最大のミス
マサヒコが選んだ依頼はラビットボール狩りである。ラビットボールの死骸10体分。
ラビットボールは白くてモフモフした球体の魔物。マサヒコたちがコチラの世界来た直後に出会った、ピョンピョン飛んできたやつだ。
アリスがまた友人と話している間に受付を行う。だが、ソコでマサヒコは自身の致命的なミスに気が付いた。
アレ【ギルドカード】が……ない。
サー、っと血の気が引いていく。
そういえば、着替えるときも【ギルドカード】を胸ポケットに入れ替えた覚えがない。一度、受付から離れ、記憶を探る。
いつだ? 最後に【ギルドカード】を使ったのは、ドコだ?
寮では使っていない。
あの娼館?
前払い制だったので先に支払った。あの時、【ギルドカード】からコインを取り出して。
そのまま戻して……。
そこでハタっと気がついた。あの時、そのままテーブルに置き忘れたのではないか?
アセっているところにアリスがやってきた。
「終わった?」
「イ、イヤ、あの……」
昨夜からの余裕がスッカリ無くなってしまった。しょせん、付け焼刃の自信などそんなものである。
「【ギルドカード】を忘れたみたいで」
「じゃあ、ウチが受付すっか」
「イヤ、とりあえず、【ギルドカード】を取りに行くよ。たぶん、昨日の店だと思うから」
言うマサヒコはもう本当に挙動不審だ。アワてまくりだ。
「じゃあ、行くか。ウチも付き合う」
「イヤイヤイヤ。時間もったないじゃん。俺ヒトリで大丈夫だよ」
いつものアリスならば「あっそー、じゃあ、ウチ、テキトーにラウンジで待ってるわ」とアッサリ引き下がっただろう。
だが、今朝のアリスはシャーリーの件でカナリ感情的になっていた。
「てか、ナンカ、アヤシイんですけどぉー」
「イヤ、ゼンゼン、アヤシくない。ただ、昨日の店に行って【ギルドカード】貰ってくるだけだから。あっそうだ。ちゃんとあるか連絡してみようかな」
言いながら、アリスから離れようと歩く。
アリスがついてきた。
マサヒコはシュマホーですでに登録しておいた昨日の店の連絡先を選んだ。
すぐに相手は通話に出た。
【ギルドカード】を忘れていないか聞いてみると、ヤッパリ置き忘れていたらしい。店は一日中やっているというので、いつでも取りに来てください、とのこと。
「あっ、ヤッパリ店にあったみたい。今から取りに行ってくるよ」
「てかさ。店ってどんな店?」
「そ、それはもちろん、酒場だよ。こう、なんていうの? バーみたいな。カウンターがあって。バーテンダーがグラスを磨いてる感じの」
マサヒコの声、上ずる。
「ソコでズット飲んでたの? 何時まで?」
「えっ、だから8時半くらいだったかな。まあ、モリ上がっちゃって」
ソコに間の悪いことにジャックとヘインがやってきた。
「よっ、マサヒコ。どうだ、オトナになった気分はよー」
ジャックが大声で言った。
だが、すぐにソバにアリスがいるコトに気が付き、ヤベっ、という顔になり、ソソクサと逃げていく。
アリスがジト目でマサヒコを見る。
「オトナ?」
「イヤ、ホラ、つまり、バーとか初めてだったし。もー、オトナ気分? 背伸びしちゃった感じ? イヤ、ホント、ただの酒場だったからね。ゼンゼン、アヤシくもイカガワシくもない。ホント、健全な、硬派な」
フっ、とアリスが表情を緩めた。
「分かった。マサヒコのコト信じるから」
「そーそー。信じて、信じて。じゃあ、そーいうワケだから、ちょっと行ってくる。たぶん、30分くらいで帰ってくると思うから」
「じゃ、ラウンジで待ってっから」
「ヨロシク」
マサヒコは言うとダッシュで冒険者ギルドをでた。すぐにタクシー馬車をツカまえ、『アルテミーナ横町』へ向かう。
ヤバかった。マジでバレるかと思った。
アリス、怖すぎでしょう。
だが、冷静に考えてみれば別にヤマシイことをしたワケではない。ただ、ちょっと風俗体験をしただけである。コチラの世界では15歳で成人。自分の稼いだ金でそういうコトをしてナニガ悪い。
そーだよ。別に彼女ってワケじゃないんだしさ。ナニをビクビクしてんだよ、俺。
それでも、できればアリスに知られたくないと思ってしまう。なんというか、アリスを失望させたくない。
「ヤッパ、マサヒコも男かぁ。頭の中で、めちゃエロいコト考えてんだ。ウチのコトもそーいう目で見てんじゃね?」
などと、言われたら、もう、マサヒコが昨夜得た成功体験的なものなど粉みじんになってしまう。
マサヒコは気づいていなかった。
彼の乗ったタクシーのずっと後ろを、別のタクシーが追跡しているコトを。そして当然、そのタクシーにはアリスが乗っていた。
マサヒコのタクシーは2人乗りの長椅子に車輪がついたような、まさに人力車というタイプ。
一方、アリスが乗っているのは箱型の4輪。アリスからマサヒコはバッチリ見えるが、マサヒコはアリスを見ることはカナわじ。
そういったワケで、マサヒコはアリスにゼンゼン気づかなかった。
やがてタクシーは『アルテミーナ横町』へ。
娼館の近くでマサヒコはタクシー馬車を降りた。
