マーサルマン塔で
バス馬車に乗って『マーサ横丁』へ。
途中、バスの中で、アリスが友人と行き会った。マサヒコの知らない友人だ。
「ウチら、ツキアウことになったから」とアリスが言った。
「えー、そーなの? ヤったじゃん」
友人の派手めな女の子が笑ってアリスとハイタッチ。
隣のマサヒコを品定めするようにジロジロ見る。
マサヒコはもっと服装に気をツカわないとなあ、と思った。今まではワリとテキトーだったのだが、これからはアリスの彼氏として恥ずかしくないくらいにはオシャレをしなくては。
リア充も大変だ。
アリスと友人の女の子がマサヒコを放っておいて盛り上がる。
マサヒコはその方が気楽だった。変に話を振られても人見知りでコミュ障のマサヒコはキョドってしまうのだ。
やがてバスは『マーサ横丁』へ到着。
その友人の女の子もソコで降りたが、じゃあ、と言ってすぐに別れた。
「ホント、友達多いね」
去っていく女の子の背中をナガめて、マサヒコ。
「別に普通じゃね?」
「イヤ、多いと思うけ」
「そう? あっ、男友達はいねーから」
マサヒコは、その言葉でホッとした。
実は交友関係の広いアリスのそのあたりが心配だったのだ。
アリスと腕を組んで密着状態で歩く。
マサヒコは歩きにくかったが、腕に伝わらるアリスの感触が心地よく、なおかつ、俺、彼女いるんだぜ、みたいな誇らしい気持ちも抱いて、非常に良い気分。
人でニギわう通りを歩く。ときどき馬車が人込みをどかすように通っていくが、ほとんど歩行者天国のような感じだった。
アリスがアッチの店に寄ったり、コッチの店を見たりするので、中々、『マーサルマン塔』にたどり着かない。
だが、マサヒコはイライラしなかった。
小物を見てキャッキャとはしゃぐアリスも、「似合う?」と服を体にあてがうアリスも、カワイイのだ。
「コレ、マサヒコに似合うんじゃね?」とアリスに言われ、何着か服も購入。
なにしろ服のセンスにはまったく自信が無いので、似合うと言われたら、そーかな、とその気になってしまう。
『マーサルマン塔』についたのは横丁に来てから1時間ほど経ってから。距離にしたら数百メートルだというのに、中々進まなかったのだ。
1階の噴水前で一休み。屋台でクレープとジュースを買って、ベンチで食べる。
クレープはフタリで別の種類を買ったのでシェアしあった。
アリスに、アーン、とカジりかけのクレープを口元の持ってこられた時、マサヒコは照れクサさと同時に、とてつもない幸福感を感じた。
ああ、デートってイイなあ。
などとシミジミ思う。
今まではカップル、シネっと思っていたが、いざ自分がそちら側に回ってみると、どうだ。この充実感、幸福感。もうタマりません。
しかし、クレープを食べ終わったところで、アリスが、ウッチーも甘党だったんだよね、と言ったのが、意外なほどにマサヒコにダメージを与えた。
元彼たちとも、こーいうコトしてたんだよなー。
そう思うと、胸の奥でムラムラと嫉妬の炎がワき起こった。
今までアリスから元彼の話を聞いてもナニも思わなかったのが嘘のようだ。
急に静かになったマサヒコに、アリスが、んっ? と小首をかしげる。
マサヒコは立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
ナニカ、このままだと暴言を吐いてしまいそうな気がした。とにかく、頭を冷やそう。
コチラの世界のトイレは基本男子も女子も全個室。もちろん椅子型の洋式便器である。
男子トイレには個室が3つあったがどれもフサがっていた。しかも、そのうち2つは友人同士のようで大きな声で話している。
マサヒコは空くのを待ちながらもなんとはなしに聞いていた。
「でさ、お前、どっちがタイプ?」
「顔でいやー、リナ。だけど、アイツ、3人も彼氏いたらしいからなあ。ナンカなー」
