ネズミとバラ
ベルドーン市の冒険者ギルドに到着後、解体所に死骸やベトベト草を引き渡し、依頼達成報酬を受け取る。
ギルドのラウンジで昼食を取り(マサヒコはその間も悩んでいた)、午後はまた別の依頼を受けた。
大ネズミ退治である。偶然、張り出されたところに居合わせたために、すぐソレをトったのだ。
今回の場所は路地裏。ギルドから離れてはいたが、なにしろ今度は街中である。バス馬車を乗り付いだら30分ほどでついた。
「ソコの先が袋小路になってて大ネズミが巣くってるんだって。ここらへんで魔装顕現しておこーか」
路地の手前で魔装顕現。
なにしろ街中である。通行人にガン見される。だが、コチラの世界では魔装顕現など珍しくもない。
マサヒコは今度も機動甲冑である。赤マントに黒甲冑という姿で、片手には【魔物レーダー】、片手に剣を構えて先に路地へと踏み込む。
そのアトをアリスが追う。コチラはハートの弓を手にしている。
「てか、暗っ」
路地の暗さにアリスの足がスクむ。本当に暗いところが苦手なのだ。
「あっ、ゴメン。そーだ。魔装で視界の明るさを変えられるみたいだよ。えーと、魔装調整、視界明度+2。ウン、これで大丈夫そう」
試しにやってみたマサヒコ。薄暗かった路地が一気に明るくなった。
「……あっ、そう」
アリスはまたマサヒコと手をツナぐつもりだったので、アテが外れて気分が盛り下がった。
「魔装調整、視界明度+2」
「ただ、この状態のまま明るいモノを見ると、カナリ危険だから気を付けて。【魔力光】なら大丈夫だけど」
魔力を使う際に輝く青い光が【魔力光】である。
「オッケ」
「アレ、ナンカ怒ってない?」
「別に怒ってないし」
「そう?」
マサヒコとアリスはそのまま路地の奥へ奥へと踏み込んでいく。人1人通る分には問題ないが2人並ぶとセマい。そんな路地である。
ところどころに木箱やら樽やらが置いてあり、剣がブツかる。マントが引っかかる。
「そろそろ来る。アリスはソコにいてくれ。たぶん、何体は取り逃がすから。あっ、全部で5体ね」
「アーイ」
アリスはピタリと足を止めた。
マサヒコひとりで先へ進む。【魔物レーダー】は手放して、その場に浮かべておく。
タタッタと奥から足音。大型犬ほどの影が3つ、向かってくる。
だが、マサヒコには視界にソレらが飛びだ時から、ヒドく減速して見えた。
アレ、エライ遅いな。そう思ったところで、すぐに気が付いた。
レベルアップによるステータスアップだ。
なにもレベルアップで上げられるのは振り分けられる【ステータスポイント】だけではない。レベルアップすると、全体のステータスが上がるのだ。
むしろ【ステータスポイント】はオマケのようなモノである。
そして、マサヒコはAランク魔物のゴブリンキングを倒し、レベル40まで上がった。その時に確認したモロモロのステータスは大幅にアップしていた。【ステータスポイント】の方にばかり気を取られていたが、ポイントを割り振らずとも十分強くなっているのだ。
アレ? 一振りでイケんじゃね。
マサヒコはゆっくりと近づいてくる大ネズミを見て、思った。それぞれ距離が離れているし、通常なら剣を3回振る必要があるだろう。
だが、マサヒコにはなぜか一振りで十分な気がした。
自身の直感を信じて剣を振り下ろす。3体ともに剣の間合いではな。まだ距離がある。
にもかかわらず、3体の大ネズミの体がほとんど同時にハジけ飛んだ。まるで見えない衝撃波によってその身が砕かれたかのゴトく。
さすがレベル40である。これなら、当分【ステータスポイント】を振り分ける必要は無さそうだ。
あっ、できるだけ傷つけない方がイイんだった。
マサヒコは剣を解除した。素手で倒した方が良さそうだ。
だが、マサヒコがボクシングっぽい構えをとった時に、ちょうど彼の真横を矢が通り抜けていった。それも2本。
ドサッと重いものが倒れる音が奥で聞こえた。行ってみると2体の大ネズミが頭部に矢を立てて倒れている。
マサヒコが振り返るとアリスが【魔物レーダー】を確認していた。
「アリス。お見事」
「マサヒコも。オツカレー」
考えてみればアリスもゴブリン退治でかなり【レベル】を上げている。今さらEランクの大ネズミくらい簡単に倒せて当たり前である。
マサヒコは、ジャッカン、物足りない感じがした。スライム狩りは戦いという雰囲気ではなかったので、今度こそ久しぶりのバトルだと身構えていたのだ。
ソレに戦いの勢いに乗って、今夜のコトも決断してしまおう、という邪な気持ちもあった。
「ナンカ、超楽じゃなかった?」
アリスが言った。
「レベルアップしてるからね。あと1件くらい依頼、受けようか?」
「イイよ」
というわけで2人はさっさと魔物の死骸を片付け、撤収。