「スイマセン、すぐ戻るんで、待っててください」
言って『ラミアの乳房』へと入っていく。
すぐにアリスの乗った箱型馬車も止まった。アリスは箱型馬車には行ってもらい『ラミアの乳房』のドアの前に陣取った。
5分と経たず、ドアが開いた。
現れたマサヒコは目の前に立つアリスを見て腰を抜かさんばかりに驚いた。というか、実際、腰を抜かした。尻モチをついてアリスを見上げる。
「ア、アリ、アリス。な、なんで」
「ツケてたから」
アリスは感情のコモらない平坦な口調で言った。
「マサヒコの馬車を追いカケてもらったから」
「な、信じるって言ったのに……」
ガクリとウナダレる。
「ソッチも嘘ついたじゃん」
「そ、そーだけどさあ」
「ここ、エッチする店?」
「……」
「イイ。中で聞くから」
マサヒコの脇を通っていこうとするアリス。マサヒコはアワてて立ち上がった。
「待った。話すから。全部。ツツミ隠さず」
「そっ。タクシー待たせちゃ悪いし。乗ったら?」
「……ハイ」
気マズイ空気を察し、タクシー馬車の牽引者が「冒険者ギルドまでで?」と聞く。
「ハイ。ソレで」
マサヒコは座席に座ると言った。
アリスが隣に座る。
タクシー馬車が発車した。
「エッチするお店です」
マサヒコは小さい声で言った。
「最後まで?」
「最後まで」
「キスも?」
「キスもしました」
しばらくの沈黙。
マサヒコは恐々と顔を上げてアリスの横顔をノゾいた。キビシイ顔で遠くを見ている。
「そっか。全部シちゃったんだ」
「ハイ。全部シちゃいました」
「そっか……」
声にならないような声が聞こえてマサヒコは再び顔を上げた。
ギョッと目を見開く。
アリスの目から涙がコボレていたのだ。
ギュっと唇をカんで、キビシイ顔で前を見たまま泣いている。グシっと鼻をススった。
えっ、なんで、泣くの? 意味が分かんないんだけど。
マサヒコは本当に意味が分からない。というか、そもそも怒られることでもないハズである。
イヤ、とマサヒコは頭を振った。ヒョットして俺が嘘ついたことに怒ってんじゃないか?
俺がアリスだったら……俺に嘘ついて、ホストクラブっぽいとこに行ってたら。
ヤダな。
ヒョットしたら、と思わなくはない。
アリスが自分のコトを好きで嫉妬した、とか。
だが、その可能性をすぐに打ち消す。
イヤイヤ、そんな馬鹿な。相手、ギャルだよ。彼氏5人いたギャルだよ。俺なんかにホレる要素ゼンゼンないじゃん。あるわけないじゃん。こんな、ボッチで陰キャなヤツにさー。
それでも、ときどき握っていた手のヌクモリとか。向けてくれる無邪気な笑顔とか。そういうモノが頭に浮かんで、チクチクと胸を刺す。
「なんで?」
アリスが言った。ギュッギュっ、と目を押さえて涙をヌグっている。
「えっ?」
なんでの意味が分からずに聞き返す。
「ウチがいんじゃん」
「えっ、イヤ、アリスは……」
言ったトタンに、胸倉をツカまれた。
「ウチとすりゃーイイじゃんか。なんで知らない女とすんの? 最悪。ホント。マジで。なんなのよっ」
「だっ、だって、アリスは友達だし。イイ子だし。そーいうの考えるの悪いって思うじゃんか」
マサヒコもつい語気が荒くなる。
そーだよ。コッチだって必死だったんだ。
アリスのコト、そーいう目で見ないようにしようって。
「ツキアってて、言やあイイじゃん。そしたら、ツキアったのに。全部、サセてあげたのにっ」
「だって、彼氏いんでしょ。ライターのショウマ君だっけ」
「別れたって言ってんじゃん。何回言わすのよ」
「イヤ、だけど……」
「てか、ウチとツキアウとか考えないの?」
「……アリス、ギャルだしさ。俺、その、超陰キャだし。ボッチだし」
「そんなん聞いてないから」
沈黙。前を走る牽引者(赤い甲冑)の背中がものスゴく気マズそうだ。
ほどなくして、冒険者ギルド前に到着。
牽引車があからさまにホッとしたような雰囲気を出した。
代金を払うと逃げるように行ってしまった。
「ちょっと、ソコに立っててくんない」
アリスが下を向いたまま言った。
「えっ、こう?」
マサヒコはワケがわからないままその場に棒立ち。
アリスが顔を上げた。涙がいっぱいタマった目でニラむ。それから手を振りかぶった。
バチンと高い音が通りに響いた。
引っ叩かれたマサヒコはそのまま斜め下の地面をナガめる。一瞬、視界に星が飛んだ。
口の中が鉄の味がする。あとホッペタが焼けるように痛い。
クソっ、なんで殴られなきゃならないんだよ。俺、別に悪くねーじゃん。
だが、そんな心の声は直後に唇に訪れた感触で、サっと消えてしまった。
リップで少しヌルっとした柔らかい唇。
驚き、瞬きを繰り返すマサヒコの首の後ろに、アリスの手が回り、ギュウギュウと顔に顔を押し付ける。
通行人たちが、そんなふたりをチラチラとみていく。中にはギルドから出てきた冒険者もいて、オオっと感心した様子。
やがてアリスが顔を離した。
クルっと背中を向け、ギルドの中へと入っていく。
マサヒコはそのまま立ち尽くしていた。




