帰結
マサヒコとしては、ハっ? という気持ちである。
えっ、なんで、キスした? イキナリ、どーいうコト? イヤ、どーもこーもそういうコトだろけど。そーうコト? そーいうコトだよなあ。
アリスが自分のコトを好きになっていた。
だから娼館に行ったことを知り、悔しかった(泣くほど)。
そうだ。そういうこととしか、考えらえない。
ええっ、とマサヒコはその場にしゃがみん込んだ。顔を押さえる。
マジで、マジで、マジで?
顔が熱い。体も熱い。
ナンカ妙にソワソワして落ち着かない。
俺、どう思ってんだ?
イヤ、フツーにウレしいよな。ウン、イヤ、フツーっていうか、超ウレしいけど。だって、アリス、メチャクyタカワイイじゃん。イイ子だし。優しいし。
アリに決まってんじゃん。
ヤベっ、ついに俺に彼女、できちゃう?
彼女いない歴=年齢の青木正彦に、恋人できちゃう?
そうだ。早く、アリス追いかけないと。
追いかけて、俺も好きだよ、みたいな感じで言わないと。
スゴい不安じゃん、アリス。
マサヒコは立ち上がった。
顔がもうニヤニヤとニヤけてしまう。
歩くと足取りはフワフワだ。もう地に足がつかない。
そっかー。アリスが俺のコトを。俺のコト好きだったんだ、アリス。
ギルドに入り、アリスの姿を探す。見当たらない。ラウンジに行ってみようかな、と考えていると、トイレからアリスが出てきた。
マサヒコと目が合う。
アリスが下を向いた。少し顔が赤い気がする。
マサヒコもアリスに向かって歩み寄る。
自分の顔もものスゴく赤いことが分かる。
ユルユルに緩んでしまう表情筋を、キッとムリやり引き締めて、マジメな顔を作った。
やがてアリスがマサヒコの前に来た。
無言。下を向いたまま。
マサヒコの口の中はカラカラに乾いていて。言葉が出てこない。
それでも、アリスが自分の言葉を待っているコトは分かる。
ちゃんと言わないと。ちゃんと。ちゃんと? ちゃんとナニを言うんだ? そりゃー、俺もアリスが好きだってコトだろ。 えっ、俺、アリス好きなの? イヤ、好きなよーな気がするケド。どっちかっていうと、エロ心みたいな気が。
でも、好きかもしれない、なんて曖昧なコト言ったら、ナンカ申しワケないし。
正直に言った方がイイのか? 今は、自分の気持ちがよくわからない、みたいな?
えっ、じゃあ、保留ってこと? ツキアえないの?
イヤイヤ超ツキアイたいんだけど。
アリスと超ツキアイたい。ヤバいくらいツキアイたい。
えっ、それってヤリたいから?
イヤ、そーいうコトじゃないぞ。たぶん。
デートとか。恋人っぽい会話とか。あっ、考えるとキュンキュンする。そうだよ、俺、別に、アリスとヤリたいとか思ってないし。
いや、ヤリたいけどさ。でも、別に、急いでないし。それより、カップルっぽいことしたい。青春ぽいことしたい。
そーだよ。俺、アリスとホント、ツキアイたいんだ。コレ、絶対間違ってない。
よし、言おう。
長い沈黙のあと、マサヒコはなんとか口を開き、言葉をツムいだ。
「あの、ツキアおうか……」
「うん」
アリスは下を向いたまま言った。
◇
一方、アリスの方もその内心はスゴいことになっていた。
時間を遡り。マサヒコが娼館に行ったことを知った直後。
馬車の中。
アリスは隣に座るマサヒコに途方もない怒りを覚えた。
ザケンな、ナニやってんだよ、馬鹿。
炎のような言葉を吐きたくて、だけど、ソレを口にする資格が自分にはなくて。
そもそも今まで5人とツキアってそれぞれと肉体関係があった自分に、マサヒコを非難する資格などあるハズもなく。
怒りは言葉にできず、ただ怒りの炎だけは身内でごうごうと燃え続けた。
マサヒコから最後までシテしまったと聞き、オマケにキスもしたと聞き。今度は悔しくなった。
さっさと襲っとけば良かったじゃん。初めてウチがもらえたのに。手遅れじゃん。
後悔先に立たず。もう手遅れ。もう遅い。
マサヒコの初めての女になれたかもしれないのに。ソレって、とても光栄なコトじゃないか。最初の相手なんて。
失ってからその可能性の尊さに気づいてしまった。
だが、もちろん、その失望をその後悔を、マサヒコにブツけることはできない。それはそうだ。自分は5人とツキアったコトがあって、しかも、もうナニもかもヤっちゃってる。初めてのナニカをまったく残してあげてない。