冒険者ギルドへと戻った。
時間はまだ午後2時。近場のものならば、もう1件いけるだろう。
近場でEランク。
掲示板に貼ってある依頼はだいぶ減っている。
「近場、近場」
すぐに見つけた。ベルドーンの街中。Eランク魔物マンイーターローズ退治である。
「アリス、コレ行こうか」
「イイよ。あっ、この近く、美味しいパンケーキの店があるんだって。終わったら、ソレ食べね?」
「ウン、じゃあ、そーしようか」
今夜のコトで、まだ、踏ん切りがつかないマサヒコは、アリスとパンケーキを食べてたら、そーいう気分じゃなくなるかもなー、とチラリと思った。
まあ、ソレならソレで仕方がない。
◇
マンイーターローズ退治を依頼してきたのは貴族だった。とはいえ、ミナス王国はすでに封建制度は崩壊し、完全中央集権と化している。王国民の貴族に対する認識としては、由緒正しい家柄の人、くらいのものである。
また当人たちの意識もだいたい、そのようなもので年に数回の式典に参加して、ちょっと誇らしい気持ちになったりする程度である。もちろん、ソコには個人差はあり、自分の家柄を自らの矜持としている者もいるにはいる。
依頼人の老婦人は典型的な前者だった。
最初に馬鹿デカい屋敷を見た時は、マサヒコもアリスもヒドく戸惑った。
「ここ、だよね」
マサヒコはシュマホーの地図アプリを何度も確認して言った。
「ウン、絶対ココじゃん」
アリスもやはり自分のシュマホーを見ていった。
2メートル程の高さの塀がグルリと囲んだ一帯。現代日本で育ったフタリにしてみれば、公園かナニカなんじゃないかと思ってしまう。
目の前の鉄柵の門から見えるのは涼し気な並木道の先に見える噴水と、さらにその奥に建つ馬鹿デカい洋館。
「勝手に入ってイイのかな?」
門番がいてくれたらイイのだが、そういう者は見当たらない。
「あっ、コレ、押したらいんじゃね?」
アリスが門柱に刻まれたバラの花弁を指さして言った。
確かに花弁の中にスイッチが隠されている。
「ホントだ。インターホンかな」
なにしろコチラの世界は異世界とはいえ、マサヒコたちのクラスメートのせいでカナリ、文明レベルが発展している。シュマホーがあるくらいだから、インターホンくらいあるだろう。
果たしてソレはインターホンであった。
アリスがポチっと押すと門柱の上に乗った小さなドラゴンの石像から声がした。
「ゴキゲンよう。どのようなご用件ですの?」
おっとりとした女性の声。
「あの、冒険者ギルドに依頼を出されましたよね。マンイーターローズ退治に来ました」
「あらまー。お待ちしておりましたわ。どうぞ、入っていらして」
閉じられていた鉄柵の門が左右にスライドして開いた。
フタリは言われた通り、中に入り、公園のような庭を突っ切って屋敷へと向かった。
「もう公園じゃん」
アリスが言った。
「大金持ちだね」
マサヒコも庭の大きさにアキレるばかりである。というか、手入が大変そうだ。
噴水を越えたところで屋敷の前に人が立っているのが見えた。
「依頼人かな?」
「じゃね」
依頼人だった。
「ようこそ我が屋敷へおいでくださいました。ワタクシがあなた方へ依頼をしたローズ・ベルドーンですわ」
鼻にメガネをひっかけた穏やかそうな老女が言った。
「冒険者マサヒコ・アオキです」
「アリス・スズキです」
フタリはさっそくマンイーターローズの元へと案内された。
「今まではわたくしも自分でカっていたのですけれど。そろそろ魔装もツラくて。ダメですわねえ、年をトると」
道すがらローズが言った。
「ローズさんも冒険者だったの?」
アリスが驚いた。
確かに老婦人はイカニモ上流階級の女性という雰囲気で、とても冒険者というイメージではない。
「ああ、そうではありませんの。ベルドーン家は王国貴族ですから。ミナス王国から騎士として扱われるのですわ。ほら」
言って、ローズがカーデガンのポケットから出したのは、冒険者【ギルドカード】より2回りほど大きな黄金のカードだった。
ミナス王国騎士と書かれている。
「騎士ぃ。なんかカッコイイ」とアリス。
「アラアラ、そんなに大層なモノではございませんわよ。200年も昔に作られた魔装ですもの。失望させてしまわなければ良いのだけれど」
「見せてもらえんの? マジっ」
「わたくしのバラですもの。おフタリには補助をお願いできればと思いますの。ヒトリだと時間がカカりすぎてしまって」
マサヒコとしては安心だった。ローズの指示に従えばイイのなら楽だ。なにしろ、マンイーターローズ退治は初めてなのだから。
案内されたのは屋敷の裏手にある温室。全面ガラス張りの巨大温室である。
昼間でも肌寒い外と違いポカポカと温かった。バラ専用の温室のようで、ちょうど花を咲かせているバラもあった。
