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マサヒコの怒り

 エラとは冒険者ギルドで別れた。彼女の仲間の死体はすでにエラに引き渡してある。


「イロイロ、アリガト。アリス、マサヒコ」


「また、リーズも誘って遊ぼーよ」

 アリスが言った。


「だね」


 エラはそのまま仲間たちの死亡手続きに行った。カウンターの端に専用の窓口があるのだ。

 それを見送るアリス。


 一方、マサヒコは長椅子に座るパーティを見て、おっ、と思った。

 

 背の高い天パ金髪青年。

 赤毛のポニーテイルの活発そうな女性。

 前髪を切りそろえた黒髪の青年。

 マサヒコのボッチ仲間、マリアのパーティ『勇気の華』だ。


「帰ってたのか」

 つい声が出た。長い遠征に行っていたせいで、ここのところ見かけなかったのだ。


「ウン?」とアリスがマサヒコを見る。


「あー、友達のパーティが戻ってきたみたいなんだ。ほら、マリアって、寮で一緒の女の子」


「オイっ、ウワキ心でてきたか?」

 アリスがマサヒコの頬をツマんだ。


「違うって。ホント、そんなじゃないから」

 マサヒコはアワてて言った。

 実際、マリアにはそんな気持ちはまったくない。ただの友達だと思っているのだ。


「冗談。マサヒコがウワキなんかするワケないもんねー」

 ニッコリ笑顔で言った。だが、なんだか迫力がある。ウワキしたら、ブっ殺すから、と暗に言われているようだ。


「マジで信用してくれてイイから。ホント、アリスだけだから。こんなカワイイ彼女がいるのに、ウワキとかするワケないじゃん」


 アリスが飛びつくようにマサヒコにキスした。チュッと軽く唇を合わせ、さっと離れる。

「ウン、信用する」


「マリアがいないのが気になるんだよ。ちょっと聞いてくる」

 なにしろ『勇気の華』の面々の表情が暗い。互いに話もしていない。


「んっ、分かった」


 マサヒコは『勇気の華』の3人が座る長椅子に近づいた。近くで見ると3人の顔はヤツレて見えた。

 嫌な予感がムクムクと頭をモタげた。


「すいません。俺、マリアの友達のマサヒコ・アオキです」


 3人が一斉にマサヒコを見た。


「あー、前に会ったな」

 金髪の青年が言った。


 マサヒコはポニーテイルの女性が唇をカんだのを見逃さなかった。黒髪を切りそろえた青年も気マズそうな顏だ。


「あの、マリアは? 一緒じゃないようですけど」


 すぐに返答はなかった。

 マサヒコがもう一度、問おうとした時に、金髪の青年がウツむいて言った。


「マリアは『女喰い』にサラわれた」


 その返答はマサヒコには予想外だった。てっきり、死んだという答えが返ってくるかと思っていたのだ。


「えっ『女喰い』。Sランクの?」


「ああ、『女喰い』ことデビアン・ドーベル、最低最悪のゲス野郎が、マリアをサラっていったんだ」

 やるせなさがニジむ口調。手の拳を強く握りしめていた。

「あの、クソ野郎が」


「仕方がなかったんです。我々が、たまたま、彼の目にトマってしまった。エリカか、マリアか、どちらかを差し出せと言われて」

 黒髪の青年が言った。


 マサヒコは呆然とした。

 ナンダ、ソレ。なんで、コイツら、アッサリ、マリアを差し出したんだ。

 次第にエも言われぬ怒りがワいてきた。


「なんだよソレ。あんたたち、それで、仲間を差し出したのかよ」

 つい声をアラげて言った。


 そんなマサヒコを金髪がニラみ返した。

「仕方ねーだろ。相手はSランク。それもヤバいって言われてる『女喰い』だぞ。歯向かえば皆殺しにされる。勝てるワケないだろうが」


「だからって。アンタら、それでも冒険者かよっ」


 ロビーの視線が集まっていた。

 だが、マサヒコは羞恥心などまるで感じなかった。

 

「女を調教して、イイナリにして何人も引き連れてんだと。首輪をつけてな」「奴に目をつけられた女は、終わりだって話だ」

 【迷宮】で会った冒険者が言っていた言葉が頭の中でヨミガエる。


 同時に、マリアとの言葉のやりとりもヨミガエった。そのヒカえめな笑みも。


「ソレで、あんたら、オメオメと帰ってきて。こんなトコで、なんにもなかったみたいな顔してんのかよ。それでも……」


 マサヒコは言葉を詰まらせた。

 いつの間にかカタワらに来ていたアリスが、マサヒコの腕にソっとフれためだ。


「ちゃんとギルドに訴えたさ。ヤツをどうにかしてくれって。マリアを助けてくれって。ほかにどうできる。なあ、教えてくれよ」

 金髪が言った。やるせない思いをブツけるように。


 その青い瞳には本当に悲痛な色が浮かんでいて。マサヒコは自分の怒りが急速にしぼんでいくのを感じた。


「もし、あの時をヤリ直せたとしても、僕もリックも同じ選択をしたでしょう。マリアはイイ子でした。僕らは本心から彼女を仲間として迎え入れていた。だけど、エリカとは比べられない」