アリスはこの時まで自分の恋愛遍歴に後悔したことはなかった。5人にまったく未練はない。もう、ゼンゼンない。今、どうしてんだろう? などと思うこともない。
それでも、彼らとツキアったこと自体には後悔したことはなかった。
楽しいことも結構あったし。エッチも気持ちよかったし。まあ、イイんじゃね。
だが、アリスは気づいてしまった。
実は彼らを大して好きではなかったというコトに。彼らの初めての相手とか、どうでも良かった。たぶん、5人のうち何人かはアリスが初めてっぽかったが、それも、まったくどうでも良かった。
それなのにマサヒコの初めてが、すごく欲しかった。もう絶対ムリだと分かった瞬間から、欲しくてタマらなくなってしまった。
だって好きな人の初めてとか、超ウレしいじゃん。上がるじゃん。
もし、自分が、バージンで、全部をマサヒコにアゲられたら。マサヒコにそんな気持ちを味わってもらえたかもしれない。
そう思うと5人の元彼と過ごした日々も、したエッチの数々も全部どうでも良くなって。
それらを全部合わせても本当に好きな人には、まるでかなわない、と思い知った。
マサヒコのコト、なんにも言えない。
だけど、悔しくて悔しくて。
すぐ近くに自分がいたのに、なんでワザワザそういうトコ行った?
ウチに告ってくれれば良かったじゃん。
ヤリたいだけの嘘でも好きだって言ってくれたら、ウチ、ツキアったし。たぶん、ケッコー、すぐヤラせてアゲたし。
だから、その思いをブツけようにマサヒコの胸倉をつかんで言った。
「ウチとすりゃーイイじゃんか。なんで知らない女とすんの? 最悪。ホント。マジで。なんなのよっ」
そうしたら、「友達だから、アリスでそういうこと考えたくない」って言われた。
考えられない、じゃなくて、考えたくないって。
アリスの心の中で、ナニカずっと滞り続けていた黒いモノがスッと溶けた気がした。
それでも勢いのままマサヒコに詰め寄った。
ウチと付き合おうとか思わんの?
まるで脅迫。
マサヒコは自分が陰キャでボッチなことに負い目を持ってるみたいで。
ハっ? そんなん全然、どうでもいいじゃん。アキラもウッチーも、陽キャで友達多かったけど、ゼンゼン、マサヒコの方がイイし。カッコイイし。
あー、でも、そっか。
マサヒコ、ウチはナシなんだ。
ヤリマンとかビッチとか、そんな感じで思われてるのかな。
17で5人も彼氏がいたら、そりゃー、そう思うよね。間違ってねえし。
でも、そっかー。ナシかー。彼女にしたくないかー。マジかー。
ショックであった。
そうはいってもアリスは自身の容姿をそこそこイイ方だと考えていた。とにかくギャルメイクをしているときは無敵感があった。ナンパもしょっちゅうされるし。
5人とツキアったというのも、別に勲章だとは思っていないが、負い目でもなかった。そもそもツキアっていない相手とは、キスさえしたコトない。
だが、それでも、マサヒコから見たら、自分は十分ビッチでヤリマンなのだろう。
そんな女とツキアウとか、ナシなのだろう。
今度は悔しさではなく悲しさが胸に押し寄せてきた。
好きな人から相手にしてもらえない、というのは、こういう気持ちなんだ。今まで友達から片思いの話を散々聞いてきたが、こういう気持ちだったのだ。
悲しい。切ない。痛い。
やがて馬車が冒険者ギルド前で止まった。
アリスはどうしてイイか分からず。
それでもマサヒコのノホホンとした顔に無性に腹が立って。
コノヤロー。ウチのコトちゃんと見ろ。
そんな気持ちをブツけるように引っ叩いた。ヤツアタリ気味に引っ叩いた。
そして、キスした。
あっ、コレ初めてだ、と思った。
ツキアってない、自分のコトを好きでもない相手とキスをするの。
自分の気持ちを押し付けるみたいに、唇を押し付けて。それから逃げた。
マサヒコとのキスはトロけるみたい心地よくて。魂が外から見えたら、トロントロンの加熱したチーズみたいになってそうだった。
顏から火が出る。目から涙が出る。
ギルドに入って、トイレにカケこんで。顔を洗う。メイクを直して。
ヤバっ、キスした。マサヒコと。
ウチから、イキナリ。ヤバい、マジで。
これはもう、自分の気持ちがハッキリ分かってしまっただろう。もう、丸わかりだろう。
鈴木亜里栖がマサヒコに恋していることがバレバレだ。
ヤリマンビッチで彼女にするのナシな鈴木亜里栖が、俺のコト好きみたいだ、どうすっか?