「アレですわ」
ローズが案内したのは奥にある祭壇のような場所だった。いくつもの鉢が置かれており、それぞれから色とりどりのバラがこぼれている。1番上に大きく美しい彫刻がされた鉢があり、ちょうど大輪の真っ赤なバラが花開いていた。
その赤いバラの花弁の1つがウネウネと蠢いている。
思ったよりも小さいな、とマサヒコは思った。アレくらいなら、魔装などなくてもハサミ1本で切り取れそうだが。
「では、魔装顕現いたしましょうか」
マサヒコとアリスは、すぐに魔装顕現した。マサヒコは今回は軽魔装を選んだ。
革ジャンのようなレザーアーマーに、グローブ、脚絆。武器は短剣。
アリスは弓を選んでいる。メイスより弓の方がお気に入りなのだ。
「我が剣はミナスの敵を葬らんがため。我が盾はミナスの民を守らんがため。我が魂、ミナスのために捧げん」
ローズが胸の前で両手をクロスし、目を閉じて唱える。
青い閃光。老女が青いシルエットと化した。すぐにそれが真紅の甲冑を身にまとった女性のモノに変わる。
黄金の髪をなびかせた美女がいた。
容姿はスッカリ若返っている。【ギルドカード】は【ソウルシステム】によって魂の力を魔力に変換する。そのため魔装顕現すれば一時的に肉体年齢が自身のピーク時に戻る。
「わっ、キレイ」
アリスが歓声をアゲる。
老女が女騎士に変わったのはマサヒコにも衝撃的だった。理屈ではそういうコトもあると知っていたが(冒険者ギルドの講習でレミネスがやった)、実際に見るとヤハリ驚く。
「では、おフタリともヨロシクお願いいたします。これより、剪定を始めますわよ」
ローズが言って腰の剣を抜く。
「あの、剣なんてこんなところで振り回したら、マズいんじゃ?」
マサヒコは思わず言った。
広いとはいえ温室。剣を振り回そうものならばガラス壁を割ってしまったり、鉢を破壊してしまいかねない。
だいたい、マンイーターローズは1輪だけ。それも握りコブシほどの大きさの花弁だ。ローズの抜いた剣ではイカニモ大げさに見えた。
ローズが、ホホホっ、と笑った。
「おフタリともマンイーターローズの剪定は初めてですのね。では、きっと驚きますわよ」
マサヒコは途中で読んだ魔物辞典のマンイーターローズのページを思い出した。
――――――――――――
【マンイーターローズ】
バラの中に突然発生する魔物。高い魔力を持っている。
得物を感知すると、結界スキルを使用し、獲物をトラえる。
スキル
・催眠
・結界
・昏睡
・麻痺
――――――――――――
ローズが近づくと、いきなり、マンイーターローズの花弁が強烈な赤い光を発した。
グニャリと空間がユガむ。
次の瞬間、マサヒコたちは薄紫色の空間に立っていた。
目の前には直径が10メートル近くはあるだろう、巨大なバラの花弁がある。
花弁の周囲にはトゲだらけのツルが幾重にも取り巻いている。
「マンイーターローズの結界ですわ。ここは仮想空間のようなもの。おフタリとも、ワタクシの補助をお願いいたします」
言うなり、ローズが走った。
巨大花弁を取り巻いていたツルが、いっせいに女騎士に襲い掛かる。
ローズはソレをタクミにカワし、あるいは切り払って、前へ前へと踏み込む。
フォロー必要か? とマサヒコは思った。
ローズの動きは歴戦の強者のように見えた。
花弁に迫ったローズ。だが、ボワっと花弁から黄色い煙がフキ出したので、それをカワすために大きく後ろに跳んだ。
ソコをトゲトゲツルがムチのようにしなって襲う。
マズイ。
マサヒコがそう思った瞬間。
大ネズミの時のように魔物の動きが一気に遅くなった。
緩やかな時間の流れの中、マサヒコはローズに駆け寄った。
「顕現、剣」
手中に現れた長剣を一振り。見えない剣圧が何本ものツルをチリと変える。
「俺が道を開きます」
マサヒコは言うとローズに代わり花弁へとゆっくり歩を進めた。
伸びてくるツルを次々と切り捨てる。
次第にマンイーターローズの花弁がシナビてきた。
そこにアリスの矢が飛んで花弁に突き刺さる。
「トドメをサシますわ」
ローズが言ってマサヒコの真横を駆け抜け、花弁に向けて跳んだ。宙で剣を一閃。
ヒザをついて着地する。黄金の長い髪がフワリと舞った。
花弁が真っ二つに割れた。
再び空間がグニャグニャとユガむ。
マサヒコはそれに若干、めまいがした。
目を手で押さえいると視界は戻り、もとの温室に立っていた。
「感謝いたしますわ。冒険者マサヒコ。冒険者アリス」
女騎士の魔装のままのローズが、たおやかに笑った。その手にはバラが1輪。闇を塗ったように黒いバラだ。
アレがマンイーターローズなのだろう。
依頼書にはマンイーターローズの死骸は依頼主が貰うことが明記されていたので、アレはローズが引き取ることになる。




