階段の間で
3階フロアのボスはCランク魔物である。フタリにとっては馴染みのある魔物ばかりだ。
マサヒコもアリスもまったく緊張しなかった。
飽きるほど倒したのだ、Cランク魔物など。
やがて青い金属扉を開けてフタリは中へ入った。恒例の【フロアボスの間】。
青いモヤモヤから現れたのはフタリが池で戦った大グモ魔物、ヘルスパイダーが2体。
マサヒコはさっそく【エアブロック】を試した。空中にエアブロックを出現させ、【瞬足】でその上に瞬時に移動。
そこから跳んで着地場所に【エアブロック】を出し、さらに跳ぶ。
ヘルスパイダーの頭上から、その頭部の【切断線】へ向かって降下。空中で短剣を一閃。
ヘルスパイダーの頭部が落ちた。
アリスの方も、もう1体のヘルスパイダーを【ファイアリング】で攻撃していた。胴体に【ファイアリング】を発生させ、混乱している間に、次々と【ファイアリング】を足にハメていく。すべての足に炎の輪がはまった頃には、ヘルスパイダーは動かなくなっていた。
「ウン、使える。超楽しい」
マサヒコは【エアブロック】の使い勝手に満足。またひとつニンジャレベルが上がった、という感じだ。
そのまま【階段の間】へ。
そろそろ夕食時である。
「今日はここまでにしようか。無理してもしょうがないしね」
マサヒコは言った。
【階段の間】は、【フロアボスの間】同様だだっ広い。バスケットボールのコートが2つは入りそうなほどである。オマケに中央に階段があるだけでアトは何もない。
マサヒコたちは【階段の間】の端の方に『簡易テント』を出した。手の平サイズの小さなテント。それを床に起き、「設置」と唱えると輝きとともに大きくなった。いちおう、4人は寝られるというモノ。
壁も床も空気が入っており柔らかい。防音性にも優れ、オマケに温度調整もバッチリ。耐久性も高く、ゴブリン程度の攻撃では壊せないとのコト。
テントの前に【簡易ソファ】や【簡易シャワー】、【簡易トイレ】を設置していく。【簡易シャワー】も【簡易トイレ】もどちらも背の高い直方体。
見た目は工事現場などに設置される仮設トイレにソックリだった。
【簡易トイレ】は道中、頻繁に出している。
アリスはもとよりマサヒコもしっかり利用した。屋外ならともかく、さすがにこんな屋内では立ちションもハバカラれる。
【簡易シャワー】は箱の中にシャアーヘッドがあるだけだが、魔法で排水が2百リットルまでタメられる。
同様に天井には湯気を吸い取る魔法がある。中々の優れモノである。
さらに【簡易テーブルセット】。コレは現代日本でもあった折り畳み式のテーブルに椅子。コチラは魔法道具ではないので安かった。一式で2万エーン程度である。
シュマホーで音楽(例の芸術神トリビュートアルバム)を流しながら、持ってきたパンやオニギリ、カラアゲやスープを食べる。
【ギルドカード】の収納機能は本当に便利だ。
マサヒコは万一にソナえ、カナリの量の食料を入れてある。
「ナンカ、変な感じ」
アリスがテントや設置されたシャワー、トイレを見て言った。
「キャンプとはちょっと違う感じかな」
「マサヒコはキャンプしたコトあんの?」
「あるよ。うちの母親がさ、結構、アウトドア好きで。よく小学校の頃はゴールデンウィークとか夏休みに行ったよ」
「へー。あんまアウトドアって感じしないけど」
「まー、親がイロイロやってくれたから、俺と弟は遊んでただけだから。高学年になったらゲームとか持ってって。大自然の中、ピコピコと」
「ナニソレ。超モッタないじゃん」
「だよね。今はそー思うよ。せっかくのキャンプなんだから、もっと楽しめばよかった」
「家族仲イイんだ。うらやまぁ」
「まー、イロイロ不満はあったけど。今から思えば、そういうのホント、コッチのワガママだったんだって思うよ」
「会いたい?」
「ウン。会いたい」
「そっか。イイなぁ。そういう風に思える家族ってさ。ウチ、マジ、会いたくねえし。このまま一生会わなくてイイって気がする」
それにマサヒコはナニも答えられなかった。ただ、そうか、と相槌らしいものを打っただけ。
「ウチ、親ガチャって言葉、あんま好きじゃなくてさ。そんな軽い感じじゃないんだよね、親って。なんだろ、ズシーンて、のしかかってくる感じ? そんで、目をフサがれるみたいな。耳のとこで、悪口言われ続ける感じ? もう、ホント、ヤダけど、逃げらんないしさ。だから、コッチ来たの、ウチは悪くなかったよ」
言ったアト、アリスは、あっ、と声をアゲた。
「別に、帰るからさ。ゼンゼン、帰るから。残りたいとか、そんなんないから。高校卒業したら、親とバイバイすっし」
それから最後に、小声でつけたす。
「マサヒコいるし」
「結婚すればさ。親とか、あんまり関係なくなるカモね」
マサヒコは深く考えずにそんなコトを言った。
だが何気なく言ったその言葉は、アリスにものスゴい衝撃を与えた。
「け、結婚? えっ、結婚?」
声が裏返る。
「あっ、イヤ、別にそーいうコトじゃなくて。そりゃー、その、先々、その、結婚できたらイイなーと。イヤ、なに言ってんだ、俺は。そーじゃなくて。イヤ、ウン、まだまだ、先の話だよな、結婚とか」
アリスは鼻と口を両手で押さえて、真っ赤な顔でマバタキ。目がどんどんウルんでくる。
結婚出来たらイイなって、言った?