「イイじゃん。すぐヤラせてくれそうで」
「そーだけど。そんだけじゃん。元彼と比べられんの嫌だし。アト、ほかの男がさんざんヤリ倒した体ってのもなー」
「ミルはバージンっぽいぜ」
「そーなんだよ。だから、ソッチもイイなーと。お前は?」
「俺はどっちもナシ。彼女いるし」
いかにもリア充っぽい会話だ。
ほどなくして片方が出てきたので、入れ替わりにマサヒコが入る。
便器に座り、マサヒコはタメ息をついた。
俺もそういうコト考えてたのかなあ、と思う。そういうのヤメロよ、ダセえな、と自戒するが、一度、現れてしまった元彼たちの影は中々消えない。
アリスの周囲に立つ、5つのシルエット。
ハア、ともう一度、タメ息をつく。
なんにしても、過去のコトだし、元彼に嫉妬しても意味がない。意味がないのだが嫉妬してしまう。
しかも、嫉妬はどんどんエスカレートし、男たちとベッドで抱き合うアリスのイメージにツナがった。
うがぁー、とトイレで胸をカキむしるマサヒコであった。
◇
一方、アリスの方は、バスで一緒になった友人と、さらにその彼氏と話していた。
『マーサルマン塔』で待ち合わせして、デートしていたとのコト。
友人の彼氏は背が高く金髪で彫りの深いハンサム。友人はもうメロメロだ。
「彼氏君、戻ってこないじゃん。デッカい方か?」
友人彼氏が言った。サワヤカな風貌だが、どうもアリスを見る目がネチっこい。目線がエロいのだ。
ソレに友人が、ヤダー、と笑う。
「デート中によく、うんこできるな。俺、ぜってえ無理だわ。お前、うんこクサイ男と手とかツナげるか?」
「ムリムリ」
友人が手をヒラヒラ振る。彼氏の前だと、3倍ほどカワイげが増している。
「なー、うんこクサイ彼氏とかホっといて、俺たちと行かねー?」
キリッとした顔を近づける。あわよくば連絡先を聞き出して寝取ってやろー、などと思っている。
「んっ、ムリ。人の彼氏サゲる前に自分のヒンセー上げろって感じ? アト、自分で思ってるほど、大した顏じゃねえから」
アリスは容赦なく切って捨てた。
「ハっ? なんつった、オイっ」
友人彼氏が声をアラげて、スゴむ。
「ちょっと、アリス、ナニその態度。カール君に謝れ」
友人までカみついてくる。
「てか、フッテン、低すぎなんだけどぉ。女相手にスゴむとか、なくね? 超ダサいんだけどぉ」
一歩も引かないアリス。
「フタリで、一生うんこコラえて生きてきゃイイじゃん」
友人彼氏がアリスの胸倉をツカむ。
グイっと強い力でシャツをツカまれ、つま先立ちになった。
ヤバっ、殴られる?
さすがに怖い。2番目の元彼ウッチーに殴られてフっ飛んだ記憶がヨミガエる。
そーだ、魔装顕現。
そう思いついたとき、オイっ、と周囲に響くような怒声が聞こえた。
「手を離せ」
マサヒコだった。
走ってくる。顔が真っ赤になっていて、怒りを露わにしている。
周囲のザワメキがやんで、マサヒコとアリスたちの間が開いた。
タイミング、悪い。
アリスはホッとするよりも後悔した。
「ゴメン、謝るからさ、ヤメね?」
アリスは言った。
マサヒコがケンカをすることになるのが嫌なのだ。マサヒコが負けるとは思わないが、ケガをするかもしれないと思うとタマらない。それなら自分が殴られた方が、まだマシ。
「ああっ、今さら、遅せえよ。クソアマ」
怒鳴ってアリスを乱暴に押した。
だが、アリスもレベルアップによって、無魔装状態でも少なからず肉体がイメージ通りに動くようになってきている。
サっ、と態勢を立て直した。
ソコに疾風のようにマサヒコが駆けてきた。アリスを守るように友人彼氏との間に割って入る。
マサヒコはいつもそうだ。敵を倒すより、アリスを守る。
「俺の彼女にナニしてんだよ」
マサヒコは怒っていた。怒っていなければビビっていたコトだろう。