マサヒコはそんなこと思ってるかも。
じゃあ、ヤラせてくれるなら、ヤルか。
などと考えてるカモ。
いつでもヤレる便利な女扱い。
セフレ。扱い。
ソレってどうなんだ?
彼女としてはナシだけど、セフレならアリ、みたいな。
今までのアリスだったらアキラに別れ際に言われた言葉が引っかかっただろう。
「だって、お前すぐヤラせてくれそうだったし」
だが、あの時。
マサヒコが、つい先ほど、タクシー馬車の上で言ってくれた言葉が。
「アリスでそういうことを考えたくない」と言ってくれた言葉が、ソコにこだわる気持ちをなくさせていた。
まー、イイっか。
セフレでも、いっか。
彼女とセフレ、どう違うのかよくわからんし。
とにかく、エッチして。
そんでもって、ちょっとマサヒコの特別で。
そーいうので、まあ、イイか。
しっかり自分の気持ちを決めて、トイレから出ると、マサヒコが待っていた。
アリスはマサヒコの前に立った。
マサヒコはなんて言うだろう?
「ゴメン、俺、やっぱりアリスのコト、そーいう目では見れない」
そんな風に言ってくるか?
それとももっとストレートに「ツキアウとかちょっとムリだけど。親しくはしたいかな?」とか言ってきたりして。
どっちにしてもアリスの返答は決まっている。
「じゃあ、セフレ。エッチしちゃう友達関係。それでイイんじゃね?」
明るく、そんな風に言ってやろう。
ツキアえないのは、ちょっと悔しいけど。
仕方ない。ナシなんだから。
沈黙の後、マサヒコがゆっくりと唇を開いた。
「あの、ツキアおうか……」
「ウン」
とっさに、返事をしたあと、アリスは混乱した。うつむいたままパチパチと何度もマバタキ。
えっ、ハっ、ウエっ?
ツキアウ? 今、ツキアおうって言った?
えっ、ナシじゃないの? マジで。
あっ、そーか、コレ、とりあえず、ヤリたいからツキアっとけみたいなヤツ?
まー、そーか。
でも、ツキアえんの? マジで?
彼氏彼女?
落ち着け、落ち着け。
「じゃあ、その、ツキアウってコトで」
マサヒコが確認するように言った。
アリスはようやく顔を上げた。
顔が赤い上にニヤけてしまって、もう、本当に変顔だ。
だが、マサヒコもそれは同じこと。コッチも、笑みをオサえようとして、オサえきれず。
フタリして、ニヤニヤ、いや、ニヨニヨ。
「ナ、ナンカ照れるな」
マサヒコが言った。頭をカク。
「ウチも、ヤバい、ナンカ超叫びたいカモ」
「えっ? なんて?」
「大好きって」
それにマサヒコがついに顔を手で覆った。
ヤバい、カワイすぎるんだが。アリス、マジでカワイすぎるんだが。
「ナニ、ナニ? ウチ、変なこと言った?」
「イヤ、カワイすぎて」
その言葉に今度はアリスが真っ赤になって下を向いた。
なにはともあれ、こうして、異世界転移したフタリは恋人同士となったワケである。




