考えが頭に浮かぶ。
エラのコトは他人事ではない。例えば、今までだってゴブリンキングの時にマサヒコはカナリ危険だった。魔装はボロボロになり、今にも倒れそうだった。
また、あんなコトが起こるかもしれない。
ヤダっ。マジで、嫌なんだけど。絶対、嫌なんだけど。
マサヒコのいない世界が想像できない。怖くて想像すらしたくない。
ちょっと考えただけで足元の床が崩れて、大きな穴の中に落ちていくような思いがするのだ。
冒険者、ヤメちゃダメかな。
ハカらずも、アリスもマサヒコと同じことを考えた。
もともと、アリスも冒険者に思い入れはない。別に嫌ではないが、ことさら、戦いが好きなワケでもない。
お金、必要かぁ。お金。お金。
ナニカを商売を始めたらどうだろうか? 例えば、ネイルサロンとか。コチラの世界は現代日本に比べ、まだまだ美容関係アマいところがある。
売れる商品ならいくらでも作れる気がする。
ヨシっ、その方向でイってみっか。
アリスは決意した。なんとかマサヒコを説得しよう。冒険者ヤメてフタリでナニか商売するのだ。
いざとなったら、これ売っても…………ヤダっ、コレはヤダ。
アリスの首には依然、ダイヤのネックレスがカカっている。もう肌身離さず身に着けている。なにせマサヒコからの初プレゼントなのだ。
ちょっと重い(重量的に)が、それが愛情みたいな感じでアガる。
アリスが決意新たに立ち上がった時だった。
テントの裏側に青いシルエットが現れるのが見えた。ゴブリンっぽいシルエット。たぶん、ゴブリンソルジャー。
敵の数は10体。
「バニー魔装顕現。弓」
アリスは片手を天に突き上げて小声で唱えた。あれほど念を押されたが、マサヒコを起こす気などなかった。
好きな男を支えんのがイイ女ってもんじゃん。
アリスが魔装になるのと、ゴブリンソルジャーが色づくのは、ほとんど同時だった。
ゴブリンソルジャーは普通のゴブリンよりも2回りほど大きい。爪が長く尖っており、さらに牙も鋭い。戦闘能力もタダのゴブリンとは段違いだ。
だが、アリスの【速射】は一瞬で5体のゴブリンソルジャーを射殺した。
2秒とおかず、次の5矢が飛び、残りのゴブリンソルジャーを倒した。
まさしく瞬殺。
魔装を解除し、ついでに着替える。
【迷宮】内ではだいたい魔装で過ごすのだが、それでも解除する時はある。さすがに寝間着のままというワケにはいかない。というか、マサヒコには少しでも多くカワイイ姿を見てもらいたい。
黒革のホットパンツにロングブーツ。上は七分袖のタイトなTシャツに、パーカーをハオる。
そしてギャルメイク。やっぱメイクは重要。女のメイクは武装だ。男が車に乗ったりバイクに跨ったりして、自信を盛るように、女はメイクで自信を盛るのだ。
メイクがバッチリ決まったところで、また通路の先で魔物のシルエットが現れた。
今度は大きなクモ型。ヘルスパイダーだ。
アリスは再び魔装顕現。そして【速射】。
3体のヘルスパイダーではアリスにはまるで足りない。それこそ一射で全滅させられた。
ゴブリンソルジャーもヘルスパイダーも解体はしていない。アリスにはやり方が分からないのだ。
とりあえず、ブっこんどきゃイイしょっ、と【ギルドカード】に放り込んである。
そんなこんなでマサヒコが眠ってから2時間が経った。
テントからエラが出ててきた。
「オハヨ。どう、調子は?」
「……いいワケないでしょ」
エラが吐き捨てる。
「そーだね。でも、ずっとここにはいられないからさ。そろそろ上行くから」
「……」
エラは黙っていた。
アリスもそれ以上ナニを言ってイイかわからない。できれば、もう少しマサヒコを寝かせてやりたい。