「気が済まないなら、私を殴ってよ」

 エリカが立ち上がった。

「あの子は私の身代わりになったんだからさ」


 もちろん、そんなことがデキるハズもなく。マサヒコは彼らに背を向けた。向かった先はカウンターだ。


「冒険者ギルドは、そんなことを許してんのかよっ。目についた女をサラうようなヤツを、野放しにしてんのかよ」

 怒鳴った。今まで一度も出したことがないような大声だった。


 響き渡ったその声にコタえたのは、一番奥の席にいたギルドマスターのジルだ。灰色の長い髪とカイゼルヒゲの50男。見るからに強者の雰囲気が漂っている。


「本部に連絡は入れた。『ブレイブ』が動いてくれるそうだ。さすがにヤツの悪名を放置できなくなったんだろう」


 その言葉に、ロビーがワっと沸いた。


「これで『女喰い』もお終いだ」


「『ブレイブ』ならヤツもどうにもならんだろ」


「これで一安心ね」


 そんな言葉が聞こえてくる。


 呆然と立つマサヒコにアリスが言った。

「行こっか」

 

◇


 フタリは寮に戻った。

 マサヒコはなにもヤル気が起きず、ただ、テーブルについてシュマホーをイジりつづけた。


 アリスはそんなマサヒコの対面に座り、やはりシュマホーを見ながら、ときおり、彼の顔をノゾいた。

 とても、冒険者をヤメようなどと言い出せる雰囲気ではなかった。


 やがて夕食時。

 食堂に誘うアリスに、マサヒコは穏やかに言った。

「ゴメン、先に行ってて」


「ウン。分かった」


 アリスが部屋を出ていってしばらくしてから、マサヒコは立ち上がった。

 ヒドく頭が混乱していた。

 マリアが今頃『女喰い』にどんな目にあっているのか。ソレを心配する気持ちは不思議なほどなかった。

 ただ、ナニカ、恐怖のようなモノが身内に滞(とどこお)っている。


 そう、それに焦燥感もある。

 動かなくてはならない。手遅れになる。そんなアセり。


 落ち着けよ。なにビビってんだ。ナニにアセってんだよ。


 とにかく、夕食を食べよう。

 食堂へ。

 だが、足は階段を降りずに上っていく。

 なんだ、俺、どこへ行くんだ。


 ついた先は屋上だった。風が冷たく、ムキ出しの顏や手が痛くなる。

 とっくに日は落ち、夜の闇の中、街の光がポツポツと輝いて見える。


 ここで初めてマリアに会った。自分と同じ陰キャでボッチのニオイ。その後も何度かこの場所で会った。


 ふいに『勇気の華』の金髪の男の悲痛な目が頭に浮かんだ。あの、痛みとミジメさをコラえたような、目が。


 ああ、そーか。

 俺、怖いんだ。

 アリスがマリアみたいに理不尽に奪われてしまわないか、怖いんだ。


 マサヒコは知った。

 本当に大切な相手がデキるというコトは、失う恐怖を常に抱えているというコトを。

 人が神様に祈る気持ちが分かった。

 世の中には自分にはどうにもできないコトがあって。

 それでも大切な人を失いたくないから。

 だから、祈るんだ。どうか、お願いします、と。この人を守ってください、と。


◇


 食堂に入った時、マサヒコはいつもと様子が変わらなかった。

 なので、アリスは、ホッと息を吐いた。手を振って彼の注意を引く。


「ゴメン、お待たせ」


「ウン」


 アリスの前にはお茶のカップだけ。まだ食事を取りに行っていない。

 フタリで一緒に夕食を取りに行く。今晩は野菜と肉のイタめ物とカボチャのスープ。それにライスという取り合わせ。


 料理の乗ったトレイを持ってテーブルに戻る。最初は特に会話もせずに黙々と食べた。


「あのさ。Bランク昇級試験、受けたらさ。しばらく休もうか。イロイロ考えたいこともあるし」


「考えたいコトって? 例えば?」


「このまま冒険者を続けるかどうか、とかさ」


 それにアリスが目を大きく見開いた。

 まさに自分と同じことを考えていたのだ、マサヒコは。


「ヤメるかもってコト?」


「ソレも選択肢のひとつだと思ってる。リスキーなんだよ、冒険者は、思ってた以上に」


「ウン、ソレ、分かる。ナンカさ、エラの仲間が死んだじゃん。あーいうの見ると、ナンカ、怖いよね。マサヒコが死ぬんじゃないかって、怖い」


「都築君とか小山さんとか、本田さんとかさ。俺たちよりずっとヤバい状況だったんだろうな。だから、イロイロ改善して。俺たちはソレに知らないうちに乗っからせてもらってた」


【迷宮】から帰る途中に考えていたことだ。

『双極の大魔導』『大賢者』、そんな二つ名を持つ彼らが来たとき、今の自分たちよりもはるかに恵まれていなかった。

 魔装のシステムを開発したのは『双極の大魔導』の一翼、『戦闘魔法師』ガイ・ツヅキ。

 さらに【ソウルシステム】を開発し、【ギルドカード】を創り上げたのが『大賢者』チアキ・ホンダ。


 要するにソレは彼らが来たときには、そういったシステムがなかったというコトだ。

 どれだけ不便だったろう? どれだけ危険だったろう?

 そんな中、彼らは道を開いた。

 自分たちはその恩恵(おんけい)をタップリと受けていたのだ。


 そのことを胸にトドメた上で、マサヒコは冒険者をヤメるべきだと思った。

 自分たちが生きていく中で、この世界をさらによく変えていくことができるかもしれない。ただ、漫然(まんぜん)と冒険者をヤっていくより、良いのではないか。


 マサヒコはそんな言葉をトツトツとアリスに語った。

 もちろん、ソレらはただの大義名分でしかない。うわっつらの理由。本当は、ただただ、アリスを失いたくない。自分が死んだとき、アリスが危険にさらされるようなコトになって欲しくない。それだけだった。


「ナンカさ。店開こーよ。ウチらだけがデキるような店。ソレでお金稼いで。帰る方法も探してさ」


「イイね」


 マサヒコは笑った。アリスも笑う。

 フタリとも互いを失うことを何よりも恐れていた。


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