先の話って言った?
えっ、マジで、言ってんの? コレ、ほぼプロポーズじゃんか。
ほぼプロポーズは言いすぎである。
それでも結婚を視野に入れているというだけで、アリスには衝撃的すぎた。
「わっ、ど、どうしたの? ちょっと、えっ」
マサヒコは大アワテだ。なにしろアリスがポロポロと涙を流したのだから。
「えっ、えーと」
どうやら、結婚を考えている、みたいなコトが、アリス的にクリティカルヒットだったようだ。
確かに、まだツキアったばかり。エッチだってしていない。結婚とか言いだすのは重すぎる。何年先の話なんだというコトだ。
でもアリスと結婚出来たらイイよな。マジで。
キザかもしれないが、アリスとならどんな困難も乗り越えていけそうな気がする。楽しく暮らせそうな気がする。
そう思うと結婚という言葉がそれほど変ではない気がした。
「俺は、本気で思ってるけど。その、いつか結婚できたらイイなあって。アリスと。もちろん、まだ高校生だし。ゼンゼン、生活力ないから、アレだけど。いつか、結婚できたらなって。アリスと生きていきたいなって」
さすがに言いながら恥ずかしくて下を向いた。コレ、ヒョットして黒歴史になるヤツじゃね? と心の片隅で思った。
「ホ」
「えっ、ナニ?」
「ホストかよっ」
アリスの絶叫。顔は涙でビショビショである。
「ナニ? ウチをハメて風俗とかに売んの? 借金とかさせんの? 俺をナンバーワンにしてくれ、とか言うの?」
「ええ……。イヤ、そんなワケないじゃん。ナニ言ってんの?」
面食らうマサヒコ。
「だって甘すぎじゃん。ゲキアマじゃんか。そんな言葉フツー出ないじゃん。エッチだってしてないのにー。結婚とか……」
アリスの顔がクシャクシャになる。泣き笑い。
「結婚とか言うワケないじゃん」
「でも、イヤ、俺、本気で。アリスとならイイなって。思った、マジで」
ズズズっ、とアリスが鼻をススる。
「マジぃ? 本気にするからぁ。ウチ、絶対、忘れないからぁ」
涙声。
「イイよ。忘れなくて。なんなら結婚を前提にツキアってますって言ってもイイから。友達とかに」
言ってマサヒコは身を乗り出した。小さなテーブルがガタンと傾く。
それを気にせずアリスの顔に手をやった。
アリスがマサヒコを見上げる。
マサヒコはアリスの唇に唇をつけた。
ビクっと大きくアリスが震えた。
そのまましばらく、唇をつけたまま。アリスの手がマサヒコの頬をハサむ。
ソっ、とアリスの唇が開いて、舌がチロリとマサヒコの唇をナメる。
マサヒコはそれにコタえて彼女の舌に舌をカラめた。
テーブルが倒れ、乗っていた皿やら紙袋やらが床にコボれる。
だがフタリとも気にしなかった。
そのまま舌で愛撫しあう。
アリスの体が一度、激しく震え、そのアト、力が抜けたようにクッタリとなった。
マサヒコはソレに驚き、唇を離す。
アリスがマサヒコの胸に額をつけた。
「ウチにも初めて、残ってたじゃん」
少し疲れたような切ないような声。
マサヒコはなんのコトかまったくピンとこなかった。ピンとこない男、マサヒコ。
フタリはそのまま長い時間抱き合っていた。