「ヒョロガリのチビが、ヤんのかよ」
「ヤっちゃえ、カール君。そんなん余裕でしょ」
友人が彼氏をアオる。
「イイよ、マサヒコ。ヤメよ。ウチが勝手にモメたんだから」
対照的にアリスはマサヒコを止めた。
友人彼氏カールとニラみ合うマサヒコ。
段々、怒りがヒいて代わりに恐怖が押し寄せてきた。
ヤバっ、相手デカい。強そう。でも、俺、Cランクだし。でも怖い。
「あっ、言っとくけど、マサヒコもウチもCランク冒険者だから」
アリスは言った。
その言葉に友人彼氏カールがジャッカン怯む。だが貧弱な体格のマサヒコを見て、またイキる。
「冒険者がどうした? 俺は建築ギルドに入ってんだぜ。魔装だって持ってる」
「マサヒコ、ゴブリンキングも倒しってから」
アリスがさらに言う。
だが冒険者でもないのにゴブリンキングキラーの異名は大して効果がなかった。
「カール君、ヤっちゃえ」
友人がさらに彼氏をアオる。
「ケンカ強いって言ってたじゃん」
こんなコトを言われると彼氏もヤラざるをえない。
オラっ、と声を張り上げ、マサヒコにパンチを放つ。
魔装の時のように相手の動きが緩やかになるということはなかった。
だが、マサヒコにはパンチのモーションがヒドく大きく見えた。軌道も読める。
サっ、とソレを手で弾く。
1発、2発、3発。
続けざまにパンチをイナされた友人彼氏カールが態勢を崩す。マサヒコはその顔に向けて拳を放った。
ピタリと顔の前で止める。一回やってみたかった寸止め。
友人彼氏カールがフラリと倒れ、尻モチをついた。
「まだヤル?」
マサヒコの言葉に友人彼氏カールが首を横に振る。さすがに力量差が分かったらしい。
「行こうか」
やった。ちょっとカッコ良かったカモ、と思う気持ちを顔に出さないようにしながら、アリスに言った。
「ウン。ゴメンね。ウチがケンカしたりしたから」
アリスが申しワケなさそうな顔で言った。
「イヤ、イキナリ胸倉をツカむとか、ないし」
なんだか、今日はやたらケンカする日だなー、とマサヒコは思った。
絶対、自分のキャラではない。
その場から去ろうとした時だった。
「オイ、避けろ」
観衆からそんな声がした。
次の瞬間、マサヒコの背中に痛みが走った。激痛である。
友人彼氏カールがナイフを腰ダメにして、突っ込んできたのだ。ナイフが深々とマサヒコの腰に突き刺さった。
マサヒコは振り返りそれを確認。
ヤベっ、コレ、致命傷じゃん。
油断した。コチラの世界がこんなに簡単に刃物を抜くとは思わなかったのだ。だが、魔物との戦いが日常的な世界である。命が現代日本よりも安いのかもしれない。
友人彼氏カールがナイフをマサヒコから抜き、血まみれのソレを振り上げる。
コレ、死んだっ。
「魔装顕現。ナース魔装」
アリスの声。
次の瞬間、友人彼氏の大きな図体がフっ飛んだ。
白衣の天使が立っていた。いや正確に言うと、看護婦のコスプレをしたようなカッコウだが。しかも白ではなく銀色。
銀のナースキャップに胸元の大きく開いた銀色の白衣、しかも超ミニでノースリーブ。白いニーソックス。小麦色の肌に、銀衣が妙に映える。
手にはやはり銀の手袋。そして手にしているのは馬鹿デカいヒシ形の大盾だった。赤い十字のマークが入っている。
どうやら友人彼氏をフっ飛ばしたのは、大盾らしい。
倒れ込むマサヒコを抱えると、アリスは大声で叫んだ。
「ヒール」
マサヒコの体が白く輝く。
スっ、と腰の痛みが引いてく。
「マサヒコ。マサヒコ」
アリスが泣きそうな声で何度も呼ぶ。
遠ざかりカケていたマサヒコの意識が覚醒した。
すると、カガんでいるアリスの限界ギリギリまでファスナーを降ろした胸元に目がいく。ぷるん、と柔らかそうな双丘。
エ、エロい。
マサヒコの引いた血の気が下半身に集まっていった。