「ナニか食べる?」
「いらない」
「食べた方がイイよ。元気でないじゃん」
「食べたって、出ないわよ。そんなもの」
エラがヒステリックに叫んだ。
「元気になるワケないでしょ。ゼットが死んだのに。ライアスも」
「あんまり大きな声ださないでくんない? マサヒコが起きちゃうからさ」
アリスはソファで眠るマサヒコをチラッと見て言った。
「知らないわよ、そんなの。なんで、私がアンタの彼氏に気をツカわなきゃいけないのよ」
やはりヒステリックな声。
スっとアリスの目が細くなった。鋭い目でエラを見つめる。
「あのさ。ウチはエラの親でも家族でもないからさ。彼氏の方がずっと大切なんだ。アンタが、そういう態度だとウチ、アンタを切るよ。マサヒコさ、徹夜してんだよ。昨日、アンタが動けなかったから、ムリにここで泊まったんだから。アンタがウチの友達だから、ウチのタメにそうしてくれた。意味、分かるよね」
淡々とした口調。
本気でエラを切ろうと思っているワケではない。ただ、少し突き放さないと足手まといになるコトも事実だ。
エラの顔がコワバった。
ここで放り出されたら命がないだろうコトを理解したのだ。同時に昨日、オークたちから受けた凄まじい凌辱を思い出す。
体がヒドく震えた。
「ごめんなさい」
「イイよ。アタりたい気持ち分かるし。でも、ウチはイイけど。マサヒコにアタられるの困る」
それからアリスは微笑んだ。
「ナンカ食べよ。まっ、ウチが【ギルドカード】に入れてるの、お菓子ばっかだけど」
言ってアリスはテーブルにクッキーやらチョコレートやらを出した。
食事などはマサヒコが【ギルドカード】に収納してくれているのだ。【ギルドカード】の中の物は、本人しか取り出すことができない。
エラがやってきてアリスの対面に座った。正面からアリスの顔を見れない。チラっとウカガうように見ては、うつむく。
「アリガト」
「ウン?」
「助けてくれたお礼、まだ言ってなかったから」
「あー、イイよ。当たり前のコトだし」
「ソレに優しくしてくれて、アリガト」
「友達だからね」
エラがクッキーをツマんだ。ゆっくりカみしめる。
アリスはカップを出してポットの中の冷めた紅茶をイれた。
「ゴメン、ヌルいけど」
「美味しい」
エラが言って本当にワズカに微笑んだ。
◇
それからさらに1時間。途中、魔物が襲ってきたが、ソレをアリスが撃退。エラが目を丸くした。
「アンタ、こんなに強かったのね」
アリスは横ピースでコタえた。
エラは身支度を整えている。アトはマサヒコが起きれば出発できる。
マサヒコが、一度、大きくウメいた。寝息がとまり、それからガバっと上体を起こした。
「ゴメン、眠りすぎた。今、何時?」
「9時すぎ」
アリスがシュマホーの時間を告げる。
「すぐ支度するから」
ソファから転がるように降りる。エラに向かって軽く頭を下げた。
それから15分後。
3人は帰途についた。エラはほとんど話さなかったが、マサヒコの指示に従ってくれた。それだけで十分だ。
エラの前でアリスとイチャイチャするわけにもいかない。マサヒコがヒトリ、前を歩き、その後ろをアリスとエラが並んで歩く。
相変わらず地下4階フロアの魔物の出現率は高く、【階段の間】へ到着するまで何度となく戦闘になった。
もちろん、マサヒコもアリスもさっさと片付けてしまったが。
10時半には【階段の間】へ到着。そこに他の冒険者パーティがいてエラと知り合いだった。
エラの仲間のゼットとライアスの死を聞き、顔をクモらせる
「そっか。そいつはカワイそうなコトをしたな。良かったら、うちのパーティ入るか?」
エラは丁重にソレを断った。そのパーティにあまりイイ印象を持っていないようだった。
地下3階フロアからは一気に難易度が下がる。移動速度も上がった。
「さっきの連中、気を付けて」
エラがポツリと言った。
「女をさ、道具にしか思ってないようなヤツらだから」
「マジで?」
「前にリアって子がアイツらのパーティにいたんだけど。もう、奴隷扱い。3人にさんざんヤラれてさ。最後は妊娠して、追い出された」
「サイアク。ナニソレ」
「そーいう話、結構聞くからさ。ほら、冒険者って、稼げるけど危険だから。女ヒトリってのもキツイじゃん。そーいうの利用する男も多いんだ」
「まー、ウチはマサヒコ一筋だし。ほかのパーティとか興味ないけどぉ」
「わっ。ノロケるねえ」
エラが笑った。表情はまだまだ硬いが、それでも少しだけ前向きになってきている。
地下3階から2階へ上る【階段の間】には1時間とカカらずに到着。そこにはまた他のパーティが休憩を取っていた。
その中にマサヒコの顔見知りがいた。
アックスのパーティだ。
「よう、【迷宮】に来てたのか」
アックスが親し気に声をカケてきた。
「ハイ。初めての【迷宮】でした。これから帰るところです」
「あの子、『若い剣』の子じゃない? 合同で潜ってるの?」
アックスの仲間のチャイナドレスっぽい服装のリンが言った。
「いえ、実は……」
マサヒコはエラを救出した経緯を説明。フタリの顔がクモった。
「そーか。冒険者にはよくあるコトだが、それでも嫌なもんだな。知った顔が死ぬのは」
アックスが言った。
「ワリのイイ仕事って思ってる連中も多いけど。命を賭ける仕事だからね」
リンが言った。
「あなた方も常にリスクと金銭を秤にカケていることを忘れてはいけませんよ」
ガッシュが言った。
やっぱり冒険者はヤメよう。
マサヒコは決意した。ギルドに戻ったらアリスに話してよう。
ちょうどアックスたちが昼食を取り始めたので、マサヒコたちもご相伴アズかった。リンが料理係らしく、素晴らしい手並みで調理していく。
「スゴっ。コックでもヤってけんじゃね?」
アリスが目をキラキラさせて言った。
「将来的には店を出そうと思ってる。今はその資金集め」
「わあっ、絶対ウマイじゃん」
アリスの言葉通り、リンの料理は絶品だった。簡単な炒め物とスープだったが、今までコチラの世界で食べたものの中でも、とびきりウマかった。
コレには沈んでいたエラも笑顔になった。
「スゴい、美味しい」
「ねっ、マジ美味しいよね。リンさん、超リスペクトなんだけどぉ」
昼食後、マサヒコたちは地下2階へ。アックスたちは反対に地下3階へと進んでいった。
地下2階フロアまでくると潜っているパーティも多い。ときどきスレ違う。何度か、エラの知り合いと会い、そのたびに、ゼットとライアスの訃報を告げる。
「俺も、仲間を3人亡くした経験がある。まだ駆け出しでさ。ナメてたんだ、魔物のコト。本当に、あっという間のできごとだった。ついさっきまで笑いあってたヤツらが、死んじまったんだよ。アッサリとさ」
そんなことを言う者もいた。何年も前のコトらしいが、それでもその時の痛みは風化していないようで、顏には苦痛がニジンでいた。
そうかと思えばこんなコトを言う少女もいた。
「元気出しなよ、エラ。今度、イイ男紹介すっからさ。死んじまった男のコトなんて、さっさと忘れなって」
3人がベルドーン【迷宮】を出たのは午後2時。ちょうどバスが来ていたところだったので、そこに乗り込む。
座席に身を沈めたエラは、一度、大きく息を吐くと、そのまま寝息をタテ始めた。
並んで座るマサヒコとアリスは自然に手を握りあっていた。




